走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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無敵な思考のサイレンススズカ

「トレーナーさん……走りたいです……」

「もう? まだ二日よ」

「やっと二日です……」

 

 

 今日も今日とてスズカは我慢できなくなっていた。直前までプール練習をしていたとは思えないほどのやる気をもって、仕事中の私にソファの横からすり寄ってくる。

 

 

「私、たくさん我慢したと思うんです。昨日はプール、今日もプール……確か明日も予約をしていましたよね?」

「してるねえ」

「してるねえ、じゃないですよ。そろそろ走ったって良いはずです。おこですよ、おこ」

「どこでそんな言葉覚えてくるのっのっのっのっやめてスズカ、タイピングが、ああバグるバグるめちゃくちゃになる」

 

 

 私の膝に寝転がり、ぽよん……じゃない、ぺちんぺちんとお腹を叩くスズカ。というか向かいにブルボンもいるんだからもうちょっと先輩らしい対応をですね。

 

 

「最近寝付きが悪いんですよ……? 走る夢ばっかり見るんです。あ、でも夢だけあって凄く気持ち良くて、ふわふわしてて……」

「じゃあ夢で良いじゃない」

「そういうことじゃないんですよ……こう、ちょっと現実味が足りないと言うか……」

「そりゃそうよね」

 

 

 走ることソムリエのスズカは寝ても覚めても走ることしか考えていない。寝相は恐ろしく良いので一緒に寝ても大丈夫だけど、もし蹴られたら……まあ、うん。怖いね。

 

 

「そもそも夢の方が気持ち良く走れそうだけど」

「永遠に目覚めなければそれでも良いですけど……」

「怖いこと言わないで?」

「大体最後まで走れないんです……途中で空を飛んじゃったり、崖から落ちたり、花火にぶつかったり爆発したり……」

 

 

 スズカの夢、どうかしてるんじゃないの。

 

 そんな夢見てたら魘されそうなものだけど、それを聞いても、まあ走れるからセーフとのこと。つくづく走れれば何でも良いんだねえスズカは。

 

 

 いつも通りいかに自分が走りたいかを力説するスズカ。もっとこう、ブルボンを見習って? 勉強してるのよ? いや、それはそれで自室でやったら? とは思うんだけど、でも偉い。最悪スズカに聞けるからね。私に聞かないでね。

 

 いや解らないとかじゃなくて。私はトレーナーであって教師じゃないからね。本当よ? 一旦信じてもらって。

 

 

「代わりに私がやってあげたら走っても良いですか?」

「ダメ。というかブルボンだってそれ課題でしょ?」

「はい。入学までに提出しなければならないタスクですが、ニシノフラワーさんに助言を頂きまして、トレーニングに集中するため、一時的に優先順位を変更しています」

「ほら。自分でやらないと意味無いやつだから」

「うぅ……」

 

 

 ちなみにトレセンの課題はそこそこちゃんとある。テストは赤点回避だけなら誰でもできるようなレベルだけど、課題は普通に多めにある。

 

 そう考えると、毎日勉強して、トレーニングして、たまにダンスレッスン受けて、課題もやって……ウマ娘って凄いわよね。スズカとかいっつも私と一緒にいるけどどうなってるの? 

 

 

「んぅ……絶対走ったら気持ちいいですよ……? そうだ、トレーナーさんも走りませんか? トレーナーさんも走れば解るはずですっ」

「やだ。外は寒いでしょ」

「走れば寒くないですよ?」

「走ったら疲れるでしょ」

「走れば疲れませんよ?」

「……シャワー浴びたり大変でしょ」

「気持ち良ければどうでも良くなりますよ?」

 

 

 無敵かこの栗毛。

 

 

 実際私は新年になり、心を鬼にすると決めているのだ。金鯱賞、それから大阪杯に向けてしっかりトレーニングをしないと。スタミナをひたすらに伸ばす。あとパワー。あと賢さ。というかスピード以外の全てを可能な限り上げていく。つまりランニングは無し。

 

 だから、いくらスズカが唇を尖らせて可愛くねだってきても負けたりはしない。ダメなものはダメだとこのポンコツにも教えなければならない。スズカの頬を指先でこねくり回しつつ、しっかり説得しないと。

 

 

「私は走らないしスズカも走らない。明日もプール。楽しいわね」

「トレーナーさんも私も走ってみんなで幸せです。ブルボンさんも走りたいと言ってます」

「言ってません。ブルボンはスズカみたいなランニング狂じゃないんだからね」

 

 

 というか他にこんなスピード狂いるんだろうか? いたら情報交換はしたい。いないと思うけど。

 

 

 そんなー、とぱたぱた脚を動かしてアピールを続けるスズカ。こんな細い脚でよくもまああんなに走れるもので。ウマ娘はつくづく不思議な生き物だ。限りなく人間だけど人間ではないことがよく解る。

 

 

「走る……走るぅ……」

「はいはい。我慢しようね。そうだ、何か食べる? 甘いもの買いに行こうか」

「走って買いに行きます……」

「車で行きます。食べる?」

 

 

 スズカが微妙な声をあげる。食べるらしい。何が良いかな。いちご大福を買ってあげよう。ブルボンにも聞いてみたがお腹を鳴らして断ったので買ってくることにする。

 

 

「スズカは行く?」

「外の空気に触ったらもうダメです」

「その理屈だとトレセンから出られないじゃない」

 

 

 一応ブルボンにも見張っておくよう言っておいて、私は近くの和菓子屋に車を走らせるのだった。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「あら、スズカ先輩のトレーナーさん……お邪魔しています。先日はありがとうございました。キングヘイローと申します」

「え? あー……うん、こんにちは、キングヘイロー」

 

 

 帰ると、トレーナールームにキングヘイローがいた。私を見るなり立ち上がり、深く頭を下げる。

 

 

「スズカ?」

「相談をと言われたので……」

「そうなの。コーヒーはブルボン?」

「はい」

「ありがとうね」

 

 

 ブルボン、気質……持ち前の根性からか物凄く体育会系みたいな振る舞いをすることがある。来客とか、チームでのミーティングの際は率先してお茶やコーヒーを用意してくれるのだ。

 

 流石にコーヒーメーカーを置くほど好きでもないし、他にも使えるようガスコンロとヤカンとインスタントなんだけど。こんなアナログな設備でよくやる気になるものね。電気ポットとか置こうかな。

 

 

「お話は終わりそう?」

「あっ……すみません、お邪魔なら切り上げて……」

「ううん。むしろ私が聞いちゃいけなかったら出ていくけど」

「いえ、むしろトレーナーさんにも聞いて欲しいくらいで……」

 

 

 最後のはスズカだ。明らかに困っている。私のスズカを困らせるとはキングヘイロー……とはならない。何故ならたぶんスズカの方がおかしいから。キングヘイローの言葉遣いや立ち振舞いはとても丁寧で、よく出来た子という感じだ。そう意味の解らないことは言わないだろう。

 

 逆にスズカはお話……特に相談と言っても……うーん……最近はスペシャルウィークも段々解ってきたみたいで、勉強と併走とどうでも良いこと以外でスズカに相談はしないって言ってたもんね。

 

 

 少し前かな、「もしかしてスズカさんって、四六時中走ることしか考えていないんですか……?」と物凄く真剣な顔で言われちゃったし。そうだよって言っておいた。というかその時スズカもいたけど否定しなかった。

 

 とにかく世界で一番……マーベラスサンデーと並んで相談やカウンセリングに向いていない先輩がサイレンススズカである。この二人に比べたらまだナリタブライアンに聞いた方が建設的な答えが返ってくる。とにかく走れば良いで押し切ろうとするスズカと、何でもマーベラスで表現するマーベラスサンデー。

 

 ……いや、マーベラスサンデーはあれで色々考えてるし、後輩の悩みを解決することもあるらしいしスズカよりマシか……? 

 

 

「じゃあ良ければ私も聞くけど……あ、いちご大福食べる?」

「ありがとうございます。頂きます……ではその、普段どんなトレーニングをしているかとか……差し支えの無い範囲で構いませんから……」

 

 

 まあ、別に。

 

 

「スズカは今はひたすらプールで遠泳よ。たまに筋トレ……まあ、特筆するようなメニューは無いわね」

「……スズカ先輩もそうおっしゃっていました。では、スズカ先輩の速さは……」

「……天性のものというのはあると思うわ」

 

 

 なんでこんなに速いんだろうね。私も知りたい。趣味で走ってるのが全てトレーニングとしてスピードに寄与してるんだろうというのは私の予想だ。もちろんこんなことは言えない。

 

 

「天性……才能……」

「その、それが全てってわけではないのよ。でも、スズカは他と比べて特別で過酷なことをしているってことはないの」

 

 本当はこんなこと言いたくはない。ただ、毎日暇さえあれば走っている行動が実力の秘訣だと解って、それを真似するような子が出てきたら困る。これはスズカが心の底から楽しんでいるからできることであって、普通では不可能である。脚を壊す。だからスズカには走らせていないのに。

 

 

「レースには、どんな気持ちで臨んでいるのですか?」

「ううん……その日はどんな景色が見えるかなって……あとは、絶対に先頭を走るぞって……」

「なるほど……」

 

 

 キングヘイローが何か難しい顔をし始めた。彼女にとっては一つ上のレジェンドくらいの感覚だから、このセリフから何かを学ぼうとしているのかもしれない。いや何か、本当にごめんね? スズカ、そんな深い意味で話してないから。あんまり真剣に聞かない方が良いんじゃないかな。

 

 

「スズカは誰かに勝とうとかをあんまり思ったことが無いから。レース勘なんかはあんまり役に立たないかも……」

「……いえ、とても参考になります。一流のウマ娘を目指すものとして、学ぶことはあります」

 

 

 無いでしょ。

 

 

 とはいえ、本人がそうしたいと言っているなら何も言うことはない。実際、入れ込み過ぎているウマ娘なんかにはスズカの心持ちを学ぶことが有効なのかもしれないし。誰も不幸にならないんだから放っておこう。

 

 というか、別にキングヘイローってここまでの成績が悪いわけじゃないのにわざわざこんな聞きに来ることがあるのかな。結構凛々しいタイプに見えるけど……結構不安定な子だったりして。

 

 

「ありがとうございました。お礼は後日必ずさせていただきます」

「いいえ、別にそんな……」

「いえ! トレーニング内容という重要なことを話していただいたのですから! お礼もしないなんてキングの名折れよ……です」

「本当に良いから、ね? その、本当に大したことはしていないから……」

「決してそんなことは……」

 

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

 キングヘイローとのやり取りはその後もしばらく続き、結局お礼はしてもらってしまうことになってしまった。私、学生相手にこんなことも押し切れないのかと少し悲しくなる。流石に何か貰ったら返さないとなあ、キングヘイローのトレーナーさんって話しやすい人かな……なんかこう、厳しそうなおじいちゃんだったらどうしよう。私苦手なんだけど、そういう人。いや、同年代の同性以外みんな苦手みたいなところはあるけど特にね。

 

 

 

 キングヘイローが帰った後、買って来たいちご大福を食べながら小休憩。ブルボンはトレーニング後で食べると言っていたけど、そんな余裕あるの、この子。まあ消費期限は明日だけど……午前は学校だから食べられないと思うんだけど。届けてあげても良いけど……あんまり入り込むのは良くないしなあ。

 

 

「それで、走らせてもらえるって話ですけど」

「そんな話してなかったよね?」

「ぁゃっ」

 

 

 大福を頬張るスズカの頭にチョップをかまし、明日はどう誤魔化そうかな、なんて、二人してキングヘイローのことはあんまり思い出には残らなかった。




先輩のトレーナーにはちゃんと敬語を使えるキングヘイロー。これは結構私の中でも解釈が分かれるところです。一流は然るべき場ではしっかりしているのか、誰に対しても意識して「キングヘイロー」を貫くのか。マスコミに対してはパフォーマンスもあるのでキングキングしてますけど……
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