走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「あ、トレーナーさん」
「ん?」
ある日。トレーニング後にシャワーを浴びたスズカの髪にドライヤーをかけていると、スズカがポケットからスマホを取り出した。
「これ……私のウマッターとウマスタのアカウントなんですけど……」
「へえ。スズカも始めたんだ。流行ってるよねえそれ」
ウマッター、ウマスタ。ウマ娘の間で大流行のSNSである。URA及びトレセンでも半ば公認となっており、ここで起きたトラブルには結構早めに動いてくれるのでみんなここに集まるわけだ。ちなみにウマッターは文字メイン、ウマスタは写真メインらしい。
以前スズカと話した時は、特に呟くこともないので……と言っていたような気がするけど。覗き込んだ画面には、何の設定もなくただ作られただけのウマッターアカウントが。名前も仮なのかスズカとだけ書かれている。
「やらないって言ってなかった?」
「そうなんですけど……スペちゃんにやった方が良いですよ! って言われちゃって……」
「スペちゃん、友達多そうだもんね」
「私が少ないと思ってませんか……?」
いやそんなつもりじゃなかったけど。スズカも友達……と、スズカをライバル視してくる子も多いし。フォロワーも増えるんじゃない?
「うぅん……でも、どんなことを呟けば……スズカさんはウマスタ向いてないってスペちゃんが」
「あー……」
まあ向いてないでしょ。スズカのスマホの画像フォルダ、私か友達との写真しか無いもんね。しかもスズカが撮ったんじゃなくて送ってもらったやつ。綺麗な景色は結構好きなんだけど、撮るより走る派だし。
ただ、ウマッターが向いてるかと言われるとそうでもない。文章考えるの面倒とか思ってるだろうし。
「別に、何かを呟かなきゃいけない決まりもないし……友達にリプ送るだけでも良いんじゃない?」
「そっか……じゃあとりあえずフォローしようかな……」
呟いて、友達を検索していくスズカ。あら、スペシャルウィークはめちゃくちゃ簡単プロフ。だけど、『日本一のウマ娘になります!』とだけ書いたプロフィールには何か感じるところもある。
「何を呟いてるの、スペシャルウィークは」
「ええと……」
画面が動く。写真ばっかりだ。それも、食べ物ばかり。というか、投稿のほとんどが食事と友達のことで埋め尽くされている。下へ下へ行っても、ちょこちょこっとトレーニングの話があるくらい。
まあでもウマ娘ってそうよね。結局学生だし、友達と遊ぶのが一番楽しい。あとは食べること。私もそうだったし。
「スペちゃんったら……ふふっ」
「あ、スズカの投稿もあるわね」
「あら……あっ、もう……スペちゃん……勝手に……」
秋口くらいの投稿にスズカとのツーショット。普通に写真を載せていることにスズカが微笑ましく笑っているけど、たぶんスペシャルウィークは勝手にそんなことする子じゃないわよ。
写真の二人は少し汗ばんでいるし体操服だし、併走でもした後だろう。スペシャルウィークも許可は求めたが、スズカも気分が良くて適当に返事をして覚えていない可能性がある。というか間違いなくそう。この子の危機管理はもうぐちゃぐちゃ。
一度スペシャルウィークのアカウントは閉じ、スズカのホームへ。どうやら一応アカウントを編集するらしい。名前は流石にサイレンススズカにするとして、プロフィール文だけど……
「どんなのが良いと思いますか?」
「まあ、スペシャルウィークみたいにシンプルで良いんじゃない?」
「シンプル……日本一とか……?」
「スズカはもう日本一だしねえ」
「んー……」
ドライヤーを終え、櫛で梳かしていく。ちなみに何故私がスズカの髪を弄っているかって、こうしないとスズカが自分でやらないからである。スズカには自分を磨こうという頭が無いし、優先順位もバグっている。髪も、濡れていた方が広がらなくて楽とか……これは言ってないけど言いそう。
一応何かこだわりでもあるのか、坊主やショートヘアにしようとはしない。まあ髪は女の命と言うし、流石のスズカも女の子なのかな……可愛いしそうだねたぶん。
「じゃあ……先頭……んー……」
『先頭の景色は譲りません。トレーナーさんと頑張っています』なんて、スズカの細指が動く。うわあ、私のこと言ってくれてる嬉しい……よりも、プロフィールにそれだけが書いてある世代最強ウマ娘のプレッシャーたるや。後輩が泣いてしまうよ。
まあ、スズカがそうしたいなら止める理由もないけど。これでまたエアグルーヴが燃えちゃうからさ。あの子、スズカに言っても暖簾に腕押しって解ってるからまず私に言いに来るのよ。怖い怖い。
「で……まあ、挨拶くらいしておいたら? ファンの人達なら勝手にフォローするだろうし……あっ」
「あっ……あっあっ、あっ」
怒涛のフォロー通知が押し寄せる。驚いたスズカがスマホを取り落とし、ピロリンピロリンと鳴り続けるスマホを呪いの道具であるかのように避けて私にすり寄ってくる。代わりに拾って通知を切った。
「びっくりしました……」
「熱心なファンもいたものだねえ」
にしたってって感じもするけど。スズカって名前とIDの@silenceSuzukaで「ん?」となり、今のプロフィール変更に反応したのだろうか。
とにかく予定通り、『始めました。よろしくお願いします』の呟きの後、今度は猛追するリプライリツイート通知も切る。と言うかフォロー内だけでの通知にすりゃ良いのか。スズカもフォロバするとは思えないし。
「……あ。スズカ。スペちゃんからリプ来てるよ」
「え……あ、ほんとだ」
「早さがファンと同レベルね……」
「ふふっ。ですね」
『スズカさん! ウマッター始めたんですね! フォローしました!』
「えっと……お……ね……が……」
スズカがたどたどしくフリックしていく。さっきも思ったけど、スズカ、文字打つの遅くない? 不器用な子じゃないんだけど……まあ慣れていないんだろう。私との連絡も電話でしたがるし。
「おばあちゃんの速度……」
「……今遅いって言いましたか……?」
「いけねっ」
ぐりんっ。スズカがこっちを向き直り、ぐっと寄ってくる。押し倒すみたいにソファの肘置きに私を追い詰めて、スマホを放って私の頬に手を掛ける。
やっべえ不機嫌だ。人差し指で一文字ずつ確認しながらフリックするスズカについ言ってしまった。スズカは何の話であろうと自分が遅いと聞くとちょっとイラッとくるらしく、私には遠慮もないので割とこうなる。
「遅くないですよね? 私が一番速いですよね?」
「違う違う。フリック。文字入力の話。スズカ? 怖い怖い心臓バラバラになっちゃうから」
「……なんだ。変なこと言わないでくださいね。びっくりしちゃいます」
尻尾はずっと思いっきり振られたままだけど、冷静になったらしくそのまま私を背もたれに寝転がるスズカ。放ったスマホを拾って私の顎を脳天でくりくりと弄りつつまたフリックを続ける。おっそ。
「……今」
「言ってない言ってない」
なんだこの栗毛。
────
「よし……と。これでみんなかな……」
トレセンの知ってる子達をフォローし終え、スズカの初SNSが終わった。ウマスタもアカウントだけは作ったけど、たぶん動かさないんだろうなあ。
というかスズカのフォロー欄がヤバすぎる。重賞ウマ娘が当たり前にポンポンいる上、G1も結構網羅している。残酷なまでの格差社会を感じるところね。強いウマ娘は強いウマ娘と仲良くなるし、だから合同トレーニングや併走も質が良くなる。するとさらに強くなる。この繰り返しだ。
「大丈夫だと思うけど、あんまり熱中しすぎないようにね。寝不足とか気を付けるように」
「もちろんです。ちゃんと控えめにしておきますね」
形だけの注意も終え、私も自分のスマホでフォローを入れておく。一応監視もしとかないといけないからね。保護者として。もちろん、スズカに限って何もトラブルは起きそうにないけど……鋼のメンタルだし。
「じゃあブルボンが来たら私は坂路に行くから。スズカはどうする?」
「さっきスペちゃんにご飯に誘われたので、行ってこようかな……うん。行ってきます」
「ん。行ってらっしゃい」
スズカは結構頻繁にスペシャルウィークやタイキシャトルと遊びに行ったりご飯を食べたり、割とアクティブに動いている。スズカも自分から誘いに行かないからありがたくついていくのだ。
ちなみに、どちらと行ってもスズカは食べ過ぎて帰ってくる。スペシャルウィークだと単純に量が多く、タイキシャトルはメニューも重いらしい。スズカもウマ娘だけどそんなに食べる方じゃないからなあ……。
「食べ過ぎないようにね」
「はい。気を付けますね」
スズカを見送り、私は部屋の掃除なり何なり。早速ウマッターのトレンドにスズカの名前がある……流石はトップウマ娘、SNSを始めただけでこんなに話題になるとは。担当がスズカで良かった。スズカに宣伝案件なんか来ないだろうし。
でも、スズカも今度は写真集のオファーが来てるんだよね……トレセンは推奨はしてきてないから断って良いやつなんだけど。でもスズカの写真集は私が欲しいわ。
「マスター。お待たせしました。ミッションを達成しました」
「ん。じゃあ坂路行くよ。準備」
ブルボンは昼坂路はお休みで、サクラバクシンオーに誘われどこかに出掛けていたらしい。一年を祈願して神社に行ったとか何とか。にしては時間かかりすぎだけど。あと行くのも遅すぎね。
「ちなみに、ブルボンはSNSとかやってないの?」
「はい。機械類に触れると故障するので、端末も可能な限り触れないようにしています」
「何それ。スマホ持ってないってそういうこと?」
「はい。契約はしていますが現状操作はできていません」
そんなことある? とは思うんだけど、冗談を言っているようには見えない。それに、私が嫌われてるんじゃなければクリスマスにあげた時計も一切つけていないのもちょっと気になってた。ごめん。
「……もしかして、腕時計もつけられない?」
「……はい。申し訳ありませんが、ニシノフラワーさんの提案によりケースに飾っている状態です」
「なるほど……あっ違うわよ怒ってるんじゃなくて」
しゅんとして謝るブルボンの頭を撫でつつ、今度はゼンマイ式の物を買ってあげようかな、それともそもそも時計をやめようかな、なんて考えていた。
レースがないと話が進まない定期。日常パートは無限に書きたいし展開上いくらあっても困らないので、そっちの要望とかはぜひ聞かせていただきたいとは思ってます。