走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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何も言わずに遅れてしまい申し訳ありませんが、ここから最終回まではちょっとゆっくりになる可能性があります。


一番最初に、ダイワスカーレット

 

「で、どういう風の吹き回しなの」

「何が?」

「何がじゃないでしょ。明らかにおかしいじゃない、流れが」

 

 

 翌日。何故か我が家に来たスカーレットが買い物に行きたいと言うので電車を乗り継いでデパートに来ている。レディスフロアへ向かうエスカレーターで、一段上に立つスカーレットがサングラスをくっと私にだけ見えるように上げた。

 

 

「別に、お休みなんだから買い物くらい行ったっていいでしょ」

「あなたがそれを私と二人でするのがおかしいのよ。スズカもブルボンもいないのよ」

「別に二人がいなくたって誘うときは誘うわよ」

「まあ……別に文句があるわけじゃないんだけどさあ……」

 

 

 すでに桜花賞、オークスで勝っているスカーレットはとてつもない知名度を持っている。そのままだと絶対にバレるので、いつものツインテールからポニーテールに切り替え、帽子とサングラスまで着けている。私もメディア露出があるので一応伊達メガネだけ。バレたって囲まれるようなことはないと思うけど念のためね。赤髪はウマ娘内でも結構珍しいんだけど、スカーレットのファンガール達の中ではこの色に染めるのも流行っているらしいからバレはしないだろう。

 

 ちなみに、いつもの髪形はともかく今日の髪形は私にやらせてくれた。ツインテールは触らせてもらえないけど、これは何でも良かったらしい。

 

 

「じゃあ良いじゃない。今日はアタシと一緒。一日くらい良いでしょ」

「スズカも怒りそうなものだけどね」

「まあまあ怒られたわ。ブルボン先輩とめちゃくちゃ頑張って説得したんだから」

「怒られたんだ……」

 

 

 スズカも何を考えているんだか。何も考えていない……ことはあり得ない。あのスズカがあんなに真剣に走らないと断言したからには、それなりの何かがあるはずだ。

 

 ……だけどまあ、スズカの内心はスズカに聞かないと解らない。それに、ブルボンもスカーレットも違和感を持っていないあたり、三人の中では話が通っているのだろう。じゃあ何も言わない方がいい。スカーレットのやりたいように、スカーレットのために行動するのが一番だ。

 

 

「で、当てはあるの?」

「別に。まあ、まだ秋物はちょっと早いと思うし、夏の……ワンピースとかあると良いわね」

「カーディガンも買わない?」

「なんで」

「あなたいっつも肩出すじゃない」

「……良いでしょ、別に」

 

 

 ダメ。お母さん許しませんよ。スカートが長ければ露出が少ないなんてことないんだからね。今日もそうだけど、スカーレットの私服はオフショルが多すぎる。

 

 

「ママ面しないで」

「じゃあ結婚するとき私に挨拶するって話なんてしないで」

「それはママとパパが言ってることだもの。私もその方がいいと思っているし。トレーナーなんて親みたいなものでしょ」

「言い過ぎ」

 

 

 二階のフードコートを横にエスカレーターを乗り継いだ時、若干鼻を鳴らしたのを見逃さない。後で来ようね。今日はウマ娘パワーを一度も発揮していないとはいえ、珍しく朝ご飯を食べていないというのもあるのだろう。私なんかは朝ご飯を抜いたところで何ともないけど、ウマ娘とか関係なく運動をやっている学生に朝ご飯抜きは辛いでしょうね。

 

 

 そのままレディスフロア、四階へ。奥に行くほど高級になっていく。スカーレットの金銭感覚は別に普通だけど、服はおおむね高級品なのでそうなるだろう。家柄が良いからね。うちは家柄も良く結構贅沢に生きてきたスカーレット、田舎で電子機器縛りをしていたブルボン、割と放任主義のスズカと続く。ブルボンが一番大変と思いきや、普通の感性なら一番つらいのはスズカかも。いや、ブルボンもかなりきついか……? 

 

 

「この辺が良いんじゃない。どうせガーリーかフェミニン系でしょ」

「いやそうだけど……どうするの、私がアメカジとかストリートとか着たがったら」

「めっちゃ面白い」

「んっ」

「いたたた……」

 

 

 蹴られた。何よこの子。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

「ねえ、こっちとこっちどっちがいいと思う?」

「うーん……こっちが良いんじゃない? あなたスカート明るい色の方が多いし」

「やっぱり? すみませーん、これってちょっと試着とかできますか? ワンサイズ大きいのも欲しいんですけど……」

「はーい少々お待ちくださいね」

 

 

 結構お昼も過ぎちゃってるんだけど、スカーレットの買い物が留まるところを知らない。付き合っているだけでも大変ね。スカーレットが可愛いから全体としてはプラスかもしれないけど、これと結婚する人は疲れるでしょうね。きっとパワーバランスもスカーレットが上だろうし。

 

 

「ちょっと待っててね」

「はいはい。ゆっくりね」

 

 

 試着室に消えていくスカーレット。数分してカーテンが開いた。薄い青の大人しめのワンピース。あら可愛い。

 

 

「どう、似合う?」

「良いじゃない。やっぱり青っぽいのが似合うわね」

「やっぱりそう? じゃあこれ買おうかしら」

「良いんじゃない」

 

 

 勝負服が青系なので、青が似合うといわれるとご機嫌になる。ちょろかわ。

 

 

「何か言った?」

「いえ何も」

 

 

 怖。

 

 

「じゃあもうちょっと見るから。これ持っておいて」

「はいはい」

「アンタも何か選んだら? 私が選んであげようか」

「私はいいわよ。こういうところのは合わないから」

「そう。じゃあいいけど」

 

 

 あんまり店の中で言うことではないけど、そんなに高い服を着ようとも思っていないからね。パンツルックのほうが好きだし、そういう意味でもスカーレットとは合わない。ブルボンとは服の好みも……いやでも、あそこまで少年みたいなファッションはやりすぎというか……まあどっちかしか選べないならブルボン側かな……三人そろってどうも服の好みが違うから扱いにくい。

 

 でも、ちょっと私も見てみようかな。せっかく来たんだし、実際スカーレットはオシャレだからそのアドバイスも役に立つだろう。スズカもブルボンも、スカーレットが決めたファッションに文句は言うまい。

 

 

「ちょっと向こうのお店見てくるから、それ会計お願い。アンタの部屋宛で送れる?」

「はいはい。行ってらっしゃい」

 

 

 甘やかしすぎ? まあ、これくらい良いか。そう何度も駆り出されるわけでもなし、トレーナーはウマ娘の健全な成長とモチベーション向上のためならお金は惜しくないのだ。怖い生き物だね。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「はいスカーレット。こっちに置いておくわね」

「ん、ありがと。一応水汲んでおいたから」

「ありがとうね」

 

 

 買い物後。荷物は全部郵送にさせてもらったので、手ぶらでフードコートまで降りてきた。レストランならともかくフードコートにウマ娘用サイズはそうそうないので、色んな店舗を回って少しずつ買うことにした。四人掛けテーブルが料理で埋め尽くされ、普通に食べ始めるスカーレット。あんまり食べ過ぎないでね、と釘を刺しつつフライドポテトを貰う。もう自分の分なんて頼む必要もないしね。

 

 

「この後は?」

「下着」

「そう。じゃあ勝手に選んできなさい」

「何でよ。見ててくれたらいいでしょ」

「バカ言わないで。何を手伝うことがあるの」

「試着とかあるでしょ」

「似合うかどうか見るの? 恋人だってやらないでしょそんなの」

 

 

 ケチ。ケチじゃない。なんて、スカーレットが食べようとしたたこ焼きの最後の一個を奪い取る。

 

 

「ちょっと! アタシのたこ焼き!」

「あなたが意味解らないこと言うからでしょ」

「ぐぐ……」

「他にもいっぱいあるでしょ……あっっっっつ!!!」

「はいバカー。バチが当たったのよバチが」

 

 

 歯を見せて笑いながらスムージーを一息に飲みきるスカーレット。見せつける目的とはいえたこ焼き一口はやりすぎたか。舌がもう、終わっちゃった。

 

 

「終わり終わり。お出かけ終わり」

「どこの世界に舌火傷してデート終わらせる奴がいんのよ」

「萎えた」

「本当に萎えるのやめなさいよ……」

 

 

 しょうがないわね、とドリンクを一つくれるスカーレット。くすくす笑いながらも食事の手は止めないの凄いわね。いったいどこに消えてるんだか。というかこっちは舌を火傷してるんだけど、なんであなた平気なの。確か一口で食べてたわよね。絶対熱いでしょ。

 

 

「まあ生物としての格じゃない?」

「ウマ娘が言うと説得力が段違いね」

「まあ実際私が強いだけだと思うわ。ウマ娘にそんな特性無いでしょ」

「無いわね」

「でしょうね」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

「はぁ!? ねえ! よく見てやんなさいよバカ!」

「ここで合ってるって! ほら!」

「何がほらよ! 落としてるじゃない!」

「これはアームの問題でしょ!」

 

 

 フードコートで買ったカップアイスを片手にゲーセンに来た。当然のようにあるブルボンのぱかぷちをなんとなく狙うことに。まだ食べているスカーレットの代わりに私がプレイしているけど、自分の不器用さを甘く見ていた。もう千円溶けてるんだけど。どうするのこれ。

 

 

「アンタ家事とトレーニングしかできないの?」

「それだけできたら十分でしょう。家事と仕事ができたら一人で生きていけるのよ」

「でもアンタは一人で生きていくことないじゃない」

「は? スズカが結婚したら一人暮らしするけど」

「目が真剣すぎて怖いのよね」

 

 

 集中を乱されたのでまたアームが空を切った。睨みつけるも、くすくす笑いながらアイスを口に突っ込まれる。

 

 

「美味し」

「でしょ? 凄くない? 思った十倍美味しくてびっくりしてるわ今」

 

 

 もう一口貰お。本当に美味しいわね。

 

 

「残りあげるわ。見てなさい。私が取るから」

「無理よ」

「バカ言うんじゃないわよ。アンタより私の方が器用だから」

「言ってなさい。謝ることになるわ」

「少なくともアンタは取れてないのになんでそんなに偉そうなの」

 

 

 代わりにスカーレットがプレイし始める。私から代わってのプレイだからなのか、既に何となくスイッチが入っているような気もする。業ね。

 

 

「んっ……んー……ぐぐ……」

「手前のウオッカの方が取りやすそうじゃない? 今更だけど」

「なんでわざわざウオッカのぷちなんか取らないといけないのよ」

「そうだけど今横から見たらブルボンが下の何かに掴まれてるわ。これは無理よ」

「無理じゃなくてどうやったらできるかを考えるのよ」

「怖い考え方しないで……?」

 

 

 とんでもない勢いで筐体にのしかかって睨みつけるスカーレット。そんなに本気にならなくても……とも思うけど好きにさせよう。どうせ取れないんだし。じっとブルボンのぷちを見つめながらスティックを指先で少しずつ倒していく。やたら繊細な動きをしてくるわねこの子。そんなに手先が器用なわけでもないくせに。

 

 しかし、私の予想とは裏腹に、スカーレットが操るアームは的確にブルボンに突き刺さった。ぐっと持ち上げ、繋がっている……スマートファルコンじゃん。久しぶり。元気してた? スマートファルコンごと持ち上げて、ゆっくりと取り出し口に運んでいく。

 

 

「よしっ! 来い! 来い!」

「来るな!」

「来るなはおかしいでしょ!?」

「いた……いったぁっ!」

「あ、ごめん」

 

 

 後ろからスカーレットに殴られ、ガラスに頭を打った。衝撃で筐体が揺れたのか、ブルボンが落っこちる。

 

 

「あーっ!」

「お客様、台パンはおやめください……」

「台パンじゃないから……殴ったのはアンタだから……」

 

 

 じゃあ良いか……トレーナーを殴るのは罪じゃないしな……。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

「で、結局今日は何だったの」

「あー?」

 

 

 夜。お風呂に浸かったスカーレットの髪を洗いながら、改めて尋ねる。結局夕食まで外で二人で食べたし、結構……というか信じられないほどレアな一日だった。隠しているならいいけど、普通に理由は気になる。

 

 

「まあ……え、またお風呂で真面目な話するの? そういう流れ作りたくないんだけど」

「いやいや……真面目な話かどうか私に解るわけないでしょう」

「それもそうか……まあ良いわ。別に隠すことでもないし」

 

 

 髪を結ぶのはNGな割に、洗うのはさせてくれるのよね。不思議。

 

 

「宝塚があるじゃない」

「うん」

「三人とも出走するわけでしょ?」

「そうね」

 

 

 美容院のシャンプー中みたいな体勢で、無理やりこっちを見てくるスカーレット。思った以上に真剣なまなざしで、あんまり口を動かさないままに続ける。

 

 

「トレーナーはさ。宝塚誰が勝つと思ってる?」

「それは……」

 

 

 もちろん、スズカだ。それ以外ありえない。どのレースでも、私はスズカを全面的に信じている。あの子より速いウマ娘はいないのだから、当然だ。ただ、それをスカーレットに言うのが良いのかどうか。いや、良いわけないんだけど……

 

 

「スズカさんでしょ?」

「……まあ、そうね」

「でしょ。だと思った。あんたはそういうこと言うわよね」

 

 

 髪を洗い流し、トリートメントへ。機嫌が良くて怖い。いや、怒るとは思っていないけど、でもいったんピキっと来るくらいはあるかと思ったのに。なんか微笑んでるし、ゆっくりと息を吐いて腕をバスタブの縁に出してきた。

 

 

「ブルボン先輩も私もさ、解ってるから。アンタは最後にはスズカさんを応援するし、スズカさんも自覚してる」

「まあ……そうでしょうね……」

 

 

 良くないことだとは思う。トレーナーたるもの、どっちにも勝ってほしい、どっちも等しく応援していると言えて当然だ。だけど、どうしても私はスズカを贔屓してしまうし、それに──

 

 

「ブルボンさんと私は負けても良いし負けた時の覚悟もしてるけど、スズカさんのことは考えてないでしょ?」

「……ごめんね」

「謝られてもね。むしろそうじゃなきゃ困るわ。そういう奴だって信じてたし、そういうところも含めてついてきたんだから」

 

 

 そうか、そうね。言われればそうね。スズカが負けることなんて想定したことはないし、思いもしていない。ブルボンやスカーレットにはそれをいつも考えている……考えてみれば嫌な話だ。むしろ逆であるべきだ。スズカは勝敗に固執していないし、逆に二人はそれにこだわっていた。菊花賞も桜花賞も、いつも負ける可能性は頭にあった。

 考えてみなくても失礼な話だし、トレーナー失格であるとも思う。三人が戦うとしても、私は必ずスズカを応援するだろう。誰に何を言われようが、だ。結果として、二人には宝塚を応援してくれるトレーナーがいなくなるわけだ。

 

 

「だからさ。当日はスズカさんに返すことにしたのよ。どっち道三人で控え室に集まってもしょうがないでしょ」

「返す?」

「そう。今日はアタシ、明日はブルボン先輩。で、当日はスズカさんにってことで話がついてるから」

 

 

 ……つまり、今日はスカーレットを応援すればいいの? 

 

 

「まあそうだけど……ま、とりあえず入りなさいよ。こっち来なさい」

 

 

 促されるままにともに湯舟へ。あなたが率先して、真面目な話をするときにお風呂に入る流れにしてるじゃない。狙ってるでしょ。

 

 

「アンタがベッドで持ち掛けてきたらそこで対応したわよ」

「なんでお風呂とベッドしか選択肢がないの。リビングでいいでしょ」

「……そういえばそうね。なんか狂ってたかも」

 

 

 まあ、もう出るのも面倒か。向かい合って湯船に浸かる。スカーレットの脚が私のお腹あたりに乗ってきた。ん、と指を動かして迫ってきたので、要望に応えてマッサージを始める。

 

 

「んっ……ふー……応援というかさ、もう当日はアタシ達アンタに会う気ないから」

「え?」

「ぁっ……スズカさんといなさいよ。その分を今日貰ったの。そういうこと。だから……待って、今気付いたんだけどさ」

「うん」

「この状況でいつものやってよって言ったらヤバいかな……んぅ」

「…………まあ、どっちかというとそうね……」

 

 

 持ちかけるタイミングを間違えたかも。いやこういう話だと解ってたらこんな時に持ちかけないわよ。

 

 

「……まあその、アタシは良いけど。今でも」

「いや、良いけどというか」

「よく考えて口を開きなさいよ。アンタここからいったん落ち着いてベッドで続きって言われて普通にできるの?勢いで終わらせないと困るのは自分よ」

「慎重に言葉を選びなさい。見る人が見たら違法なんだからね今の状況」

「どこがよ」

 

 

 逃がす気ないわね? この子。もう片方の脚もお腹を踏みつけるみたいに固定してきてるし。あなたも勢いでやってるでしょう、今。いくら何でも無理よ今は。冷静になりなさい。

 

 

「……どうしても?」

「どうしても」

 

 

 顎を蹴るのはやめて。顔に触らないで。いくらお風呂の中でも足の裏は何か嫌。

 

 

「じゃあ上がりましょう。ブルボン先輩に交代もしないといけないし、早く寝るわよ」

「え? 交代の時間っていつなの?」

「夜中、アンタが寝たら」

「ええ……?」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「はー……終わり終わり。寝るわよ」

「はーい」

 

 

 お風呂から出て、髪を乾かしてあげてから就寝。部屋の電気を消してから、スカーレットがベッドに入ってきた。珍しいことに、そのままスズカよろしくくっついてくる。

 

 

「……ふぅ」

「さて、覚悟なさいスカーレット」

「……ぁによ」

 

 

 どう扱えばいいのか解らないので、とりあえずスズカにそうするように脚を組み引き寄せ、頭の下、脇の下から腕を回す。スズカと違って胸があるので、上手く胸に埋めさせることができない。結ばず伸ばした髪を指で梳いて、腰を少しだけ引き寄せる。慣れていないというのもあるけど、距離が縮まるにつれて暗くても解るほど簡単に顔が赤らんでいく。部屋全体が暑くなってきた。

 

 

「いつもの、ってこういうことでしょ?」

「……こんなにくっついて良いとは言ってないけど」

「いつもの距離感はこうじゃない。立ってるか寝てるかの違いなだけで」

「……そうかも?」

 

 

 鼻の頭が頬にくっついてくる。んむ、と唇を嚙む声がした。

 

 

「ねえスカーレット」

「……なに」

「これからあなたに言うことは、嘘だからね。本心じゃない」

「……うん。解ってる。本心だったらぶっ飛ばす」

「あら怖い」

 

 

 スズカが一番であるということが、ある意味でスカーレット達の信頼であり心の支えになっている。どんな誤魔化しを言ってもいいが、スズカだけは貶めてはいけない。だから、お互いに噓を言うことを知っているのだ。

 

 

「あなたが一番よ、スカーレット。あなたのことを一番に応援してるわ」

「……うん」

 

 

 スカーレットが目を閉じた。大きく息を吐く。ぺたん、と顔を伏せた。

 

 

「いつも頑張っているもの。たくさん作戦も考えたでしょう。言っておくけど、あなたがやろうとしていることは、まともなウマ娘じゃできないことよ」

「うん……知ってる」

「でもね。あなたならできると思って言っているのよ。勝負根性ならあなたは誰にも負けないわ。誰が来ようがあなたなら逃げ切ってくれると信じてる。ブルボンよりも、スペシャルウィークよりも、ライスシャワーよりも……もちろん、スズカよりも」

「うん……ふふ。こんなに解りやすい嘘ってないわね」

「本当にね」

 

 

 にんまりと口角が大きく上がる。ぴこん、とウマ耳が揺れる。後ろから擽ると、ぐっと下に潜り、私の鎖骨あたりに息を吹きかけてきた。くたりと凭れかかる。

 

 

「スズカさんより、私の方が好き?」

「好きよ」

「スズカさんより、私の方が強い?」

「強いわ」

「スズカさんより、私の方が可愛い?」

「可愛いわ」

「スズカさんより、私の方が速い?」

「速いわ」

 

 

 背中を叩く。スカーレットも私の足をかけて引っ張った。ぐぐぐ、と骨が軋むくらい強く抱き締められる。ぐ、と漏れた声に反応して、さらに笑って力を強めた。

 

 

「気分がいいわ。このままスズカさんから奪っちゃおうかしら」

「何をする気……?」

「だから……」

 

 

 スカーレットが頭を手を回し顔を近づけてくる。甘いわね。スズカならともかく、スカーレットにまでドギマギするわけないでしょう、今更。

 

 

「何、やるの?」

「……冗談じゃない。何本気にしてるの」

「スカーレットが本気で宝塚に臨めるなら何でもするわよ」

「……アンタの場合、本当に何でもするから怖いわ」

「そう? 当然じゃない?」

「……本当に、何か行動する時はアタシ達に言ってからにしてよね。将来別の担当ができてもよ。絶対よ」

 

 

 そこまで言って、力を緩めて突っ伏して抱きつく。スズカがそうするように、額を私にぐりぐりと押しつけた。

 

 

「満足した?」

「ん……満足した。あとは勝手にやるから、ブルボン先輩とスズカさんによろしく」

「わかった」

 

 

 眠いのか、少し声が柔らかくなっていた。ありがとう、と小さく聞こえた。

 

 

「最後にさ。一回だけ、本当のこと言ってよ。アタシ勝てるかな」

「そうね……そうね」

 

 

 宝塚記念のメンバーは、どれもこれもスカーレットより圧倒的に格上だ。普通に走ったのでは勝てない。暗闇に輝くスカーレットの瞳を前に、ほんの少しだけ考える。嘘を言ったところですぐにバレてしまうだろう。だけど、それでも少し思うところがないわけではない。誰がどんなに強かったとしても、レースはそれだけで決まるものではないし、それに、大逃げのスズカとそれを対策するウマ娘たちの間でまともなレースが行われていくとも思えない。展開によってはもしかしたらと、言えないわけではない。

 

 だけどやっぱり、サイレンススズカは負けない。

 

 

「良くて二着でしょうね」

「……しょうがないやつね、アンタ。嘘つくなって言ってるのに」

「ぐっ」

 

 

 膝蹴りが突き刺さる。痛みに悶えている間に、スカーレットが寝返りを打ってそっぽを向いてしまった。

 

 

「お休み」

「……うん。お休み、スカーレット」

 

 

 後ろから抱き締める。その手を取って、たぶん、軽く唇に触れた。

 

 

「頑張って。応援は、してあげられないけど」

「ええ……頑張るわ。後悔させてあげるから」

 

 

 体温が落ち着いてきた。そして数分。私の手をつかんだままスカーレットは眠りに落ち、そのさらに数分後、私も目を閉じた。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「……マスター、おはようございます」

「……おはようブルボン。早いのね」

「本日はよろしくお願いします」

 

 

 次の日、スカーレットが寝ていたはずのその位置に、ブルボンがいた。誇らしげなドヤ顔……っぽい無表情で、褒めて褒めてとウマ耳を弾ませた。

 

 

「朝食の用意をしています。一緒に食べましょう」

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