走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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後輩のことを優先できるサイレンススズカ

 

「放してください、すぐですから、スペちゃんならきっと解ってくれるはずですから……」

「見苦しいわよスズカ! 人……いやウマ娘として恥ずかしくないの!?」

「でも、でもこんなのってないです……!」

 

 

 ある日。私はエルナトの部屋でスズカにのし掛かっていた。うつ伏せのスズカに跨がるように乗り、両手を体重をかけて押さえるいつもの格好である。それを、ドアの目の前で行っていた。

 

 いつものように坂路を終え倒れているブルボンだが、流石にスズカが騒いでいるためこちらをじっと見つめている。騒がしくてごめんね。

 

 

「あまりにも酷すぎます……トレーナーさんは鬼です、悪魔ですっ」

「そう、私は鬼で悪魔だからそういう恥ずかしいことはさせません。諦めなさいスズカ。しょうがないでしょ?」

 

 

 スズカが荒れている……いやまあいつも通りではあるけど、部屋から脱走を図っているのは他でもない、走るためである。スズカがアクティブに行動することなどそれしかない。

 

 しかもなんと、今日は走って良い日だ。もう三日我慢したし、まあ一日許してあげようということでさっきそのことを通知したのだけど。

 

 

「うぅ……でも……」

 

 

 しかし、今日のスズカはスペシャルウィークに勉強を教える約束をしてきてしまったらしい。午前中はスズカとの連絡を取らないこともあるので、そんなすれ違いが生んだ悲劇だった。

 

 スズカのランニングはともかく、スペシャルウィークにはトレーニングがあり、その隙間を縫ってスズカに教わりに来るわけだ。先に入った予定でもある。どちらを優先するべきかは明白だし、私だってじゃあ明日、せめて夜にしようね、くらいのことは言った。

 

 

「走りたいのに……」

 

 

 が、そこで我慢できないからサイレンススズカなのよね。一回走れると聞いた瞬間気持ちがそこに行ってしまって、スペシャルウィークとの約束をずらそうとしたので流石に止めた。

 

 

「大事な後輩との約束でしょ?」

「そうですけど……明日は今夜から雨ですし、今日は少し風が吹いていて絶好のランニング日和というか……」

「先にした約束でしょ?」

「うぅ……そうですけど……スペちゃん……走るぅ……」

 

 

 ただ、もうそこそこ打ち解けているんだろう、スペシャルウィークのことを大事に思っているから、まだ筋は通さなきゃという考えがある。ねだりつつも、約束が優先だとは理解しているわね。偉いぞースズカ。

 

 

「うぅぅ……」

「はいはい。偉いねスズカ。頑張ろうね。明日は走って良いからね。スペシャルウィークも頑張るんだからね」

「んんぅ……」

 

 

 体を起こさせ、ぽんぽんと背を撫でながらソファに戻る。スズカが泣きそうになりながらホワイトボードの予定を書き換えたのを見てしっかり褒めてやり、そこからスペシャルウィークが来るまで三十分くらい。

 

 

「失礼します! こんにちはスズカさん……スズカさん?」

「こんにちは、スペシャルウィーク。スズカのことはあんまり気にしないでね」

 

 

 立ち直れず机に突っ伏したままのスズカを見て、入ってきたスペシャルウィークは一度は驚いたものの……気にするなと言われてすぐに気にせず座った。よくあることみたいなリアクションが心に刺さる。

 

 

「スペちゃん……」

「はい」

「頑張りましょうね……」

「……? はい……もちろん頑張りますけど……」

 

 

 ちなみに、スズカがこんなになってる理由を語るつもりはない。スペシャルウィークがスズカ側につくと面倒なので。あとはまあ、シンプルに私も仕事はあるし。スペシャルウィークにお茶だけ出してあげて、デスクへ。

 

 

「んしょ……っと」

 

「じゃあスペちゃん……始めましょうか……」

「はい。えっと、前回のテスト範囲がここまでだったから……この辺からお願いします!」

 

 

 スズカ? 切り替えて? 

 

 

「こらスズカ。ちゃんとやんないとダメでしょ」

「……ごめんなさい。ええと……スペちゃん、どうせ前回の範囲も解ってないんだからもうちょっと前からやりましょう?」

「う……はい……」

 

 

 しっかりスズカも立ち直っ……てるかは解らないが、二人で色々と広げて大人しく勉強をし始めた。後輩の前ではちゃんとしてるって言うのはあながち嘘でもなかったらしい。

 

 しばらく、お互いに静かな時間が続いた。聞いている感じ、やはりスペシャルウィークはかなり成績がよろしくないみたいだ。私も人のことが言えるような人間じゃないけど、スズカも結構大変そうにしている。

 

 

 と言うかスズカはなんで普通に勉強できるの? あなたいっつも走ることしか考えてないし、「今日の授業中外を眺めてたら走りたくなって……」とか平気で言うのに。天才か? 

 

 

「……うん。正解。じゃあちょっと休憩にしましょうか。この間キングさんから貰ったお菓子セットがあるんだけど……」

「キングちゃんのお菓子……!? い、いえ! 私、きさらぎ賞のために我慢してて……」

「そうなの……? でも、さっきもお腹が鳴っていたし……お腹が空いてると集中できないでしょ?」

「うぐ……ぐぐぐ……」

 

 

 しばらくして、一度中断したスズカ達は棚からキングヘイローのクッキーセットを持ち出してきた。相談のお礼にと彼女が持ってきたそれからあまりにも溢れすぎる高級感のおかげで、私もスズカも食べて良いのかと本気で迷っているやつだ。

 

 しかも、とりあえずって言っていたし。こんなのが他にも来るのかと思うと心臓が痛むわ本当に。

 

 

「もちろん、スペちゃんが勝てるのが一番だし、食べないなら良いのだけど……」

 

 

 申し訳無いのかしゅんとなるスズカ。まあ、これに関してはスズカが例外と言うか、非常に太りにくいだけで、ウマ娘によってはお菓子なんか食べてられないよ、という子もいるから仕方無い。

 

 

『太り気味』

 

 

 ……特に今のスペシャルウィークはただでさえヤバそうだし。紅茶のお代わりを注ぐスズカと私をちらりちらりと見ながら生唾を飲み込んで、今しがた書き上げた問題集を顔に押し付け自分を守っている。

 

 ウマ娘は種族的に甘いものとにんじんが大好きらしいからなあ。どうしてかは解明されてないけど……人間のように人それぞれとかじゃなく、誰にどう聞いてもベスト5にはどっちも入ってくるらしい。

 

 

「んぐぐ……っ! でも、なまら美味そうな匂いが……っ!」

「あの、スペちゃん? 大丈夫?」

 

 

 にしたってスペシャルウィーク、歯を食い縛って、辛い感じにしすぎ。そこまでじゃないから。それはスズカがランニング禁を貰った時の反応じゃん。ウマ娘じゃなければ、頑張って甘いものを絶ってるんだなあ、悪戯で煽っちゃおうかな、なんて思わないでもないけど、それは大人としてまずいか。

 

 

「……トレーナーさんに……聞いても良いですか……?」

「良いけど……」

 

 

 その場で携帯を取り出すスペシャルウィーク。どこかに電話をかけている間に、スズカは中のクッキーを一枚食べ始めた。一口が小さくて可愛い。

 

 

「はい、はい……うぅ、でもトレーナーさん……少しだけ……」

「見覚えあるなあ」

「私はこんな感じじゃないですよ……?」

「スズカとは言ってないわよ。スズカだけど」

 

 

 電話口ではあるがやたらとしっかりねだるスペシャルウィーク。私としては食べたら良いのにとは思うんだけど……まあそこはトレーナーごとの考え方だし、あちらのトレーナーさんも考えて言ってるんだろうし。カロリー計算とか栄養学って作業量が多くて面倒なんだよね。

 

 

「……ダメでした……」

「一枚も?」

「どうせ我慢できなくて食べちゃうからって……」

「見覚えあるなあ」

 

 

 さっきから集中が切れたせいでそわそわし始めた栗毛が同じようなことを言われてた気がする。脚が動いてるのよスズカ。もう身体が我慢できなくなってるから。頑張って。

 

 

「じゃあこれはしまっておくわね。続きをやりましょう」

「うぅ……ぐぅ……」

 

 

 スペシャルウィークのお腹の虫は私の方には聞こえてこないけど、たぶんかなり鳴ってるんだとは思う。ちょうどおやつの時間だしねえ。スズカがしまう前に私も取り出して机に置いておく。流石に今食べるのは鬼だな……。

 

 

「じゃあ今度は古典を……スペちゃん?」

「あああ……でもでも、我慢、我慢……」

 

 

 そして、しばらく勉強を続けていたスペシャルウィークだったのだが。ひときわ大きくお腹が鳴ったかと思えば、顔を真っ赤にしてペンを置いてしまった。

 

 

「……ごめんなさいスズカさん……私っ、集中できません!」

「ええ……?」

 

 

 なんと潔いこと。立ち上がったスペシャルウィークがぱしんぱしんと自分の頬を叩き、私と、スズカと、順番に見てからゆっくり拳を握る。

 

 

「でも、レースのために頑張らないとなので……三十分だけ! 走ってきます!」

「えっ、あの……」

「スズカさんのトレーナーさんもごめんなさい! トレーニングの時間は大丈夫ですか!?」

「え……まあ、大丈夫だけど……」

「ごめんなさいスズカさん! 私、行ってきます!」

 

 

 バァン! ガチャ。パタン。

 

 

 怒涛の勢いのまま出ていってしまったスペシャルウィーク。取り残されたスズカが、ふぅ、と息をついて机の上を少し片付け、筆箱をしまって、カップに残った紅茶を飲み干して。

 

 

「行っちゃいましたね、スペちゃん」

「……だねえ」

 

 

「……さて」

 

 

 立ち上がるスズカ。何でもないような顔をしたまま、そのまま棚からシューズを一足出して、制服のファスナーに手を掛けた。

 

 

「さてじゃないが」

「私も走りに行こうかなあと……」

「いやダメでしょ」

 

 

 私が言った瞬間、ウマ耳をへにょりとさせてソファに倒れ込むスズカ。薄々ダメと解っていても同じように勢いで行けば押し切れると思ったんだろうか。

 

 

「……三十分だけ、走ってきますっ」

「だめ」

「そんなぁ……スペちゃんは走ってるのに……」

「スペシャルウィークは食べるの我慢するために走ってるのよ。じゃあスズカは走るの我慢するために食べたら?」

「あまりにも高そうで怖くて味がしません……」

 

 

 ……わかる。

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「ぁぅぁぅ……」

「はーいたくさん食べようねー」

 

 

 その後。なんやかんやあった結果私もソファに横に座り、スズカを後ろから抱き締めつつクッキーを一枚一枚食べさせていた。ぱたぱた両脚は動き続けているが、とりあえず上半身は大人しい。

 変わらずベッドから動かないブルボンもチョコレートバーを咥えてじっとこちらを見ている。

 

 

「ただいま戻りました! すみません、スズカさ……スズカさん?」

「あっ」

「あっいけねっ」

 

 

 ドアが開く。時計見てなかった。スペシャルウィークが私達を見て、うーん、と少し考えて、何事もなかったかのように座る。いや、スペシャルウィークに見られるのは良いんだけどね? スペシャルウィークがノックしないとは思えないし、じゃあ気付かなかったよねって。それは不味いでしょ。

 

 

「……スズカ」

「……はい」

 

 

 立ち上がり、それぞれ定位置へ。いや定位置って隣じゃなくてね。私はデスク、スズカは椅子へ。

 

 

「やりましょう、スペちゃん」

「あ、はい……あの、今のは……」

「……内緒ね」

 

 

 今度からは鍵をかけよう。強くそう思った。あと私はともかくスズカも見られちゃ不味いって思ってたんだ。意外だわ。




本当に今さらなんですけど、誤字報告や感想をいつもありがとうございます。前者は無いに越したことはないですが本当に助かってます。是非たくさん感想も頂けると嬉しいです。お気軽に。

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