走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「マスター、チケットはどのように購入するのでしょうか」
「あっち。一緒に行きましょう」
「私、ドリンクに並んでおきますね」
「お願い」
ある日。スズカとブルボンを連れて映画館に来ていた。
何でも、ブルボンは映画館で映画を見たことがないらしい。生まれが田舎で趣味がトレーニングのブルボンは、根本的に娯楽に触れてきた経験が少ない。父親が観せてくれたロボットアニメが精々で、他ならぬブルボン自身が多くを望まなかったらしい。
しかし、今回そのロボットアニメがリメイク上映されるとのことで、せっかくなので映画館に観に来ている。ライスシャワーを誘ってはみたものの、あまりにも好みが違いすぎたし多少の流血シーンもあったのでやんわり断られてしまったらしい。
その点私は別に特定の好みはないし、スズカも精神が強いので色々なことに耐性がある。ちょうど良かったわけだ。
「懐かしいとか思うの?」
「はい。ステータス、『懐古』。細部のデザインまではメモリにありませんが、全体デザインは再現されています」
「ストーリーは覚えてないんだっけ」
「はい。当時の私は幼く、アクションシーンを重要視していました。登場人物の感情の機微や物語の緩急を理解していませんので、メモリにも残っていません」
なるほどね。チケット購入の列に並びながら、ブルボンは少し誇らしげにふふんと鼻を鳴らした。
「今の『
「そうなの……きっと理解できるわ。たくさん成長したものね」
「はい」
頭をぽんぽんと撫でると、尻尾をぶんぶんにしてしまうブルボン。後ろの人に迷惑だから止めようね、と言っても止められるものではないので、撫でるのをやめて腰骨あたりをつつく。こうすると、うちの子達は特に理由もなく腕に尻尾を絡めてくるのである。ウマ娘ライフハックだ。
正直、ブルボンの情緒が幼いのはあるかもしれないが、情緒が発達していないというよりは感情の発現が下手なことと、単に純粋すぎるってだけだと思う。感情自体はずっとあるよね、ブルボンは。
「じゃあ、先に見所を聞いてもダメ?」
「ストーリー上のそれについては解説できませんが、アクションシーンの評判は良いそうです。宇宙空間における立体戦闘カメラワークとエフェクト効果は当時としても画期的だったといいます」
「じゃあかなり派手なドンパチがあるのね」
「ドン……何ですか?」
「……戦闘があるのね」
「その通りです」
ちょっと傷付いたかも。
────
「10:00……シアター5……一般三枚……」
「頑張れ頑張れ」
やりたがりブルボンが自分でチケットを買いたいというので、私の手を貸してモニターを操作させている。ブルボンは見た目ではちょっと大きい方だし、私達って周囲からどういう風に映っているのかしらね。
「遮音カバー……一枚」
「ダメ。絶対着けなさい」
「ですがマスター。製作陣の想定した音響で鑑賞すべきです。私は身体耐久力には自信があります」
「ダメ」
「……はい」
通常の映画の音量はウマ娘の聴覚には悪影響であると言われている。小さい子とかだと一時的にしろ難聴とかも有り得ると。そこで、追加100円で遮音性の高いイヤーカバーがレンタルできるようになっている。
別にこの歳ならたぶん大丈夫だけど、保護者としては一応ね。へたったウマ耳を後ろからくりくりとくすぐる。
「買えました」
「ん。じゃあ飲み物を買いに行きましょう」
「はい」
チケットを両手で持ったままのブルボン。スズカは列の真ん中あたりにいたので、頭を下げつつ合流する。ちょうど、ファンとおぼしき人に話しかけられているところだった。
「あ、と、トレーナーさんですか?」
「こんにちは。はい、彼女のトレーナーです。いつもありがとうございます」
かなり小さな声で話しているし、名前も出してこない。良いファンだ。大声で「サイレンススズカ!?」と騒ぐ人もいるからね。スズカも変装メガネを着けているけど、別によく見ればすぐ解るし。
スズカもブルボンも伊達眼鏡を着けてるの、可愛くて良いわね。イヤーカバーの色も変えてるし、ブルボンも着けてるし。新鮮。
スズカがそれなりに笑顔で話しているあたりからも優良ファンということが解る。大事にしていきたいわね、優良ファン。
「私、トレーナーさんのファンなんですっ」
「ん? え、あ、あっ私?」
「はい。こんなにお綺麗なのに、凄く厳しく指導されてて、そういう方本当に好きなんですよ」
ヤバい奴じゃんか。先に言ってよ。
「そうなんですよ。いつも結構やりたいことを伝えたりするんですけど、全然聞き入れてもらえなくて……」
「あっやっぱりそうなんですね。こういう方に厳しくされるのって良いですよね」
「良……いんですか……?」
スズカとなんてこと話してるの。
「ブルボンさんはどう?」
「マスターのトレーニングは素晴らしいと思います。確実に限界まで鍛えることが可能ですから」
「ちなみに限界までっていうのはどれくらい……?」
「……?」
こっちを見ないで。
「大したことはしてませんよ。ちょっとハードトレーニングかもしれないですけど……」
「ははあ、やっぱり」
やっぱりって何。
────
「マスター。ポップコーンを買いましょう」
「そうね」
「チュロスとタコスも買いましょう」
「良いわよ」
「走ってきて良いですか?」
「ダメ」
ブルボンの欲しいものは基本的に買っていく方針としている。あまり娯楽を好まない以上こういう機会も少ないだろうし。びゅんびゅんに振られる尻尾に気を付けつつ隣で順番に注文をしていく。
私はあんまり食べる気がないので何も頼まず、うきうきで大量に頼んでいくのはブルボンのみ。食べきれるだろうけど、混んでるし迷惑だからほどほどにね。
「コーラとサイダーとファンタをMサイズで」
「バカ三点セットじゃない。トイレとか大丈夫?」
「身体スペックは成人女性と大差ありませんから」
「成人女性だとしてもまあまあキツいと思うけど……」
私はコーヒー……を頼もうとしてスズカに睨まれたのでオレンジジュース。スズカも同じ。全員が飲み物を家族用プレートにたくさんの飲食物を抱えたブルボンからチケットを受け取っておく。お金を払って、入場ゲートへ。
学生証を出すと色々面倒なことにもなりかねないので二人は一般料金になる。問題なくシアター内に入り、私を挟んで三人で並んで座る。少し荷物の整理をしてから、ゲートで貰った遮音イヤーカバーを着けさせる。
「できました」
「ちょっと待ってね。少しずれてる」
「ありがとうございます」
自分で着けるのもまあまあ難しいのよね。大人と子供でそれぞれのフリーサイズしかないから。ずれると遮音性が低下するのでしっかり着ける。
「できた。聞こえる?」
「……?」
「聞、こ、え、る?」
私の声が聞きにくくなったろう。口を大きく動かしてゆっくり話す。ブルボンは賢いし、口の動きだけでうんうんと頷いてくれたので、正解と言う気持ちで撫でる。
「私も着けてください」
「はいはい」
後ろからも袖を引かれたので、そっちもね。こっちの困ったちゃんは最初から着ける気無いみたいだけど、まあそれも可愛いか。特に理由はないけど撫でてあげるとご満悦だった。足りないのか腕を背中側に回されたので、甘んじて背中やうなじを指でなぞる。
スズカにとっては本当に興味のないものを二時間座って見る形になるからね。来なくても良かったのにどうしてもって言うから。まあ、寝るならいびきをかかないように……かかないか、スズカは。
────
『ふざけないでよ! 私そんなこと頼んでない! 勝手に一人で消えないでよ!』
……なんかちょっと刺してくるなこのアニメ。
上映一時間半くらい。二時間映画なので結構クライマックスに近付いてきた。リメイクだけあって初心者に見やすいようになっているらしく、まあまあ理解して見られている……と思う。スズカは一時間もせず寝ちゃったけど。
『二人でいて幸せなんじゃないの!? あなたが死んで私が幸せになるなんてことない! 私の幸せを知ったような顔をしないで!』
寝てて良かったかも。こんなんBGMにされてスズカにじっと見られてみなさい。私の心が耐えられなくなるわ。
首を変に曲げないように少しだけ支えてあげつつ、寝顔の唇に触れる。少しつつくとむにゃむにゃと反応して動くのが可愛いのよね。死んでるんじゃないかってくらい安らかだし。
あまりにも刺してくる映画本編から逃げること十分。スズカの寝顔で遊ぶ私の袖が引かれる。
「……マスター」
ほとんど声の出ていない口パクで私に何かを伝えようとするブルボン。いや、まあ。うん。別に何も言われなくても何となく解るわ、あなたの言いたいこと。
行ってきなさい、と指を向ける。変に前屈みになったブルボンは首を振った。小声の私の声なんか聞こえるわけもないし、無言で眉をひそめて首を傾ける。
今良いところだものね。どう見てもこの後最終決戦だし、土壇場で覚醒しそうな雰囲気も出てるし。それは見逃したくないわ。でも我慢は身体に良くないからねえ。
「いけます」
……いや、もう子供でもないし、いけると言うなら信じるけど。幸いお客さんは少ないし、私達の周囲や列には私達しかいない。これなら急いで抜けることもできるでしょう。好きにやらせるか。
「くっ……」
なんかダメそうだけど。
────
「どれくらい見てたの?」
「うーん……? 途中でトラックか何かが大破したところまでは……」
「開始三十分じゃない」
「流石に向いてませんでした……」
「でしょうね」
上映後、ブルボンのトイレ待ち。結局我慢しきったブルボンは、終わると同時に駆け出していった。私もラスト十分くらいまで記憶無いけど、ラスボスっぽい人が倒れるところとブルボンおすすめの立体バトルは見ていた。
話題になるだけはある、という感じだった。まあスズカよろしく好みではないんだけど、人気になるだけあるなあ、とは。
「迫力はありましたよね、でも。スピード感も」
「バトルじゃなくて事故でそんなもの読み取るのはあなたくらいよ」
「140kmですよ140km。あれは気持ちいいですよ絶対」
「まあ、爽快感はあるわよね」
「そうですよね? では70kmで走ってきます。今トレーナーさん言いましたよね。爽快感があるって」
「出したいとは言ってないけどね」
「トレーナーさんが出したいかは聞いてませんよ。140kmが気持ちいいかどうかの話をしているんです」
「でもあなたは70kmだから関係無いじゃない」
「気持ちは140kmなので」
「何でも良いじゃん」
飲み物も食べ物も全て食べ切ってはいるので、ゴミ捨てはとても簡単だ。これだけ食べてもお昼ご飯は普通に食べるんだからウマ娘は恐ろしい。遮音イヤーカバーも外して返却し、それなりの行列も乗りきったらしいブルボンを迎える。
「大丈夫だった? ブルボン」
「評価S。一切問題はありません」
「ギリギリまで我慢してはダメよ」
「問題ありません。許容限界まで3分の余力を残していました」
「寸前じゃない」
でもまあ、結果論として問題はなかったということで。じゃあお昼でも食べながらブルボンの感想でも聞こうかな。
「行きましょうか?」
「マスター。パンフレットとグッズを購入しましょう」
「……ん、そうね。じゃあ買いましょうか」
興奮冷めやらぬブルボンを挟んでスズカと笑い合い、私達はショップへ向かうのだった。