走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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ラストスパートです。
まだちょっと決めかねてるんですが、交互に真面目なのとそうでないのが来るかもしれません。読む時はサブタイトルを見てお気を付けくださいね。


充電中のサイレンススズカⅠ

 

「あっ待ってください」

「どうしたの」

「ちょっと……今走らないとダメかもしれないです」

「早い早い早い」

 

 

 スペシャルウィークからランニング禁止を押し付けられて二日。既にスズカは限界に達していた。

 スペシャルウィークのランニング禁止令の時点で、既にスズカは三日走っていなかった。私も心配になって禁止前に走らせてあげようと思ったものの、それは黄金世代全員から否決されてしまったのでできていない。

 

 

「ダメですよ、スズカ先輩」

「うぅ……元凶がいじめてくる……」

「任務に忠実なだけでしょ」

 

 

 そのため、今日の時点でスズカは狂う寸前まで来ている。ソファの私に膝枕をされながら震え始めるスズカ。対面に座ってお茶を啜るグラスワンダーが一言で切り伏せた。

 

 スズカが勝手に走らないよう、持ち回りで黄金世代とスズカの友人が見張りにくるらしい。これは平日も休日もだ。彼女達も残り二週間で毎日追い切るわけではないし、本当の直前は宝塚には出ないエアグルーヴやメジロドーベルがやってくれるらしい。なおマチカネフクキタルは『身近な人を走らせると吉』が出るとその通りにしかねないので、メジロブライトはのんびりしすぎていてスズカを止められないので雇用されていない。

 

 

「落ち着いて深呼吸してください。大丈夫、スズカ先輩なら耐えられます」

「酸素が足りると走りたくなっちゃいます」

「えっ」

「グラス先輩。話を聞いてはダメです。気が狂いますよ」

 

 

 うちのメンバーは当然全員いる。宝塚記念に出ることが確定しているブルボンはスパルタが始まっており現状意識がないが、スカーレットはまだ迷っているらしいので少しだけ負荷が軽く、普通に生きて暇潰しにグラスワンダーに勉強を教わっている。

 

 

「スペちゃんの食欲より強いとは聞いていましたが、まさかここまでとは……驚きです」

「全然強いと思いますよ。スペ先輩はトレーナーさんに言われたら我慢するじゃないですか。スズカさんは我慢できないので」

「トレーナーって何なのかしらね」

「……トレーナーさんが甘やかすからだと思いますけどね、私は」

 

 

 グラスワンダーの前なので猫を被っているスカーレット。すぐに剥がれるんだからやめれば良いのに。

 

 

「ぐぐぐ……」

「まあまだマシな方よ。後輩への責任感で我慢しているうちはたぶん大丈夫だと思うわ」

「そうなんですか……?」

 

 

 私のお腹に顔を埋めたまま脚をばたばたと動かすスズカ。背もたれが結構えぐめの音を立てている。ただ、私を力ずくで排除しようとしていないあたりまだまだ余裕があるのかもしれない。とはいえ、下手に私が許可したら何もかもを忘れて走ってしまいそうではあるが。

 

 

「平気で我慢しているみたいなこと言わないでください……!」

「事実じゃない。それとも何? もう縛る?」

「もうちょっと甘やかしてくれても良いじゃないですか!」

「どうしろって言うのよ」

 

 

 しかし流石はグラスワンダー、私がスズカの鼻先や唇で遊んでいる間も落ち着いている。スペシャルウィークと一番仲が良いというのもあるし、彼女はスズカに一度直接叩き潰された経験もあるからね。一度狂人だと思った人間がどの方向で狂っていたとしてもそこまでの驚きはないということだ。

 

 スカーレットもグラスワンダー先生に懐いているし、ここと相性良いかも。ブルボン先生は暗記しろとしか言わないから教えられがいが無いのよね。グラスワンダーも口は少ないけど教え方は適切だし。グラスワンダーとキングヘイローのおかげで黄金世代からは赤点が出ていないらしい。

 

 

「他の欲で散らしてしまえば、と思ったんですが、それも無理そうですね。スペちゃんはどうしてもお腹が空いたら寝ていますが」

「それで何とかなるの?」

「夜中目が冴えてしかもお腹が空く最低の状態になります」

「最悪じゃない」

「懐かしいわね……そんなことあったなあ」

 

 

 同室の話よスズカ。懐かしまないで。

 

 

「そういえば同室でしたね。一人部屋かと思ってました」

「グラスワンダー?」

「ふふ。冗談ですよ。ちゃんと解ってます」

「でも私は退室の話を進めてますよ。転居先はトレーナーさんの家です」

「ちょっと? 何してるのあなた」

「いや当たり前じゃないですか。実態がないなら他の人に譲るべきです」

 

 

 ……まあそうだけど。でも正式に同棲はなんかちょっと嫌。

 

 

「それはそれで困っちゃいますね。今の部屋、みんなで集まるのにちょうど良いので」

「あなたはもっと真面目だと思っていたわ。グラスワンダー」

「そうでしたか? 本当に真面目だったら今ここにいませんよ」

「まあ確かに今先輩を監禁してるも同然ですもんね」

「今監禁って言いました? 言いましたよね。ねえトレーナーさん。監禁ですよ。悪いことですよね。じゃあ解放した方が良いですよね。走ってきますそうしましょう」

「スカーレット」

「私が悪かったです」

 

 

 条件反射で暴れ出すも、私の手とスカーレットの後頭部で押さえつけられるスズカ。抑止力は0.1:99.9くらい。

 

 

「大丈夫ですか? お手伝いしましょうか」

「大丈夫よ。ねえスズカ?」

「大丈夫じゃありません……」

「縛りますか?」

「……まだいけるから……この間気付いたんだけど、みんなに縛られるのはちょっと傷付くの」

 

 

 確かに真面目ではないわね。真面目な子は先輩にロープを向けないもの。あとスズカは私とエルナトの後輩に縛られるときもちゃんと傷付いてね。

 

 

「どうにかやる気が萎えることを言ってあげたいですね。褒めるのと貶すのどちらがお好みですか?」

「両面待ちで走りに行くわよこの子は」

「そもそも先輩って人を貶すとかできるんですか? なんか苦手なイメージがあります」

「ふふふ。まあキングちゃんより得意ですかね?」

 

 

 にこやかに笑うグラスワンダー。過去一番絡んだのはスズカがボコボコにした時なので、今もやはりあの時の心底絶望したような顔が脳裏にちらついてくる。レース本番に並ぶような消耗の後、甘えた自分に気付き吐き気を催すほど嫌悪したあの表情は二度と見たくないものだ。人がああいう感情になんてならない方がいい。

 

 ……まあ、宝塚で負けたところでああはならないだろう。今回はグラスワンダーも本気だし。

 

 

「……何か失礼なことを考えていますね?」

「あら。どうして解ったの」

「スペちゃんからよーく聞いてますから。ここでは煽……舌戦……やる気が出る、と」

 

 

 選んだなあ、言葉。

 

 

「私にもやっていただいても構いませんよ?」

「そんな、私の性格が悪いみたいな言い方しないで? 別にわざとやってるんじゃないんだから」

「なお悪いじゃないですか」

「わざとじゃなくても嬉しいですよ」

「性格の悪さを否定しなさい」

「……???」

「可愛い顔しないのーっ」

「ふゃふゃ」

 

 

 顔に指を当て首を傾げるスズカ。可愛い子ぶれば何でも許されると思っていそう。許されないので口を横に引っ張って、いーの顔。指を舐めないで。

 

 

「冗談です。走る前に多くを語るのは好みではありませんから」

「走って語るにはバ身が離れすぎるんじゃない」

「……」

「んふふ」

 

 

 わざとやればこんなもんよ。こういうのが好きってわけじゃないけど、スズカの後輩だしサービスってことで。

 

 

「そういうのは似合わないわよグラスワンダー」

「……確かに。やめておきます」

「何を言ったってレースには勝てないし」

「……ふう。少し……そうですね」

「うちのトレーナーが本当に申し訳ありません」

 

 

 というかウマ娘全般、そういうマイクパフォーマンスみたいなのの適性は無いような気がする。特に直接行くような……レスラーやラッパーみたいなのは。売り言葉買い言葉で強めのことを言うことならありそうだけど。

 

 

「スズカさんなら勝てるかもしれないですよ。スズカさんそういうの苦手なので」

「スカーレットさん? 先輩よ?」

「まあ良いじゃない。何か言ってみなさい、スズカ」

「むぅ……」

 

 

 横になったまま首を傾げるスズカ。十秒ほど考えた後、結構小さな声で言った。両人差し指でグラスワンダーを指さしているのが可愛い。

 

 

「私の方が走るのが速いわよ」

「レースは脚の速さだけでは決まりません」

「でも私が速いし……」

「それを何とかするためにみんな作戦を立てるんですよ」

「だけど」

「それで勝負がつくならタイムを提出し合えば良いじゃないですか」

「……ぇぅ」

 

 

 スズカ、敗北。

 

 

「おかしいです……遅いと言われて怒らないウマ娘がいるはずがありません」

「効くだろうけどそれだけでカッとなるのはあなただけなのよね」

「そんなはずありません。遅いわよグラスさん。遅い遅い」

「ふふふ。だったらもっと頑張らないといけませんね」

「……生意気だからグラスさんが嫌いよ」

「私もスズカ先輩の走りは嫌いですよ」

「むぐぐ」

 

 

 とてつもなく弱いわねこの子。やっぱりわざと攻撃するセンスは無いみたい。無自覚に話すときは結構クリティカルを出したりするんだけど……天然の強者とはそういうものよね。グラスワンダー、本当に何も怒っていなさそうだし。やっぱりこう、私達みたいな真面目に生きてきた人間にはそういうのは無理なのよね。

 

 

「トレーナーさんのは結構心に来てますよ」

「どうして? 事実なのに」

「そういうところですよ」

「私の口が下手でも良いんですよ。トレーナーさんがいるんだから」

 

 

 そうかな? そうかも……。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「もう大丈夫ですか? そろそろ私はおいとましようかと思いますが」

「グラスさんが消えたら即走るわ」

「私が責任もってそうさせないから安心してね」

「すみません先輩。助かりました、色々と」

「いえいえ」

 

 

 夕方。グラスワンダーは寮の門限があるので解散しようかという話になっている。今日はスカーレットも帰るらしいので帰り支度中だ。今日はって何よ。グラスワンダーに猫被るより毎日寮に帰った方が良いんじゃない? 

 

 

「力が必要なら私もマスター宅へ行きますが」

「そうね……挟んで寝ようか」

「承知しました」

「ブルボンさんなんか九時にはぐっすりなんだからろくなことできませんよ」

「む……いえ、残存体力からシミュレート……反論できません。八時三十分にはスリープモードに移行予定です」

 

 

 外で縛るのもあれなので、復活したブルボンにはスズカを後ろ手で極めてもらっている。無いに等しい拘束だけど、何ならブルボンにミッションを与えることでやる気を消費させる狙いもある。こういうのがないと脳内がスパルタトレーニングでいっぱいになってしまうので。

 

 二人と別れ帰路。夕陽を浴びたことで定期的に走らせてと呟くスズカも、ブルボンなら完封できる。普段なら私の命令とスズカの命令が等価値で矛盾するとバグる困った子ちゃんだけど、今回はブルボンにとってもフルパワースズカとの対戦が懸かっているから問題ない。全部問答無用で切り捨てている。

 

 

「ブルボンさん……」

「ダメです」

「逆に何をしたら走らせてくれる?」

「ランニング禁止令を達成したらです。もし我慢できなければ私が走行中の映像を差し上げます」

「それはスピードが足りないからいいかな……」

「……そうですか」

 

 

 後部座席で平和に語り合う二人をミラーで見ながら、来る宝塚に向けてスズカに何をさせようか、と頭を捻るのだった。

 

 ──現実的に、グラスワンダーの爆発力はスズカにとっても脅威である、という点も含めて。

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