走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「それで、お前はどうするんだよ」
「……何がよ」
「一つしかないだろ」
宝塚まであと二週間とちょっと。偶然ウオッカと同時に寮に着いたから、そのついでに一緒に大浴場まで来ることにした。結構半端な時間だけあって浴場にはほとんど人がいなかったし、サウナに至ってはアタシ達しかいない。
おかげで周りを気にしなくて良い。誰かが入ってきたらすぐに解るし、大浴場のサウナはやたら防音がしっかりしてるし。
「あー……まあ、そうね……」
話題はまあ、宝塚記念のことになる。それも、アタシが出走するかどうか。二人しかいないから、物言いに遠慮する必要もない。普段なら……というか二人しかいなかったとしても失礼な物言いだけど、宝塚に出走するか、なんて他では話せない。
「走らない、かな……」
「……そうか……」
顔にタオルを乗っけているので、ウオッカの表情は解らない。まあ、がっかりしているのなんて簡単に解るけど。でも、しょうがないじゃない。どの道走る選択肢なんて無いんだから。
アタシを走らせるために、トレーナーは過労とか急性中毒とか色んなことで倒れた。まさか本当のことを言うわけにはいかないから、結果、アイツはアタシの大事なレース当日に勝手にオーバードーズして倒れたバカになった。よくもまあクビにならずに済んだわねアイツ。
元々、トレーナーはウマ娘の身体を大事にしない代わりにレースで結果を出させる、トレセンでも圧倒的に『悪』であるトレーナーだ。身体を壊さないように大事なレースだろうと休ませる、という方がトレーナーとしては正しい。それに加えて今回のこと……大人からも生徒からも評判は地の底と言って良いんじゃないの。流石に何人かから心配のメッセージも来てるし。
そもそも、チームから二人出す時点で反感は買っている。スズカさんもブルボン先輩も、事実はどうあれ世間からすれば無敗のイメージが強い。それがぶつかることを嫌う人もいる。ただ、これについてはそれを望むファンの方が多い、と思う。
が、三人出したら話が違う。アタシには二年連続の無敗三冠がかかっている。そして、ウオッカとのライバル関係が全面に押し出されている以上、アタシがコイツとの決着前に負けることは許されない。
「トレーナーもそう言ってたよ。普通に走る意味が無いって」
「でしょうね」
それに、本当に悔しいことだけど……アタシの実力ではスズカさんに正面対決はできない。となれば作戦勝ちしかないけど、あの人はただの作戦ではダメだ。奇策と呼べるまで身を削らなければ勝てない。
だけど、奇策は失敗すれば間違いなく着外に沈む。わざわざ勝てない勝負を挑ませて、意味の解らない走りをさせて、アタシの戦歴に傷をつけるなんて。トレセン内が解ってくれても外が解ってくれない。アタシがトリプルティアラをとっても、この悪評はむしろ強まってしまう。
だから走れない。『強敵に挑みこてんぱんにやられたが再起した』というシナリオはウオッカにしか許されない。もちろん、『当代最強を打ち破りライバルとの決戦に挑む』となれば歴史の主人公だろうけれど。
「本当に勝ち目は無いのかよ。お前頭が良いだろ。何か考えつかないのか」
「無理」
普段の姿はどうしようもない人だけど、トレーナーとの絡みは時々腹も立つし、煽られたらついカッとなって手も出るけど。普通にダメ人間だと思うし、トレーナーを捕まえられなかったらどうやって生きていくのと思うし、早く結婚しなさいよ見てるこっちがイラつくからとかいつもいつもいつも思ってるけど。
それでも、あの人の走りは本物だ。トレーニングですら、いまだに強く気持ちを持たないと折られそうになる。ターフに立つあの人の姿を見て怯えたことも何度もある。あの人の魂が振り撒く、レースウマ娘にしか解らない、心をへし折る絶望感は、なるほど、トレーナーの言う通り、ルドルフ会長やそのレベルの『頂点』だ。
「……そうか。じゃあ頑張って考えろよ」
「話聞いてた? 勝てない。無理」
「聞いてた。考えろ」
「無理なものは無理」
伸びをして、ついでにタオルをとってウオッカをちらり。頭からタオルを被って項垂れるようにして座っている。こっちを見ていない。何も伝えるつもりが無いみたい。
じゃあ何が言いたいのよ、コイツ。
「……まあ何言ってても良いや。どうせお前は走るんだからな。お前には無理だよ」
「……何? 今、バカにした?」
「解るだろ。そうじゃねえよ」
ウオッカの目がこっちを向いた。真剣な顔だ。怖い顔。アタシのことを解っている面が気に入らない。親じゃあるまいし、アタシよりアタシに詳しい面をするな。
「無理だろ、スカーレットには。ちょっと考えれば解る。これがスズカ先輩のラストランだぞ」
「……それは、そうだけど」
「一番を譲られて満足するような奴じゃないよ、お前は。知っちゃってるもんな」
真剣な目をされるとときめく自分がムカつく。
トゥインクルシリーズで今の頂点はスズカさん。それは揺るがない。それ以外を言ってる奴がいればモグリだ。アタシが目指すのはそこ。たとえ負けていても、満場一致で最強であると言われるような存在。まさに、アタシが目指すべき一番の像だと思う。
スズカさんのいない舞台で勝って、そこに何があるんだろう。そんなことは解ってる。それでも。アタシはアタシとトレーナーのため、バカなレースはできない。アタシは無傷で、トリプルティアラを勝って、一番に……一番になる。
「俺も、お前に宝塚を走れとは言わねえ」
レースを引退したらきっと、スズカさんはターフには来ない。私達の全力はターフで、レースで、勝負服で、それを見ることはたぶん永遠に無い。どこかを吹き抜ける風を見て、恐らくアタシはスズカさんを思い出す。
「だけど、走ると信じてる」
一度も本気で戦ったことのないスズカさんのことを、一生忘れない。
「待ってるからな」
「……二人して沈んだら、クラシックがめちゃくちゃ盛り下がるわ。敗者復活戦じゃない」
「おう。じゃあ絶対勝たないとな」
どっと汗が吹き出てきた。もう二十分も経ってる。これ以上入るのはやめよう。とりあえず、そう。水風呂。のぼせた。
「……本当、アンタは気楽で良いわね」
「だろ?」
ムカつくのでハンドタオルを投げつけた。脱衣所でめちゃくちゃ後悔した。
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「あ、もしもしトレーナー。今良い?」
「あ、もしもしトレーナー。今大丈夫か?」
「ああ、うん。宝塚の話」
「ああ、そうそう。宝塚の話」
「あのさ、やっぱり、とか言うのは違うかもだけど……でも、あの」
「あのよ、トレーナーはああ言ってたけどよ、やっぱりさ……その」
「ちょっとした、確認なんだけど」
「ちょっとした確認なんだけどさ」
「アンタ、アタシが望んだらクビになったって文句無いわよね?」
「トレーナーさ。宝塚の作戦って、その中にスカーレットはいるのか?」
「……え?」
「……え?」
「ふふっ、そう、あっそ……そうなの……」
「ははっ。そうかよ。そう……そうか……」
「……そうやって見透かして来る感じ、本当に最低よね」
「言わなくても解ってくれるんだよな。本当に最高だよ」
「よろしく、トレーナー」
「頼むぜ、トレーナー」