走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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遅くなりました。


力ずくの交渉も辞さないサイレンススズカ

「ではスズカ、座りなさい」

「いやです」

「座りなさい」

「いやです」

「座りなさい」

 

 

 ある日。私はトレーナールームでスズカを詰めていた。内開きのドアを開けられないように壁にドンして塞ぎ、私の腕の下でつんとそっぽを向くスズカを睨みつける。

 

 スズカはこの部屋に入って来てから私のただならぬ気配を感じ取ったようで即刻逃走を図った。もちろん許さず、スズカが無理にドアを開けば私の顔面が大変なことになる位置でそれを阻んだ。

 

 

 金鯱賞まであと六日となった。つまり、スズカはランニング禁をする。ジャパンカップでもやった、勝つための施策である。

 

 ……いや、もちろん私はスズカの勝ちは疑っていない。それは本当だ。だが、今回は例外的にマチカネフクキタルがいる。少しでも不安は取り除いておきたい。絶好調マチカネフクキタルはステータスを無視して勝ち切る恐ろしさがあるが、スズカも執念がマックスならそれでも勝てる……かもしれない。

 

 

 それに、そうでなくとも、レースによってやり方を変えるとスズカにも悪影響だし。そういう子じゃないとは思うけど、「このレースは我慢させられてないから手を抜いても良いレース」と思われても困るし。まあ手を抜いても勝てるんだけど。

 

 

「スズカ」

「い、や、で、す。トレーナーさん、もしかして天気予報を見ていないんじゃないですか?」

「何よ天気予報って」

「今週は絶好のランニング日和だそうです。私もそう思います」

「スズカは気象予報士じゃないでしょ」

「肌で感じるんです」

「意味解らないこと言わないの」

 

 

 すん、と澄まして、トレーナーさんの話なんて聞いてあげませんよ、という構えのスズカ。これからランニングを取り上げられるということで、話を聞いたら負けだと思っているようだ。残念ながら部屋に入って来た時点で負けなんだけどね。

 

 

「とにかく座りなさいスズカ。解ったわ。あなたの言い分によっては禁止したりしないから」

「……本当ですか? 裏切ったら酷いですよ」

「何されるの?」

「……寝てる間にいっぱい走ります」

「本当に困ることをしてくるわね」

 

 

 とにかく一応納得してくれたらしいスズカとソファに座る。そして、そのまま流れるような動きで彼女の手に手錠をつけた。どうせスズカの頭はどうやって禁止を回避するか考えているだろうから、その間にと思ったら案の定だった。この子大丈夫かしら。誘拐とかされない? 

 

 

「えっ」

「さてスズカ。これから金鯱賞まで走るの禁止。夜は私の家に来るようにね」

「あっ、えっ……と、トレーナーさん騙しましたね? 酷いです……」

「いや……今のはもうスズカが悪いでしょ」

「もう知りません。私は怒りました。今日はいっぱい走りに行ってきます」

「そんなこと言わないで」

 

 

 ぶちっ。おもちゃのプラスチック手錠は容易く引きちぎられ、ぷいっと目を逸らすスズカ。そんなスズカに私は擦り寄り、スズカのウマ耳や頭を撫でながらゆっくりと膝枕の体勢に変えていく。

 

 

「ね? スズカ。お願い」

「だめです。もう怒ってます」

「そんなこと言わないで? レースの後はいくらでも走って良いから。また車でお出かけしよ?」

「い……いやです。折れません」

 

 

 あ、これは折れるわ。

 

 

「まあまあ。どうせ名古屋まで行くんだから、どう? 美味しいものを食べて、どこか旅館をとって泊りがけで、ね? 何なら名古屋から東京まで走って帰ってくる? 全部で350kmあるから、途中車で休みながら。ね?」

「ぅ……ぃ……ぃぇ……いえ! 負けません。私は怒っているので、トレーナーさんが禁止を解いてくれるまで許しません」

「もう……また何か言うこと聞いてあげるから。ね?」

「ゃぅゃぅゃぅ」

 

 

 スズカの肩やら背中やらをマッサージしつつ、自称お怒りのスズカの機嫌を直そうと口を回す。実際350kmは無理としても、それを聞いた瞬間スズカも私のお腹に顔を埋めたのでかなり揺らいでいる。

 

 

「お願いスズカ。ね? 頑張ろ?」

「ぅ……うぅ……でも、走りたいのに……」

「金鯱賞まで我慢したら一着をとってそのままランニングよ? その方が良いわよね? 見たいなあ。スズカの走ってるところ、見たいなあ」

「ぅ……お、怒ってる……私は怒ってます……」

 

 

 強情なスズカ。ただ、初めのように強硬ではなくなっている。スズカはクソチョロあほ栗毛なので、鬼のように走れるという事実に完全に負けている。口では怒っているとは言うものの、尻尾がぶんぶん振り回されているし、言葉に覇気も無い。

 

 とどめとばかりにぽしぽし背を叩き、スズカを転がして表情を見ておく。スズカはもう口元が少し緩んでいて、ポーズだけ怒るために頑張って結んでいる状態だった。ふはは。可愛い栗毛め。スズカがどうすれば喜ぶかは私にはまるっとお見通しなのだ。

 

 

「じゃあ今日は最後に走り納めしていいから。ね?」

「……本当ですか?」

「本当本当」

 

 

 ほら折れた。ちょろいもんだぜサイレンススズカ。所詮は私の可愛い愛バである。私に勝てるはずがないのだ。

 

 

「じゃ、じゃあ……仕方無いですけど、が、我慢……します。トレーナーさんが困ってるみたいなので、仕方無くですよ?」

「やったあ。スズカ大好き。じゃあ今日は走って良いからね。門限までに帰っておいでね」

「は?」

「あ?」

 

 

 一度は顔を伏せたスズカが、ぐりん、とこっちを見上げてきた。こっわ。まあ可愛いので怖さ九割減ではあるけど。そのままスズカは私の胸を掴んで、ギリギリと力を込めてきた。

 

 

「トレーナーさん……? 今日は確か、夜はプールでしたよね……?」

「……そうだね……」

「それが終わって、片付けして、ちょっとここで二人きりで過ごして……そんなことしたら門限までどれくらい残るんですか?」

「か、勘の良いスズカは……いたたたたたもげるもげるおっぱいがもげる」

「騙されました」

「騙してないたたたたた」

 

 

 もちろん加減はしているのだろうけど、それでもはちゃめちゃに痛い。こっちも対抗してスズカの……えーと……肩を掴み力を加えるけど、明らかにノーダメージだ。強いね、ウマ娘って。

 

 

「日付が変わった頃、家の鍵を開けておいてくださいね。閉めてても開けますけど」

「…………九時まで」

「日付が変わるまでです」

「…………十時まで」

「日付が変わるまでです」

「…………十時半」

「日付が変わるまでです」

 

 

 普通こういうのってお互い歩み寄らない? この子はもう……自分が賢くないことを理解しているのか、一周回って賢いのか、たまにbotになるわね。一応胸は普通に痛いので放してもらって、もう交渉はできまい。スズカが折れる気が無いからだ。

 

 悲しいかな、私達はトレーナーとウマ娘。トレセンの理事長があれだから、トレーナーは力でも立場でもウマ娘には勝てない。

 

 

「じゃあ……解った。でも鍵は私に一旦返して。日付が変わる瞬間まで鍵は開けておくから。それを超えたら寮に帰って怒られなさい」

「……解りました。それで良いです」

 

 

 制服のポケットから鍵を返してくるスズカ。いつも持ち歩いてんの? これ。

 

 

「じゃあプール行こっか」

「ふぅ……はい。準備してきますね」

 

 

 また今日もスズカを甘やかしてしまった……まあ良いか。誰が損をするわけでもないし。何より私はスズカが大好きなので、結局強くは出れないんだし。交渉に勝ってウキウキのスズカを見ながら、私はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「三、二、一……はい終わ……っ!?」

「はぁっ……はあっ……はーっ……こんばんは、トレーナーさん。間に合いましたよね?」

「間に合ってないわよ」

「いいえ間に合いました」

 

 

 その夜。スズカはマジで日付が変わる瞬間にドアをこじ開けてきた。ドアが壊れるので大人しく開く。そこに、スズカとブルボンが並んで立っている。何故ブルボンがここに。

 

 

「ブルボン?」

「スズカさんに誘われました。同時にタイムキープを指示されましたので、併走を」

「……なるほどねえ。ブルボンは良かったの? 寮とか」

「問題ありません。オペレーション『気分転換』として認識しています。寮長への連絡も済んでいます」

 

 

 ……まあ、ブルボンが良いなら良いけど。

 

 

「でも二人か……じゃあちょっと家ではご飯食べられないかな……絶対足りないし」

「夕食は七時に済ませました」

「じゃあブルボンはお腹空いてないの? ステータスチェック?」

「…………『空腹』、です」

 

 

 部屋着からコートを羽織り、ジャージの二人にも着させて車のキーを持ってくる。ここからでもそこそこ開いている店はあるだろう。

 

 

「じゃあ二人とも、ご飯食べに行こうか。何食べる? まあそんな候補無いけど……」

「何でも良いですよ」

「同意見です」

 

 

 じゃあ……なんか、ラーメンとかで良いかな。一旦車に乗って考えるか。

 

 

「……ところでさあ」

「はい?」

「はい」

 

 

 車に乗り込み、ウマ娘受け入れ可のお店を調べて移動中。ふと疑問に思い、二人に問いかける。

 

 

「ブルボンは一緒に走ってたんだよね。それでブルボン、体内時計完璧じゃん」

「はい。それについてはお父さんにも褒められました。自信があります」

「なのに、あんなギリギリで戻ってくるのはおかしくない?」

「それは」

「あ。トレーナーさんっ。明日からの我慢なんですけど、私、頑張りますねっ」

 

 

 わざとらしく遮るスズカ。

 

 

「それは、何。ブルボン」

「当初の指示では日付変更三十分前のタイムキープだったのですが、当該時刻に通知したところ、あと五分だけ、とおっしゃるので……」

「あの、あのあの、トレーナーさん、この話は終わりで……ブルボンさん、オーダー、オーダーっ」

「上書きします。話して?」

「はい。そのやり取りが四度行われ、予定通りマスターの家にたどり着けませんでした」

「……スズカ?」

「へぅ」

 

 

 助手席で、目が泳ぎまくっているスズカ。いやまあ、怒ってはいないのよ。結果間に合ってるし、間に合ってなくてもデコピンくらいしかしないし。でもさあ。あれだけ日付変わるまでって自分で主張して、時計代わりに後輩を連れてなお負けてしまう意志の弱さよ。このポンコツどうしてくれよう。

 

 

「……今日はスズカは一人で寝てね」

「えっ」

「私はブルボンとベッド使うから、スズカは布団敷いて寝なね」

「えっいや、あの、それはその」

「ブルボンは二人で寝るの大丈夫?」

「はい。以前は両親と一緒に寝ていました。二年ほど前からお父さんは寝てくれなくなりましたが」

 

 

 ……反応に困ること言わないで? 

 

 

「あのっトレーナーさん、それは違うと思います、だって、え? トレーナーさん? お話しましょう、違うんです、これはその、確かに私が悪いんですけど、それはあんまりで────」

 

 

 ブルボンはスズカより少し体温が高く抱き心地が良い。勉強になったね。


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