走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
別作品としてBADEND短編集を投げましたので、興味があれば検索してご覧ください。
「トレーナーさーん……」
「ん、何、スズカ」
ある日。いつものように寝ているブルボンを見守りながらソファに座っていると、スズカが眠そうに私に擦り寄って来た。そのまま肩に寄りかかるスズカを受け止め、ゆっくり膝に寝かせる。
すぐに私の方に寝返ってあくびをするスズカ。こんなに眠そうになっているスズカは結構珍しい。
スズカは基本的に普段からぼーっとしているけれど、生活習慣が狂っているわけではない。いや正確には、多少寝不足でも走ってぐっすりと眠るとすべて治るという話だけどね。
「眠いです……」
「見れば解るけど。どうしたの。寝てないの?」
「最近ちょっと、面白い本を見つけて……それを読んでたらつい……」
「何。そんな読書好きだったっけ?」
「んん……別に、好きではないですけど……」
そりゃあね。そんなインドアな趣味をスズカが持ってるわけないからね。いやこれは言い過ぎか。一つや二つ持っててもおかしくない……そうかな。趣味と特技は走ること、な女だからな、この子。
「風景の画集で……図書室で見かけたので借りたんですけど……」
「ハマっちゃった?」
「はい……綺麗でした……」
まあそんなところだろうと思った。走ることに関係無いものにスズカが興味を持つとは思えないし。極端な話勉強だって、『普段からちゃんとやっていないとテスト前に缶詰になって走れなくなるから』だし。走ることしか考えていないというのは伊達ではないのだ。
「でも、ちゃんと寝ないとダメよ。大阪杯ももうすぐなんだから」
「ぁぃ……すみません……」
大阪杯も目前だ。つい先日金鯱賞だったような気がするほど時間の流れは早い。既に禁止期間に入っているスズカがこうして眠気で大人しくしてくれているのは誠に失礼ながらとても嬉しい。調子を崩すほど慢性的なものでもないみたいだし。
スズカの頭や額を撫でながら、私にそれらを擦りつけてくるスズカに寝てもいいよ、と笑いかける。ブルボンの夜練習までまだ少し時間はあるし、仕事も別に足が無いままでできるし。
「んぅ……飛んで行きたい……」
「怖いなあセリフが」
眠そうにもぞもぞとしているものの、なかなか寝ない。私の足が固いとかかな。いや固くねえよ。これまでにもスズカはここで熟睡したことはあるのでそんなことはなくて、純粋に走りたい欲で体が覚醒しているだけだろうなあ。睡眠欲と走行欲のせめぎあいが行われている。
「あんまり無理すると体に悪いわよ。寝ちゃいな」
「んー……」
しばらく呻いていたスズカだったが、しばらくすると流石に参ったのか穏やかに寝息を立て始めた。手を伸ばして毛布を……掛けようと思ったが手が届かないので諦め、スーツのジャケットを掛けることにする。私のウマ娘は二人とも眠ってしまった。とても平和だ。一生続いてほしい。
「さて……」
二人の寝息をBGMに、仕事にかかる。目下やらなければいけないのは、ブルボンのメイクデビューの申請である。
というのも、メイクデビューから未勝利戦の時期と言うのは非常に幅が広い。ジュニア級六月の終わりから始まり、そこから一年強未勝利レースが存在する。そのどこで走っても規則上は問題無いことになっている。いや、正確に言えばトレーナーがついてから一年間一度も出走しないと処分対象だが、これまでそんなことが行われた前例は無い。
基本的にはメイクデビューは最速で行うのが最も良いと言われている。まあウマ娘のためというよりトレセンのためのファン獲得というのも大きいけど。一応ウマ娘としても、六月にレースを済ませて見えてきた課題や適性をもとに夏を過ごせるというメリットがある。
それに、私とブルボンに関してはそれに加えて、年末の朝日杯に出ることと、それまでに何かレースに出ておきたいという事情がある。短い間隔でレースに出ることは望ましくないし、当然最速一択だ。ただし、そんなことみんな考えているわけで、早いレースから出走枠の奪い合いにはなる。
これがね……いつものようにスズカに貰った私の立場とかを利用して推せるなら良いんだけど、これに関してはより多くのウマ娘の活躍のために平等に抽選になる。それにまあ、そういう実績なんかに影響されると、その他大勢のウマ娘はトレーニングの質も低いうえにデビューも遅れるという二重苦を背負うことになるし。
だから、三月も半ばと言うこのタイミングから既に申し込みが始まっている。何とか頼む。マジで。夏真っ盛りにレースはできれば出させたくないし、合宿のタイミングで変なレース場に途中で行くなんて御免だ。
「願掛けくらいはしとくか」
寝ているスズカの手を引いて、マウスに重ねる。私よりスズカの方が幸運だろう、ということなのだけど……不安になってきた。別に私の方が幸運じゃないか? こういう力を手に入れて、スズカという圧倒的ウマ娘に出会えたんだし。ブルボンだってたぶんそうなるだろう。じゃあ自分でやった方が良いな。
でもそれはそれとして愛バに力を借りることは大きいので手を重ねてクリック。何が変わるわけでもないんだろうけど、こういうのは気分だし。そのまま手に取ったスズカの手を眺める。少し冷たいすべすべの手。
……なんか変態みたいだな。でも可愛いもんなあ。
「んっ……あ、あー……」
と、しばらく経って後ろでブルボンが起きたらしい。発声チェックを済ませて、立ち上がって後ろから覗き込んでくる。
「おはようブルボン」
「おはようございます、マスター。スズカさんは……」
「寝不足みたい。ブルボンも気を付けてね」
「問題ありません。今のところ夜眠気が来ないことはありませんので」
「それもそっか」
いっつもギリギリまでトレーニングしてるもんね。眠くならないわけがないか。
伸びをしながら私の隣に座るブルボン。まだゆっくりと寝息を立てているスズカを見つめ、顔にかかる前髪を払った。
「マスター」
「なに?」
「スズカさんの大阪杯を勝つ可能性はどの程度でしょうか」
「気になる?」
「はい。私もいずれ出る可能性のあるレースです。目標設定の参考になると思います」
イヤーキャップを外し、ウマ耳を弄び始めた。スズカはまだ起きない。よほど眠かったか。
「まあ、先に言っておくと、色々考えることはあるわよ」
「はい」
「でも、勝つか負けるかで言うなら……スズカは確実に勝つと思うわ」
「それは……何故でしょうか。スズカさんの強さは疑いの余地がありませんが、しかしG1レースです。確実と断言できる根拠をお聞かせください」
私もスズカのウマ耳に手を掛ける。ぴろぴろぴろ。うーん触ってて気持ちいい。ブルボンなんか両手で触り始めたから。起きないようにスズカの背を擦って、私はさらにブルボンに続ける。
「まず、大阪杯に出てくるなかでスズカに比肩しうるウマ娘……つまり、G1を安定して取れるようなウマ娘はメジロドーベルとエアグルーヴくらいよ」
他にもG1ウマ娘はいるけど、まあ実績と、ステータスも見て恐らくその二人だろう。G1なんて正直複数取るものではない。みんな強いんだけどね、実際。
「でもねえ、やっぱりスズカの方が速いのよ。というかスズカより速い子はたぶんトレセンにはいないわ。並ぶ子もいない」
「……であれば、スズカさんは常勝ということになりませんか?」
「もちろん、能力の上でもスズカに勝ち得る子はいるのよ。例えばシンボリルドルフ。あれは最高速度では確かにスズカより下だけど、適切なタイミングで加速するだけのパワーと多少の無茶を可能にするスタミナ、そして捲って上がってくる時に明らかに能力以上の速度を出している。ナリタブライアンもそうね」
「なるほど」
「それだって絶対ではないけどね」
やはり安定して勝てるのはマルゼンスキーだろう。スズカに先頭を譲らない走りを得意としている。それによりスズカの二つの伸び脚を両方潰せるのは大きい。他の強いウマ娘よろしくマルゼンスキーにも突然の伸び脚はあるし。
「ただ、それとは別に、なんかよく解らないけど勝つって子がいるのよ」
「はい」
「現状スズカの近くにいるのはマチカネフクキタル。能力だけなら絶対にスズカには勝てないけど、条件さえ揃えばよく解らないうちに勝つことがあるわ。だけど、エアグルーヴやメジロドーベルは違う。彼女らは強い力をそのまま発揮するタイプよ。だから今回もスズカの勝ちでしょうね」
まあ、二人のステータスはそう頻繁に見ていないけど。二人の成長速度では無理だろうね、残念ながら。安定して勝てるのは後者のタイプではあるんだけど、ジャイアントキリングは起こらない。
「……スズカさんはどちらなのですか?」
「んー……どっちかな。私は後者だと思わないこともないけど……基本的には前者でしょうね。ただし、スズカの勝つ条件が緩すぎるから勝ってるだけ」
持ち前のスピードをもって強引に先頭を奪い、レース後半先頭でいるならほぼ勝ちだ。これを打ち崩すのは相当難しいだろう。もちろん無敵ではないけど、実力で勝っているうえにそういう勢い勝ちもできるとなれば最強ではあるだろう。
「だからまあ、申し訳無いけどスズカは目標にしちゃダメよ。エアグルーヴやメジロドーベルを見ていた方が良い……とは思うわ」
そんなことをしても追い付けないのだし、そもそもそういうウマ娘はスズカを除いては不安定だ。
「なるほど。理解しました。スズカさんを目標から外します」
あら素直。だけどまあその方が絶対良い。スズカとかいうバグを参考にしても仕方無いし、スズカにはなれないし。スズカの頬を手のひらで挟み始めたブルボンを撫でる。
「そうよー。こう言っちゃなんだけどスズカは三冠ウマ娘じゃないんだからね。勝てるレースで順当に勝つウマ娘と、無理なレースに挑んでるブルボンは結構違うし」
内心ネガキャンについては謝りながら私もスズカの頬に触れる。結局はそこに落ち着くのだ。スズカは尊敬されるようなウマ娘ではない。私が言うのはなんだけど。
「ところでマスター」
「なに?」
「そろそろトレーニングですが、スズカさんは起こしますか?」
「……そうね」
非常に心が痛むものの、私達はスズカを揺すって起こすことにした。
……夢でも走るスズカは途中で起こされたことにご立腹で、続きを走らせろとごねた。