走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「あーあ。やっちゃいましたねトレーナーさん。これは許されませんよ。私は被害者です」
「絶対に私は悪くないでしょ。それとも何? 私の気遣いが気に入らないっていうの?」
「気遣いが嬉しいかどうかとこれは別問題です」
ある日。トレーナー室にて、私はスズカとロッカーに手錠で繋がれ、完全に宙に浮いたままスズカと揉めていた。ロッカーに繋がれた左足とスズカに繋がれた右腕で完全に宙ぶらりんになってしまっているが、これって慣れている私じゃなければとっくに発狂していると思うけど、どう?
「トレーナーさんが悪いですよ」
「いーや絶対悪くないね」
そして、私の身体を引きちぎらないように手加減をしつつも、私を降ろすつもりはないスズカ。既にランニングウェアに着替えており、走りに行けるだけの荷物も用意しているため、恐らくここで振り切られるとそのまま走りに行ってしまうのだろう。
原因としては、まあいつものスズカの暴走ではある。スカーレットとウオッカがオークスとダービーのお祝いでどこかに旅行に行くことになったらしく、まあ、その引率はもちろん成人女性である私になるのだが、じゃあせっかくだしスズカも別でどこか行く? という話になったわけだ。
スズカを旅行に連れて行くとなると、やはりそこにはランニングコースがあった方が良いというのはもはや常識ですらある。幸い、ウマ娘のためにも全国どこにでもランニングコースはある。ただ、スズカの好みに合うためには景色とか人気とかを考えなければならないわけだ。
「私は旅行先のランニングコースをプレゼンしただけじゃない」
「その気にさせるということが既に罪なんです。良いんですか? トレーナーさんに誘惑されるだけされて放置されたと言いふらしますよ」
「やってみなさい。トレセンの何人が私よりスズカを信じるでしょうね」
「外部です。あと理事長」
「考え直して」
よって、色々なことを調べつつ、ランニングコースを中心にゆっくりできるような行楽地をスズカにプレゼンしたのだけど、話を聞いただけでスズカが温まってしまい、何とかしようとした結果がこれだ。私は無力。ぶらさがったまま教え子に説教をするトレーナーとは。
「良いですか。もう走る気持ちができてるんですよこっちは。空腹のときにグルメ番組を見るのと同じことです。テロですよテロ」
「百歩譲って映像を見せたならそうかもね。でも私は口でしか説明してないわ」
「想像力が豊かなのは良いことです」
「想像力で他人に迷惑をかけてるのよね」
「トレーナーさんは他人ではないです。身内になるので」
「怖……」
スズカもスズカで、結構繊細な力加減で引き続けないと私が引きちぎれるなり着地するなりしてしまうと思うんだけど、大変じゃないんだろうか。ぐっぐっと引っ張られるたびに体勢のめちゃくちゃさに気分が悪くなっていく。誰かに見られたら何て言うの。
「旅行中は走って良いって言ってるじゃない。それで何が不満なの」
「じゃあトレーナーさんは今にも飢えて死にそうなとき、来週ご飯をあげると言われて満足なんですか?」
「別にスズカは飢えてないでしょ」
「飢えてます。走らなければ死ぬという意味で」
ランニングコースのプレゼンって言ったって、付随している設備とか休憩所、人気やコース外観を伝えただけなのに。スズカを甘く見ていた私が悪いのか、あるいは。
「良いんですか。このまま強く引っ張ったらスーツが破けちゃいますよ」
「先に腕の心配をして」
「確かに片腕を失ったら走るときのバランスが崩れちゃいますね」
「あまりにも人の心が無さすぎない?」
欲に飲まれた目をしているスズカ。首を上げるのもキツいのでもはや私に止める術は無い。いつものごとく手錠を引きちぎられたらそこで終わってしまう話であり、これは今日のスズカの帰りが夜中になることも覚悟しなければならない気がしてきた。
「お疲れ様でーす」
「お邪魔しま……す……何……してんすか……?」
ドアが開き、件の世代代表二人が来てしまった。特にこの状況に違和感を持つでもなくソファに座るスカーレットと、入ってくるなり目を丸くしてドン引くウオッカ。マトモなのは後者だ。
「助けてスカーレット……スズカを止めて」
「無理に決まってるでしょ」
「ウオッカと二人なら何とかなるでしょ」
「一旦一息入れても良い?」
ウオッカに対しては自発的に飲み物を用意したりはしないスカーレット。それぞれが冷蔵庫を開き、当然のようにそれぞれの名前のラベルが張られたジュースの瓶を取り出した。コップも紙ではなく普通のプラスチックのものがある。どうなってるのこの部屋は。
「助けなくて良いのかよ」
「良いのよ。どうせしょうもないことで揉めてるんだから」
「待って。しょうもないなんて言わないで。命が懸かってるのよ」
「そんなヤバいんすか」
「走らないと死んでしまうの」
「トレーナーの命じゃないんだ……」
マトモと思われていたウオッカもスカーレットに言われるまま手を出そうとはしないし。これが今年のオークスウマ娘とダービーウマ娘? 返上してしまいなさいそんなもの。
「そういえばウオッカさあ」
「あんだよ」
「今度のCMさ。詳細見た?」
「シューズのやつか? それともバイクのやつ?」
「バイクなわけないでしょバカ。ちょっとマウント取るのやめなさいよムカつくから。免許も無いのにバイクのCM請けてんじゃないわよ」
「来たものはしょうがねえだろ。妬むなよ鬱陶しいから。お前にも来てたんだろ、写真集のオファーだっけ?」
「なんか安売りしてるみたいで嫌」
「あっそ」
何日常会話してるの。先に私を助けてくれても良いんじゃないの?
「スズカさんを走らせたくないんでしょ? そうしてるのが一番じゃない」
「今ちょうど引きちぎろうかとしてたんですけど。もう我慢できないので」
「スカーレット」
「解ったわよ、もう。ウオッカ、手伝って。スズカさんを組み伏せて縛るわよ。そこの棚にロープがあるから出して」
「イカれてんのかよこのチーム」
────
「ところで、シューズのCMって?」
「え? ああ、まあ……あんまり言いふらさないでくださいね。私達二人で新発売のシューズのCMやるんですよ。来週撮影なんですけど」
「そうなんだ……凄いじゃない。どのブランド?」
「これです」
「わあ大企業」
「なんでこの状態の人と平気で話せるんだ、お前」
ブルボンも合流し、三人がかりで何とかスズカを制圧した後。縛られたあげく目隠しもされたスズカは、スカーレットたちが今度やるCMに興味を持ったらしい。
「頂点に立つ私に、新発売のシューズを履いたお二人が向かってくる構図です。それぞれ別バージョンのものを履くそうです」
「そうなんすよ。俺達に合わせてクールモデルとキュートモデルにするんですって。キュートですよコイツが」
「アンタのクールの方が不思議でしょ」
「は? クールだろ。カッコ良いって意味だぞ」
「もうそのセリフがカッコ良くない」
「なんだと?」
一言おきに喧嘩するもんなあ。これで旅行とかできるの? 私嫌よ、喧嘩珍道中とか。
「確かに、ウオッカさんの世間一般のイメージは『クール』ではないでしょう」
「えっ」
「もっと『かっこいい』に寄った表現が適切です」
「あっそういう……へへ。やっぱ解る人には解るんすよね。やっぱダービーウマ娘は違いますよ」
「きっしょ」
世間からのイメージで言えば……まあ、ウオッカはかっこいいウマ娘なのかな。実際そうだとも思うし。スカーレットが解らないのよね。一応優等生ムーブはしているしそれは嘘じゃないんだけど、詳しければ詳しいほどその奥の激情に気が付いてしまうような気もする。オークスのあれもあるし。
「あ、というかウオッカ、ダービーおめでとう。言ってなかったわよね」
「あ……ありがとうございます。おかげ様です」
「全然、私は何もしてないし」
無事ダービーに勝てて良かったわ、本当に。あの勢いでウオッカだけ負けたら目も当てられなかったし。これで二人の決着は秋華賞で確定したわけ。まあ話題的に二人とも宝塚記念には出られると思うけど実際出るかは別だし、出たら出たでスズカvs黄金世代の勝負に巻き込まれるで決着がつくかというと、だし。
……まあ、ウオッカの成長速度と素質から考えると、クラシックの段階でなんかいい勝負をしてきそうなのが怖いところだけど。流石に大丈夫だとは思いつつ、完全に安心できないのがウオッカだ。私曰くシンボリルドルフ並の存在である。
「秋華賞も楽しみにしてるわ」
「ねえ待って。反応おかしくない? いつもみたいにウオッカを何となく下に見なさいよ」
「私のことなんだと思ってる?」
「スぺ先輩にはそんな言い方するじゃない」
「それは本人だって下だと思ってるし……」
「苦しい言い訳ですねえ」
スズカは私の味方しなさいよ。
「ランニング100kmで味方をしてあげます」
「じゃあ良いわ。私一人で戦う」
「言いなさいトレーナー。精々スカーレットに勝てると良いわねウオッカ。無理だと思うけど、って」
「そんな酷い言い方したことないでしょ」
「文意はおおよそその通りかと思いますが」
いつの間にかロープを千切って膝枕のまま私のお腹を叩き始めたスズカ。全体の空気が丸くなったことで走行欲も治まったのか、かなり大人しくなってきている。ウオッカはまだ少し距離がある子だから少し自重してくれてるのかも。偉いわスズカ。こんな感じでもっと大人になってもらえるととっても助かるんだけど……。
「全然何言ってもらってもいいすよ。もう覚悟できてるんで。スカーレットにもうちのトレーナーは狂ってるって何度も言われてるんで」
「は?」
「事実じゃない」
「お仕置き確定よねこんなの」
「よくやったわウオッカ。アンタのおかげでたった今特別メニューが確定したから」
「減らすに決まってるでしょ」
「アンタを許さないから。ウオッカ」
「もっと脈絡考えて口開けよ」
「やっぱり走って来て良いですか?」
「ここやっぱ狂ってんな……」
ごめんねウオッカ。私達はこの三人に振り回されるしかないみたい。数少ないマトモ側としてこれから頑張って行こうね。
「いや……たぶん無理だと思います」
「アンタ何言ってるの」
「マスター……残念ですが」
「走って来て良いですか?」
「……もうちょっと脈絡考えてから口を開きなさい」
今更ながら、あまり内情を知らないであろうウオッカに言われると心に来る。もう少し隠すような振る舞いをしよう、と心に決めた。