走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「はーい。皆さんしっかり並んでねー。一列でねー」
ある日、私とスズカはターフグラウンドの前に長テーブルを広げて座っていた。私達の前に、ズラリと並ぶウマ娘達。申し訳無いが名前も顔も解らない。何ならほとんどはジュニアの子達だと思う。有名人のサイン会か何かと見紛う規模になってしまった。
「はい、じゃあ名前とランクを教えてね」
「リボンララバイ、ジュニアです! あの、サイレンススズカさん! ファンです! いつも応援してます!」
「ありがとうね。頑張りましょうね」
隣にはエアグルーヴとそのトレーナーのテーブルもある。お互いジャパンカップ前だというのに何故こんなことをしているか。それというのも、いわゆる有名税に近いようなものが関連している。
スズカやエアグルーヴは押しも押されぬトップウマ娘だ。エアグルーヴは戦績で、スズカはそのエアグルーヴに圧勝した天皇賞でその立場につけている。特にトレセンではクラシック級ウマ娘は特に話題に上がるという事情もある。
トレセンは人気ウマ娘を使って新規学生や興行収入を得る活動に余念が無い。それ自体は当たり前で、むしろそうしているからこその圧倒的な賞金還元率が実現されているわけで。
「コルネットリズム、ジュニアです! 是非よろしくお願いします!」
「よろしくね。良いレースにしましょうね」
で、これもその一貫である。ジュニア級の新人との公開併走。逃げのスズカと差しのエアグルーヴに対して、それぞれ八人まで模擬レースを行うという取り組みだ。
負担を考え三レースまで、要するにずらりと並んだ行列のうち、二十四人しか一緒に走れないということになる。ジュニアのウマ娘は全部でゆうに千人を越える。大所帯だ。これでもトレセン側で弾いているというから驚きね。
一人一人名前をメモしてパソコンに打ち込み、後で抽選をするという形。こんなもの私達の仕事ではないが、そこはトレセン、ときめく風のウマ娘とそのトレーナーとの挨拶を、新人のモチベーションにしようということらしい。
「あ、あの! 握手してください!」
「ええ。よろしくね。いつも応援ありがとう」
そして、スズカはすこぶる上機嫌だ。普段はファンに言われるがまま、場合によっては答えが思い付かずくるくると回り始めてしまうくらいだが、今日は全員に笑顔で一言ずつ声をかける程度には機嫌が良い。エアグルーヴは機嫌が悪い。
まあ理由はシンプル。三回もターフを走れるから。
それと、先頭を走れることがほぼ確定しているから。相手はジュニアの秋、まだデビューして数ヵ月だ。ジュニアクラシック間の一年はレベルが違う。スズカにしろエアグルーヴにしろ、基本的に絶対に負けないレースなのだ。だからスズカはご機嫌で、エアグルーヴはムスッとしている。
こういうと、私の可愛いスズカの性格が悪いみたいだけど。違うのだ。スズカは別に弱いもの苛めが好きな訳じゃない。敵の強さに拘らず、自分が先頭で気持ちよく走りたいだけ。ただそれだけなのだ。
「スズカトレーナー、進みはどうだ?」
「やあシンボリルドルフ。順調よ。相変わらずどうして事務の人がやってくれないのかは不思議だけどね」
「もう十一月だからね。入学試験の準備に忙しいらしい。申し訳無いがそのまま頑張ってほしい。悪いね」
「そのためにたくさんお給料も貰ってるからね。頑張るわよ」
「そう言ってくれると助かる……払っているのは私じゃないがね。金で働く気分はどうかね……なんてね」
「…………じゃあまた後でね、会長」
「……外したか……?」
もちろん、トレセン公認の行事に等しいのでこうして偉い人が挨拶に来たりもする。もちろん適当に流す感じにして入力を続けなければならないけど。さっきは理事長が来て大変だった。何せ声が大きすぎてジュニアの子達の声が聞こえない。
……と、これが最後の子か。
「こんにちは。お名前とクラスを教えてね」
「はい!」
……おっと? 様子が違う子が来たぞ。
私はその観察眼……理屈は解らないけどこの目で、ウマ娘の強さを見ることができる。だからもちろん、この子も見える。
スピードE+
スタミナD+
パワーD
根性E
賢さF+
……破格の能力だ。他の子とは文字通り格が違う。他の子の能力なんてGやF、良くてF+が良いところだ。何だこの子は。このまま成長すればスズカに届き得る。やべーウマ娘がいるぞ。
「スペシャルウィーク、ジュニア級です! スズカさん、是非よろしくお願いします!」
「あ、スペちゃん。ええ、よろしくね。頑張りましょう」
最後はスペシャルウィークか。私は基本的にぶつかってこないウマ娘の情報は集めないが、確かスズカのルームメイトだった気がする。これまで奇跡的に関わったことはないので、これが初対面だ。
「……スペシャルウィークさんね。ここに来る前はどこで何を? もしかして、地方のトレセンとか?」
「え!? い、いえ! 北海道の家でお母ちゃんと二人で……」
「そうなの。やっぱり涼しくて走りやすいらしくて……夏でもずっと走っていられるし、こっちより空や空気も綺麗なのよね……」
あ、スズカが食い付いちゃった。まあでもこの子は私も興味があるし、何ならスカウト……いやでも、ジュニアってことは一応トレーナーがついてるんだよね……引き抜きとか……くっ……勿体無い……! この子なら今の時点だってG1で良い勝負ができるのに!
「はい! 空気は美味しいし、それにご飯もすっごくおいしいんですよっ。特に私のおすすめはにんじんです! 甘くて瑞々しい最高のにんじんなんですよ!」
「へえ……スペシャルウィークさん、どう? 私と連絡先とか交換しない? 良かったらもう少しお話ししたいなあって思うんだけど……ほら、スズカの話もしてあげるから、ね?」
「え? い、良いんですか? 本当に? 私、ここに来てスズカさんの走りを見て……スズカさんみたいになりたいって思ったんです!」
短距離F
マイルC
中距離A
長距離A
逃げG
先行A
差しA
追込C
スズカみたいにかぁ……そっかあ……なる……ほどねえ……うーん……スー……ソッスネ……
「…………うん! 君には光るものを感じるわ! きっとスズカみたいになれると思う! だから後で連絡先を教えてね?」
「はい! ありがとうございます!」
「……突然どうしたんです? トレーナーさん」
思わずスペシャルウィークを立ち上がって見送ってしまった私に、怪訝そうにスズカが問いかける。確かに、柄にもなく熱くなってしまった気がする。この歳になって女子学生に連絡先を迫ってしまった。
「いやね、あの子は伸びるわよ。何としても私がスカウトしたい……いやでも、単純に新入生はノーマークだったし……他にもあんな子がいるなら……でもそっちもスカウト済みかあ……」
研究と分析までしてウマ娘を導くトレーナーとは違い、私はやるべきこともタイミングも見れば解るわけで、本来マンツーマンは逆に効率が悪い。私の稼ぎにも直結するし、チーム内で競えるのも魅力の一つだ。だけど……
「…………トレーナーさん?」
「え? ごめん、どうしたのスズカ……うわっ」
ぎゅっと袖を掴まれ引っ張られる。座ったままのスズカに迫るみたいな格好に来て、スズカは少し唇を尖らせた。
「私の方が、速いですよ」
「えっ」
「私の方がずっとトレーナーさんに速さを見せてあげられますよ……?」
…………もー!
「可愛いねえスズカは! 別にスズカを蔑ろにしようってんじゃないからね! 私の一番はスズカだからねえ!」
「おい阿呆! 入力が済んだなら早く抽選を回せ! 終わらないだろうが!」
「エアグルーヴうるさい! 今スズカが大事なことを言ってるでしょーが!」
「あの……トレーナーさん、みんなが見てますから……」
「もー! スズカー!」
「トレーナーさん。私走るんですけど」
「あごめん。ほんとにごめんね」
あっぶねえ。我を忘れるところだった。
────
抽選の結果、何とスペシャルウィークは三レース目の一枠二番を引き当てた。一枠一番固定のスズカの隣である。やはりあの子は持ってるわね。
スズカの時も能力を見て一瞬で強さが解ってしまったけど、スペシャルウィークの場合はさらにもう一つ、何かスズカには無いものを持っている感じがする。もちろんスズカの方が強いし、二人が完成して全盛期で走ってもスズカが勝つだろう。でもそれとは別に、彼女があらゆるものの中心にいる感覚がある。
「メイクデビュー一着、そこから勝ち星無し……あの子の世代、あんなのばっかりなのかしら」
二レース目までスズカが蹂躙するのを眺めながら、私はスペシャルウィークの戦績を調べていた。まあジュニアの秋だし、勝ち星無しと言っても二戦一勝。数字だけ見ればよくいるレベルだけど……スペシャルウィークのあの能力でジュニアのオープン戦なんかに負けることがあるのだろうか?
正直な話、ジュニアのオープン戦など、いわゆる名を馳せるようなウマ娘……スズカとかエアグルーヴとか、そのへんにとっては勝てて当然まであるレースだ。スペシャルウィークも間違いなくその一人になる能力がある。
……だが、見たところスペシャルウィークはキングヘイローとかいうのに負けている。じゃあこのキングヘイローがスペシャルウィーク並に強いのかというと、キングヘイローはエルコンドルパサーに負けている。そんな魔境あるとは思いたくない。
『一着はサイレンススズカ。逃げ切りましたサイレンススズカ』
と、二レース目が終わったらしい。もちろんスズカが大差勝ちである。一レース目はもう少し手加減していたように見えたけど、我慢できずに本気で走ったな、スズカのやつ。
「お疲れスズカ。どうだった?」
「気持ちよかったです……やっぱり好きです、私……」
「良かったね。じゃあ脚のケアをしようね。本気で走って疲れたでしょう」
「あ……はい、少しだけ……」
本気で走ってるじゃん!
「え? 顔が怖いですトレーナーさん、何かありましたたたたたた、痛い、痛いですトレーナーさん、私が何をしたんですか……?」
「本気で走るなって言ってるでしょ! なーんで大差勝ちなんかしちゃうの!」
「だって途中で追い風がいたたたたたたっ」
足つぼの刑。
────―
『さあ、模擬レースサイレンススズカ杯、これが最終レースになります。一枠一番サイレンススズカ』
さて、おまちかねの最終レースだ。既にエアグルーヴの最終レースは終わっているが、それでもスズカの走りを何度でも見たいというギャラリーは減らない。
……たぶんだけど、スズカを憧れの目で見てるウマ娘ほど、スズカは大人しくて控えめで上品なだけのウマ娘と思っている。だから、そんなスズカが逃げ切るというのに夢を見ているんだろう。現実にはそんなことないけど。
スペシャルウィークも……スズカと会話していればとっくに気付いているだろう。気付いた上でスズカを慕ってるなら素晴らしいことだね。
レースはスズカの圧倒的なスタートダッシュから始まった。絶対にハナを取るという意思から来る集中力は、ジュニアの子では真似できまい。まあ全力ならここでまずぐんと伸びるが、スタート直後から五バ身差をつけて第一コーナーへ。
やはり勝負にならないのは間違いないけど、スペシャルウィークもかなり良い位置につけている。今回は2000mだし、スペシャルウィークはスタミナを生かして外めを走っている。まっすぐスズカを見て、コーナリングも上手い。あれは世代のトップの貫禄があるな……
『さあサイレンススズカが早くも第三コーナーから最終コーナーまでかかっていきます。後ろの子は六バ身といったところ』
本来のスズカならここからさらに加速して最終直線に入るし、ホームストレートでもさらに伸びる。これだけの差がついていれば相手がシンボリルドルフでも簡単には差されない。だが、手を抜かせているため距離は開かない。
……だが、ただ一人。黒髪のウマ娘だけは、同期を突き抜けて前に前に躍り出る。スズカとの差を、明らかに詰めている。
『スペシャルウィーク、捲っていきます。届くか』
「……なんだ、あの新人は」
「エアグルーヴ……あれはスペシャルウィーク、スズカのルームメイトよ。あの子は絶対に凄いウマ娘になるわ」
「ほう……お前がそう言うんだ、期待はできるな。それに……見たところでも確かに良い脚を持っている」
「うん」
隣に来たエアグルーヴも同じように、どんどん詰まっていく差に感嘆の息をついている。私はウマ娘の夢を追えないから、あまり大きなことは言えないけど……それでも、あの子を育てたいという気持ちは大きい。
そして、スペシャルウィークともども最終直線までもつれこむ。まだ三バ身ある。これは差し切ったか……?
『あっとサイレンススズカここでさらに伸びる伸びる! スペシャルウィーク追い縋るが届かないか!』
「あっ」
「はあ……いや、私も同じようなことはしたし他人のことは言えないが……」
あのウマ娘……なんて大人気ない。ジュニア相手に伸び脚を……片方とはいえ使ってハナを譲らずゴールしてしまった。全力を費やし追っていたスペシャルウィークが膝まで崩れ落ちている。可哀想に……なにも練習で絶望を見せつけることはないだろうに。
エアグルーヴとは性質が違う。差しウマ相手の練習は、差されても後ろから迫り来るプレッシャー対策という大きな意味があるが、あれでスペシャルウィーク達は何かを学べるんだろうか。二レース目のウマ達もそうだけど。
「トレーナーさん……楽しかったですいたいっ」
「こらスズカ。伸び脚は使わないって約束したでしょ」
「だ、だって使わないと先頭が……」
「本番のレースじゃないんだから」
「あぅあぅあぅ」
頬っぺたをぐにぐに虐めつつ、スペシャルウィークの方をちらりと……お? 笑顔ね。結構ダメージ無いのかしら。まあ、負けると思ってたから大丈夫だったのかしらね……これで燃えるタイプとなると、さらに行く末が楽しみ……移籍とか考えてくれないかしら。スズカを餌にして。
「スズカ、三日間ランニング禁止ね」
「えぇっ!?」
「今日一週間分走ったでしょ」
「待ってくださいトレーナーさん、違うんです、ターフを走るのも気持ちいいんですけど、それと道や山を走るのは別なんです、あっ行かないでトレーナーさん、もうしませんから、許してください、せめて、せめて朝だけ禁止とか、話をしましょうトレーナーさん、私それじゃ死んじゃいます、あっあっトレーナーさん……!」
うるせえ!