走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

4 / 215
負けず嫌いのサイレンススズカ

「放してくださいトレーナーさん、私、私やらないと今日は眠れませんっ」

「だめ。スズカすていっ」

「あぅぅ、は、放して放して……トレーナーさぁん……」

 

 

 ある日。私は必死にスズカに乗っかって押さえつけていた。ターフグラウンドに続く昇降口で、体操服のウマ娘に上から乗っかるスーツの私。事案だ。毎回のことだが、私がスズカに無茶をする時は基本的に周りに人がいない。ラッキー。

 

 

「いやぁ、やっぱり今日の私は一味違います! 今日こそ鬼のようにトレーニングをこなせば、またスズカさんに勝てるかもしれません!」

「うぅ……トレーナーさん、もう一回だけ……」

「だめ」

 

 

 今日のトレーニングで、スズカはマチカネフクキタルに併走を申し込まれていた。

 

 彼女はスズカの友人の一人で、運勢や祈願といったところに傾倒している変わったウマ娘だ。しかしその実力は本物で、スズカにこそ勝てていないものの菊花賞を勝ち他にも重賞を取っている。

 

 なんでも、今日の運勢は稀に見るスーパー大大大吉だったとか。そこで、絶対無敵の自分を試したいとスズカに直接申し込んできたらしい。

 

 

 単純なランニングと違って、併走は賢さやスタミナも伸びることが解っている。なかなかできる機会もないし、スズカも友達の頼みなら良いだろうとばかりにニコニコで頼んでくるから一回くらいはと許可を出した。

 

 

「むふー……うおお、負ける気がしません! 今の私は最強無敵! 次はルドルフ会長……マルゼンスキーさん……夢が広がりますねえ!」

「待ってフクキタル、もう一回、もう一回だけ……」

 

 

 そして、スズカが負けた。うそでしょ……って感じ。フクキタルのステータスを見る限り、正直スズカに届き得るようには見えなかったが……現実はステータス差を気持ちが凌駕することがある。それと、スズカがやや出遅れ気味だったのもあるか。

 

 

「スズカ、一回だけって言ったでしょ。だめよ」

「でも、でもっ……私、ここで引き下がるわけには……今度こそ私が先頭を……フクキタル……!」

「フクキタル逃げて、できれば一週間くらい顔を合わせないで!」

 

 

 羽交い締めくらいではスズカの力に勝てないので、こうして寝かせて動けないようにしないといけないのだ。リベンジに燃えるスズカだけど、今のスズカにやらせると本番さながらの手札ばら撒き全力大逃げをしてしまいかねない。だからだめ。

 

 

「フクキタル……ッ」

 

 

 俺の愛バが! 怖すぎるでしょ。自分が差されたという事実が何よりも許せないらしい。決してマチカネフクキタルを下に見ているわけではなく、これがシンボリルドルフだろうとナリタブライアンだろうと食ってかかるだろう。

 

 

「いやぁ、何をするか迷っちゃいますねえ! 次のレースも楽しみですし、運気が高まったことですし、このまま神社に行ってさらに幸運を呼び込むというのも……!」

 

 

 マチカネフクキタルも自覚無くスズカを煽ってるし。この子も悪い子じゃないんだ……ウマ娘はみんな良い子ばっかりなんだ……ただ、ちょっと先頭にこだわりすぎてるのと、幸運を全てに優先してるのとでトラブってるだけで。

 

 

「トレーナーさん……! 私怒ります……!」

「はいはい。怒って良いから部屋に帰ろうね。今日はトレーニングはもう良いからね」

「もう、もうっ……意地悪です、トレーナーさんにいじめられてます……」

「そうだ、パフェ買ってあげるから。スペちゃんも誘う? お店までは走って良いから、ね?」

「ぅ……い、いえ、譲れません……!」

 

 

 強情な。フクキタルはどこかに行ってくれたが、まだ発作がおさまらない。スペシャルウィークを誘うのは生け贄である。誰かの前を走らせてあげないと爆発しそうな激情が彼女にはある。

 

 

「お願いスズカ。一緒に行こ? ね?」

「やです……フクキタル……ッ!」

「うわっとっとっ」

 

 

 私に上からのし掛かられながらも、スズカが立ち上がり歩き出した。必然的に私は首に抱き付いて引きずられることになる。こいつッ……少し見ない間にパワーがついてきた……いや、ウマ娘は子供でも女一人くらい簡単に運べるか。

 

 

「スズカ? スズカ!」

「フクキタル……どこかしら……」

「どうしようかなあ! ねえスズカ!」

 

 

 バーサーカーと化してしまったスズカを何とか止めないと、ジャパンカップを前にスズカの今の本気も技も開示され、余計な疲労が溜まってしまう。ばしばしとスズカの平らな胸を叩きつつ、流石に増え始めた周りの目に耐えながら囁く。

 

 

「落ち着いてスズカ。そうだ。マッサージしたげる。一緒にお風呂に入ってリラックスしましょう?」

「やです」

「アイスも食べて良いよ。そうだ、明日の学校サボって温泉行こっか。途中で車を降りて走って良いから。夜もちょっとなら走って良いよ。私が見てるから」

「……本当ですか?」

「本当本当」

 

 

 めちゃくちゃ嫌だけど、仕方がない。これもジャパンカップに勝つためだ。一回目の併走ですらギャラリーは多かった。エアグルーヴ陣営に本気のスズカを見せたくない。

 

 私はあくまでも勝つためにスズカを利用しているのだ。そのためならスズカの意に反することもする。契約だって、スズカで勝つには逃げしかないと私が理解していただけのこと。

 

 

「気持ち良く走って良いですか?」

「それはだめ。ほどほどで」

「フクキタル……」

「解った! 解りました! 起きてちゃんと見ててあげるから! 気持ち良くなるまで走って良いから! 準備して! ね!」

「……仕方ないですね」

「やったあ……スズカ大好き……!」

 

 

 まあ、私の財布はスズカで潤いまくってるし……温泉一泊くらい安いものね。スズカの授業は……まあ成績表見たけど全く問題無さそうだし……温泉ってスペちゃんも来るのかな。まあ来るなら来るで全然、一晩口説ける権利を得たと思えば安いものではあるけど。

 

 

 でもなあ。スズカが特殊だっただけで、ウマ娘ってのはトレーナーを変えたりってのはあんまりしないんだよなあ。スズカと一緒ってところでどれくらい釣れるかね。

 

 

 スズカに引きずられたまま寮まで来てしまった。流石に入れないので降りて、私も急いで戻って準備だ。日帰りとはいえ私は保護者だし、ウマ娘が出掛けるには色々と面倒もある。

 

 

「あ、トレーナーさん、お疲れ様です」

「たづなさん。お疲れ様です」

 

 

 トレーナールームでの準備中、後ろから理事長秘書のたづなさんが声をかけてくれた。私は温泉宿の予約や周囲の道の確認もあるのでパソコンから目を離せないが、それでも嫌な顔一つしないあたり流石の懐の広さと理解力だと思う。

 

 駿川たづなさん。彼女には本当にお世話になって……いない。実はそんなに彼女の手助けを必要とする仕事はしていない。彼女はトレーナーを結構無差別に助けてくれるが、細々とした事務仕事しかやってくれない。トレーナーの本業には決して踏み込んでこないし、ちょっとした監視レベルのことも断固としてしないのだ。

 

 

 私は一人しか担当がいないし、スズカの分析もこの目がある。手伝いは正直そんなに要らない。なので、たづなさんとは割とプライベートだけの付き合いになっている。たまに飲みに行ったこともある。私と彼女ではウマ娘への熱量が違いすぎるので、ちょっとあれだけど。

 

 

「何してらっしゃるんですか?」

「ああいえ、スズカと出かけようと思いまして、予約を。平日ど真ん中ですし、たぶん当日予約も……あ、できますね」

「お出かけですか。どちらへ? あ、飲みます? 自販機でコーヒー当たったんですよ」

「温泉ですかね……ありがとうございます。頂きますね」

 

 

 日が落ちるまであと二時間。事故るわけにもいかないので法定速度は守るとして、まあスズカのことだから夜でも平気で走るだろうけど……まあ私の運転の時間だけかな……

 

 

「あら、ここ結構良いですよ。周りに広めの走る場所もありますし」

「はえー……良いですね。ここに……あ、予約取れるな……ここにしよう。二部屋取れるな……」

 

 

 相変わらずこの人距離が近いな。別に美人さんにくっつかれて悪い気はしないけど、男だったら勘違いする人もいそうだ。あと良い匂いする。

 

 

「やはりジャパンカップに向けて休養ですか? サイレンススズカさんとエアグルーヴさん、とても期待されていますものね」

「ええ、みたいですね……まああの性格ですから、期待に潰されるなんてことは無いですし……その点でエアグルーヴよりも一つ勝ってはいますね」

 

 

 嘘である。スズカは現状エアグルーヴに何もかも勝っている。パワーは僅差で負けていたはずだが……まあ、これについてはスズカの方がどうかしているわけで。スズカと競るだろう逃げウマは勝負になる能力ではないし、なんなら2400m走りきるのがあれでは厳しい。

 

 よって、何も無ければスズカはエアグルーヴには負けない。そして恐らく何も起きない。正直何も心配していない。ステータスが見える私からあえて言わせてもらうと、逃げウマは能力さえ足りていれば最も安定する戦法だ。

 

 

「なるほど……有記念には出ないのですよね?」

「ですね。ありがたいことに投票は早速かなり頂いているみたいですが……スズカは2400が限界でしょうね」

「の、ようですね……残念ですが。トレセンとしては是非出ていただきたいのですが……エアグルーヴさんにも」

「エアグルーヴは性格柄出るかもしれませんね。出なくても……そうですね、マーベラスサンデーやメジロドーベルあたりが活躍しそうではありますけど」

「やはり! 少し気難しい子ですけど、やはりあの二人には実力がありますよね。頭一つ抜けているというか、練習を見ていても──」

 

 

 よし、予約完了。スズカが発作を起こして走りに行ったのを迎えに行く用に、宿泊や外練習の荷物は車に積んであったりもする。準備は簡単に終わるのだ。

 

 

「じゃあたづなさん、話はまた今度ということで。楽しみにしてますね」

「あ、あら……はい、ではまた」

 

 

 たづなさんも話し始めると長いんだこれが……ただスズカもそうだが良い人ではあるので遮ったり適当に流しても怒りはしない。否定せず邪険に扱わないのが大事なのだ。

 

 

 さて、スズカとの温泉だ……二度と大吉フクキタルとは併走させない。私はそう固く誓った。




駿川たづな
誰より早くサイレンススズカの不調に気付いたが、トレーナー業には踏み込まないという自分ルールに基づき助けられなかった。
そんな中的確に彼女を覚醒させたトレーナーを非常に高く評価している。

この後のマチカネフクキタル
勢いのままシンボリルドルフに勝負を吹っ掛けるが多忙につき断られ、代わりにナリタブライアンとやることになる。ハナ差で勝利する。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。