走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「あれスズカ。今日は走らないの?」
「む……意地悪されています……」
ある日。大阪杯も近付いてきた週末のこと。スズカはいつも通り私の家に入り浸っていた。私が作ったそうめんを啜りつつ、ウマ耳をへにょらせてしまっている。
「ふはは。残念だったわねスズカ」
「むぐ……む……ふーん、です。その気になれば走れるんですからね。トレーナーさんがお願いするから走らないだけなんですからね」
「ふふふっ。そうね」
今日の空模様は最悪だ。傘があっても外出は憚られるくらいの大雨が降り注いでいる。ついさっきまでそこそこ晴れていたのだけど……スズカにしろブルボンにしろせっかくの休みが残念なことになってしまったね。
特にスズカは……まあからかっておいてなんだけど、今日は珍しく走って良い日だったのだ。それがこの大雨で、途中で切り上げて戻ってきたのである。濡れ鼠のスズカをお風呂に入れて簡単にだけどご飯を食べさせている。
「でも偉いねスズカ。ちゃんと途中で切り上げられてね」
「……身体が冷えちゃいますし。トレーナーさんに心配かけちゃいますから」
「ありがとうね、スズカ」
お代わりの最後の束をお皿に盛って、それらを淀み無く頬張るスズカを見ながら洗いものに入る。スズカ達にご飯を作ると後片付けも一苦労だ。だけどまあ、外に食べに行く天気でも無いしね。
むしろスズカには是非食べてから走って欲しい。本人曰く朝ごはんはたくさん食べないと気持ちよく走れませんとのことだが、じゃあ昼食も食べてくれという話だよ。
ちなみに、スズカはここまでの大雨でなければ雨でも走る。濡れそぼっても走るので時々怒るんだけど、まあ聞き届けられた試しは無い。子供の頃から雨でも雪でも走っていて、風邪はひいたことが無い……らしい。確かに一度も体調を崩しているところは見たことがないけど。
「今日はトレセンに帰る? どうする?」
「んー……泊まります」
「そ。じゃあ晩ご飯も考えとかないとね」
買い込んでいた数日分のそうめんは全て今無くなったので、また新しく買いに行くついでにご飯を食べて帰ってこよう。あんまり外出はしたくないけど、ウマ娘に対して料理を振る舞うことの方が辛い。手の込んだ料理なんて特にだ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「ん。ごめんね、薬味が少なくて。味、飽きてたでしょ」
「いいえ、シンプルな味も好きですから」
自分で食べたお皿は持ってきてくれるスズカ。そのままスポンジを手に取って皿を洗い始める。偉い。その間に私はお風呂を洗い直しておこう。
────
「と、トレーナーさん、違、違いますそれはっ」
「何が違うの」
「待って、待って……」
一時間後。私とスズカは並んでコントローラーを握っていた。画面内では私の操作するウマ娘がスズカの操作するウマ娘に迫っていた。3200m、最終コーナーでこの差は勝ったな。
「おかしいです、どうしてスパートボタンが出ないんですか!」
「逃げだからでしょ」
「あっやだやだやだっやめてくださいトレーナーさんっ。ずるです! ずる!」
「ずるじゃな痛い痛い痛いっ、攻撃は本当にずるでしょ!」
ウマ娘達をモチーフにレースができるフリープレイゲームを見付けたのでプレイしている。スズカは逃げウマしか選ばないので差しを選ぶ私に負けまくっているけど。
「こんなのっ、こんなのおかしいです! どうしてスパートをかけないんですか!」
「逃げだからだねえ!」
ゲームシステム上……というか、現実でも逃げウマ娘は目を見張るほどのスパートはかけない。リードを作り、それを守りきるのが普通の逃げウマ娘であって、スズカのようにトップスピードに任せて終盤で恐ろしく加速することはないのだ。そうでなくても序盤中盤で延々と加速ボタンを押し続ければそりゃ垂れる。
「あぁぁぁあ……」
着外に沈んだ自キャラを見てコントローラーを放り投げるスズカ。いうて私も下手なのでCPUに負けて二着だけど。
「も、もう一回……もう一回ですトレーナーさん……!」
「良いけどもう六連敗くらい……」
「次は勝てますから……!」
と言って逃げウマを選ぶスズカ。そのキャラ使って延々加速し続ける限り絶対勝てないと思うけど……まあそれは加速すればするほど前に出られてしまううえにスタミナが切れると思い切り逆噴射するゲームシステムも悪いと思うけど。
『~~♪』
「ごめんスズカ、電話来た」
「あ、はい。待ってますね」
電話を取りつつ少しスズカから離れる。見知らぬ番号からの電話に怯えつつ、非通知ではない以上一応出ておくかの精神で通話ボタンを押した。
『もしもし! ミホノブルボンさんのマスターさんでしょうか!?』
「うわっ」
声でっか。バカじゃん。人と電話する声量じゃないって。
「も、もしもし……? 私はミホノブルボンのトレーナーで合っておりますが……どなたでしょうか?」
『これは失礼しました! 私はサクラバクシンオーと申します! ブルボンさんの友人ですッ!』
「ちょ、ちょっと声量下げようか……聞こえてるから、ね?」
『失礼しました!』
まだ大きいけどまあ良いや。
しかしサクラバクシンオーから電話か。番号は教えていないし、まあブルボンだろう。たぶん一緒にいるんだろうな。ブルボンは機械類に触れると一定確率で破壊するとかいう意味の解らない体質に悩まされているので、基本的に連絡手段がない。寮の電話を受けることくらいはできるものの、携帯電話なんかは怖くて扱えないらしい。
なので、外で誰かに連絡するには他の人の助けが必要になる。寮から電話するにしてもニシノフラワーや隣の部屋のウマ娘の力を借りなければならない。
「どうしたの、サクラバクシンオー。ブルボンに何かあったの?」
『いえ、現在駅前のカフェに来ているのですが、この大雨で雨具が無く……ブルボンさんに代わり、マスターさんへのお迎えの要請を引き受けた次第です!』
「あーなるほど。ありがとうね、サクラバクシンオー。助かるわ」
最初は晴れてたからね。仲が良さそうで何より。
『いえいえ! 困っている人を助けるのは学級委員長として当然ですから!』
「そうなのね。それで、今どこにいるの? 駅の出口と、店名とか教えて貰える?」
居場所を聞いて、すぐに外出の準備を整える。コンピューター相手にも負けまくってコントローラーを放り投げて寝転がるスズカにも一応声はかけておこう。
「スズカ。ブルボンを迎えに行くけど一緒に来る?」
「行きます……」
「はい、じゃあ急ごうね」
────
「凄い雨ですね……気持ち良さそう……」
「バグってるバグってる。考え方が狂ってきてるから」
運転中。豪雨寸前のザーザー降りに対しても、ゲームとはいえ先頭を奪われまくったスズカはウインドウに張り付くみたいにうっとりと眺めていた。
ゲーム、やらなきゃ良かったな。先頭欲を刺激してしまった。ごめんスズカ。結構暇だったし、スズカも乗り気だったから大丈夫かと思ったんだけど……お互い下手すぎたのが悪かった。
「雨に打たれても、風邪をひかなければセーフ……?」
「風邪ひくから。ダメだよ絶対」
というか雨に打たれるのを冷たくて気持ちいいと感じる感性がいまいち理解できない。それだけはスズカの色々の中でもマジで理解できないし何なら気持ち悪いまである。濡れたくはなくない? しかも服着たまんまよ。
他愛もないいつもの会話を繰り広げつつ電話のあったカフェの隣のコンビニへ。待ち合わせはこっちでしている。ブルボンは私の車種やナンバーを知ってると思うけど……あ、出てきた。二人とも楽しそうに話している。大きく手を振るサクラバクシンオーに、私はジェスチャーで止まれと指示を出す。
「スズカ、後ろにタオル敷いといて」
「はい。背もたれはどうします?」
「そっちも。バスタオルはいっぱいあるから」
その間に私は窓を開け、二人に一つずつ折りたたみ傘を投げ付ける。二人に待てをしつつ、一緒に後部座席にタオルを敷いて。よし。ここから見た感じでも二人とも結構濡れてるし、まあ無いよりマシかな。多少はしょうがないしね。
おいでおいでをすると、二人が傘を差して足早に駆けてきた。しかし、そのまま滑り込むように車に乗り込むブルボンの一方、サクラバクシンオーは乗ってこない。
仕方無いので嫌だけど窓を少し開ける。
「どうしたのサクラバクシンオー。乗らないの?」
「いえ、私は大丈夫ですから!」
「迎えを呼んでるってこと?」
「いえ、トレーナーさんは今日はお仕事ですから呼べません!」
「じゃあどうするの?」
「走って帰ります! 大変ありがたいのですが、スピードも落ちてしまいますし、傘はお返ししますね!」
ええ……? 何この子。学生とは思えないほど真面目ね。中学高校の時の私だったら何としても乗せてもらおうとするわ。傘があろうと無かろうと雨の中なんて帰りたくないし。
「良いのよサクラバクシンオー、乗りなよ。何かあったら困るでしょ。トレセンまで送ってあげるから」
「いえいえ! お車を汚してしまいますし、私もスピードには自信がありますから!」
「気にしなくて良いから。危ないし、ブルボンも手伝ってもらったから。ね?」
「むむ……しかし、学級委員長として迷惑をお掛けするわけには……!」
君の中の学級委員長、歪んでない?
「バクシンオーさん」
どう説得しようかと悩んでいると、既に車に乗り込んで髪を拭いているブルボンが非常に冷静に口を開いた。
「マスターはトレセンではトレーナー職、つまり私達にとっては教諭に並ぶ存在です。であれば、その提案は受け入れるべきではないでしょうか」
「むっ……た、確かにそうですが……」
「それに、風邪はひかないようにしないといけないわよ、バクシンオーさん」
「むむむ……そ、それでは、トレセンまでお願いできますでしょうか!」
ありがとうスズカ、ブルボン。助かる助かる。折れてくれたサクラバクシンオーが車に乗り込んだらトレセンに出発だ。良かった良かった、スズカは風邪ひかないけどサクラバクシンオーはひくかもしれないからね。
「ところで、バクシンオーさん。トレーナーさんの家でゲームをしていたんですが……少し、一緒にやりませんか?」
「え?」
「はい?」
スズカがとんでもないことを言い出した。なんだこの子は。
「しかし……」
「お願い、バクシンオーさん。少しだけ付き合ってくれませんか?」
「は、はいっ! お願いとあれば断るわけにはいきませんね! 良ければトレーナーさん、お邪魔してもよろしいでしょうか!?」
「……あ、うん。良いよ。じゃあ二人でお風呂に入りなね」
まあ、スズカの先頭欲の生け贄になってもらおう。ブルボンはゲームできないけど……まあ友達とわいわいしてるだけでもそこそこ楽しいだろうしね。
サクラバクシンオーを連れて、家に帰った。サクラバクシンオーにすらボコボコにされたスズカは、その日ずっと拗ねていた。
まずい!バッドエンド書きたい欲が強まってきた!なんでだ!リベンジャーズを読んだからか!?pixivで曇らせ作品を読み漁ったからか!?