走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「あ。トレーナーさん……」
「どうしたの、スズカ」
ある日。スズカは先日の取材の続きで、写真撮影に赴いていた。休日朝から何社かに同じようなインタビューを受け、午後から纏めて撮影会である。
トレセン生徒は当然学生だが、それと同時にプロアスリートでもある。スポンサーはいないものの、メディア露出からは逃れられない。何ならスズカは写真集は出していないだけマシな方とも言えるわね。
「やっぱりこの服を着ると、走りたくなってしまって……」
「ああ……まあそれはもう頑張って我慢するしかないわねえ」
「ですよね……はあ……」
今日の撮影は勝負服である。ウマ娘の勝負服に対する意識は結構あやふやで、トレーニングに着るのもいれば本番以外では絶対に着ないのもいる。スズカは後者のタイプで、それはすなわち、パブロフの何とやら。着ると走りたい欲求がさらに強まるのである。
ただまあ、今回に関してはお仕事というのもあって必死に抑えている。代償にその場でくるくると左回りを始めているが些細なことだ。たぶんそのうち治まるでしょ。
「終わったら走って良いですか……?」
「昨日走ったよね?」
「たったの三キロですし……」
「たったの……?」
ウマ娘にとっては「たったの」か。まあ良いや。とにかく撮影の準備が整ったようだ。スタジオは完全にモデルの写真撮影といった様子になっている。
……シビアな話をすると、ウマ娘はみな顔が良いので、単純に写真として人気があるのだ。記事に写真載っけとくか、以上に、写真を目当てに買う人間も少なくない。だから雑誌新聞の撮影なのにこんなガチガチの撮影会になる。
「サイレンススズカさん! 準備の方整いましたのでよろしくお願いします!」
「あ、はい……行ってきます、トレーナーさん」
「行ってらっしゃい」
私は後方でトレーナー……プロデューサー面である。インタビューはともかく撮影に私の出番はない。ちゃんと更衣室もあるし空調も効いているし、至れり尽くせりだ。スズカは未成年だしURAからもかなり手厚く話が行っているらしい。
たくさんのカメラの前で、スズカがおどおどとポーズを取っている。まっすぐ立っているだけだったり、少し横を向いてすん……としてみたり、胸に手を当て微笑んでみたり。
あー…………スズカ可愛いなあほんと……
いや、単純に顔が良いのもそうだけど、こう、物憂げな美少女系って言うのが良い。あれで中身は果てしない熱に溢れてるのはそう何人も知ってることじゃないけど。
しかも、ただ幸が薄そうなわけじゃないのよね。中身の熱が少し漏れ出る風に目に力があるのも良い。ただの守られる弱い少女ではなく、確かな強さを感じられる。
それにスタイルも良い。いや、良くないところもあるんだけど、でも程好い身長とすらりと長い手足は何なら羨ましくなるくらいだ。それも、細くもないしムキムキでもない。半端ではない密度の筋肉と、それを覆うように適度についた柔らかさがスズカにはある。関節の柔らかさと相まって、地面を抉るように超前傾でスパートを掛ける姿は見ていて気持ちいいくらい。
ウマ娘自体に興味はそこまで無い。でも、スズカはやっぱり別格だ。惚れた女ってやつ。流石に恋愛感情とまではいかないけど、何かこう、重い感情があるのは自分でも理解できる。スズカほんとすき。
しばらく撮影を眺めていると、一度休憩にでもなったのかスズカがカメラマンの一人とこちらへやって来た。気持ちを切り替え飲み物を持って迎える。
「お疲れスズカ。すみません、ありがとうございます」
「いえこちらこそ。えっと、今あらかた撮影終わりまして。それで、もしよろしければなんですけど、トレーナーさんもご一緒に写っているのも頂けないかと思いまして」
「……あ?」
やべ。仕事相手に出しちゃいけない声出ちゃった。
「すみません、その、わ、私もですか?」
「はい。週刊シャイニーでは先程のインタビュー、トレーナーさんとの関係性を重視してお話を頂きまして。トレーナーさんにも事前にアンケートの方お答えいただいたと思うんですけれども」
スズカに飲み物を渡す。あー……そういえばちょこちょこあったな。なんて答えたっけ……まあ当時の私が真面目に答えてるから、変な答えじゃないはずだけど。
「ですので、見出しとしては……これは一例ですけれども、このような感じで考えてまして」
手帳が差し出された。『JCウマ娘、サイレンススズカ! 次も二人三脚で大逃げ!?』……あー。ありそう。確かにこれは私とのツーショットも欲しい……のかな。別にいらなくない? とは思うけど。
「あの……カメラマンさん」
まあ断る理由もないしなあ、別に良いか。ウマ娘に興味の無い両親にだって、雑誌に写真載ったら自慢できるんじゃないかな、なんて思っていると、隣からスズカ。
「はい」
「その、写真って言うのは貰えたりってするんですか……?」
「ええと、はい、一応うちでは写真は全てそちらへ送らせていただいて、確認していただく形になりますが……」
「トレーナーさん、撮りましょう?」
「……ではよろしくお願いします」
スズカにも言われちゃ仕方無い。スズカに手を引かれる形でカメラの前へ立つ。何人かは私を撮る気は無いのか撤収準備を始めているが、それにしてもまだ多い。写真をちゃんと撮るのなんていつぶりだ……? 履歴書や志願書はスピードで撮ったしなあ。七五三とかかな。
「ではトレーナーさん、サイレンススズカさん。まずは二人で並んでいただいて……もう少し距離詰められますか? はい。オッケーです。撮ります」
スズカと並ぶ時、基本的にスズカは私の右側にいる。スズカを撫でたり、押さえ込んだりする時に右手が咄嗟に出るようにね。いつも通りそう並び、少しスズカが前に出る感じでどうやら良かったようで。
表情指定とか……無いの? もしかして私が勝手にやらないと仏頂面のスズカトレーナーみたいな感じで雑誌に載る? ええ……?
「あの、カメラマンさん。私とトレーナーさん、笑っても良いですか……?」
「あ、はい。こちらとしてはどちらの表情でも構いませんよ」
「じゃあトレーナーさん。せっかくですから、ね?」
ね? じゃない。振り向かないで、あざとい子。誰の影響かね。ちょっと気に食わなかったのでスズカの背中を密かにつつき、カメラに向かって笑顔……できてる……?
「はい! オッケーです! ありがとうございます!では続いて椅子の方用意しますので、ええと……サイレンススズカさん、座っていただけますか?」
「あ、はい」
────
撮影はその後もしばらく続いたが、予定よりほんの少しだけ早く解放はされた。お金とかそういう話をちょこちょこっとして、二人で車でトレセンまで帰っていく。
「……っ、ぅ……トレーナーさん、その……」
「走らないよ」
「ぅぅ……ランニング日和なのに……」
いつも言ってるよね? それ。晴れでも曇りでも雨でもランニング日和だもん。
助手席で景色を見ながらそわそわ揺れ始めたスズカを止めつつトレセンへ。もうそろそろ日が沈む。ブルボンの夜坂路もあるし寄り道はできないのだ。できても走るのは駄目だけど。
そもそも直近走ってから二日だし。勝負服を着て走りたくなっちゃったからって許してはいけないのだ。
「せめて、トレセンまでとか……」
「もう着くけどそれでも良ければ」
「……それでも良いので……」
むちゃくちゃ言い始めた。トレセンは本当に目と鼻の先。まさか走るとは言わないだろうと許可は出したけど……もう200もない。嘘でしょ? 信号待ちのタイミングで、スズカは本当にシートベルトを外して車を降りてしまった。
「ちょっとスズカ!?」
「ごめんなさい、ちゃんとまっすぐ帰りますから……トレーナーさんを待たせたりしません……から!」
最後の方は声も聞こえず、物凄い勢いでスズカが吹っ飛んでいった。蹄鉄だったらアスファルト抉れてそう。というか魂胆は見えるわよ。トレセン前は普通に混むので、到着までの時間と駐車してトレーナールームに着くまでの時間を目一杯走ろうというのだ。
そうと解れば少し急ごう。安全運転で、だけど。
────
「……どう? スズカ」
「全然走りたりません……」
そりゃそうでしょ。
トレーナールームに戻る。ブルボンに着替えの指示を出しつつ、スズカはやはりというかなんと言うか、ウマ耳をへにょらせて机に突っ伏していた。当然だ。あの百倍の距離でやっと満足するかっていうスズカが満足できるわけがない。
中途半端に火をつけてむしろ辛い……けど、それはそれとして少しでも走っていたいのがスズカである。
「ぅぁー……」
後ろから背中を撫でても変な声をあげるだけで動かないスズカ。いや、脚はふらふらと動いているけど、身体の動きは止まってしまっている。着替えを終えたブルボンが来たので一応体調のチェックをしてから坂路だ。今日もスタミナを伸ばそうね。
「スズカも来る? 坂路」
「……走って良いなら行きます……」
「良いよ走っても」
ぶんぶん尻尾が跳ね回り始めた。ぴょこん、とウマ耳を立てて、突っ伏したままのスズカがゆっくり起き上がる。
「今、走って良いって言いました……?」
「うん。まあブルボンのついでだけど……ブルボンと同じくらいだけなら走って良いよ」
「……ブルボンさん。調子はどうですか?」
「セルフチェック済みです。ステータスに問題はありません。絶好調です」
「そうですか……!」
スズカが棚からシューズを出してきた。手早く着替え、ドアの前で待つ私達の所へ無言のまま歩いてきた。
「行きましょうっ。ブルボンさん、頑張りましょうね」
「……現金だなあ」
まあスズカらしいっちゃらしいんだけど。今日はお仕事で悪戯に欲を煽られたわけだしね。ちょっとくらい走ったって罰は当たらないでしょう。スズカにそれを与えるのは私だけど。
「坂路、十本くらいでしたよね?」
「いやブルボンが死ぬでしょ。四本よ」
「でもブルボンさんは十本行けるわよね?」
「オーダーならば必ず遂行します」
「こらこら」
冗談ですよ、と何も信用できないスズカを連れて、私とブルボンは坂路練習に向かった。スズカは何故か十本を走りきり、何故かブルボンはその最後の一本に付き合った。その後帰ってきたブルボンの行く末は乙女の名誉のために言い控えさせていただきます。