走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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インタビューを受けるサイレンススズカ

「それではサイレンススズカさん、トレーナーさん、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします……」

「お願いします。すみません、お待たせして」

「いえいえ! こちらこそお時間空けていただいてありがとうございます! あ、今田と申します。よろしくお願いします」

 

 

 ある日。メディアの方を招き、チームエルナトはインタビューの仕事を請けていた。一応スズカに来たお仕事だけど、まあその、ブルボンのやる気を煽ろうかなっていう軽い気持ちで同席させている。今日は昼坂路ができずプール練習だったので、ブルボンにもそこそこ余裕がありそうだ。

 

 

 来ているのは、えーと……あー……なんかの雑誌だったはずだ。名前忘れちゃった。基本的にチェックもトレセンにしてもらっているので全然把握できていない。トレセンもトレセンでアダルト出版社と悪意あるゴシップ出版社をきっちり弾いてくれるので、こっちとしても助かってます。いつもありがとうございます。

 

 ……というかスズカに駄目元ワンチャンスでアダルトなオファーする奴多すぎな。ブラックリストだかんな。

 

 

「では始めさせていただきます。録音機の方こちら、今から録音します。後でチェックもしていただきますが、使われる可能性はあるというのはあらかじめご承知ください」

「はあ……」

 

 

 ちなみに、スズカはメディア取材は大嫌い……というか、別に毛嫌いはしていないけど本当に困っているらしい。まあでも、それも一応ちゃんと答えなきゃと思っている証拠だし。健気な子だ。

 

 インタビュアーの女性がボイスレコーダーを机に置いて電源を入れる。その後ハンドボードを取り出してペンを構えた。

 

 

「では……そうですね。まずは様式美として、自己紹介をお願いできますか?」

「えっと……サイレンススズカです。あとは……チーム……エル……ナト? に入っています」

 

 

 スズカ? 自分のチーム名よ? 

 

 

「今年からシニア一年目ということですが、どうでしょうか、クラシックを振り返って感想などは?」

「ええと……うーん……今のトレーナーさんに会ってからは、気持ち良く走れるようになったと思います……うん。前のトレーナーさんも、色んなことを教えてくれましたけど……私には向いてなかったので」

 

 

 席順はスズカと記者さんが向かい合わせ、スズカの隣に私、さらにその隣にブルボンだ。ブルボンは当初端の方で座っている予定だったが、記者さんがブルボンにも聞きたいということでこうなっている。

 

 後輩から見たサイレンススズカについて聞きたいらしい。ブルボンは早い段階でスズカがポンコツあほあほウマ娘だということを解っているが……果たしてこの二人にそれを隠すような受け答えができるんだろうか。

 

 

「なるほど。ちなみに、その前トレーナーさんというのは……もちろん我々も把握していますが、やはり契約解除に至ったのもそのことが原因で?」

「そう……です。最後まで応援してもらいました。良い人? だったと思います」

 

 

 いい人だったね。ぽっと出の私にもスズカをよろしくお願いしますって頭下げてきたもんね。スズカもかなり好意的に見ている。今でもレースに勝つ度に私に連絡が来るからね。自分の担当もいるのに。

 

 

「なるほど……今のトレーナーさんについてどう思われますか? あの、隣にいるなかで答えにくいとは思いますが……」

「……? 大好きです。別に答えにくいことはないですよ?」

「……なるほど……ちなみにどんなところが好き、とか……」

「私の走りを認めてくれたところもそうですし、優しいですし……あとは、甘えさせてくれたり……温かくて良い匂いがするんです」

「すみません。スズカ、やめて私が恥ずかしいから……本当にごめんなさい……」

 

 

 すらすらと淀み無くアクセルを踏んだスズカ。最後のとか私の体臭をよその人に暴露してるだけじゃん。スズカが変なことを言い出したら基本的にスズカの口を塞ぐのだけど、急な羞恥で私が顔を隠してしまった。

 

 いや、私も大好きだけど……愛バだけど……誰が見るかも解らない雑誌で言わなくても……トレセン内だけにしとこ? ね? 

 

 

「あっ……はい。なるほど、関係は良好と。普段はどんなお話をされるんですか?」

「え……と……うーん……あんまり話さないかも……」

「ほう」

「と、トレーニングの話とか……?」

 

 

 そこはそこそこの答えができるんだ。そりゃ濁すよね。私達の会話なんか八割はスズカが走るか走らないかの会話してるだけだし。直前の答えがあるから不仲説も出ないだろう。出ないよね? 出ても良いけど。

 

 

「なるほどなるほど。では話を変えまして。今年からシニアということですが、まずはどのレースを狙うのでしょうか? やはり大阪杯を?」

「ええと……」

 

 

 ちらり。もう。スズカったら。

 

 

「金鯱賞」

「あっ、き、金鯱賞です。それから大阪杯……? のはず、です」

「ふむふむ。金鯱賞ですと……あのマチカネフクキタルが出走するのではと言われていますが、いかがですか? 世間では、長めの距離ならマチカネフクキタル、短い距離ならサイレンススズカと言われていますが」

「フクキタルは……はい。私、長い距離は得意ではないですから……」

 

 

 フクキタル、出るのか。2000だしスズカが負けることはないし心配はしていない……なんてこともない。実際2500を超えていけばフクキタルの勝ちだと思うし、そもそも併走、模擬レースとはいえ短めの距離でもフクキタルはたまにバグるのが怖い。

 

 

「では、金鯱賞は充分勝機が見えていると」

「見え……はい。見えています……よね? トレーナーさん」

「見えています。スズカは勝ちますよ」

 

 

 スズカもよく解らなくなってるもんね。これがエアグルーヴならこんなに警戒しないんだけど、マチカネフクキタルだと自分が負けかねないということを理解している。

 

 記者さんがここで少し長めにメモを取る。と同時に、部屋を誰かがノックした。この多目的室を使っているのはたづなさんしか知らないはずだけど。もしくは裏方、事務の人とかかな? 

 

 

「マスター。対応しますか?」

「いや私が行くよ。ブルボンは座っててね」

 

 

 記者さんに頭を下げつつ部屋を出る。やはりたづなさんだ。申し訳ありません、から始まり、用事そのものはなんてことのないことだった。次の取材記者が来られなくなったから後日に回すというのと、この後行う写真撮影もその時纏めてになったとのこと。

 

 

「取材はどうですか? 確か今日は週刊ダービーの方ですよね? 今田さんが来られてるなら人当たりの良い人だったと思いますけど……」

「圧迫とかも無くやらせてもらってます。いつもありがとうございます、チェックとか」

「いえいえ。トレーナーさんにああいうオファーを読ませるのは時間の無駄ですから」

 

 

 無駄、とかいう強めの言葉を使うたづなさん。彼女も怒っているみたいね。そりゃそう。たづなさんはあの理事長の秘書としてトレセンに骨を埋めるとまでマスコミに語った人だし、ウマ娘第一主義の塊だし。この人と結婚する人は大変そうだ。

 

 

「ところでトレーナーさん、またどうですか? どこか美味しいものでも食べに行ったり……あ、今度はお酒も是非!」

「あ……はい。行きましょう。どこかのお休みに」

「はいっ。あ、ごめんなさい、取材中でしたね。私はこれで──」

 

 

 ガチャ。

 

 

「あの……トレーナーさん……?」

 

 

 スズカがドアの隙間から頭だけ出してきた。

 

 

「スズカ?」

「すみません、不安になっちゃって……ちゃんといてくれないと困ります……」

「……ごめんごめん」

 

 

 すみません、とたづなさんと別れ、スズカの頭を撫でつつ部屋に戻る。何と言って外を見に来たのか、記者さんは特に気分を害した様子もなく待っていてくれている。

 

 

「すみません、つい……」

「大丈夫ですよ。それで、ええと……一つ下の世代のお話なんですが……既に黄金世代と呼ばれ、スペシャルウィーク、キングヘイローを中心にクラシック戦線に注目が集まっています。どうでしょう、注目選手なんかはいたりしますか?」

「ううん……あんまりそういうのは……」

「最速では宝塚記念でぶつかるのではないかという噂もありますが」

「宝塚記念にはたぶん出ますけど……」

 

 

 スズカが困ってるなあ。まあ負けるとは思ってないだろうし、そもそもスペシャルウィーク以外は覚えていないまでありそう。グラスワンダーなんかは結構関わったんだけどね。この間走った時も何も言わなかったもんね。

 

 結局勝敗についてはスズカは無言を貫いた。本音を我慢できたスズカのため私もしっかりノーコメントを貫く。

 

 

「では……ミホノブルボンさん。後輩のあなたから見て、サイレンススズカさんはどんな方で、どんなところが強みだと考えていますか?」

「はい。スズカさんは常に一着で走ることをゴールに定めており、思考プロセスに無駄が見られません。そのため、いかなる場合においてもステータス異常を起こさない恒常性は見習うべき強みです」

「な……るほど?」

 

 

 記者さん困ってるじゃない。この人、癖しかない二人の担当になって後悔してそう。まあブルボンは答えはちゃんと言うからスズカよりほんのりマシだけど。

 

 

「ブルボン。つまり?」

「つまり、『マイペースでつよい』ということです」

「なるほど……」

 

 

 ブルボン語、難しいですよね。私もちょっとだけ困ってます。文字に起こせばそんなに複雑なことは言ってないんだけど、心の準備無く平坦かつ流暢に話してくるから脳の処理が追い付かないんですよ。

 

 

「ちなみにミホノブルボンさんの目標なんかは参考までにお聞きしても?」

「クラシック三冠です」

「ミホノブルボンさんはサクラバクシンオーさんと並び短距離路線での活躍が期待されていますが……」

「クラシック三冠の他にはありません。私の適性を理解した上での決定です」

「……そうですか。ありがとうございます、ではええと、一度インタビューの方ここで終わらせていただいて、はい、ありがとうございました。続いて写真撮影をさせていただきます」

「はいっ。準備してきますね。勝負服でしたよね」

 

 

 あ、スズカ。写真撮影はまた後日になったんだってさ。今日は無し。

 

 

「えっ……」

 

 

 そんな絶望したような顔しないで? 撮影で走れるってたったの1000mそこらでしょ? 

 

 

「騙されました……」

 

 

 あと記者さんの前でその台詞はやめて?




ブルボン語(一部)

タスク→お役目、お仕事。主に一時的で終わるもの。
オーダー→トレーナーや教師など、自分の上位存在からの指示全般。スズカからのものも含む。
コマンド→オーダーのうちより具体的なもの、あるいは即時動作で完遂できるもの。
ステータス→感情や肉体状態など。バッドステータスはあるがグッドステータスは無い。


ブルボン語難しい……難しくない?「それはエイシンフラッシュじゃん」と「それは感情無さすぎじゃん」を行ったり来たりしてるわ。

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