走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
とはいえ特にストーリーとかはないのでこっちだけ読んでもらっても何も問題はありません
次話からも頑張ろうとは思っていますが、気長にお待ちくださいね。
「むー……」
「何。走りたいの?」
「今走って良いって」
「言ってない言ってない」
ある日。スズカはランニング禁止続行中だが、当然ブルボンとスカーレットはその限りではない。スカーレットも宝塚記念出走を決めたので、しっかりと二人でスパルタトレーニングを行っている。
「これは差別じゃないですか? 別世界のサイレンススズカも怒っています」
「勝手に背負わないで。あなたってすぐ別の世界のサイレンススズカがランニング狂だって妄想を前提にするわよね」
「事実じゃないですか!」
「怖……」
目の焦点がぶれ始めたスズカと監視役の後輩を二人きりにはできないので、渋々スズカも外に出てきている。スズカとしても外気には触れたくなかったらしいんだけど、流石に後輩が可哀想だ。
「大変なんですねえ、これ毎日ですか?」
「毎日よ」
「走らせてくれたら明日にでもやめます」
「知ってるもの。今日仮に走らせても明日には同じことを言うでしょう」
「やってみないと解りませんよ? 一回やってみませんか?」
「にゃはは」
「にゃははじゃないが」
まあ実は大丈夫だったかもしれない。今日の監視役はセイウンスカイだ。あんまりうちに来ないのでそこまで詳しくは知らないが、黄金世代でも相当頭がキレるウマ娘である。何となく掴みどころのない子だが、スズカを含めみんなで遊んでいる時でも彼女だけはあまり損な役回りにはならない。そして、それはレースでも同様。
本当に、セイウンスカイのレースIQは唸らざるを得ない部分がある。もちろんスズカみたいな圧倒的な力相手に通じるかは知らないけれど、少なくともスペシャルウィークやキングヘイローに勝ったという実績は彼女のステータスからはちょっと考えられない。キングヘイローのアクシデント込みでレース支配ができなかったダービーでも、ほぼ差のない上位に入っている。
特にあの菊花賞は素晴らしい。セイウンスカイならエルコンドルパサー相手でもどうにかするんじゃないか、という希望すら感じられるほどの下克上だ。レースの上手さだけで言うならエアグルーヴやシンボリルドルフにだって負けはしないだろう。悲しい言い方だが、身体能力に恵まれない状態で勝とうとした結果だ。数字だけで見るならセイウンスカイは決してGⅠ級のウマ娘ではない。それでも勝てるあたり、やはり黄金世代だ。
「じゃあスズカさんシュークリーム食べます? にんじんクリームですよ」
「不味そう……」
「すっごく美味しいですよ? どうですかスズカさん」
「ランニングクリーム……」
「もう言葉も通じないか……」
怪物みたいに言わないで。怪物だけど。
「自分で食べて良いわよ。スズカは今栄養を摂ったら走ってしまうから」
「自分では食べませんけどね。太りたくないし」
「結構小柄だし華奢じゃない? あなた」
「まあ……結構ギリギリの調整をしてるので」
そもそもセイウンスカイ、かなりふてぶてしい。私が怒らないからといって堂々と三脚やカメラ、時計とメモ帳から様々な道具を持ち込んでうちの子達を本気で分析しようとしている。怖いわこの子。
「スズカさん、握力計って良いですか? あとこれ脚で持ち上げてみてください」
「よくやるわね」
「情報は更新し続けないといけないですよ?」
「……まあ、それはそうかも」
よく考えたら、同じことを私もやっているか。私の場合見れば事足りるからそれで終わっているけど、常に色んな子を見てステータスを把握しておくからこそ私達が成立しているわけだし。
ただ……よくそれを人力でできるわね。一流のトレーナーや賢いウマ娘はみんなこれくらいやっているのかしら。やっているんだろうなあ……怖いわ……。分析され放題なのにそれを止めないお前も怖い、とか言われそうだけど。
「あ、二人とも耳塞いで」
「ぁぃ……スカイさん耳。壊れちゃうから」
「え? あ、はい」
スズカの身体を弄びつつ、そのスズカに促されたことで私のメガホンに気付いて耳を塞ぐセイウンスカイ。走ることに狂っていても後輩のトレーニングの邪魔はしない。本当に良識のある子ね。
「スカーレット!!!! 真面目に走りなさい!!!!」
「ひぇっ」
「かわいそうに……」
「ごめんなさいね」
スカーレットがバテ始めてかかっていたので一喝。設定タイムの基準がブルボンなのでスカーレットにとってはかなり厳しいんだけど、それを望んだのは本人だからね。そのぶんちゃんと工夫もしているし。スカーレットが手に持ったボタンを押すとブルボンの着けているイヤホンに合図が行き、ブルボンの走行位置が切り替わる。
スカーレットに対して斜め前、すなわちアウトを走るモードと、スカーレットの目の前に立ち風避けになるモードの二つがある。ブルボンにとっては走行位置を切り替えても全体タイムを変えないようにする訓練でもある。
……ただまあ、風除けをしてもらうというのはスカーレットにとって屈辱なので、まだ一回も使われていないけど。
「びっくりした……本当、いつもいつも大変そうだなあ……」
「スカイさんもやる……? 一緒にトレーナーさんにお願いしてみない? とても成長できるわよ」
「嫌でーす。脚は大事にしたいので」
「そんなぁ……」
「当たり前でしょ。誰があんなこと好き好んでやるのよ」
あと、私が言えた話じゃないけどライバルの成長を促さないで。
外気と、後輩が走っているという事実に狂いかけているスズカはセイウンスカイがデータ取得目的で適当に相手をしてくれている。おかげでトレーニングは円滑。息も絶え絶えに帰って来たブルボン達を迎え入れ、ターフに転がして休憩を取らせる。
「はっ……はっ……はっ……」
「お疲れブルボン。流石ね。設定どおり」
「ありがとう……ございます……」
まずはブルボン。割と余裕があり、何なら倒れる必要も無いはずだが大人しく従っている。もはや恒例となった顔面ドリンク待ちが露骨ね。でもそれがお望みなら仕方が無いので水筒を内蓋ごと外しながら汗で張り付いた前髪を退ける。
目の焦点も合っているし、思考も回っている。まだまだいけそうね。スピード、スタミナともにもはや超一流に踏み込んでいるうえにこの根性。相手がスズカでさえなければね……これが黄金世代相手ならまだ勝ち負けになりそうなんだけど。
「何か要望はある?」
「ミホノブルボンの身体スペックを……フル活用できるよう、さらなるタイムの短縮を……」
「ダメ」
「ぶぶぶ」
顔面にドリンクをかけて黙らせる。どんどんステータスも上がってきているのにそれに合わせて無限に負荷をかけてみなさい。間違いなく身体が壊れるわ。ウマ娘の身体はウマ娘が全力を出すことを想定して設計されていない。人間のように簡単にはいかないのだ。
「で、スカーレット」
「なに……! 話し……かけないで……!」
「ダメじゃないスカーレット。中盤までは一定のペースで走れと言ったでしょう」
「うっさい……次……次はいけるんだから……!」
「本当? スカーレットはスカーレットのタイムでやったら?」
「絶対嫌……! レベルを落としたらぶっ飛ばすわよ……!」
「怖すぎ」
疲れてくると加速し、気合が無尽蔵に上がっていく。弱音を吐かないというのが何よりこの子達がイかれている証拠である。ブルボンと同じくドリンクを顔面から被りつつ、とっくの昔に脱ぎ捨てたジャージで拭くスカーレット。それはタオルを使いなさいね。
とんでもない目つきで立ち上がるスカーレットの腕を引っ張り上げ、まあポーズではあるんだけどちゃんと目を見て怪我率を確認。うん。まだ全然行けるわね。酸素も吸わせて呼吸を整える。よし。じゃあもう一本行きましょうか。
「いつもこんな感じなんです?」
「今日は少し厳しめかも……? ごめんね、私はやらせてもらえないの」
「まるでやりたいみたいな……」
「だって走れるんだもの」
笛を吹き、ゲートくんを起動。駆け出していく二人を常に視界に捉えながらもスズカにも構わなければいけない。両方やらなきゃいけないのがトレーナーの辛いところよね。たぶん普通のトレーナーはこんなことしてないけど。
「んーっ」
「くっつくのはやっ」
……いやどうだ? 普通のトレーナーでも、専属からチームになったようなところだとその辺りの関係性変化で揉めたりってのがあると聞いたことがある。ウマ娘は独占欲が強い。だからといって今のこの子みたいに露骨にすり寄ってくるのはそうそういないと思うけど。
「せめて100kmだけでも何とかなりませんか……? このままだと脚が勝手に走ってしまいます」
「そういう時は最小単位を言うのよ」
「じゃあ10km……」
「妥協って知ってます?」
「妥協で走れるなら苦労しないから……」
あら綺麗なバイシクルクランチ。脚だけ勝手に動くとそうなるのね。
「これで良いんですかトレーナーさん。おかしいと思いませんか。このままだと私が勝手に走りに行っちゃいますよ。そうなる前に許可した方が良いんじゃないですか」
「どちらにせよ走るんじゃない」
「勝手に走るより許可のもと走る方が気持ちいいじゃないですか」
「あなたの罪悪感の話? それは私には関係無いじゃない」
「担当の心労を取り除くのはトレーナーさんの役目ですよね?」
「……まあそれはそうね」
今回は違うけど、トレーナーは担当ウマ娘のために……時には担当でも何でもなくともウマ娘のために尽くして当然という流れはある。私もそう思うし、誰に言ってもそう言うだろうし。
今回は違うけど。
「でもダメ」
「ぬぬぬ」
くるくると寝返りを繰り返すスズカ。ほら、そろそろ二人が帰ってくるから離れなさい。
「離れたら走りに行きますよ。良いんですか? 困るのはトレーナーさんではないはずです」
「この流れで後輩を売りますか、普通?」
「うぅぅ……」
後輩を売ってはいけないことを理解しているからまだ大丈夫ね。
「あぁぁあっっ!!!」
「はい、お疲れ」
帰って来た二人。滑るように倒れ込み息を吐くばかりで動かなくなってしまった。何だかんだスズカも二人の介護を手伝ってくれて、怪我率がゼロになるまで少しだけ休憩。スカーレットなんかもう気絶寸前だけど大丈夫だろうか。普通のウマ娘ならここで弱音を吐く……というか、マトモな生物ならそうするだろう。
「まだやれそう?」
「問題……ありません……再起動まであと三分二十秒……」
「当たり……前でしょ……!」
しかし、エルナトは違う。それが勝ちに繋がるなら、それで自分が鍛えられるなら、文字通り血を吐いてでもトレーニングを続けることができる狂人の集まりなのだ。
「あっ待ってくださいトレーナーさん。来てます来てます。今波が。今走ったら最高だと思うので一回考えてみませんか」
「考えたわ。却下」
「そんな……」
「スズカさん、この映像見てもらって良いですか? この三番の子の走りを評価してほしいんですけど」
だからこんなに狂人が集まるのよね。トレーナーはマトモなのに。困っちゃうわ。