走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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世代のキングたるサイレンススズカ

「あ、お疲れスズカ、昨日一昨日はごめんね、休んじゃって。我慢辛かっとっとっとっとっ」

「走ります」

「話が早いなあ」

 

 

ある日。金鯱賞を二日後に控えた日、私は二日に渡る病欠から復帰して、トレーナールームにやって来たスズカを出迎えた。

 

ウマ娘の人生を預かる身として、トレーナー達は基本的に小さな体調不良でもトレセンから通院するように言われるし、何ならそのおかげで経費になる。トレセンってすごーい。ただの風邪だったけどね。

 

 

しっかり治して、入ってきたスズカに両手を広げて笑顔を向けたのだけど、スズカは少し不機嫌そうになりながら私の胸に飛び込んで、そのままソファに押し倒してきた。

 

ぐりぐり頭を擦り付けながら、走ります走りますと呟くスズカ。私の愛バが壊れちゃった……というのは二割冗談として、まあ可愛いのでセーフ。頭を撫でて抱き締めつつ、当たったら死ぬんじゃないかってくらい振り回される尻尾を眺める。

 

 

「休んでごめんね……寂しかった?」

「寂しかったです。走りたいです」

「その二つ並べないで?適当に言ってるでしょ」

「言ってません。走りたいです」

「凄いなあこの子は。全然動じないじゃん」

 

 

あと鳩尾に、鳩尾にぐりぐりされると痛い。慣れてるから良いけどでも普通に痛いからね?おでこじゃなくてほっぺたにしてくれないかな。

 

 

「もう限界です。破裂します」

「どこが。破裂なんてしないでしょ」

「しますよ。この辺が」

「しません」

 

 

くるりと仰向けになって、胸辺りを摩るスズカ。まあもうかなり日数経ったもんね。わかるわかる。解らないよ?破裂しません、そんな細い身体して。ぐっとスズカを持ち上げ、後ろから寄り掛かるように抱きつく。

 

 

「そう言わないでスズカ。明後日よ?明後日は走って良いんだから。ね?」

「いーえ、もう我慢できません。私はもう怒りました。走らせてくれないとトレーナーさんに酷いことをします」

「何する気よ。言っておくけど何されても駄目だからね」

 

 

スズカの脳天を顎でぐりぐりと弄っていると、スズカが物騒なことを言い出した。まあスズカのことだし酷いことと言っても精々グルグルパンチくらいだろうし、良い子のスズカに大したことはできまい。ふはは。

 

 

「ふふふ。昨日キングヘイローさんに聞いたんですよ。人にお願いを聞いてもらうにはどうしたら良いかって」

「どうするの」

「こうです」

 

 

振り向き、私の腕の中から解放されたスズカが私を押し倒す体勢になり、ゆっくりと顔を近付けながら、私の胸元に何かを掴むように手を伸ばした。

 

すかっ。

 

 

「……何?」

「あっ……もう、どうしてネクタイを着けていないんですか!できないじゃないですか!」

「え……ああ、ごめん……じゃあ着けようかな……」

 

 

よく解らないけど思ったのと違ったらしい。一応トレセンのトレーナーはスーツが正装だけど、割と敷地内かつ平時なら改造しようが着崩そうが許されたりする。まあそんなにオラついた人もいないので精々が私もそうしているようにネクタイを着けないくらいだけど。

 

 

「着けてください」

「うん……」

 

 

もちろん着けると息苦しいから着けてなかったわけで、スズカが言うならと内ポケットから取り出して着ける。やっぱり苦手だ。締めてスズカに胸を張ると、彼女はゆっくり私のネクタイを掴んで、ぐっと引いてきた。

 

 

「うわっ」

「っと……」

 

 

スズカのすんと通った鼻がぶつかりそうになるくらい引き寄せられる。近い近い。顔が良いんだからそういうことしないの。あといい匂いするから。

 

 

「……で?ここから?」

「ふふっ」

 

 

スズカが不敵に……笑おうとして、いつも通りポンコツな自慢笑いになっている。スズカがこういう笑い方をする時はろくなことを考えていない時だ。私には解る。スズカはそのまま私の目をまっすぐ見て、普段からはちょっと考えられないくらいしっかりした声で言った。

 

 

「このス……スズ……スズカの言うことが聞けないと言うの?」

「お……うん、いい線行ってたけど惜しいわね」

 

 

あとキングヘイローは先輩に何を教えてるの。というか彼女は自分のトレーナーにこれをやってるの?え?男性だったっけ?大丈夫?問題にならない?ウマ娘にこんなことされて勘違いしない男がいるわけなくない?

 

言い終わってすぐ顔を真っ赤にして私の胸元に倒れ込んだスズカ。ウマ耳がへにょへにょになってしまっている。恥ずかしいならやらなきゃいいのにと思いつつ、擦りついてくるスズカを撫でながらあやす。

 

 

「どうだった?上手くいった感じ?」

「……思ったより恥ずかしかったです……」

「だろうね」

 

 

ウマ娘は顔が良いので、基本おとぎ話のプリンセスとか、今日日ドラマや漫画でしか見ないことをやっても見られる感じにはなる。事実、エアグルーヴあたりが言ったらどうだろう。あのトレーナーさんのネクタイを持って引っ張って、「貴様、この女帝の言うことが聞けないというのか」とか……あー。これは良いんじゃない?たぶんキングヘイローもこういう子なんだろう。

 

……ちなみにエアグルーヴのトレーナーはこんなことしなくてもすぐに折れる。あの人既婚者って話も聞くけど、奥さんにどんな接し方してるんだろう。

 

 

「他の人に方法を聞いたって仕方ないでしょ」

「一日作戦会議ができたので、つい……」

「いやついじゃないけど。ちゃんとトレーニングしよ?」

「それはちゃんとしましたけど」

「……ごめん。それは確かにそうだね」

 

 

しっかりスズカから連絡は来ている。これでスズカは真面目だから、ちゃんと要求したトレーニングはやってくれたのだろう。見ていないけど信用はしている。ブルボンは言うに及ばず。

 

 

「キングヘイローと一緒だったの?」

「いえ、みんな……あ、グラスさんはいなかったかな。スぺちゃんと、エルさんと、スカイさんはいました」

「凄いなあ」

 

 

あの世代のトップの会合じゃん。スズカ達で言えばスズカメジロドーベルマチカネフクキタルタイキシャトルシーキングザパールとオマケにエアグルーヴが一堂に会する感じ。バグってるって。まあ、スズカ達も仲良いし、彼女達も仲が良いんだろう。ウマ娘ってのは不思議な生き物で、ライバルならライバルほど、強ければ強いほど仲が良い。

 

でなければ正直、普段からぽわぽわしてるし根本的に他人を見ていないし、何なら半分くらい人の話を聞いていないスズカや、自分に厳しいあまり他人にもかなり厳しいエアグルーヴ、運勢に傾倒するあまり割と無自覚に人を傷付けることもあるマチカネフクキタルにこんなに友達が多いわけないし。それは言い過ぎかもしれないけど。もちろんタイキシャトルやシーキングザパールのように強くてしかも人当たりが良いのもいるんだけどね。

 

 

「それで教えてもらったんだ」

「はい……一応皆さんに聞いたんですけど、できそうなのがこれしか無くて……」

「他には何を習ったの」

 

 

またあすなろ抱きに戻り、スズカの背もたれになりながらくしくしと彼女の首筋辺りを撫で回す。んんっ、なんて気持ちよさそうにしながら、スズカは首を傾げた。

 

 

「確か、スカイさんには、ちゃんと説明して言い包めたら?って言われました。よくやってるらしいです」

「まあ……スズカにはできないねえ」

「はい。それで、エルさんには……なんだったかな……そうそう、情熱的に誘えば乗ってくれるデース、って……」

「スズカにはできないねえ」

 

 

適当を吹き込むのは良いけど、スズカにできそうなことを言わないか、後輩の諸君。もしかしてスズカで遊んでる?いや無いか。あの子達にとってスズカはレジェンドだろうし。それともスズカの本性を理解し始めたかな?スペシャルウィークもいるしあり得るな。それにしてもって感じもするけど……

 

 

「ちなみにスぺちゃんは?」

「スぺちゃんは、トレーナーさんの言うことを聞いた方が良いと思いますって……私は走りすぎだって言われました」

「辛辣ゥ」

 

 

無いわ。スペシャルウィークだけスズカへの扱いのレベルが違う。一人理解度が段違いだ。ちなみにスペシャルウィークが本気でスズカを走らせようとすれば、まあまた併走か何かを申し込んでも良いし、所詮私も立場には弱いので彼女のトレーナーさんに頼まれたら断りにくい。それを理解しているのかいないのか、走らない方が良いと思いますと先輩に言えるスペシャルウィークは強い。

 

 

「スぺちゃんは酷いんです。いっつもスズカさんスズカさんって楽しくお話してるのに、走ろうとするとそれはダメだと思いますって突き放すんです」

「私もそれはダメだと思います。じゃあスペシャルウィークが嫌いなの、スズカは」

「……それとこれとは話が別です。スぺちゃんは可愛い私の後輩ですし、大好きですよ?でも、スぺちゃんも私が大好きなんですから、走らせてくれたっていいと思うんです。トレーナーさんもそうですよ?私のこと、大好きですよね?走って来ていいですか?」

「急ハンドル切ったなあ」

「ふぁふぁふぁ」

 

 

それとこれとは話が別だよ、とスズカの鼻をつまんだり放したり。良い子に育ったなあ、スペシャルウィーク。スズカと同室って凄いね。

 

その後もしばらく足をぱたぱたと動かしながら走りたい走りたいと甘えてきたスズカだったけれど、ブルボンがトレーナールームに来ると一度止まって少し静かにしてくれた。ブルボンのトレーニングは邪魔しない。偉いねスズカ。

 

 

「お疲れブルボン。遅かったね、どうしたの」

「申し訳ありません。日直でした」

「そうなの。ちゃんとできた?」

「はい。バクシンオーさんが手伝ってくださいましたので」

「へえ……あの子、友達思いなのね。クラス違うのにわざわざ」

「いえ、私と彼女の友人関係は否定しませんが、バクシンオーさんは毎日日直を手伝いに来ます」

「え?なんで?」

「学級委員長だからです」

「……いやいや。せめて自分のクラスだけでしょ。なんで他のクラスも回るの」

「学級委員長だからだそうです」

 

 

ブルボンもなんか意味解らんことを言い出してるな。まあ良いか。友達付き合いなんてあって困ることはない。トレセン内の、ウマ娘どうしのものならなおさら、悪いオトモダチを作ることも無いし。サクラバクシンオーがそういう子ってだけだし。昨日はびっくりしたけど。まさかブルボンが、友達と遊びに行って眠いのでトレーニングできなくなるとは思わなかったし。

 

 

「ちなみにブルボン、昨日遊びに行ったお友達はサクラバクシンオー?」

「はい。他にも……申し訳ありません、昨日は疲労によりメモリへの書き込みが遅れ、パーソナルデータを開示することができませんが……他にも、同期のウマ娘が数人いました」

「楽しかった?」

「……申し訳ありません。マスターの指示を遂行することができず」

「あっ違うのブルボン。怒ってるんじゃなくて。友達は大切にしなね。言ってくれればそれは休みにするから。ほんと怒ってないの、ごめんね」

 

 

ブルボン達はなんだかんだ学生なのだ。今のように毎日倒れる寸前までトレーニングして寝て勉強してを繰り返すよりよほど健全である。ごめんねブルボン、私の言葉選びが悪かったね。こんなの怒られてるって思って当然だね。

 

 

「ブルボンが楽しかったなら良いから。むしろ今度はブルボンから誘ってあげなさいね。毎日やらないと置いて行かれるような生半可な鍛え方をしてるって自分で思ってる?客観的な分析をして?」

「……いえ、私のトレーニング量は一般的基準に照らし合わせれば過酷であると考えています」

「うんうん。じゃあ大丈夫。じゃあ次遊ぶために今日頑張ろうね。準備して。坂路行くよ」

「了解しました」

 

 

あぶねえ……今のはギリセーフでしょ。別にハードトレーニングを課す以上多少嫌われても構わないけど、すぐ怒るとか怖がられるのは心が痛む。素直な子だから言葉通りに感じてくれると思いきや突然普通に普通の子みたいな判断をするから厄介だよ、ブルボンは。

 

 

「スズカはどうする?ついてくる?」

「私は走ってきます」

 

 

ダメだよ。


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