走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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美しく自由で力強いサイレンススズカ

「おいスズカのトレーナー……何をしているんだ?」

「ああ、エアグルーヴ。ちょっと待っててね、今スズカをお仕置き中だから」

 

 

 ある日。エルナトのトレーナールームにエアグルーヴがやって来た。私を訪ねてくるにしては珍しく書類も何も無い手ぶらで、服装も制服ではなくトレーニングのジャージである。

 

 

「はぁっ、ふぅっ……ふう……エアグルーヴ……助けて、助けて……トレーナーさんと後輩に虐められてるの……」

「マスターの指示に従っているだけです」

「エアグルーヴなら解ってくれると信じてるわ」

 

「……一応、何があったのか聞いておこう。おおむねスズカが悪いんだろうが」

「エアグルーヴ!?」

 

 

 ちなみに、今現在私とブルボンはロープでぐるぐる巻きになったスズカをソファに転がし、二人でくすぐって罰を与えていた。指示なので、と先輩に躊躇なく拷問できるブルボンがちょっと怖い。

 

 

「昨日ね、エアグルーヴ。スズカが私の部屋に来たのよ。夜の十時くらいに」

「……待て、もうおかしいだろう。門限はどうした門限は」

「違うのエアグルーヴ……」

 

 

 あの時はびっくりした。お風呂に入ろうかなあと廊下に出たら、勝手に入って来たスズカが廊下に立っていたのだ。マジでお化けか何かかと思った。スズカが勝手に入ってくること自体はいつものことだし鍵も渡しているから良いんだけど、夜はやめてほしいわ。

 

 

「まあ門限は良いのよ」

「良くはないぞ」

「まあ私的には良いのよ。住居侵入とも思ってないし、いつ来ても良いんだけどね。理由がね」

「ほう?」

「ほらスズカ。自分で言いなさい」

「……エアグルーヴぅ……」

 

 

 ブルボンに跨られ逃げることもできないスズカが、捨てられた子犬のような目でエアグルーヴを呼ぶ。ふはは。そんな可愛いことをしても無駄よ。それで堕とせるのは私みたいなクソチョロ女だけだからね。

 

 

「何故そうなったんだ」

「いや、あの、その……き、昨日は風が気持ち良くて……気が付いたら走っていて……」

「ほう」

「……その、門限、過ぎちゃったから泊めてもらおうかなって思っただけで……」

「お前が全面的に悪いじゃないか」

「ぇぅ……」

 

 

 いつものごとく私の禁止は無視され、よく解らないいつもの理由で走り出したらしい。ちなみに、一応理性で帰って来ただけでまだ走り足りなかったということで、私が晩御飯を作っている間も部屋の中をくるくると回っていた。

 

 

「でもでもっ、エアグルーヴ聞いてっ」

「なんだ」

「昨日の夜空、見たでしょ? 少し風が吹いていて、星も綺麗で……走るわよね?」

「走らん。何のためのトレーナーだ」

「……トレーナーさん?」

「こっち見ないで」

 

 

 可愛さに折れそうになるから。スズカが悪いのよ。私は走るなって言ってるのに、私がどうせ許すからって。まあ許すんだけど。本気で禁止するときはちゃんとやるけど、他は控えてね、くらいの効力だと思ってるし。

 

 

「しかしまあ、元気そうで何よりだ。あまり心配もしていなかったがな。金鯱賞も近い、ちょっとした偵察も兼ねて激励に来たんだが」

「ありがとうエアグルーヴ。スズカは元気よ。元気すぎるくらい」

「見れば解る」

 

 

 縛られたままのスズカの喉をごろごろと擽る。ブルボンも楽しくなったのか後半は自発的に擽っていたように見えた。今も別に具体的な指示は出していないが、私がいつもしているように頬を挟んでうりうりと弄くっている。

 

 エアグルーヴはそんな光景を何とも思っていないのか、座って良いかと律儀に聞いた後椅子に腰掛ける。

 

 

「大阪杯に出るのだろう? スズカは」

「出るわね。その後宝塚に……ファン投票が上手く行けば」

「ふん……こんなことは言いたくはないが、それは問題ないだろう。お互いにな」

「まあね……ああ、ちょっと待ってて」

「いや……ああ。すまん」

 

 

 エアグルーヴにコーヒーを出しておく。ブルボンは今手が離せないし、冷静に考えると別にブルボンの仕事ではないし。なんでお茶汲みを選手がやってるのよ。

 

 

「はい」

「すまないな」

「人気のエアグルーヴさんが来てくれたからね」

「ふっ……人気のサイレンススズカさんのトレーナーは言うことが違うな」

 

 

 エアグルーヴとスズカの間には人気の差が結構あるけど。いや、本当に失礼なことだけど、生徒会として丁寧と言ってもエアグルーヴはこういう子だから冷たいと誤解されがちなのだ。一方スズカは何も知らなければ物静かでお淑やかでミステリアスな薄幸の美少女である。

 

 

「ゎぅゎぅゎぅ、ま、待って、許して……ブルボンさん、頬っぺたが落ちちゃうからっ」

「ウマ娘の頬は落ちませ……本当に落ちないのでしょうか。尻尾や耳は無くなることもあるとデータベースにあります。であれば、頬も外部刺激によって落ちる可能性も……」

「落ちないよ?」

「落ちますよ?」

「…………?」

 

 

 何も知らなければね。

 

 

「大阪杯は今度こそ差す……と言いたいところだが、こんな態度で信じられん速さだからな。そう大口を叩いても仕方あるまい」

「……なに。弱気ねエアグルーヴ」

「……ふん。お前には関係のないことだ。これは私の問題だからな。アイツと共に乗り越えてみせるさ。スズカも、私自身も」

 

 

「ぁぅぁぅ……ぶ、ブルボンさん、楽しんでるわよね? 先輩、私先輩っ。止まってっ。オーダー、オーダーっ」

「了解しました」

「はぁ……解いて?」

「はい」

 

 

 何故か私の指示が上書きされたことは置いておいて。スズカを見るエアグルーヴは、どこか何か、眩しいようなものを見る目をしていた。女帝エアグルーヴがスズカの何を羨むのか解らないが……まあ永遠に知ることはないだろう。私は彼女のトレーナーじゃないし、スズカはエアグルーヴには負けない。

 

 何度も言うが彼女には無理だ。一気にスズカと同じステータスまで上がってくれば逆にスズカでは一生勝てなくなるが。レース勘や賢さはエアグルーヴの方が上なのだ。同じ速さを手に入れれば勝てる。完璧な作戦だ。そんなことは不可能であることに目を瞑れば。

 

 

「……そういえばスズカ。お前、いい加減タオルを溜めて洗濯に出すのはやめてくれとフジキセキが言っていたぞ。あまり迷惑をかけるなよ」

「あっエアグルーヴそれは」

「何、スズカ、またやってるの? 勝手に走るからそうなるんだよね?」

「やってませんよ……?」

「嘘つけっこのっ」

 

 

 ああー、と悲鳴を上げるスズカを膝の上に寝かせ、ぱしんぱしんと背中を叩く。それを見てエアグルーヴはふっと少し笑い、私が出したコーヒーをぐっと飲み干した。

 

 

「この様子なら大丈夫だろう」

「ええ……? 私が言うのもなんだけど、これ見て大丈夫って言えるのは相当だと思うの」

「スズカの走りはそういうものだ。むしろ歯を食い縛ってトレーニングをしていた方が心配するな」

「……それはそうね」

 

 

 邪魔をしたな、と言い放ち、エアグルーヴが去っていく。彼女、スズカの友達じゃないの? 当のスズカはひたすらぐったりとしているけど。まあ二人とも良いと思ってるなら良いんだろう。二人には二人の関係があるんだろうし。

 

 

「はい。じゃあスズカ、反省した?」

「しました……」

「もうしない?」

「…………」

「このっあほあほ栗毛っ」

「ふへへははっ、や、やめっ、トレーナーさんっ、やめてふはへへっ」

 

 

 できない約束をしないのは偉いけどそうじゃないんだよなあ。でもまあスズカも焦っているのだろう。金鯱賞は目前だ。と言うことはどうなるか? そう、長期ランニング禁止である。長期と言ってもたかが五日か一週間くらいだけど、スズカにとってはそれはもう毎回苦労することになっている。

 

 

「もう……今日は筋トレだからね。頑張ろうね。ブルボンも今日はこっち。坂路取れなかったから」

「承知しました」

「ターフが……ターフが私を呼んでいます……」

「詩人か。呼んでません」

 

 

 ちゃんと我慢させればスズカが負ける要素がゼロになる。スズカの身体能力と先頭への執念、二つがあって異次元の逃亡者なのだ。まあ後者が無くても大体勝てるとは思うけど、用意は万全にしたいし。

 

 

「うぅ……エアグルーヴ……どうして……」

「いや、助けるわけないでしょスズカが悪いんだから」

「ウマッターに呟きます……」

「エアグルーヴが可哀想だねえそれはねえ!」

 

 

 エアグルーヴに見捨てられました。という投稿がなされる。いや燃える燃える。エアグルーヴがだけど。一応削除させておく。私達なら冗談と解ると言うかスズカが何かやらかしたんだろうと解るけど、解らない人もいるからね。

 

 

「スズカも普段から呟いたら? エアグルーヴでさえ呟いてるのに」

「呟くこと無いですし……」

「普段何考えてるかとか……今何考えてるか呟いてみてよ」

「今何を考えているか……?」

 

 

 走ることでしょ。知ってる。私に膝枕されながらスマホを弄るスズカがさらに文字を打つ。

 

 

『トレーナーさんと一緒です。気持ちいいです』

 

「やめようスズカ。それもなんかまた違ってくるから」

「えっ……でも、今は……」

「私が大変なことになるから」

「ぁぅ、私のスマホ……」

 

 

 慌ててスマホを取り上げて文字列を消して返す。本当に危うい……というか何なら狙ってるとしか考えられないくらいだ。自分の影響力というのを何も考えていない。まあウマッターなんか毛ほども興味が無いんだろうけど。

 

 

「呟く時は私の前でやってね? 誰かと話すのは良いから」

「……? はい。解りました。じゃあ走ってきますね」

「脈絡無く変なこと言わない。ほら準備して。ブルボンもね。パワーをつけようね」

「あぅ……」

 

 

 てきぱきとブルボンが二人分の準備を始める。私もそれに参加して、窓の外を遠い目で眺め始めたスズカの手を二人で引いていく。トレーニングルームまでの窓を全部眺める気かこの栗毛は。

 

 ……まあ、金鯱賞前に一度走らせてあげて、そこからまた五日くらい我慢させて、かな……。また頑張ろうねスズカ。今回は三人で……まあ、ブルボンは巻き込まれる形になるけど。




別ゲーのシーズンと、一個やらなきゃいけないことがあるのでもしかすると更新が遅れるかもしれません。ご容赦。

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