走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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今回は薄味。前にも言いましたが基本的にスズカが絡まない部分は元のウマ娘よろしくスポ根です。スズカだけギャグ時空に生きてるくらいの感覚で大丈夫です。


するべきことは理解しているサイレンススズカ

 

「あ! スズカさん! スズカさんのトレーナーさん! ブルボンさん!」

 

 

 ある日。私達はスズカに誘われ、京都までスペシャルウィークの応援に来ていた。G3、きさらぎ賞だ。スペシャルウィークにとっては最初の重賞レースになる。予想通りというかなんというか、スペシャルウィークのトレーナーさんも彼女の強さを理解している。オープン戦など既に眼中に無いだろうな。

 

 観覧席に私達を見つけ、駆け寄ってくるスペシャルウィーク。ステータスを見る。うん。今日の勝者は君だよ。アピールも見てたけど、少なくともステータスは圧倒しているね。

 

 

「来てくれたんですねっ」

「ええ。調子はどう? スペちゃん」

「万全です! 頑張りますよっ」

 

 

 本人のやる気もある。体調も悪くないならあとはレース展開だけだね。スペシャルウィークは好位追走のレースもできるし、後ろから捲っていくレースもできるし。先行ができるウマ娘は差しも割とできる傾向にあるんだね。

 

 スズカに応援され、スペシャルウィークもやる気を高めている。ちゃんと激励をしている姿にスズカの中の先輩力を感じてきた。偉いね。ブルボンもかなり定型文っぽいけど一緒に応援してくれている。まあこっちはそういう子だからね。スペシャルウィークも人が良いのか全然気にしていないし。

 

 

「じゃあ行ってきます! 見ててくださいね!」

 

 

 私達と、ついでに他の観客にも笑顔で手を振るスペシャルウィーク。人気出そうだなあ。スズカと違って確固たるライバルがいるというのも良い。ここからじゃ実況解説は聞こえないけど、話題の中心は彼女だろう。

 

 

「マスター。レースについてどう思われますか」

「珍しいわねブルボン。スペシャルウィークに興味があるの?」

「個人への興味ではありません。しかし、きさらぎ賞はクラシックレースに進むことを希望しているウマ娘によるレースだと認識しています」

「まあそうね。ここに勝って……まあ直接皐月か、弥生を挟んで皐月じゃない? スペシャルウィークは」

「弥生賞、懐かしいですね……」

 

 

 しみじみ噛み締めるスズカ。結果的にはスズカの汚点だとかネットで言われてるあの辺りのレースからもう一年か。早いなあ……いやほんとに。まあ私はトレセン入ったは良いけどスカウトも取れず絶望していたよね。

 

 

「そうねえ……実際のところ、実力だけならまず間違いなくスペシャルウィークの勝ちよ。全てにおいて他を上回ってる……と思うわ」

「なるほど。では順当に行けば彼女の勝利でしょうか」

「でしょうね。でもまあ、実力で勝ってるからレースにも勝てるっていうのは逃げだけよ。バ群に飲まれるとかもあるからね。特にスペシャルウィークは逃げる子じゃないから」

 

 

 あまりにも私が何を言ってもなるほどなるほどと聞いているブルボン。いつも本当に話聞いてるか疑いたくなるくらい素直に話を聞く。まあ私のレース分析は少なくとも実力と調子に関しては外さないから何も言わず聞いてくれれば良いんだけどね。

 

 

「ちなみにブルボン。見るのは良いし何か学ぶことがあればそれで良いけど、あなたに彼女の走り方はできないからね。あなたが目標とするのはスペシャルウィークではなくスズカよ。それだけは認識するように」

「承知しました。元よりそのつもりです」

 

 

 さて、レース場では全員がゲートに入り、一斉に飛び出したところ。適性通りスペシャルウィークは中盤やや後ろから。ただ位置は正直あまり良くない。埋もれる寸前といったところだ。

 

 しかし一方、きさらぎ賞はスタート直後が登り坂である。見た感じ明らかにスペシャルウィークには余裕がある。流石のパワーだ。あれを見るに位置取りはわざとだろう。行こうと思えば先頭にも立てたはずだ。

 

 

「スペちゃん……」

「大丈夫。いけるよ」

 

 

 向こう正面を越えて第三、最終コーナーへかかる。どうだ? まだ変わらない。やや前に出たような気はするが少し内過ぎるか? 

 

 

「……いやっ」

 

 

 来た来た来た。スペシャルウィークが来ている。前が開いた一瞬で、物凄い勢いであがってきた。先頭に並ぶこともなくそのまま先頭に立ち、なおも衰えないまま直線を駆け抜けている。

 

 

「頑張れっ、良いわよスペちゃ……あっ抜かれちゃう……」

「こら。逃げに感情移入しない」

 

 

 思わずスズカも少し声を張り上げるほど、煌めきすら放つような抜け出し。団子状態とはいえあまりに綺麗に先頭を奪うスペシャルウィークを見て、少しスズカがうめいた。

 

 スペシャルウィークはそのまま伸びていき、先頭のままゴール。結局実力通り、危なげなく彼女は勝った。勝手に感情移入して自分が抜かれたかのように一瞬だけ火が付いたスズカの背中をとんとんと落ち着かせながら、私達はウイニングライブ会場へと赴いた。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 スペシャルウィーク、ライブ酷すぎ問題。

 

 

「スズカ……」

「……はい。私からも言っておきます。もう、スペちゃんったら……」

 

 

 トゥインクルシリーズにおいては、まずレースを直接見るのにお金がかかり、次にライブを見るのにお金がかかる。私達はトレセン関係者なので前者のお金はかからないけど。

 

 で、ライブと言っても席がたくさんあるわけで。もちろん一番良いのはステージ前、アリーナ。あとは二階席なんかも見やすくはある。そういう人気な席の決定には、当該レースでの勝ちウマ娘を予想してその子への投票券を買う必要があるのだ。

 

 本気で予想しても良いし、推しのものを買っても良い。ただし、予想が外れ掲示板に載らなければ基本紙屑になる。逆に予想が当たれば、そこに書かれた抽選番号を使ってウイニングライブの指定席が決まるというわけだ。

 

 

 要するに、ライブを良い席で見るには、勝つウマ娘の投票券を買うことが求められる。この売れ行きがいわゆる人気に繋がるわけだ。

 

 

「あれはシンボリルドルフも怒るわよ……」

「スペちゃん、メイクデビューでもこんなんだったのに……」

 

 

 私達の大本命◎はスペシャルウィークだし、三人揃って確信もあったのでアリーナ率の高いお高めの投票券を買っていた。そして、しっかりアリーナを確保してペンライトを用意したのだけど。

 

 スペシャルウィーク、まさかの振付全部飛び。歌だけは何とか思い出したのか、明らかにカンニングのモニターを見ながら歌いきったけど、ついぞ踊ることはできなかった。

 

 

 私はあんまり強くは言えない。だってウマ娘と同じことは絶対できないから。勉強しながらトレーニングしてダンスレッスンなんて私がやったら爆発しちゃう。でもトレセンはそういうところだし、収益にはそれ目当てのお金も含まれている。

 

 でもさあ……スズカですらライブは完璧なのに。ファンサの笑顔も含めてスズカはそれはそれは可愛い。スズカの場合は走った後の大満足ハイの状態でライブをするからテンションが上がっていて時々ウインクなんかもしてくれたりってのもある。もちろん一着じゃなくてもちゃんとやるけどね? 

 

 

「ブルボンはああならないようにね」

「問題ありません。既にダンスレッスンは開始しています。メイクデビューの振付は80%インプット済みです」

「良かった」

 

 

 人間側が言うのは本当におこがましいことだけど、ウマ娘にとってレースとライブは切り離してはいけないものだ。人間はレース場の整備、トレーニング施設の用意など、ウマ娘が気持ち良くその闘争本能でレースができるように努め、ウマ娘はそれにかかったお金を賞金の一部やライブの収益で返す。私達の共存の仕方である。そりゃウマ娘に優しいことで有名なシンボリルドルフもライブを軽んじた時は怒るわけだよ。

 

 

 レースまではお見事だったんだけどね……これで三連続ライブ失敗だ。スズカも同室の先輩として厳しく言ってくれるっぽい。何なら教えてあげて。

 

 スペシャルウィークのその件で、流石のスズカもヤバいと思ったのか走る欲が抑えられている。さっきまでは「いつ走りたいって言おうかな」なんて思ってる顔をしてたんだけど、一転して何とも言えない絶妙な困り顔に変わっている。スズカのせいではないんだけどね? 

 

 

「でもスペシャルウィークもこれでほぼクラシックレース確定だし、かなり良い感じになってきたんじゃない?」

「ですね。スペちゃん、ダービー取りたいってよく言ってますから。頑張って欲しいですね」

「参考までに、マスター。スペシャルウィークさんの三冠は現実的でしょうか」

「いや全然。グラスワンダーやエルコンドルパサーの方が強いよ。全員で奪い合ったら厳しいね」

 

 

 スペシャルウィークも強いし伸びも良いけど、この間見たステータスからすればあの二人の方が強い。まあグラスワンダーはいつ心が立ち直るか解らないけど。この間は立ち直っていなかったし。

 

 それに、スズカとマチカネフクキタルのように、ステータスで圧倒していてもそれがひっくり返されることは稀にある。逃げウマ以外ならなおさらだ。まだ彼女の試練は続くね。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

「あー……疲れた。スズカはスペシャルウィークのお祝い?」

「いえ、明日です。でも今日は寮に帰りますね」

「今日はというかそれが普通なんだけどね」

 

 

 トレーナールームにて。半々の確率で私の部屋に泊まるスズカは今日は帰るらしい。珍しくこれから走るだ何だとは言わなかった。今日はお祝いからお説教だろうなあ。頑張れ、スペシャルウィーク。

 

 

 じゃあ私はブルボンと一緒に坂路に行くか……と声をかける。すると彼女はいつものように即答せず、

 

 

「……マスター。一つ私からも要望があります」

「どしたの」

「スズカさんとまた走らせてください」

 

 

 …………ほう。

 

 目に燃える対抗心。ウマ娘に顕著に見られる、『他人のレースで自分が燃える』という現象。理由も言わず言いきったブルボンは私をまっすぐに見つめ、胸を手を当てたいつものポーズのまま答えを待っている。

 

 

「……まだ勝てないよ」

「理解しています。ですが、ステータス『高揚』を確認。現在の実力の確認に最適と判断しました」

「……なるほどねえ」

 

 

 実力の確認は日々やってるけど、本人がやりたいというならまあブルボンなら良いかな。ブルボンの言葉を聞いたスズカもこちらを向いて動きを止めているし、断るわけもない。

 

 

「……良いよ。スズカの調整にもなるし、走っておいで」

「ありが」

「走って良いんですかっ?」

「……もう」

「ぇぅっ」

 

 

 尻尾を振り回すスズカの額を弾く。どうして最後まで真面目でいられないかな、この栗毛は。




ウマ娘レースはギャンブルではないが、それはウマ娘レースがギャンブルではないという意味ではないんです。朧気ながらこういうシステムが頭に浮かんできました。

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