走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「それではこれで今日のところは……はい。大丈夫です。お疲れさまでした」
「解散ッ! それでは次の会議で会おう!」
「……あー疲れた」
ある日。私はトレーナー達が集まるトレセン学園の会議に出席していた。一つ大きめのホールを使い、前の方で話す理事長や議題関係者の話を聞くだけだけど、これがまあ疲れるんだ本当に。
そもそも、非常に遺憾ながら私は他のトレーナーとあまり仲が良くない。いや、嫌われてるとかじゃないよ。単純に関係が薄いだけ。全体で集まろう! みたいな時には呼ばれるくらいの、微妙な立ち位置だ。
「あ、エルナトのトレーナーさんっ。お疲れ様ですっ」
「お疲れ様です、たづなさん。どうかしましたか?」
「いえ。個人的な激励です。サイレンススズカさんはその……ね、今回は主役ですから」
私としてはそもそも男性はちょっと遠い感じがするし、もっと言えば年上の男性と仲良く……というつもりはあんまり無い。怖いし。でもなあ。ベテランさんはそんな感じだし、私と同じ若手はスズカの威光にひれ伏してしまう。いや本当に。全然話してない人から凄い尊敬語使われるからね。
「ええ。スズカにもよーく言っておきます。任せてください」
「助かります。何か問題があれば私か、エアグルーヴさんに頼んでありますからご報告ください。すぐにお手伝いしますから」
「ありがとうございます」
エアグルーヴ……いや、あの子は芯の通った子だもんね。大阪杯で三連敗したからといって距離を取る子じゃない。惚れ惚れするくらいの勝負根性だ。
たづなさんも忙しいのか長話はしない。私は特に誰と話すでもなくトレーナールームに戻ることにした。
さて、スズカが主役とは、今日の会議の議題についてである。四月頭に毎年トレセン学園で行われる、ファン感謝祭の話だ。
基本的にウマ娘からファンへの一番のファンサはウイニングライブやメディアを通したトークである。もちろんグッズなんかもあるけど、やはり動いて話すウマ娘が一番求められている節がある。
しかし、それらはやはり限界もあるというか、たとえばウイニングライブは投票を当てないと恩恵が薄いし、メディア出演も向いてる子と向いてない子がいる。
よって、それらを解決するのがファン感謝祭だ。非常に安価な入場料で、それぞれのウマ娘をメインに据えたブースや企画が催される。来場者は推しのところに行って楽しんで帰れば良いということになるし、面白そうな企画があれば新しく推しが増えるかもしれないと。
「ただいま、スズカ」
「トレーナーさんっ。遅いですよ。留守番できたので走りに行きます」
「その前にお話があるからね。もうちょっと待とうね。ほらこっち来て」
今日は元々走って良い日だ。少しずつブルボンとの併走を組んでいる。スズカとブルボンでは同列に走ることは難しいが、それならそれでやりようはある。部屋に入るなり尻尾ぶんぶんで駆け寄ってくるスズカの喉を擽り、指でつついて鼻を潰す。
スズカ本人はぼけぼけでトークは苦手だし、世間からもギラついて先頭をすっ飛ばしていく気性を秘めたウマ娘だと思われているので……まあこれは事実だけど、ともかくメディア露出は少なめである。ウイニングライブもね、センターは外さないものの性質上二着以下をぐちゃぐちゃにかき回してしまうため良い席をとるのが非常に難しいらしい。
「話……ですか? あ、もしかして宝塚記念までは好きに走って良いとか……?」
「そんなわけないでしょ。ファン感謝祭よ」
「ぁぅ……期待させるなんて酷いです……」
「勝手に期待しておいて何を言うか。あっブルボンは来なくても良いよ。そんなに関係無いし、聞いてるだけで十分だから」
「承知しました」
スズカと向かい合わせに座り、貰ってきた資料を広げる。一応、トレセンにも企画屋という人達はいるようで、スズカの場合は三日間の感謝祭のうち二日間、三つの企画を二回行うことになっている。六企画は正直破格の回数だ。未勝利ウマ娘はやらないとして、オープンウマ娘だってサイン会一回が関の山だからね。
いわゆる三冠やティアラには全く絡んでいないものの、ジャパンカップと天皇賞に勝っていれば名実ともに日本一の一人である。それも距離も相手も関係無く逃げ一択で大差勝ちなんてしたらそりゃ人気も出るわけだ。
「トレセン側から何かスズカがやりたいことは? って言われたけど」
「走りたいですっ」
「って言うと思ったから、よくある企画を教えてもらってきました。これをやります」
「えっ……ふぁ、ファン感謝祭は私のやりたいことをやって良いって聞きましたけど……?」
私が差し出す側から書類を指で弾き返してくるスズカ。ちなみに貰ったのはサイン会、そして他との合同でリレー。そしてクラスで何か一つスズカが貰ってくるらしい。うーん丸い。奇抜なものよりこういうのの方が助かるわ。
「逆に聞くけどスズカだったら何をするの」
「そうですね……」
「うん」
「まずは外で三時間ほど軽く流して、それからコースを2000で何度か強めに走って……それからもう一度外に出て良いところまでランニングって感じにしましょう。あ、でもショットガンタッチも捨てがたいですね。そろそろ暖かくなってきましたし、ビーチフラッグスなんかも楽しいかも……そういえば聞きましたかトレーナーさん。川崎近くのランニングコースがリニューアルして、なんと山道を走れるようになったんです! 行くしかないですよねっ」
「ストップストップ」
そんなに目をキラキラさせても無駄だからね。行くしかないわけないのよ。そのことについてはあとでちゃんと止めておかないと。ただの学生なら移動手段で止まるけど、スズカには足があるからね。
「ファン感謝祭なのにファンが見てるだけでしょそれじゃ」
「ダメですか?」
「ダメ……じゃないけど、流石に三つ全部はトレセンに怒られちゃうから」
去年ナリタブライアンが怒られてたらしいからね。私が走るのを見ていれば満足だろうとか言って。事実でもダメなものはダメなのだ。アイドルだって歌って踊るだけではファンサにならない。
「……じゃあ何でも良いです……ふん」
走れないと知って一気に凹むスズカ。もう話す気は無くなったと言わんばかりにしゅんとして、私の隣まで来て膝を枕にふて寝してしまった。同時に後ろからブルボンが覗き込んでくる。
「ファン感謝祭……何をされるんですか?」
「サイン会とリレー。スズカはクラスで何するの?」
「……何でしたっけ……?」
「なんだこのポンコツめ」
いつも通り言葉が耳の周りをクルクルしただけで終わったらしい。いつ決めたのか知らないけど、ちゃんとクラスの話し合いは聞いてね。ボーッとしてると訳の解らないものをさせられるよ。
「ウマッターで聞いてみます」
「いやいや。知らないでしょ。知ってたら怖いじゃん」
「クラスの子もフォローしてくれてるし、たぶん教えてくれる……と思うんですけど……」
そんな微妙な繋がりに頼らないで?
「ヘルプが可能なら引き受けますが」
「ありがとう。でもまああんまりって感じ。他のところに友達と行ってて良いよ」
「承知しました。友人との約束を取り付けておきます」
無理にとは言わないけどね。ブルボンに約束すると断言できる友達がいて何より。真顔のブルボンの頬をつつきながら、スズカにバラバラにされた書類を纏め、スズカからの不満は無かったということでしまう。あとはサイン会のルールを確認して、スズカ特有のルールを決めて……リレーは出走順を決めて後日報告があるはずだ。
「じゃあスズカ、ブルボン。行こうか」
「やったっ。ブルボンさん急いで、早くやりましょう」
「急いでも走る量は変えないからね」
「えっ……」
「えっ……じゃないのよ。そりゃそうでしょ」
「…………」
「黙らないで???」
露骨にテンションが下がる……ものの、すぐに持ち直しブルボンの手を引いてスズカは駆け出していった。私がいないとスタートできないけど、そんな後先考えないで行かなくても。部屋を軽く片付けて、私もゆっくりと部屋を出る。
……スズカの携帯どうしよう。置いていっちゃったけど。まあ走るときは預かるから最初から私が持っていても問題ないけど……なんか通知来てるな?
『スズカさんはポーカーフェイス選手権ですよ!』
なんだよその選手権。
────
「はい、じゃあ説明するから聞いてね」
「はい」
「…………」
「スズカ?」
「き、聞いてます、聞いてますよ」
ちらりちらりとコースを見ているスズカ。まあ良いか。スズカには基本的に好きに走ってもらうだけだし。
やらなきゃいけないのはブルボンの制御である。最近、彼女はこう……スズカへの対抗意識が見えてきている。まあ、それ自体は良いのだけど、ブルボンに限ってはちょっと抑えて欲しい気持ちもあるのだ。
「ブルボンはミドルペースでひたすら周回。スズカが自由周回をしてるから、たぶんブルボンは何回も抜かされることになると思うわ」
「はい」
「だけど、ブルボン。あなたはスズカみたいな圧倒的なスピードもないし、ごり押すスタミナがあるわけでもない。普通のウマ娘よ」
「理解しています」
そして、彼女の脚質適性。スズカもそうだが逃げウマ娘というのは不思議なもので、逃げしかできない方が多いのだ。先行ウマは差しもできるし逆も然り、追込ウマも差しができるが、ブルボンやスズカは違う。
スズカのこれは先頭への執念が表れたものだろう。じゃあブルボンは? 私が思うに、この子は賢くないのだ。めちゃくちゃ失礼だけど、臨機応変な動きができないから逃げにしか適性がないと思われる。
「だから、ブルボンが今日やるべきはひたすら同じペースを保つこと。良い? スズカに抜かれようと突き放されようとペースを乱さない。良いわね」
「オーダー、了解しました。全力で遂行します」
「よし」
器用なことができないのは普段の走りや言動からも解る。ならばどうするか。ブルボンが全力を尽くして出せる目標区間タイムを提示し、寸分狂い無くそれに沿って走らせる。『逃げ』ではなく、他のウマ娘がいないように
ブルボンの体内時計の誤差は無い。あとは掛かるか掛からないかだけだ。少しタイムに余裕を持たせれば、最終コーナーから直線で伸びるスズカの脚を再現もできる。
「頑張ろうねブルボン。デビューは最速。六月だよ」
「……承知しました。ミホノブルボン、オーダーの通りに」
「あのっ。もう走っても良いですか? 良いですよね? 走っちゃいますよ?」
ブルボンは掛かった。
最初の10連でハロウィンライスお迎えできました。ママも出したかったけどどう考えてもハロウィンライスが強いのでセーフ。