走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
スズカは、金鯱賞に勝った。
もはや私はレースではなく引率とライブ見学のために名古屋まで行った気がする。それくらい、スズカの勝ちを私は確信していた。正直控え室で映像を特に感動もなく見ていたまである。
いや、スズカが勝ったら嬉しいし、うきうきで可愛がったりもするのよ。でもその、うわー! 勝った! やったー! とはならないって話。負けたらむしろびっくりするよ。結局、やる前から能力を把握できるのに、勝てるかなあ、どうかなあ、なんて白熱することはないよねってことで。今日はマチカネフクキタルもそこまで絶好調じゃなかったみたいだし。私いっつもマチカネフクキタルを警戒してんな。
「ふん、ふふん、ふふん……」
無事に大勝した後、いつもより熱が入っているように見えたウイニングライブの曲をまだ口ずさんでいるスズカ。助手席でご機嫌にカーナビを弄っている。バックのベッドにはブルボンが寝ているが、あれはしばらく起きないだろうなあ。
ちなみにスズカはさっきまでたらふく走っていたばかりだ。それも、三日連続で。現在私達はスズカとの約束のため、名古屋からキャンピングカーを使いつつ走って帰っている。
「ふふふふーんふふーん」
「こらスズカ。踊るのは止めなさい危ないから」
「ごめんなさい、ふふっ、つい楽しくて……」
「凄いわねスズカは本当に」
スズカのトレーニングを真似たい盛りのブルボンも一緒にスズカと走っていたのだが……一日目でダウンして残り二日は私が止めた。いかにスズカがバグっているのかよく解る。それに、ブルボンはなんだかんだ夜は眠そうだけど、スズカはそんなの関係無いとばかりに走るし。でも二日もすれば生活習慣も戻るというのが凄い。これが若さか。
でもそのおかげでスズカは三日走るだけでそれなりに満足してくれた。諸事情で途中で走るのを止めてもらうことにはなったが、それまでは昼夜問わず走り回っては寝て走っては食べてを繰り返したのだから満足してもらわないと困るけど。それでも元気いっぱいなのは……なんでだろうね。スズカだからかね。
「ところでトレーナーさん。どうして最後まで走っちゃいけないんです?」
「トレセンから早く帰ってこいって連絡が来たのよ」
「何かあったんですか?」
「あったんだねえ、それが」
というかスズカのせいでもある。ついに恐れていたことが起きてしまった。チームエルナトに、新規のウマ娘達が押し寄せてきたのである。
何せスズカはこれで重賞三連勝、それも全て大差勝ちしている。本来なら年明けに殺到してもおかしくはなかった。ただ、面接がトレセンの暦やテスト期間の都合でずれただけで。
あるいは、たづなさん辺りがある程度選別してくれた可能性もある。恐らく押し寄せてきたのは膨大な数だ。現在、マトモなトレーナー……つまり、しっかりウマ娘を見て、分析して、その子のためのメニューを考えられるトレーナーはそう多くない。後は面倒を見る子が多すぎて、画一トレーニングしかできなくなったトレーナーだ。そういうトレーナーについているウマ娘は、常日頃から虎視眈々とマトモなトレーナーへの鞍替えを狙っているし。
「スズカに後輩が増えるかもしれないね」
「また新しい子を入れるんですか?」
「嫌?」
「ブルボンさんは良いですけど……そんなにいっぱいはいない方が良いです。トレーナーさんも大変でしょう? 忙しくなって、ゆっくりできなくなっちゃいますよ?」
「そうねえ……」
つまり、増えすぎて自分のことを蔑ろにしないで、ということだ。スズカは可愛いねえ……とはならない。ウマ娘はみんなそう思っているから。そりゃそうだ。専属が一番に決まってる。いや待てよ? スズカは甘えたいだけでは? だったら可愛い案件だな。はい可愛い。
ともかく、私は一応顔も出すし面接もするけど、誰も取る気はない。トレセンだって無理に担当しろとは言わないだろう。要するに、二人しかいないチームでは形式上だけでも募集打ち切りはできないよってことだ。何よりもスズカ、次にブルボン。私の人生はそうやってできている。
「まあ、スズカより速い子がいたら考えようかな」
「えっ……その、一生担当の子、増えませんよ?」
「凄い自信だなあ」
「じゃあトレーナーさんは私よりも速い子がいると思いますか?」
スズカより速い子……そうね。
「サクラバク」
「は?」
「スズカが一番速い! ね!」
「ですよね?」
「そうだねえ!」
メンヘラ彼女みたいな絡み方のスズカ。というかまあ、サクラバクシンオーがこれからどう成長するにしろ恐らくスズカ『より』速いことはないんだろうけどね。少なくともトップスピードはスズカのスピード値を見れば一番だから。
一瞬怖くなった恋人とは目を合わせないようにして、高速道路を降りる。そろそろトレセンだ。あー……面倒だなあ。いくら仕事とはいえ、最初から断ることが解っている状態でウマ娘たちに会うのは辛いものがある。
「冗談はやめてください、トレーナーさん」
「う、うん……ごめんって……」
おー怖。流石だなあスズカは。運転中なのに手が震えてきた。隣からの圧力にも負けてしまうような私が、ウマ娘達が叶わない志望をするのを平気で見ていられるのかって話よ。しかも志望される立場よ、私。
「でもまあ、トレーナーさんがこの子は強いなって認めた子なら良いですよ、増やしても」
「良いの?」
「トレーナーさんのお仕事ですから」
「ありがとうね」
でも大丈夫。そんなことしないからね。
────
今日、私の運命が決まる。
思えばトレセン学園に入ってから、私のレース生活は良いとは思えないものだった。
私達ウマ娘は、トレーナーさんがつかなければトゥインクルシリーズに出走することができない。もちろん、ドリームリーグも同じだ。だから、入学してまずトレーナーさんを探さなければならない。
それは基本的には、模擬レースを行ってスカウトを待つ、という形だったり、はたまた私達の側から自分を売り込んでみたり……変わったところだと何故か日常会話から始まったりするらしいけど、私はそんな特別なウマ娘じゃない。単純に誰の目にも留まらず、自分から声をかけても断られ、百人規模チームになし崩しで入っているただのウマ娘だ。しかも、それだってそういうチームに入れただけまだマシな方である。入れない子はどこにも入れない。
でも、そんなチームじゃ勝てない。もちろん一番大事なのは私の努力だ。だけど、みんなと同じトレーニングをして、それを見ることもなく質問も返ってきたり来なかったり。そんな状態ではどうしようもない。私は上には行けない。せめてデビュー戦は勝たないと……これからずっと未勝利戦を走るなんて絶対に嫌だ。
「よし……よーし……頑張るぞ……」
「き、緊張しすぎよアンタ……」
隣には、入学直後に会った友達が私と同じように深呼吸を繰り返している。緊張するなと言う彼女の方が緊張してる。絶対。私も足はがくがくだし、今にも腰が抜けそうだ。この部屋にいる子全員がそうだと思う。なにせ人生がかかっていると言っても過言じゃないからだ。
「し、仕方ないでしょ……こんなの緊張しない方が頭おかしいし……は、吐きそう……」
今、私はとある待合室にいる。トレセンの学園棟ではなく、トレーニング棟と呼ばれる方の部屋の一つだ。そして、三つ隣の部屋では、とある面接が行われている。
そう、あのチーム・エルナトの編入面接である。
チームエルナトは新設チームであり、正直に言えば他にも多くの歴史あるチームはある。合計実績で言えばもっと上はある。だが、そういうチームは既に結構な数のウマ娘を抱えていたり、模擬レースでの足切りをするので純粋に望みが薄いのだ。
でも、エルナトに限ってはそれがむしろプラス。だってエルナトのトレーナーさんはあのサイレンススズカ先輩を覚醒させたと名高い素晴らしい人だ。その人が、たった二人のウマ娘しか見ていない。こんなの行くしかない。私達は年末に応募をして、半分くらいの人が書類審査で落ちてここに来ている。エルナトは新設チーム、面接で何を聞かれるのかも解らない。今のところ二人とも逃げウマのようで、その点では私はちょっと不利かもしれない。
でも、頑張るんだ。頑張れ私。必死にトレーニングをするにしても、まずは良いトレーナーさんに、ちゃんと私を見てもらってからじゃないとトップには対抗できない。覚悟を決め、お祈りをして、たづなさんに呼ばれた私は数人で面接会場に向かった。
────
「えー……じゃあ次に、それぞれ、目標とするレースなんかを教えてもらおうかな。トゥインクルシリーズを走るにあたって、勝っておきたいレースでも良いし、最終目標でも良いし。じゃあ左の子からね」
面接は、とても険しい雰囲気で行われていた。面接官は三人。スズカ先輩と、たづなさんと、そしてエルナトのトレーナーさん。基本的にはスズカ先輩とたづなさんは喋らず、真ん中に座るトレーナーさんが進行をしている。名前と、簡単に自分の思う距離適性なんかを話した後、私達はそんなことを聞かれた。
エルナトのトレーナーさんは、若い女性で、トレセンに入ってまだ一年しか経っていない。見るからに真面目そうな可愛らしい人で、口調も優しいので勘違いしそうになるけど、それじゃダメだ。この人は超敏腕と言っても過言じゃないトレーナーさん。何を考えているか解ったもんじゃない。それに、私達を見る目がそもそも険しい。
「──うん、ありがとう。じゃあ次の人」
「はいっ!」
私の番だ。目標レース……なんだ。私の目標レースとは……
「わ、私は、じゅ、重賞レースで一着をとって……宝塚記念に出走したいです!」
ウマ娘の憧れ、グランプリレース。そのうち、夏に行われる宝塚記念に選ばれて、出たい。私の憧れをたくさん語ると、トレーナーさんは少し微笑んで、次の人、と促した。ど、どう答えるのが正解だったんだろう……でも、嘘をついたって仕方ないし……でもでも、多少嘘を交えないと面接は厳しいってどこかで見たような気が……うう、失敗したかも……?
「では、合否は追って連絡しますね。みんなお疲れさまでした。すみませんたづなさん、後はよろしくお願いします」
「はい。では皆さん、今日はこれで解散です。お疲れさまでした」
その後も二問くらい質問は続いた。そして、私のトゥインクルシリーズは終わった。
────
「あぁ……心が痛いよスズカぁ……」
「はいはい。お疲れさまでした。頑張りましたね」
数日かけて、面接は終わった。採用することは恐らく無いから余計な希望を持たせないようにしたいんだとたづなさんに相談したところ、やはりやけにウマ娘の心理に詳しいたづなさんに色々教えてもらった。とはいえあからさまだと不味いしできれば担当してほしいということでそこそこちゃんと質問はしたけど。目標レース、どうして走るのか、周りの人との関係をどう思っているかを聞いてみた。
みんな頑張って応えてくれるんだけど、どこまで行っても私はこの眼から逃れられない。スズカどころかブルボンと比べても見劣りするような……しかもそれでクラシック世代だとか、最悪シニア世代とかってのもいたし、一目見て全員担当する気を失くしてしまう。
私はウマ娘に人生を懸けた覚えは無い。あくまで不思議な能力があったからトレセンに来て、偶然スズカに惚れ、スズカが積み上げた名声を守るためにブルボンにも力を入れている。勝てるウマ娘しか育てたくない、君は勝てないからこのレースには出さない、と言えてしまうというのは正直トレーナー失格だろう。「君を勝たせてみせる」と啖呵を切って、彼女らの人生を導けるトレーナーこそ正しい姿だ。
それでもその、大人として、ね? 頑張る子達を頑張っていない私が拒否することに罪悪感はあるのだ。
「仕方ないですよ。これもトレーナーさんのお仕事じゃないですか」
「うん……」
「私やブルボンさんを大事にしてくれたらいいんです。その分私達だって頑張りますから。ね?」
「うん……」
トレーナールームでスズカに抱きしめられながら、頭や背中を撫でてもらう。大して身長が変わらなくてよかった。差があったら大きな大人が学生に慰めてもらう地獄の絵面が……今もそうか。スーツと制服だし。ともかくよしよしされながらソファに寝転がる。いつもと逆だなあ。
「それにほら、こうして二人でいる時間も減っちゃいますから」
「うん」
「まあブルボンさんもいますけど……彼女も馴染んでますしね」
「うん……はあ。ありがとうスズカ。元気出たわ」
まあ、まあ、解っていたことだし。ゆっくりやっていこう、少なくとも今力を注ぐべきはスズカとブルボンなんだから。よし。頑張ろう。顔を上げて、私もスズカを撫でて立ち上がり伸びをして。そろそろブルボンも夜トレーニングに備えて目を覚ますだろう。準備をしなくちゃ。気合を入れた私に、スズカは柔らかに微笑みかけた。
「じゃあ元気が出てきたところで走りに行きましょうか」
「それは違うでしょ」
「トレーナーさんのそういうところは嫌いです私」