走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「スペちゃん、これで全員集まったかしら……?」
「はい! よろしくお願いします、スズカさん!」
一月十日、木曜日。記録者、ミホノブルボン。
本日午後十二時三十分より、チームエルナトの先輩であり天皇賞(秋)、ジャパンカップを制したウマ娘、スズカさんがイベントを行うと聞き、そのヘルプに赴いています。
場所は、チームエルナトのトレーナールーム。スズカさんの後輩の一人、ルームメイトのスペシャルウィークさんの手助けもあり、人数分のパイプ椅子を用意できています。マスターは不在です。会議があるのだとか。
集まった方々は、スズカさんの一つ下、つまり、今年のクラシックレースへの出走権を持つ方々です。つまり、彼女らも一つの私の目指すべきゴールであり、その見学のためにマスターが私をここに派遣したと考えられます。
「ええと……じゃあ、まずはその、急だけど、集まってくれてありがとう。サイレンススズカです」
事前に頂いたメモを見ながら、部屋に備え付けのホワイトボードに出走表を書いていきます。
本日与えられたタスクは二つあります。
①スズカさんのレースイベントの開催を手伝うこと
②スズカさんのレースイベントの出走回数を一回に抑え、次回開催を最低でも未定にすること
の、二つをマスターから仰せつかっています。
「その、本当は併走だけのつもりだったんだけど、思いの外盛り上がっちゃったので、模擬レース、という形にしたいと思います」
出走表の後は抽選ボックスを用意します。集まった人数はサイレンススズカさんを含めて、六人。スペシャルウィークさん、エルコンドルパサーさん、グラスワンダーさん、キングヘイローさん、セイウンスカイさん。
私はオペレーション『クラシック三冠達成』のため、日夜クラシックレースに関する情報収集と分析は欠かしていません。
スペシャルウィークさん。前走、芙蓉ステークス二着。王道のレース展開が得意で成長著しいウマ娘です。今回のイベントを提案した方のようで、スズカさんの目の前に座っています。
その隣、エルコンドルパサーさん。前走、京都ジュニアステークス一着。かなり前めの先行策を得意とするウマ娘です。
その隣、セイウンスカイさん。前走、阪神ジュベナイルフィリーズ一着。メイクデビューから一貫して逃げを選んでいる、この中では三戦無敗のウマ娘です。しかし、どのレースもギリギリの戦いをしており、比較的に評価は低くなっています。
その向かい、キングヘイローさん。前走、朝日杯フューチュリティステークス二着。後ろからの差し策で捲る展開を得意としているようです。
そして最後にその隣、グラスワンダーさん。前走、朝日杯フューチュリティステークス一着。彼女の視線もまっすぐスズカさんに向けられているのですが……無関係である私まで、ステータス『恐怖』を……
「六人ですけど、練習にはなると思うし……うん、それで良ければこのままの人数で行こうと思うけど……どうですか?」
……スズカさんには無いようです。データベース検索……以前、マスターがおっしゃっていました。スズカさんは精神が図太いのだと。いかなる状態でも思考プロセスを妨害されない点は見習わなければなりません。
「良いと思いマース! まさかあのスズカ先輩と走れるなんて思いもよりませんでした!」
「ええ……これは高みを見るチャンス……一流のウマ娘として、絶対に逃せないわ……!」
「んー……ふぅ……あ、私もそれで大丈夫でーす。よろしくお願いしますねー」
「…………」
口々に了承を伝える皆さんを見てスズカさんの口角が数ミリ上がります。「ふふっ」と微笑んだ後、私へ視線を向けました。
「ではタスクを進行します。こちらの抽選ボックスから一人ずつ籤を引いていただき、枠番を設定します」
「じゃあ、スペちゃんから回してもらって……」
一人ずつ籤を引き、それぞれが提示した数字に従い出走表を記入します。内からスズカさん、セイウンスカイさん、グラスワンダーさん、スペシャルウィークさん、エルコンドルパサーさん、キングヘイローさん。
照合、分析開始……完了。定石からのアプローチであれば、逃げ戦法であるスズカさんは内枠の方が有利となります。ですが一方で、一度ブロックを受ければ著しく勝利の可能性が低下するとも言われています。
また、差し策が予想されるキングヘイローさんが外枠なのはベストと言って良いでしょう。
当然の思考として、スズカさんに勝てるはずはありません。新年のレースでマスターから頂いた対スズカさんソリューションが正しければセイウンスカイさんが勝つ可能性もあるのでしょうか……。
……プロセス中断。スズカさんが負けるイメージを再生できません。
「じゃあ、えっと……借りているのは芝コースだけど、距離はどうかしら……やっぱり、中距離が良いわよね……?」
「それなんですけど、スズカさん。私達全員がぶつかるのはダービーって決めたんです。だから、2400mでお願いします!」
「え……でも、スペちゃんは皐月賞も出るし、2000も……」
「それは……そうなんですけど……」
『ピーンと来ました』。ペンを置き、発言の準備を整えます。
「だったらみんなの疲れにもよるけど、2000と2400をやるのは──」
「申し訳ありません。マスターより、一本のみにするよう指示を受けています。どちらか一方としてください」
「えっ……」
「ムー……トレーナーさんが言っているなら仕方がないデース……」
「2400でも実力は見られるし、何より先頭を取れなかった時の練習にはなる……あ、セイちゃんもオッケーでーす。まあ、仕方無いよねー」
「うそでしょ……?」
タスク完了です。スズカさんもそれ以上は何も言いませんでしたので、これで私のタスクは完遂となります。あとは彼女らについて行き、見学です。観察の後私に利用できるものは利用しなければなりません。
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「お疲れブルボン。大丈夫だった?」
「はい。マスターからのタスクの内一つは成功、一つは未履行となっています」
つまり二本走ろうとはしたのか。
スズカがスペシャルウィークに頼まれてすることになった併走は、もはや併走というより模擬レースになっていた。特にセイウンスカイはなんでいるの? って感じ。てっきりスペシャルウィークはセイウンスカイ対策でスズカに声をかけたんだと思ってたけど。
そして他の面子も。あまりにも豪華な面子過ぎる。今年のクラシックレースを牛耳るだろうメンバーが揃っていた。エルコンドルパサー、キングヘイロー、グラスワンダー……既に全員が重賞を取り、本格的に今年から殴り合いを始めるわけで。
「ブルボンもよく見ておきなね。もちろん本番じゃないけど、まずこのレベルは想定しないと勝てないから」
「承知しました。詳細まで記録します」
監督役の私が来たことで、ウォームアップをしていた彼女らがレーンに入る。スズカは最内か。全員がスズカを意識している以上不利な位置ではあるけど……まあスズカが負けるわけはない。
「位置についてー!」
笛を鳴らす。と……おお? 同時にセイウンスカイが飛び出していった。良いスタートダッシュだ。一瞬だがスズカと並んでいる……が、まあスズカの前は取れない。やり方はあってるし、ステータス的にもブルボンより可能性はあったのだけど……まあ無理か。
先頭はスズカ、その後セイウンスカイ、エルコンドルパサー、スペシャルウィーク、キングヘイロー、グラスワンダー。脚質からしてそうなるだろうという順番には落ち着いている。そのままずっと変わらず走り続ける。
時々セイウンスカイが追い抜こうと外に出ているが、悲しいかな先頭をひた走るスズカはそう簡単には追い抜けない。それができるのは今のトレセンでは割と本気で数えるほど……逃げウマ娘に絞ればマルゼンスキーくらいしかいないのよね。
そのまま何も起きずに最終コーナーにかかる。もちろんスズカはここから大幅に伸び始めるが、そこはクラシック大本命達、セイウンスカイはともかく、他はそう離されることなく食らい付いていた。
「おお……凄い」
思わず素直に褒めてしまう。まさか一瞬でも距離を詰めることができるとは。
「…………まあ」
でも、結局最速最強はスズカだ。
ほんの一瞬だけ詰められたように見えた六バ身が開いていく。セイウンスカイ以外の四人はほぼ団子になって懸命に追うが、しかし届かない……グラスワンダーが抜けた。
スタート前からずっと鬼気迫る表情を見せていたグラスワンダーが、ほんの少し前に出て集団を引っ張っている。めざましい成長だ。朝日杯後の併走からさらに強くなっている。
……相手がサイレンススズカでなければ、その気迫だけで差し切れただろう。
大きく私が笛を鳴らす。スズカのゴールだ。結局二着のグラスワンダーに八バ身がついた。流石にブルボンのようにふらつくほど疲れている様子は無いけれど……スズカに比べるとどうしても。
「トレーナーさんっ」
ほうらスズカだけ元気一杯だ。適性距離ギリギリを走ったとは思えないように戻ってくる。スズカだけたぶんバグってるんじゃないかな。この子たぶんスタミナ消費って概念無いんじゃない? 楽しければ疲れないって本気で思ってそう。
「お帰りスズカ……だめだよ」
「えっ……」
「まだ終わってないでしょ」
駆け寄ってきたその勢いで抱きつこうとしたスズカを窘める。後ろにはスズカが蹴散らした後輩達がいるんだからね。もちろん誰一人として恨み言は言わないだろうけど。
眉を下げて戻っていくスズカを見つつ、ブルボンにも話を聞かせに行く。レースを終始見ていたブルボンが……何か得られたとは正直思えないけど、まあこういうのは見ることに意味があるのだ。モチベーションとか。
ブルボンは次は坂路。スズカはお休み。先に戻っていよう。どんな話をしているか気にならないでもないけど、遠くて聞こえないし。
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「トレーナーさんっ」
「ただいま、スズカ」
ぴこんっ、とスズカのウマ耳が立ち上がった。ふらつくブルボンを支えながら戻ってきた私を見て、嬉しそうに声をあげる。
「よい……しょ。スズカごめん、毛布取ってあげて」
「はいっ」
暖房を緩めて、トレーナールームに設置したベッドにブルボンを寝かせる。すぐに眠りについてしまった。最序盤と比べると倒れなくはなったが、それでもまあギリギリではある。
「……オッケー。はい、スズカおいで」
「……!」
ソファの背もたれから乗り越え座る。すぐにスズカが隣に来て、私に寄りかかって目を閉じた。
「気持ちよかった?」
「はいっ……とっても楽しかったです……!」
「そう」
走るな、とは言うけど、いざ走るなら気持ち良く走っては欲しい。かなり満足したらしいスズカは、しばらく何も言わずじっとしていたけど、少し経つとそのままずり落ちて私の腿に倒れ込んだ。
「明日から走るの我慢、頑張ろうね」
「やです……」
「やですじゃないんだよ」
「やぁ……」
ワガママスズカの頭を撫でつつ、私はどうやって我慢させようかなあ、なんて明日からのことを考えていた。