走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
(ガイドライン違反は)ないです。
小さい頃から結構朝は得意だったので、よっぽど無茶な眠り方をしたり、疲れている時以外は朝早くに起きることができる。もちろん保険でアラームはかけるけど、基本的にはアラームの時間に起きることが可能だ。
加えて、トレーナーになってからはストレスとかスズカのお世話とか色々でさらに起きる時間が早くなっていて、場合によっては四時起きなんかも普通にある。
その分寝るのも早いので健康は害さない……と思う。だと良いな。夜十時には寝ているなんて日もあるし。
「……トレーナーさーん……朝ですよー」
「……朝じゃないでしょ」
「朝ですよ」
が、それはそれとしてバカみたいな時間に起こされる日もある。揺さぶられて目を覚ますと、鼻がくっつく距離にスズカがいた。可愛くて目が覚める。
カーテンの隙間には光が見えない。遠くの方に、恐らくアラームを消して投げ捨てられた目覚まし時計が転がっている。常夜灯の薄暗い部屋で、スズカの目はきらきらと光って見えた。この子は目覚めが信じられないほど良いので、今起きたばっかりの可能性もあるし起きてからしばらく経っている可能性もある。
「まだ日が昇ってないでしょ。夜よ」
「でも私は走りたいですよ? 朝です」
「世界はあなたを中心には回っていないのよ」
「でもトレーナーさんは私を中心に動いてますよね? じゃあ良いじゃないですか」
「極論ねぇ」
少し下から見上げるような格好で、私のパジャマの前ボタンを開けるスズカ。鎖骨はくすぐったいから触らないで。
「そもそもじゃあ夜は走らないのね? 今の理屈だと」
「夜は夜、朝は朝です。今私は朝の空気を走りたいと感じたので朝と言っただけで、夜走りたい気持ちがあれば夜です」
「もうあなたのことは信用しないわ」
「えー……」
「胸に触らないで」
胸元に抱き付いてくるスズカ。布団の中では脚を絡めるかどうかの攻防戦が始まっている。拒否し続ける私にむっとして強めに腰を手で引かれ、抵抗できずにお腹どうしでくっつく。
密着度が上がりご満悦のスズカ。ボタンを外され過ぎたので戻そうとすると、ぴったりと指を絡めて邪魔をしてくる。ほんの少し指に力を入れられただけで痛みで動かせなくなった。
スズカの起床時間は気分によって変わる。この子も朝は強い方だが、朝走りたい気持ちが大きくなると早まり、強すぎると三時頃目が覚める。弱いと家で一番遅くなるけど、早く起きた時は半々くらいの確率で私を起こしてくるのが大迷惑だ。
まあ起こさない時というのはつまり勝手に走りに行く時なので、起こしてほしいのはそうなんだけど。
「トレーナーさんが病気だったら困るじゃないですか」
「スズカに言われなくても検診はしてるわよ」
「セルフチェックも」
「あなたがやったらセルフにならないでしょう。そもそも他人にチェックさせる人がどこにいるの」
「……?」
言い返せなくなると首をかしげて可愛さを押し出しながら黙るスズカ。可愛ければ何をしても良いと思わないでよね。本当に。
「トレーナーさんの健康を祝して走りに行きますね」
「ダメ」
「トレーナーさんの体重増加を祝して走りに行きます」
「なんで把握してるの? 最近体重見せてないわよね」
「抱いたら解りますよ?」
「言い方変えてくれる? 何か嫌」
「それは考えすぎです。別に変なこと言ってないですよ」
頑張ったんだからね。何か知らないけど勝手に痩せていくんだから。健康的に適度に太るのって難しいのよ。お腹から太るし、お腹が出るとすぐあなたにバカにされるから。
「別にバカにしたりしませんよ。むしろもう少し太ってもらわないと心配です」
「体重を把握してる割に太らせようとするの何? 標準よ標準」
「変に痩せるより良いという話です。もちろんトレーナーさんが速く走りたいなら痩せ方を教えますよ。軽い方が速く走れます」
「まあ、キロ8分くらいで走れれば……」
「そ……れは……歩……きですか……?」
「本気の困惑顔やめてね」
手をどこに置こうか迷ったのでこっちも腰に回す。心から歩きだと思っていそうなスズカの頬を親指でなぞり、口角をきゅっと上げておく。そもそも人間はウマ娘と違って筋肉をつけないとパワーが出ないの。いくら鍛えても筋肉量じゃなくて出力だけ上がる謎種族とは違うの。ムキムキになるわよ私。
「一緒に走りましょうよ」
「あなた一緒になんて走れないでしょう」
「走れますよきっと。たぶん。恐らく」
「じゃあイライラしないのね? 私が競っても」
途端に黙り込むスズカ。少しずつ部屋が白んできて、さらに表情が解りやすくなる。常夜灯を消し、冷房の温度を2℃下げた。掛け布団を深めに持ち上げて、私の肩に顔を擦り付けるスズカ。
「別に、平気ですけど? やってみますか?」
「私が時速60kmで走れるようになったらね」
「いつですか」
「突っ込みなさいよ。何受け入れてるの」
いてててて。顎を押し上げないで。痛い。あとウマ耳が当たってくすぐったい。
「話を戻しますね。走りに行っても良いですか」
「戻さないで」
私を起こした時点でこのやり取りがしたい、つまりスズカ自身に走るのを我慢しようという気持ちがあることになる。大切な後輩との約束というのは本当に大きいみたいだ。喉元を擽って顔を上げさせ、んま、んま、と唇を開けたり閉じたり。とはいえ、許可を出したら即走り出すのは間違いないのだけど。
「もう少し寝てなさい。まだ五時とかじゃないの、今」
「こんなに走りたくて眠れるわけないですよね」
「寝かしつけてあげるから」
「無理に決まってるじゃないですか。もうスレスレなんですよ私は」
「できないと思って?」
「できません」
仕方無いわね……スズカがベッドで私に勝てるわけがないでしょうが。変な意味じゃなくて。あなたの全てを知っているのよ私は。
谷間に挟むようにスズカの顔を胸元に押し付け、ウマ耳に息を吹き掛ける。咄嗟に逃げようとするスズカの脚に私の足をかければそれ以上は人間レベルの力でしか抵抗できない。
「ずる……」
「あなたが寝たら私の勝ちよね?」
「むぐぐ」
ぐりぐりと抵抗して顔を出してくるスズカ。この一瞬で目が若干とろんとしている。赤ちゃんかな? スズカの身体はよく走りよく眠ることしか知らないので、ちょっとベッドで可愛がってあげればすぐに眠くなるのだ。変な意味じゃなくて。
眠い時特有の体温で暑苦しくなってきた。薄手の掛け布団を剥がし、エアコンの風防止にタオルケットを掛け直す。少し明るくなるくらいの時間が経って、ベッドがスズカの、ウマ娘の体温になっている。これでは眠気に抗うことなどできまい。事実スズカがこちらを見上げる目は少しずつ溶けていっている。
「卑怯な手を……」
「何が卑怯なのよ。普通に寝かしつけているだけでしょ」
「私が今卑怯だと感じたからです」
「じゃあもう何もできないじゃない」
「私の気分で決めます。トレーナーさんが卑怯かどうか」
「私はあなたを中心には……回ってるか。それはそうかも」
反論の余地を失った。ここぞとばかりにスズカが上がってきて顔を突き合わせる。眠い中必死に睨んでいる目が可愛い。ウマ耳の動きが鈍いし体温でも眠気に負けかけているのは解る。
「眠いねえスズカ。寝ようか」
「走ってから寝た方が気持ちいいです」
「でも走っちゃいけないんだから仕方無いわね」
「それは私が決めることじゃないですか」
「スペシャルウィークに決められたことでしょ」
「じゃあスペちゃんを何とかすればいいんですね?」
何をするつもりなの。
手を伸ばし、床に落ちていたスマホを拾うスズカ。何とこんな朝早くに電話を掛け始めた。これは相当キてるわね。普通に友達からこんな朝早く電話来たら怒るけどな。
『もしもし? スズカさ……ん?』
「あ、スペちゃんおはよう」
『おはようございます……?』
思ったより目覚めてるわね。ほぼ寝てるくらいで返ってくるかと思ったのに。ベッドの中でビデオ通話なので顔面アップなはずだけど動じた様子もないし。
『どうしてトレーナーさんの顔を……?』
「嘘でしょ!?」
「あ、ごめんなさい。インカメインカメ」
ねえ。勝手に人のすっぴん晒したでしょ今。
「メイクしてなくても美人さんですよ」
「バカおっしゃい」
『まあ、それはそうだと思いますよ。いまおいくつでしたっけ』
「……今年で26」
「だとしたら奇跡の26ですよ」
スズカはともかく、スペシャルウィークのように嘘がつけなさそうな子に褒められると悪い気はしない。もう若いと自称できなくなってきてはいるけど、よく考えたら私って人生まだまだよね。これから結婚……はしないけど、人生のイベントがたくさん……待てよ、結婚無しで大人のイベントってどうやって起こすの?
「むひゅ」
『それでどうしたんですか? こんな早くに』
「しゅぴぇちゃんこひょはあおきにぇ」
『最近は頑張ってるので。なんとグラスちゃんより早起きなんですよ』
将来への不安にかられた私に頬をむにむにされながら話すスズカと、全く問題なく聞き取って返事ができるスペシャルウィーク。くるりとスズカが画面を見せてくれる。ベッドでお行儀よく眠るグラスワンダーがいた。自分の部屋で寝なよ。
『エルちゃんが喧しくて集中できないんだそうです』
「しょりぇなあひょーがないかあ」
「別にしょうがなくはないでしょ」
私のせいでスズカの周りでは寮の部屋割を軽視する流れになってしまっている。寮長も怒りなさいとは思うけど、現実問題寮長も完全にスズカ側なのが事実だ。外泊届けを最後に出したのはいつなんだろう。フジキセキもヒシアマゾンも同意見らしいし。猛省なのよね。
「ところでスペちゃんってギリギリまで寝てたいタイプじゃなかった? 何かあるの?」
『そうなんですけど、最近は朝のトレーニングをしてるんです。トレーナーさんに協力してもらって』
「えっ」
流れが変わってきた。スズカにしては珍しく結構びっくりというか、絶望と驚愕と焦燥が混ざったような絶妙な表情を見せる。別にあなたは今裏切られてないからね。走るのを禁止されてるのはトレセンであなただけだから。
スペシャルウィークもスズカの表情で何かを察したのか、声色に若干の煽り……まあ笑いが溢れてるだけで全く悪意は感じないんだけど、スズカにとっては煽りの色が見えてくる。
『だからこの後走りに行くんです』
「っ」
んんっ(キレてスマホを投げ捨てようと腕を振り上げたスズカ)
まっ(スマホを投げるのは不味いのでその腕を咄嗟に掴んでしまう私)
えっ(パワーがありすぎて私ごと振り上げてしまうスズカ)
あっ(かなりの勢いで振り回されたので握力が足りずそのまま吹っ飛んでしまう私)
ごんっ(壁に叩きつけられる私)
「痛っ……うおああ……」
「トレーナーさん!? 大丈夫ですか!?」
『何ですか今の音! とんでもないこと起きてませんか!?』
流石のスズカも慌てて駆け寄ってきた。身体がバラバラになりそう。たとえ咄嗟のことでもスズカが私に対して力加減を間違えることはないのでそこは平気にせよ痛いものは痛い。死にそう。
いくら何でも罪悪感があるらしいスズカに抱えられベッドに戻されながら、これで今日は行動を縛れるか……? なんてことしか思わなかった。どうかしてるな、私。
あと片手くらいです。最後までよろしくお願いします。