走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
とはいえもうそう長くはありませんので、最後までお付き合いいただければと思います。
「……呆れた。まだやってるの?」
「あ、やほーキング。スズカさんの監視は終わったの?」
「まあ、ね。特に何も無かったけど」
下校時刻まで残り三十分。いるかと思って訪れたスカイさん達のトレーナー室。案の定、二人は書類や書籍の山に埋もれてなお作業を続けていた。
スカイさんのトレーナーさんは連日の激務が祟ったのか机に突っ伏して眠っている。慣れているからか、スカイさん本人は平気そうにクリップで留めた分厚い紙束を捲っていた。
「飲む?」
「……頂くわ」
差し出されたマグカップを受け取って、口元まで持ってきて止める。かなり濃いカフェインの香りがする。ウマ娘用の、安物の強いコーヒーね。まさか彼に飲ませていないでしょうね?
「飲ませるわけないじゃん。病院行きだよ」
「そんなものを同じ空間に置くのは危ないでしょう」
「まあまあ。細かいこと言わないでよキング。こうでもしなきゃ時間が足りなくてさ」
スカイさんは毎日こうして資料や考察メモに溢れている。鈍らない程度の簡単なトレーニングはするが、能力を上げるようなことはほとんどしていないように見える。
だけど、諦めたのかと言えばそんなはずはない。昔ならいざ知らず、今のスカイさんがそう簡単に勝負を捨てるとは思えない。
コーヒーは飲まずに返す。そこらにある書類の一枚を拾う。ライスシャワーさんの分析データの一部だった。
「で? 何か思い付いているの?」
「全然。参っちゃうよね。いくら考えても、現実的な勝ち目が見付からない。まだ全教科満点とかの方が簡単かも」
「……そう。だけど、最後には何か思い付くのでしょう?」
「買い被られてるなあ」
「このキングのライバル達だったんだもの。そうでなければ困るわ」
視線はこっちに向けず、じっと紙束を眺めたままのスカイさんが笑う。コーヒーを啜って、勝手に私に話し出す。
「現実問題さ、キング。キングの経験でも良いし、目利きでも良いんだけど……正直、正直な話さ。私、スズカさんに勝てると思う?」
ちくりと胸が痛んだ。質問されてほんの一瞬で正解を思い浮かべた事実に。今日見ていたチーム・エルナトのトレーニングははっきり言って異常だ。もちろん異常なのはずっとそうだけど、問題は、あの二人ですらあれだけやってなお作戦勝ちしか狙えないという事実にある。
ブルボンさんは言わずと知れた無敗三冠ウマ娘で、スカーレットさんも現状無敗二冠まで来ている。秋華賞も、彼女かウオッカさんかが勝つだろうと皆言っている。そんな二人でも真向勝負では勝ち目がないとスズカさんのトレーナーさんは言った。
黄金世代だ何だと言われてはいるが、世間の目がどこに向いているか、私達は何となく知っている。これまでタイトルの無い私と、菊花賞の後良いところのないスカイさんはきっと、他の三人と比べれば軽んじられているのは否定できない。
そんなスカイさんとスズカさんが戦えばと言われては、もう考える必要すらない。私が黙っていたのは数秒間。だけど、乾いた口を開く前にスカイさんがふふ、と噴き出した。
「気を遣うならすぐに答えなきゃ」
「……別に、気を遣ってなんて」
「良いよキング。私もトレーナーさんもよーく解ってるから。勝てないよ私じゃ。どうひっくり返っても無理」
「……いいえ、それでも」
「作戦でどうにかなる次元じゃないよ。サイレンススズカはね」
……どうしてそんなに楽しそうなの、あなたは。
「人間、あまりにも無理だと焦りも無くなるんだよ」
「諦めたくなる気持ちは解るわ。でも……」
「ああ、違う違う。諦めたりしないよ。ただ、どう考えても私がスズカさんに勝つのは無理だと思っただけ」
「……何が違うの?」
話すよ、とどこかから取り出した缶ジュースを放る。適当に座りプルタブを剥がすと、炭酸が噴き出た。慌てて口をつける。
「ちょうど良かったしさ。人に話すと整理が上手く行くって言うでしょ。キングは口も固いだろうし」
「当たり前でしょ。絶対に誰にも漏らさないと誓うわ」
「流石ぁ」
コーヒーを置いて、スカイさんもジュースを開けた。
「前提として、今回出走するメンバーのうち、スズカさんのことを理解して、対策を立ててくるウマ娘が何人いるかって話なんだけど」
「確かに、スズカさんを知らなければ勝ちようがないわね。残酷だけど」
「ある程度親しくないと、あの人の心が解らないからね。そもそも半分くらいは勝負の舞台にいない」
「……まあ、そうでしょうね」
サイレンススズカはレースが上手く、圧倒的に強いウマ娘……ではない。スズカさんは走ることしか頭に無く、作戦なんか考えずに先頭を走りたいだけ。一着はその副産物でしかない。それに気付くと当然、『勝ち方』が一つだけ見えてくる。
「レース中一度も先頭を譲らず妨害し続ける。あの単騎大逃げさえ何とかすれば勝てるんだ」
「だけど現実的に、スズカさんにスタートダッシュで勝つのは至難の技だし、進路妨害無しで先頭を守るのはほぼ不可能。だから、その方法は実現できないと」
「そう。仮にできたとして、スズカさんと一緒に沈んじゃ仕方がない。現実的に、私が能動的にレースを奪って勝つことは無理なんだ」
菊花賞の華麗な逃げ切り。あの瞬間、間違いなくスカイさんはレースを支配していた。その後のレースだってそうだ。セイウンスカイはレースの天才だと私達は知っている。
「だから、スズカさんと共倒れになるのは他の誰かに任せることにしたよ」
「……どういうこと?」
「その通りの意味だよ。よく考えたら、みんなスズカさんを狙って作戦を考えるんだから、私はそれに乗っかるだけで良かったんだ。誰かがスズカさんに打ち勝つことに期待して、私は自分が負けないことだけを考えて走る」
普段のレースなら、普通の相手なら、なんて消極的な、なんて思う余地もあった。でも、相手はサイレンススズカだ。全てを振り切る速さと執念を併せ持った怪物だ。勝負をしようと思い続けるだけでも難しい、そんな相手なのだ。
それに、そこらのウマ娘が手を合わせて言っているのではない。セイウンスカイはそんなウマ娘ではない。
「だから今、私は」
「ええ」
「出走するウマ娘全員の作戦とレース中の挙動を読む。誰がどんな走りをするのか、どんな作戦でどのくらいのタイムなのか、全部読み切ってスタート三秒の位置取りでパターンを決めて、全員の作戦の上に乗るんだ」
「ええ……?」
こういうことだ。輝ける私のライバル達は、勝つためならば手段を選ばない。
────
「……お願いします、ライスシャワーさん」
「だ、ダメです! 教えられません!」
「そこを何とか、お願いします。このままでは勝てない」
グラスワンダーさんが来た。いつも通り山にある古いトレーニングコースでトレーニング中、休憩中のライスに、たった一人で。
「周りが言うように、徹底マークによる私の強さは私自身正直理解しています。スペちゃんに勝てたのも、それが多分にあると思います」
「……」
「ですが、今回は違う。スズカさん、スペちゃん、他のみんなも……見なければいけない相手が多すぎる。今の私では、それら全てに対応することはできません。大幅な強化が必要です」
言いたいことは何となく解る。ライスもそう思って……ただの徹底マークじゃブルボンさんに勝てないと思って、実際に菊花賞で勝てなかったから、この方法を使った。ブルボンさんと同じことをしないと勝てないと思ったから。
「ライスシャワーさん。私はあなたに、運命的な何かを感じています。同じ戦術をとっているからこそ、あなたの走りを学びたいのです」
「……そうです、けど」
「お願いします。どれだけ鍛えても……どれだけ努力を重ねても、私には限界があります。これ以上、あの子についていけない。その走りが私には必要なのです」
「でも……ごめんなさい。ダメです」
たぶんできるんだと思う。グラスワンダーさんはライスより凄い人だ。ライスも似てると思うし、ライスにできることがグラスワンダーさんにできないなんてことない。
ライスとブルボンさんだけのものだと思っていたからちょっと悔しいけど、仕方ない。ライスより強くて凄い人達だから。
「そんなことしちゃダメです。絶対」
だけど、それをやっちゃいけないと、ライスもブルボンさんもちゃんと解ってる。広めちゃいけないし、使っちゃいけない。
「……どうしてでしょうか」
「どうしてもです」
一人一人の能力がバケツみたいなものとして、これを少しずつ大きくしていくのが普通のトレーニング。でも、それじゃどうにもならない時、それじゃ間に合わない時に、それでも、バケツに入らないだけの水が欲しい時にどうするか。
ブルボンさんとライスは、バケツの底を削り取って無理やり水を注いだ。それでも足りなければ横も削った。ブルボンさんは菊花賞で壊れてもおかしくなかった。バケツが形を保てるギリギリまで全部使っちゃったから。
今、ライス達の体に異常はない。お医者さんもブルボンさんのトレーナーさんもそう言っている。だけど、きっとこれを何度も使ったら……ううん、次に使っただけでも、今度は跡形もなくバケツを壊してしまうかもしれない。
それどころか……いつか、あの時の走りが後から襲ってくるかもしれない。清々しかったし、ブルボンさんに勝てたのは本当に嬉しかった。だけど、それでも、二度とあんなことはしちゃいけないと心のどこかで解った。
「い、命を懸けて走るのは……間違っています」
「ですが、今ライスさんはそれをやろうとしていませんか」
「違います! ぁ、ぅ……ら、ライスはもうあんなことしません。ブルボンさんもきっとそうです」
……ブルボンさんはちゃんと解ってるかは怪しいけど……それはライスが止めれば良いし、トレーナーさんだって……うーん……心配になってきたかも。注意しに行った方が良いかな……トレーナーさんがやらせることは絶対に無いと思うけど、押しに弱いから……
「教えられません。それに、今からじゃ無理です」
「……」
「グラス先輩はそんなことしなくても……か、勝てると思います。ライスよりずっと強いし、凄いし……」
「そんなことはありません。あの鬼気迫る走りは、何者にも負けないものだったと思います」
ひ、引いてくれない……どうしよう、流石にトレーナーさんの許可を貰って来てるんだと思うけど、だからって教えるわけには……
……ちょ、ちょっと脅かすとか、できるかな? でもグラスワンダーさん怖いから……ライスじゃダメかな……ううん、ライスが守らなきゃ……! こんなことはライスとブルボンさんで終わりにして、みんなには知らせないようにするんだ……!
「……じゃあ、グラスワンダーさん」
にらんで……にらんで……! 怖いぞー……怒ってるぞー……!
「ここではっきり言えますか。死んでも勝ちたいって」
「もちろん、私は」
「レースで死んでも良いと言えますか。この後ある全てのレースを捨てて、スペ先輩達との戦いの全部、未来の勝負全部、このレースに勝つために諦めて、後悔しないってはっきり言えますか」
「……っ」
「菊花賞前のブルボンさんなら、きっと即答できました。菊花賞に勝てれば、三冠を取れれば死んでも良いと言ったと思います。だから、私もそれに応えなきゃと思って天皇賞ではあんなことをしました。ライス達が弱かったからだと思います。たぶんこれは、逃げ道だと思います」
むむむ……!
「ダメです、グラスワンダーさん。やめてください。ライスは嫌です。グラスワンダーさんには、グラスワンダーさんにしかできないことがあると思います。ライス達みたいになる必要はないです」
できるだけ迫力は出してみた。これはわざとだけど、言っていることは本当。本当に、ダメなことだから。
ぐっと睨むと、しばらくライスを見つめていたグラスワンダーさんも目を閉じて頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「えっ、でもあの、その」
「ライスさんの言う通りだと思います。私には、その覚悟は必要ないようです」
「あっ……」
わ、解ってくれた……! やったよブルボンさん、ライス、先輩を救ったんだ……!
「私は私のやり方で、スズカさんに勝ちます。必ず」
「……はい。ライスも頑張ります。勝ちましょう、スズカさんに」
握手をする。グラスワンダーさんの目は、ここに来た時よりも研ぎ澄まされているように見えた。
…………じゃあ、ライスも頑張らなきゃ。全力で……じゃなくて、本気で。どれだけできるか、解らないけど。
△セイウンスカイは本当に全員のレース展開を読むようです
△グラスワンダーの執着がスズカに絞られました
▼ライスシャワーの執着がスズカになりました