走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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スズカシニアⅠ/ブルボンジュニア
何かにつけて走ろうとするサイレンススズカ


 

「おはようございます、マスター。新年となりましたので、私も栗東寮で自室を頂きました。同室はニシノフラワーさんです」

「おはようブルボン。ごめんね、今ちょっと部屋は使えないからさ」

「おはようございます、ブルボンさん。あの、良ければ今から」

「走りには行きません」

 

 

 新年のある日。早速私達のチーム申請が受理され、流れるように部屋が用意された。念願の個室である。これで私がスズカにベタ甘になっているところや、かと思ったら虐待紛いのことをしているところを見られる心配が無くなる。

 

 今は荷物を業者さんが運んでくれているのをスズカと部屋の外で眺めている状態。終わったらブルボンは坂路なので、スズカの反対側、私の隣に並ぶ。

 

 

 この二人は何か示し合わせてでもいるのか、スズカが右、ブルボンが左に立つことが多い。まああれね、スズカと私の距離が基本近いから、スズカの隣だと疎外感を感じるとか……そういうことかしらね。

 

 

「ニシノフラワー……ああ、確かブルボンの同期にいたわね」

「はい。本日フラワーさんに菓子折りを頂きました」

「そう。後で買ってあげるからお返しをしましょうね」

「了解しました」

 

 

 あんまり覚えていないということは尖ってなかったか……あるいは私の目が曇っているかどちらかだ。でもまあ残念なことに、ブルボン世代の勝負は目に見えている。中長距離はブルボン、短距離はバクシンオーだ。マイルレースは空いているけど、バクシンオーがそこまで出てくる可能性はある。

 

 

 ここぞとばかりに追加注文した家具もついでに運び込まれていく。お疲れ様です業者さん。ちなみに、こういう業者には珍しく半分が女の人で構成されているのでちょっと時間がかかる。ウマ娘寮に男性を入れるわけにはいかないし、私も女だし気を遣ってくれたんだろうね。たづなさんが。

 

 

「ところでスズカ、もう年も明けたけど……最初は大阪杯で良い? それとも金鯱賞に出ておく?」

「うーん……たくさん走れるなら何でも……」

「だよね」

 

 

 スズカはそう言うと思ったわ。まあ金鯱賞かな……たぶん枠は空いてると思うし、スズカは結構スムーズに入れるだろう。ここがスズカの便利なところ。名声に比べると実績が無いから躊躇無くG2に出られる。いやG1複数回取ってるのは凄いことなんだけどね。ただ名声やファン数はそれ以上だから。

 

 三冠プラス何かとか取っちゃうとG2出た時弱いものいじめとか言われる問題も発生するらしいんだけどね。そんなウマ娘そうそういないけど、シンボリルドルフの日経賞も色々言われたらしい。お前トライアル出なくても天皇賞出られるじゃん、って。

 

 

 スズカのレースは一応金鯱賞に設定しておく。別にそのために何をするわけでもないけどね。変わらずスタミナを何やかんや伸ばしていくだけ。後は……時々筋トレも。

 

 

「ブルボンは今年も坂路。一応メイクデビューは最速の六月を考えているわ。皐月の2000までは1600、1800と少しずつ伸ばすから」

「ターゲット確認。オーダー、承りました」

「うん」

 

 

 二人とも素直で従順なのでミーティングも秒で終わる。素晴らしい。普通こんな廊下でミーティングはしないからね。二人には聞かれて困る作戦も何もないし。ステータスでごり押せば勝てる。逃げウマって素晴らしい。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「おおー……やっぱ良いわね個室は。最高」

「よいしょ……本当ですね。私達の部屋なんだなあって嬉しくなります」

 

 

 荷物の搬入が終わり、チェックやら何やら終わらせた後。荷解きをある程度済ませて、私達は部屋の真ん中のテーブルでお茶を入れて飲んでいた。なおブルボンもスズカも平気な顔で着替えている。いや鍵はかけてるしカーテンも閉めたけどさあ。

 

 

「やる気出るわねやっぱり」

「ですね。走りたくなってきました……!」

「いつもでしょ?」

「でも今日はお祝いじゃないですか……?」

 

 

 スズカの悪い癖が始まった。制服を丁寧にハンガーにかけつつ、こちらを良くない目で見つめる。

 

 

「別にこんなのお祝いじゃないでしょ? スズカも言ってたよね? チームなんてどうでも良いみたいな」

「でもお祝いですよ?」

「いやいや」

「お祝いですよ?」

 

 

 それ以上思い付かないからってその一言でごり押さないで?? 

 

 

「もしお祝いでも走るのはだめ。最近スズカは走りすぎ」

「そんなに走ってません。ちゃんと我慢してますっ」

「嘘。私知ってるんだからね。スペシャルウィークにこっそり履き潰したシューズを捨てさせてるでしょ」

「……知らないでしゅぅぇぅぇぅぇぅ」

 

 

 嘘のつけないバレバレスズカの頬を弄びつつ、そろそろちゃんと我慢させようと覚悟を決める。

 

 

「禁止。何日が良い? スズカ?」

「……い、いちにち……」

「五日ね」

「やぁぁぁぁ……」

 

 

 痛い痛い。頭突きしないで。スズカが悪いんだからね。私の言うこと聞かずに夜な夜な抜け出して走りに行くんだから。というか一日禁止って何。何にもならないでしょ。

 

 

「五日なんて死んでしまいます、ウマ娘は走らないと死んじゃうんですよ?」

「魚か。諦めずに頑張らなきゃ。ブルボンも頑張ってるんだからさ」

「ブルボンさんは走ってるので頑張ってません……」

「スズカにとっての努力の定義が問われるわね」

 

 

 私は頑張ってないのか、と目を見開いたブルボンの頭を撫でつつ、ブルボンは頑張っていると何度も伝える。だからこれからも頑張らないと。ちゃんと頑張ってくれたらクラシックにも勝てるからね。

 

 

「大丈夫? ブルボンの努力は今良い感じだからね。頑張ろうね」

「はい。ステータス『愕然』の解消を確認。マスター、坂路予約の時間です」

「ん。じゃあ行こうか。スズカは来る?」

「スペちゃんと併走のお話をしてきます……」

「なるほど」

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

「はいもう一本。ブルボン、ペース上げすぎ。次が辛いだけよ」

「しゅ……修正……中……申し訳ありません、改善し次走へ……移行、します……」

「ん。頑張れブルボン。体力ついてるわよ」

 

 

 ブルボンのペースもほとんど把握し、今は少しずつそれを押し上げる段階まで来ている。と言っても、一本速度を出すなら出来るのだ。しかし、スタミナを伸ばすのが目標である以上、必要なのは四本を同じタイムで走る力である。

 

 目指すはラップ全てを同じペースで、かつ速いペースで。現在のタイムでは勝てない。もちろんここから丸一年あるわけだから、まだ急ぐ必要はないが。

 

 

 ブルボンのデビューは1600だ。ガチガチのスパルタを毎日繰り返し、ブルボンのスタミナはみるみる伸びてきている。このペースなら間違いなく走りきれる。スズカと同じ強い勝ち方ができるはずだ。

 

 

 勝てば良いブルボンに勝ち方を要求しても仕方無いけど、1600でそれくらい圧倒しなければ3000で勝てるはずがない。

 

 

…………あと、恐らくマスコミやらに「なんでブルボンを短距離に行かせないんだ」と言われるだろうことが本当に面倒なので初戦で黙らせたい。

 

 

「ブルボン! 落ちてる落ちてる! しっかり! ラスト1ハロンちゃんと上げて!」

 

 

 誰もいないことを良いことにメガホンで叫ぶ。少し戻ったけどやっぱり落ちてるなあ……まあ、これからよこれから。相変わらずちゃんとスタミナが伸びてるし、そのうち平気に走れるようになる。そうなったらもっとノルマを上げるんだけどね。

 

 喉を酷使して応援しているうちに、ブルボンが帰ってきた。ペースは思い切り落ちているものの、フォームだけは崩すなと厳命しているのでそこだけは守られている。だからまあ、タイムに関しては毎回毎回嫌味のように言う必要もない。

 

 

「はぁっ、はあっ、はぁっ……ぁ、っ、はーっ、はーっ……」

「お疲れブルボン。昼はこれで終わりね。大丈夫? 立てる?」

「分……析……中…………」

「ほら、肩くらいは貸したげるから」

 

 

 壊れかけのコンピューターを待つ気は無い。私ももう少し鍛えようかな。もう少し体格が良ければブルボンを背負って持って帰れたんだけど。肩を貸すくらいしか出来ないのが悲しい。

 

 

「完全回復……まで……およそ六時間……回復プロセスには……睡眠が……必須……です……」

「うん。また夜頑張ろうね」

 

 

 さて、帰ろう……とした時。振り向くとそこに、特徴的な身体をした我らが理事長が立っていた。

 

 

「謝罪ッ! チームエルナトのトレーナー君、少し付いてきてもらえないだろうか!」

「……申し訳ありません、ブルボンをトレーナールームに連れてから……」

「うむ! ではその後来てもらいたいッ! 時間は取らせない!」

 

 

 ニャー、なんて理事長の猫が鳴いた。バッと開いた扇子には、達筆で『面談ッ!』と書いてあった。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「トレーナー君。君に、ウマ娘を虐待しているという噂が流れているッ!」

「……はい」

 

 

 理事長室に赴くと、そこには既にスズカがいた。別途で呼び出された彼女にはある程度たづなさんが話を聞いていたらしく、私達が部屋に入ると同時に話すのを止め私のもとへ駆け寄ってきた。

 

 

「遺憾ッ! 君を合格させた私が君を信用しきれていないのは問題だが、君のウマ娘への態度に疑問が残るのも確かだ!」

「……おっしゃる通りです」

 

 

 いやほんともう、何も言えないけど。ウマ娘トレーナーにはあるまじき態度ってことですよね。それはそう。でも『尋問ッ!』の文字は止めてください。パワハラですよ。

 

 

「しかし、事実ッ! 君の手腕でサイレンススズカというトップウマ娘が生まれたのだ! だから、何を言うべきでは無いのかもしれない! 確認したい事は一つのみッ!」

「…………はい」

「君はミホノブルボンを大切にしてくれているのか!? それだけで良い、故障など起こさず走れるならば、周りが何と言おうと当人達の意思を尊重できるのだ……」

 

 

 流石熱い人だ……ウマ娘のことを第一に考えているというのはマジで嘘でも誇張でもない。ウマ娘のためならいくらでも私財を投げ打つし、絶対無茶だろということでもやる。凄い人だ。

 

 

「…………大切にしていますよ。心から」

「……ならば良し! 解散ッ!」

 

 

 そこから、ちょっとしか心にも無いことを並べて説得をしようとしていたのだけど。理事長は扇子を閉じ、マジックよろしく扇子の文字を変えた。

 

 

「え、すみません、もうよろしいんでしょうか……?」

「既に確認は済んでいる! サイレンススズカからも、日々楽しく過ごしているという報告を受けているからな!」

「スズカ……」

「はいっ。酷いことをされたりはしてません。ブルボンさんも、望んで走ってますっ」

「ご心配おかけしまして、本当に申し訳ありません。ですがこの通りです、二人は私が責任持って健康でいさせますので……」

 

 

 良かった……ありがとうスズカ。なんか逆に疑われそうな言い方だけど、そうよね。スズカは解ってくれるわよね。それだけで良いわ。うんうん。感動した。私達には絆があるということね。むんっ、と気合いを入れるポーズのスズカの頭を撫で、理事長に頭を下げる。

 

 

「でも、たまにつねったり叩いたりするのはやめてほしいです」

トレーナー君……? 

 

 

 あっ(絶命)




このあとめちゃくちゃ言い訳した。トレーナーを売ったスズカは一日走る権利を得て五日失った。

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