走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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大変遅くなり申し訳ありませんでした。
忙しいわけでも手が進まなかったわけでもなくてですね、理由は後書きで。


『勝ちたい』ミホノブルボン

 

「いかがですか」

「美味しかったわ。ありがとうねブルボン」

 

 

 ブルボンの日。事情はスカーレットに聞いているので、今日は一日ブルボンのために使うことを朝から理解してのことだ。とりあえず作ってくれた朝ごはんを食べる。

 料理はレシピと寸分狂わず、というのがブルボンの強みであり、それがブルボンの凄いところだ。こと料理に関してオリジナリティというのはプラスではない。

 

 ……が、それはそれとしていつもと違う味には気付くし、気付いて欲しそうにじっとこっちを見るブルボンにも気付く。

 

 

「……何かお気付きではありませんか」

 

 

 日々成長して、成長したと感じる度私に報告したがるブルボン。可愛いねえ本当に。ブルボンの報告タスクは基本的に本当に成長したときにしか起きないので、素直に褒めるのが良い。褒めて伸ばすタイプなのだ、エルナトは。

 

 

「ちょっと味付けを変えたのね。オリジナルでも作れたじゃない」

「はい。自己評価A。素晴らしい完成度です」

「Sと言って良いのよ」

「マスターにはまだ敵いません」

 

 

 それは……中央のトレーナー越えは無理じゃないかな。特に女性陣は体力的に無理な分そういう技術的なところで補ってたりするし。まあ? 私は? 葵よりちょこっと料理は上手いけどね? 

 

 

「そのうちブルボンの方が上手くなるわ。手際が良いもの」

「また教えてください、マスター」

「もちろん」

 

 

 補うための料理教室、最近はブルボンがトレーニングで潰れているから開けてないけどね。食べ終わり、二人で食器を洗う。食器洗いはブルボンが何の制限もなくできる家事のうちの一つだ。

 ちゃんとやってくれたので撫で……ようと思ったが手が濡れているので代わりに肩あたりにぽんぽんと頭を乗せる。お返しにくるくると尻尾を巻き付けてくれた。

 

 

「いつかマスターよりも上手く作れるようになります」

「頑張ってね。ブルボンならきっとできるわ」

「ありがとうございます……先は長そうです」

「そんなことないわよ」

 

 

 いや、本当に。ブルボンはやろうと思えば何でもできるタイプだろうし、そもそも機械が使えないハンデを背負っていてなおここまでできるんだから大したものよ。問題はどうしても機械に触れないようにする工夫が挟まってしまうから、ついでにこれだけやっておくとか、同時にいくつか手を回すってことができないのよね。

 

 

「片づけは私がやるから、ブルボンは先に準備を始めてていいわよ。結構余裕はあるけど、一応ね」

「はい。よろしくお願いします」

 

 

 今日は阪神レース場への移動があるわけだけど、ブルボンの日である以上ブルボンと二人で新幹線に乗ることになる。一応二人にもメッセージを送ってみたけど、すぐに……ちょっと引くほどすぐに大丈夫と返ってきた。特にスズカ。スマホ、目の前で持ってたりする? 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「迷わないようにね、ブルボン」

「はい」

 

 

 東京駅。とりあえず新幹線チケットを印刷しないと。ばっちり変装中のブルボンと手を繋いで人混みを進んでいく。スカーレットが一緒にいるときは尖った変装ができないことをちょっとだけ気にしていたらしく、自由に選ばせた結果何故かサングラスを着けることになってしまった。私もお揃いで。なんで? 似合ってるけどさ。

 

 

「名誉ある三冠ウマ娘のイメージです」

「……別に三冠ウマ娘ってサングラスは着けてなくない?」

「……そうかもしれません」

 

 

 そんな会話があったりして。もっと長身のモデル体型みたいなのがやればもうちょっと似合ったのかもしれないけど、私もブルボンもどちらかというと丸っこい感じなのよね。スズカとかサングラスかけさせたい気持ちもあるけど。

 

 

「マスターはご自分が痩せている事実を受け入れるべきです」

「そう簡単に自分が痩せてると思えないのが大人なのよ」

「しかしマスターの体重は」

「やめて」

 

 

 ちょっとちらちら見られているような気もする。東京駅だから海外の方も多いんだけど、流石に三冠までいくとそこでも知名度はあるらしい。色んな所にポスターとかコマーシャルもあるだろうからね。

 あとは流石に声色を変えることはできないので、ブルボンのラジオを聞いている人には話し方を含めて普通にバレてしまうかもしれない。天皇賞で完全敗北を決めた後も、ブルボンの根性論信者は日々増加している。

 

 

「あんまり体重の話をしちゃダメよ」

「……マスターはご自分の魅力を自覚すべきです。スズカさんも言っていました。油断するとすぐ声をかけられるから一人にできないと」

「自覚したってそんなのどうにもならないでしょう」

 

 

 無事に受付までたどり着き、ブルボンが私の手を使って発券機を操作し始める。私の手の操作も慣れたもので、まるで自分の物のように画面を操作できるようになった。手首の握り方で私の握力が変化するという芸当も可能だ。ロボットみたいね、私。

 

 

「えい」

「マスター。指を曲げないでください」

「ん?」

「マスター」

「んー?」

「……」

「いたたたたた」

「両手を掴んでいますよ、マスター」

 

 

 二人分のチケットを取ってちょっと寄り道。三時間とはいえお昼を挟むので、ご飯を買っておく。

 

 

「何が良い?」

「お待ちください。選考中です」

「三つまでね」

「……五つ」

「四つね」

「五つです」

「今私妥協したよね?」

 

 

 ショーウィンドウの駅弁を見て動けなくなってしまうブルボン。髪型が崩れても困るのでうなじの辺りを撫でつつ選択を待つ。まあまあ人もいるけど、レジからは離れているし大丈夫でしょう、たぶん。

 くるくると小さくブルボンからお腹の音が聞こえてきた。ブルボン一人の調理スキルでは私と、自分のウマ娘としての量は作り切れなかったからね。そこが難しいのよ、ウマ娘向けの調理は。味なんか正直どうでもいいまである。

 

 

「ブルボンがスズカみたいになっちゃって悲しいわ」

「それは、マスターからの好感度が上昇したということでしょうか」

「そういうことではなく」

「スズカさんのようになることについてマイナスイメージは──」

 

 

 固まるブルボン。ちょっと覗き込む。

 

 

「あった?」

「いえ……ありません。文武ともに能力が高く、社交的で、マスターとの関係も良く……スズカさんの短所も挙げられますが、言語化は難しいかと」

「……確かにそう考えるとあの子悪いところ無いわね……」

「……」

 

 

 あんまり考えないようにしよう。いや、スズカを褒めたくないって話じゃなくてね。ブルボンも同意見のようで、無言でお弁当選びに戻ってしまった。

 

 

「決めました」

「じゃあ買っておいで」

「マスターはどれにしますか」

「私は……そうね」

 

 

 特に食べたいものも無いし、そもそも朝ご飯をちゃんと食べているからお腹も空いていない。適当に尖っていなさそうなお弁当を指さす。

 

 

「私これ」

「私もそれを選定しています」

 

 

 特に凄いことではないけど、ふふんと胸を張るサングラスブルボン。可愛いねえ。後日ライスシャワーとかに自慢してそう。というかこういうことを自慢しているらしい。マスターと飲み物が同じだったとか、映画の感想が一致したとか。まあ向こうもそれを聞いて楽しいって言ってたからいいけど。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「美味しい? それ」

「はい。とても」

 

 

 ほぼ生よ、そのニンジン。絶対美味しくないって。

 

 

「ニンジンは調理方法に関わらず美味しいです」

「ウマ娘の味覚は解らないわ」

「私にはマスターの味覚が理解できません」

 

 

 新幹線の中。お昼の時間になり、二人でお弁当を開けている。案の定私はそんなには食べられなかったので、間のテーブルに乗せてブルボンにも食べてもらっている。一緒に買った大量のニンジンスティックをお新香感覚で食べるブルボンを見て、いつも通り引く私。

 

 

「食べますか?」

「ソースは?」

「ありませんが……?」

 

 

 何を言っているのか、という顔。差し出されたので一応食べてみる。うーん美味しくない。なんて種族。

 

 

「美味しくない……」

「私が差し出していてもですか?」

「……どこで覚えたの、そんな言葉」

「バクシンオーさんからです。私は立派なので、美味しいでしょう、マスター」

「……美味しく感じてきたわ」

 

 

 にっこりブルボン。手元の焼き肉に戻っていく。基本的に私と三人娘だと私が聞き役になることが多いので、頬を膨らませてご機嫌にお弁当を食べている状態だと会話が始まらなかったりする。特にブルボンは、私が話しかけたら返答しなければいけないと思っていそうだから。

 頬っぺたにくっついたご飯粒を取ってあげる。ぱくりとブルボンの口が追いかけてきた。私といるだけで楽しいとか、そういうことならとても素敵なことよね。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「オッケーブルボン。この後どうしようか。もう夕方だけど、どこか遊びに行こうと思えば──」

「いえ。ここにいましょう、マスター」

 

 

 たくさんの時間が必要です。移動を終えホテルに着くと、ブルボンは私の手をベッドまで引いた。そういうことならと、スズカやスカーレットから移動中の報告を受けたスマホを投げ捨てる。

 小さな鞄を持ち込むブルボン。膝を合わせて座ると、中から何か、冊子を取り出した。

 

 

「どうぞ」

「……これは?」

「通知表です……マスターの」

 

 

 ブルボンにしては自信なさげに差し出されるそれは、コピー用紙を折ってホッチキスで綴じた自作の本……っぽい何かだった。片手で足りるページ数しかなく、これもブルボンには珍しく、若干のズレや粗が目立つ。

 通知表かあ。私が定期的にブルボンにあげていたものだ。

 

 

「ありがとう。じゃあ私もあげようね」

 

 

 そして、今回も用意している。私のもかなり簡素なものだ。ブルボンのページは毎回変わらないが、ライバルウマ娘の評価ページが違う。今回は宝塚出走組と、仲の良いクラスメイト……サクラバクシンオーとかニシノフラワーとか、そんな程度しか書いていない。

 こっちからも差し出すと、ブルボンは受け取りつつも、じっと表紙だけを見てそれをしまった。

 

 

「見ないの?」

「はい。明日で……いえ、今回のレースに限り、読まなくても良いものです」

 

 

 代わりに私の通知表を開く。多色のペンで書かれた、ブルボンらしからぬ派手めなレイアウト。だけど、綺麗に定規で書かれた直線や、位置取りの対称性などブルボンの気質もよく出ている。散りばめられたイラストは恐らく友達のものだろう。レイアウトを歪めるように描かれているから、通知表の記載前に描くだけお願いしたのかな。

 どちらが強く握ったのか、少し皺になったページを捲る。私のものと同じように目次があり、記号化された私の能力評価が書かれている。

 

 

「……私の評価? これ」

「はい。スズカさんにもお見せしましたが、かなり正当な評価ができているとのことでした」

 

 

 ……項目は『指導』『サポート』『メンタルケア』『知識』『精神力』。まあ、トレーナーを評価する項目としてはこんなものでしょう。でもさ、私は目で見たものを書いているだけだから忖度とかしないけど、ブルボン達が評価するならちょっとくらい忖度があったって良いんじゃないの? 

 

 

 指導     D

 サポート   SS

 メンタルケア A

 知識     C

 精神力    E

 

 

「これが?」

「かなり実態に沿ったものになったと自負しています」

 

 

 こういう時ってもうちょっとなんか、お世辞とか無いの? 結構辛口じゃない? なんかこう……指導力とかもうちょっと上がらない? これだと私ご飯が作れてたまに話せる置物じゃないの。

 

 

「ありますか、指導力」

「……あるでしょ」

「私やスカーレットさんのように、一定以上の根性が担保されていないウマ娘を指導できますか」

「…………できるって」

 

 

 担当に論破されるトレーナー。Dなだけ結構優しさがあるような気もしている。まあ良いか。私別にそんなの売りにしてないし。三人以外に担当をとるつもりもないし、三人を指導できればそれで良いし。

 それに、流し見で済ませたけど他のページには友達に頼んだのであろう、他のトレーナーの能力評価もあった。Eってあったけど誰が誰の評価を書いたの? 怖くない? ウマ娘ってやっぱり結構シビアにトレーナーのこと見てるでしょ。

 

 

「だとしても必要ありません。マスターには私がいます。ミホノブルボンは今後も、マスターの指導を忠実に実行し、成果を挙げることをお約束します」

 

 

 ……そう。

 

 

「もちろん、我々以外に担当を作るのなら別です」

「……最後まで褒めよう、ブルボン」

 

 

 でもありがたいことだし、素敵なものを作った自覚があるのだろう、誇らしげなブルボンが可愛いので撫でておく。細かい文章評価は後で見よう。目の前で読み上げることもあるまい。

 ブルボンへの通知表は読まないとのことだったので、二人とも一度通知表をしまう。恐らくブルボンが話し出すのだろう。そんな顔をしているから。

 

 

「……ではマスター。本題です」

「本題」

「はい。宝塚記念に向けてです」

 

 

 思った通り、ブルボンはベッドの上とは思えないくらいぴっと背筋を伸ばして、真っ直ぐに私を見つめた。手を伸ばしてきたのでとりあえず繋ぐ。

 

 

「マスターに何を求めるべきか、たくさん考えました」

「うん」

「より過度な肉体的接触で私の能力が上がる可能性も考えましたが、発覚時スズカさんが怖いのでやめました」

「何をするつもりだったの……?」

 

 

 あと、私そんな能力持ってないから。

 

 

「そこで、マスター。菊花賞と天皇賞で、マスターは、ミホノブルボンが勝てると思っていましたか」

「……」

 

 

 ブルボンの感情は目と尻尾に出る。もちろん、これは確認だ。答えはお互いに解っている。そのせいでお互いに地獄を見たのだから。

 だけど、求める言葉が得られなければそこで全ては終わり、とでも言いたげに、ブルボンの表情は不安げだった。

 

 

「菊花賞の時は、五分。天皇賞の時は……そうね、絶対に勝てないと思っていたわ」

「ありがとうございます。私も、マスターに何も言われなくとも、90%同意見です。菊花賞はともかく、天皇賞でライスに勝てるとは考えていませんでした」

 

 

 残り10%が何かは解らないけど、とにかく私達は同じ気持ちだった。元々解っていたとは思うけど、それでも安心したのか大きく息を吐いた。

 

 

「今回も構図としては同じものだと思っています。一点異なるとすれば、今回の私は『チャレンジャー』である点です」

 

 

 ミホノブルボンは、才能あるウマ娘だ。いや、仮に無かったとして、それを覆すほどのトレーニングを積んでいる。ライスシャワーも含めた全てのウマ娘に対して、常にブルボンは上位だった。ライスシャワーに負けたのは、彼女が特殊だったからに他ならない。

 

 

「私がマスターに求めたのは、自認の変更……ともすれば洗脳のようなものであったと考えています。チャレンジャーとしての私の思考回路(ソフト)は、明らかに勝負に向いていません」

「そんなことは」

「自覚しています。ですので、私にはマスターが必要でした」

 

 

 私の手を取り、私がそうしたように頬に触れさせる。両目を閉じて、さらに擦り付けた。

 

 

「私は元来チャレンジャーです。自分に才能があるとは思っていませんし、三冠は……その」

 

 

 言葉に詰まる。自分で手を動かして、頬からうなじを撫でる。おでこをくっつけて、顔が見えないように抱きついた。

 

 

「本当は、達成できるとは、思っていませんでした。夢で、どんな努力を重ねても、届かないものだと……最後はスプリンターとして走るのだと、思っていました」

「……当たり前よ。そんな簡単なことなら、あなたは私のところにはいないわ」

「ずっと、いつも、マスターがいないと……やはり無理なのではないかと……思って、いて」

 

 

 声が震える。私は下から、ブルボンは首に手を回し、ぎゅっとくっつく。

 

 

「マスターが信じさせてくれたのだと、思います。私が、『チャンピオン』であると」

 

 

 信じていたのは、私。ブルボンの才能を信じていた。それを伸ばせば勝てると確信していて、だからこそ、ブルボンの逆スカウトに即答できなかった。私で良いのかと思ってしまったからだ。

 ただ、トレーニングを始め、レースで勝ち、そして、三冠は成った。いつもブルボンは、私が何も言わなくても王者だった。

 

 

「ですが、今回のレースにそれは必要ありません。何故なら」

「スズカに勝てると思っていないから?」

「…………はい。スズカさんのいるターフで、私はチャンピオンを自称することはできません」

「……ごめんね」

 

 

 そんなの、天皇賞も同じだったはずだ。だけどあの時は、私にもブルボンにも嘘が必要だった。いや、ライスシャワーを相手にするのなら、それでも良かった。だけどスズカは違う。スカーレットの時もそう。私がスズカのことを一番に信じていると、二人は信じている。

 私だけが、口だけでもブルボンを信じるのではない。私が迷っている以外は、全員が全てを把握している。

 

 

「ですのでマスター。チャレンジャーとして、私に何が必要か考えました。どのような言葉をいただくのが、私にとって最も良いことかと」

 

 

 だけど、迷っている私も、いい加減ブルボンのことを解っている。チャンピオンとしていつも通り走るというメンタルはブルボンにはもはや必要がない。スペックが違うからだ。

 では、チャレンジャーとして挑むブルボンに必要な心構えとは何か? 一番必要なのは、

 

 

「マスター。命令してください」

 

 

 覚悟だ。悪い言い方をするなら、天皇賞で、ブルボンはライスシャワーを前に"諦めた"。全力を賭しても勝てないと理解していたから、自壊のリスクを孕んでまで限界を超えなかった。

 全力で勝負がしたいと二人で言っていた。だけど、あの時はお互いが全力を出す必要がなかった。チャンピオンであると洗脳されたブルボンが降参したら勝負は終わりだ。

 

 

「『死んでも勝て』と。今度こそ、最後まで走りたいです」

 

 

 チャレンジャーならば、諦めることは許されない。ここに来て、今まで得た精神的成長は、ブルボンには必要がなくなった。

 

 

「そんなこと言わないで……私は嫌よ」

「お願いします」

 

 

 ああ……あなた達のその目に、私は勝てないの。狂気を孕んだ走るために全てを捨てる覚悟の目が、本当に嫌い。そう育ててしまったのは私なのかもしれないけど。

 

 

「……ずっと、ライスと競い続けたいです」

 

 

 でも、これが私への強要でないことは解っている。

 

 

「たとえスズカさんに勝てなくとも、スズカさんが前にいてくださいます。私は、スカーレットさんの前に立たなければなりません。マスター。走る理由ができてしまいました。死んでも良いとは言えません」

 

 

 狂った瞳のまま、涙が流れる。人間として成長して、情緒が生まれ、一人で夢だけを追っていたブルボンではなくなった。エルナトがそうしたのかライスシャワーがそうしたのか、もっと周りの友達か……菊花賞の時なら即答できたことに、できなくなった。

 これまで、それを即答できてしまっていたブルボンに『自信』を外付けして無茶な走りをしないように抑えていた。それはもう必要ない。

 

 

「お願いしますマスター。私に、走れと命令してください」

「そんなのダメよ、ブルボン……」

 

 

 理解できる。スズカのラストランだ。スカーレットだってもし必要なら同じことを言うだろうし、出走するウマ娘のなかにも、脚を折ったらスズカに勝てるならやると言うのがいてもおかしくない。

 いや、ウマ娘とはそういう生き物なのだ。みんながみんなとは言わない。だけど、素晴らしいレースができれば他はどうでも良いという思考になるハードルが低い。

 

 ここで言わないと、ブルボンが一生後悔するのも解る。私にこの話を持ちかけたということは、そういうことなのだろう。私に委ねることしかできなくなっている。自分で決めろとは言えない。それはブルボンにさせることではない。

 

 

「私も、あなたにずっと走っていて欲しいの。あなた達に、勝てれば死んでも良いとか、そんな気持ちになってほしくない。良いじゃない勝てなくたって。レースが全てじゃないのよ」

「私も、そう思います」

「公式レースじゃなくたって、スズカと走る機会はきっとたくさんあるわ。いつでも挑めば走ってくれるでしょう、スズカなら」

「はい」

 

 

 ちくしょう……くそ……っ

 

 

「……それに、私は…………スズカの負けるところは……見たくないの、本当は……」

「理解しています。マスター。それで構いません。全て承知の上です」

「本当に……嫌なの……」

 

 

 嫌だけど、でも、突き落とさなければいけない。私には何もできないから、せめて、何かあった時に恨まれる存在でなければならない。どんなことがあれど、この子達を笑顔で追い込めるようになると決めたのだから。

 

 あとは、拒否して恨まれるか、受け入れて恨まれるかでしかない。ブルボンの未来が私の手の中にある。言わなければいけない。あんなこと、二度としてはいけない。

 

 

「ブルボン……」

「はい」

 

 

 一度離れて、今度は目を合わせたまま正面を見つめる。せめて縋る先にならなければ、私は。

 

 

 

 

「命令よ、ブルボン」

 

 

 

 

「…………何をしてでも、スズカに勝ちなさい」

 

 

 

 

「……はい」

「諦めることは許さないわ。あなたはそんな段階にいない。死力を尽くして、未来を捨てて、それでやっと三冠を掴んだのよ。結果としてあなたはここにいるけど、三冠が取れれば死んでも良いと言ったのは嘘じゃないのよね」

「はい」

「だから、スズカに勝ちたいのなら覚悟をしなさい。スズカに勝てるなら死んでも良いと。そうでなければあなたは勝てないわ。菊花賞がそうだったように」

 

 

 つらつらと言葉を並べ、私はブルボンを崖から突き落とす。表情の消えたブルボンの瞳に闇を注ぐ。私は、この子達の走る意味にはなれない。この子達にはやりたいことがあって、私には否定できないものだ。ウマ娘の運命は人間には理解できないし、ただ走るだけでリスクを負う彼女達を走らせているトレーナーという人種には、言っていいことと悪いことがある。

 

 だけど、大切な、本当に大切な私のウマ娘を、私は、強く抱き締めた。

 

 

「だけどね、ブルボン……一つだけ、私のお願い。これだけは忘れないで」

「……はい」

「あなたの未来は、()()()()()()()()()()()()()捨ててはいけないものよ」

「………………はい」

「三冠以外に、やりたいことが見つかったんでしょう。一緒に走る人がいるでしょう。()()()()()に命を懸けてはダメ」

「…………わかりました」

 

 

 単調な返事だけど、ほんの少し震えていて。私の力なんかじゃ足りないけど、痛いってくらい力を込める。

 

 

「せっかく貰った(もの)だもの。これからきっと、あなたはもっと強くなるわ」

「マスターと……皆さんのおかげです」

 

 

 ブルボンからも返ってきた。骨が軋む。ふは、と息を吐いたタイミングで、ふふ、と後ろから聞こえてくる。

 

 

「私が全力を賭すために、あと5kg力を加えると言ったらどうしますか」

「もちろん、やって良いよ」

「ふふ……」

 

 

 そのまま身体を引かれ、ブルボンに覆い被さる形で転がる。顔は見えないけど、ウマ耳が髪を分けて動く微かな音がした。こてん、と横に倒れる。ブルボンの顔が大きく映り、いつもの感情豊かな鉄面皮が鼻先まで近づいてくる。

 

 

「私は、マスターからのオーダーは必ず遂行します。どれだけ無謀でもです。必ず成し遂げ、結果を報告いたします」

「うん……頑張ってね、ブルボン」

「はい。了解しました。それではマスター」

 

 

 いつもの調子に戻ったブルボンが、私の胸に埋まり上目遣いの眼だけで笑う。

 

 

「定時まで、私を褒めていただきます」

「厳しいことを言われるのが好みじゃなかったの?」

「当然、『ミホノブルボン』にはそれが必須です」

 

 

 ですが、と、ブルボンは微笑み、答える。

 

 

「私は、マスターに褒めてもらいたいのです」

 

 

 

 

 

 

 ────―

 

 

 

 

 

 微睡みのなか、声が聞こえた。

 

 

『お疲れ様、ブルボンさん。ちゃんとお話はできた?』

『はい。たくさん褒めてもらいました。ありがとうございます、スズカさん』

『ううん。それなら良いの。トレーナーさんは大丈夫そうだった?』

『はい。ややバイタルは不安定ですが、概ね』

『……そう。じゃあこれ鍵。また明日、頑張りましょうね』

『はい。よろしくお願いします』




トレーナーが背中を押すかどうか、押すならどうするか、今のトレーナーはどう話すのかを誇張抜きで2ヵ月ずっと考えてました。書いては消してを繰り返していたんですが、まあこの動きが今のトレーナーの精一杯なのかもしれません。自己投影するようなトレーナーじゃないので、私のなかでの解釈違いがたまに起こるんですよね。

規約で展開予想や展開リクエストが禁止されていなければ、今のトレーナーならどうすると思ったかを聞きたいくらいです。

次回スズカ、次々回宝塚で完結となります。引き続き完結までよろしくお願いします。
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