走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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ウイニングポストとウマ娘を交互にやるとG1レースの重みがぐちゃぐちゃになって精神が死に時間が溶ける。


ファン感謝祭でのサイレンススズカⅡ

 

「わあ……凄いですね……人がこんなにいっぱい」

「凄いよねえ……」

 

 

 ファン感謝祭、当日。この三日間はトレセンをあげて昼トレーニングは禁止ということになっている。無事に友人との約束を取り付けたブルボンを見送り、私とスズカはトレーナールームの窓から並んで外を眺めていた。

 

 

 やはり中央トレセン……つまり日本一を決めるリーグに属するこの学園には相当の数の人が集まってきている。みんなウマ娘レースが好きなんだな、と少し感動すら覚える。

 

 既にいくつかの企画は動いていて、そこかしこで拍手なり歓声なりが聞こえていていた。スズカのサイン会ももうすぐ。リレーは夕方、それまでにポーカーフェイス選手権とかいう意味の解らない企画が入ってくる。明日も大体同じ感じ。

 

 

「スズカは大丈夫? 心の準備とか」

「あんまり大丈夫じゃないです……ど、どんなことを言われるんですかね……?」

「基本的には応援してます! って感じだと思うけど」

 

 

 人混みや知らない人とのコミュニケーションが好きではないスズカ。一応ファンサの重要性は他のウマ娘よろしくちゃんと解っているので拒否はしないが、やっぱりサイン会はちょっと及び腰かな。

 

 

「変な人がいたらすぐに止めに入るから、ね?」

「うぅん……そんな人ばかりではない……とは思いますけど……ぁふ、んんっ……」

 

 

 隣で不安げなスズカの喉をくすぐる。正直それについては私も保証できないし、スズカを傷付けてしまう可能性も大いにある。単純にファンの数が多いので、そりゃ厄介なのもいるだろう。

 

 特に心配なのはスズカではないウマ娘のファン。エアグルーヴやメジロドーベルを筆頭に、スズカがぶっちぎってきた子達のファンは場合によってはスズカに悪感情を持っているかもしれない。

 

 

「んっんっんっ」

 

 

 当然、ウマ娘本人は基本そんな考えはしない。彼女らは根っからのスポーツマンであり、種族総出でスポーツマンシップが刻み込まれている。勝っても負けてもそれが実力、という考え方がデフォルトだ。ただ、ファンは……人間はそうもいかないわけで。

 

 

「と、トレーナーさ……そ、そろそろ時間ですから……」

「……あ、ほんとだ。じゃあ行こうかスズカ。一応そこでくるっと回って。服チェックするよ」

 

 

 はい、と扉の前まで歩いていったスズカがくるりとターンを決める。うん可愛い。落ち着いた白と緑のツートーン勝負服も似合っている。最後にイヤーキャップを着けてやり、準備完了だ。持つものを持って部屋を出る。そこには既に、トレセンが手配してくれた警備員さんが待っていてくれている。この間顔合わせも済ませている。

 

 

「時間ですね」

「ええ。今日はよろしくお願いします。スズカのこと」

「あ……あの、よ、よろしくお願いします。サイレンススズカです」

 

 

 自己紹介はこの前したわよ。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

 

「サイレンススズカさん! いっつも応援してます! これ、この間の大阪杯のチケットなんですけど! これにお願いできますか!?」

「は、はい。いつもありがとうございます。こ、ここで良いですか? トレセンの判子、隠れちゃいますけど……」

「あっ……こ、ここら辺で、小さめに、はい、お願いします!」

 

 

 スズカのサイン会が始まっている。一応私もスズカの隣で座っているが、特に仕事はない。警備員さんも一歩引いて見てくれている。スズカが怖がるのでスーツではなく警備員服でとお願いしたんだけど、これはこれで警察みたいで私が怖いな。

 

 

 既にスズカの前には行列ができていて、スズカの熱心なファンの後輩が列を整理してくれている。クラシック世代とか、ブルボン世代とか。それでもかなりスペースを取ってしまうな。流石はスズカだ。

 

 一人一人書いて欲しい物を持ってきてそれに書いてもらいつつ一言二言会話ができる。ちなみに中学生以上の男性からの握手はNG。これはスズカと私からのものだ。半分くらいのウマ娘がNGにしているけどね。

 

 

 投票券チケットへのサインが為され、ファンの男性がはける。うわっこの人A投票で三連単当ててるよ。すご。高い単価のA投票で三連単ということは、この間の大阪杯は本当にアリーナ最前列とかにいたんだろうな。まあスズカがいる以上単勝で勝っても低確率抽選になっちゃうし、ここまで攻めないといけなかったのかな? 

 

 

「サイレンススズカさん、テレビでいつも見てます。次も頑張ってください!」

「ありがとうございます。頑張りますね」

 

 

 あらこんなに小さな子が。親御さんがこちらに会釈をしてくれた。いつもありがとうございます。でもその、ぬいぐるみにサインは厳しいんじゃないですかね……? 持ってるだけなら良いんだけど。

 

 ということで色紙を取り出し手渡す。あんまりみんなに渡すものじゃないけど、まあ小さい子だし。スズカも撫でてあげている。無邪気に喜ぶ姿が可愛い。サインを書いてあげてその子に渡す。すぐにお母さんのバッグにしまわれちゃったけど、嬉しそうで何よりだ。

 

 

「トレーナーさん……すみません、ちょっとお手洗いに……」

「あ、うん。すみません! 少しの間中断します! すぐ再開いたしますので少々お待ちください!」

 

 

 一度中断し、スズカを下がらせる。十分もあれば行って帰ってこられるだろうか。確か関係者用の隔離トイレはそう遠くなかったし、まさか迷うなんてこと無い……まあ、無いだろう。スズカはポンコツだが無能ではないので。むしろ賢い方なんじゃないかと……それはそれで違うか。

 

 

 熱心な一部のファンが私にまで話し掛けてくるのを適当に流しつつ、スズカを待つ……のだけど、おかしい。十五分経っても戻ってこない。何かあったんだろうか……一つ思い当たるものは意識して考えないことにして、一応トイレの方へ探しに行くことに。

 

 

 さて、スズカは……いた。秒で見つかった。トイレの少し前で数人のウマ娘に何か言い寄られている。くるくると回るスズカを見るに、何か困っているんだろう。急いで彼女らの間に割り込む。

 

 

「ごめんねー。何してるの、こんなところで」

「あっ、え、エルナトのトレーナーさん……」

「と、トレーナーさん……、た、助けてください……! 大変です、大変です……!」

 

 

 ……なんだ。どうしてスズカはこんなに困ってるんだ? とにかく回り続けるスズカの身体を抱き寄せて、元凶だろう三人を見やる。ウマ娘はこういう陰湿なトラブルは起こさないものだと思っていたけど、やっぱり違うのかな。

 

 

「……何の話をしていたの。場合によっては報告させてもらいます」

「す、すみません、ごめんなさい! そんなに無茶を言ったつもりでは無かったんです!」

「本当にごめんなさい!」

 

 

 いや謝るのが早い。こんないじめっ子がいるか? それとも私だからか? そんなのに怯えるウマ娘なら最初からスズカに絡んだりはしないよね。とにかく悪意を持ってどうこうではなさそうなので、スズカのホールドを少し緩めて普通に立たせる。

 

 

「どうしたの。何を言ったの」

「い、いえその、私達のクラス、2000mタイムアタックっていうのをやってて……エキシビションをブライアン先輩に頼んでいたんですけど、やっぱり生徒会、忙しいらしくて……」

「だ、ダメ元だったんです! スズカ先輩に走ってもらえたら盛り上がるかなって! ごめんなさい! トレーナーさんにまず聞くべきでしたよね! すみません!」

 

 

 ……なるほど? 

 

 

「……スズカ」

「あっ待ってください、本当に我慢できなくなっちゃいます、抱き締めといてください、い、今必死なんですよっ」

「……はあ」

 

 

 まあ、なんだ。まずトレーナーの私にまず聞かなかったのはちょっと良くない……けど、ちょっと良くないだけだ。そんなこと全然ある。むしろそんなに必死に謝られても困る。

 

 スズカの物言いがおかしくね? 

 

 

 とりあえずスズカはそれには出られない旨を伝え、後輩達には謝って帰ってもらう。途端にしゅんとするスズカ。そんなスズカのほっぺをつねる。柔らかいね。

 

 

「変なトラブルかと思ったでしょーが!」

「いふぁいふぁいふぁいふぁい」

「えいっ」

「あうっ……だ、だって突然誘ってきたりして……! 私がどんな思いで我慢してるか解ってないです!」

「そりゃ解ってないでしょ」

「走りたいけど、でも今サイン会の途中だし、お手洗いも行きたいし、どうしようどうしようって思ったらもう頭がおかしくなりそうで……」

「トイレも行ってないの君」

 

 

 ごつんごつんと頭突きをかましてくるスズカ。おちおち一人でトイレも行かせられないのかこの子は。途中で走るチャンスがあったら後回しにしちゃう可能性があるってことでしょ。知ってたけどイカれてるな。

 

 

「もう……はい、まあでも偉いわスズカ。よく我慢できたね。ちゃんとファンの人には対応しないといけないもんね」

「はい……うぅ、でも走りたい……」

「よしよし。頑張ろう。大丈夫、もう少し我慢したらリレーだからね。スズカはアンカーでしょ? 1600mも走れるじゃない」

「あっ走れるとか言わないでください走りたくなります……い、今ギリギリなんです、ほんと、せ、瀬戸際なんですよっ」

「ごめん」

 

 

 とにかく瀬戸際らしいスズカをトイレに行かせ、帰ってきた瀬戸際スズカを連れてサイン会に戻る。一連の会話や行動が一般の人に見られていなくてよかった。トレセン様々である。更衣室エリアやトイレの近くの警備が尋常ではない。望遠カメラ対策すらしていると聞いた。すごいね。

 

 一応私の隣を歩くスズカの呼吸は荒い。気持ちがね。必死だからね。でも何か誤解されそうだよ私は。虐待とか。

 

 

 そんななか、会場内にはどこかのアナウンスが響き渡る。

 

 

『さあ行きましょう! 1000m直線一本勝負!』

 

「ぁっ……」

 

『差した差した! 最終直線で一気にあがってくる!』

 

「っ……ぁ」

 

『ツインターボ先頭! ツインターボ先頭! しかしこれは厳しいか! 差は三バ身!』

 

「さんっ……」

「一旦落ち着こうスズカ。頑張れ。大丈夫だからね」

 

 

 こんなときに限って先頭を奪われてそうな実況が聞こえてくる。特にツインターボの実況は不味い。スズカとは少し性質が違うとはいえ大逃げを打つウマ娘が捕まっている。横で見ていて、完全にスズカのスイッチが入ってしまったのを感じる。

 

 

「で、でも、でも走らないと……」

「落ち着いてスズカ。繰り返してみよう。あれは私じゃない。あれは私じゃない」

「あれは私じゃない、あれは私じゃない、あれは私じゃない……」

「よしよし」

 

 

 胸を擦ってやると、既に身体が準備を終えているようで心拍数が上がりまくっている。どうかしてるんじゃないかこの子。目付きが鋭くなっているようにも見える。完全に異次元の逃亡者になってしまった。

 

 

「頑張れスズカ。良い子ね。頑張ろう」

「ふーっ……ふー……はぁー……」

 

 

 深呼吸の後戻ったサイン会で、スズカはその心拍数と目付きのまま、尻尾を振り回しつつサイン会を行った。ヤバいかなと思ってウマッターを見たのだけど、『レースの時のサイレンススズカだ!』みたいに興奮してる人が多かったので放っておくことにした。すごいね、ヒトって。


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