走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

48 / 215
更新が遅れつつありますのは大体ウイニングポストのせいです。そろそろチャンミ育成もしなきゃなのにな……


ファン感謝祭でのサイレンススズカⅢ

 

「あ、トレーナーさん、待ってください」

「ん?」

 

 

 サイン会が終わり、一度休憩をとるべくトレーナールームに戻ろうとする私をスズカが引き留めた。

 

 

「せっかくなので色々見て回りましょう? 何か楽しいことがあるかもしれませんから」

「良いけど……珍しいね、スズカが自分からそんなこと言うなんて」

「どういう意味ですか、トレーナーさん?」

 

 

 そのままの意味だけど。

 

 スズカは友達が多いんだけど、年がら年中友達と一緒に絡むのを好むタイプじゃないので割と一人でいることが多い。そもそも人と話すのがそこまで得意じゃないというのもあるが、なんにせよイベントだ! 楽しもう! なんて言い出す子ではない。

 

 

「いや……もちろん良いよ。待ってね。片付けが終わったら一緒に行こう。次の企画まで時間ある?」

「一時間ちょっとありますから。すぐに終わりますよ」

「終わる?」

「あっ……じゃ、じゃあ、私待ってますから。お手洗い行ってますね」

 

 

 ……まあ、何を誰がどう考えても何か企んでいるようにしか思えない態度をとられると、むしろ追及する気も失せる。たかたかと走っていってしまったスズカを見送りながら、やたらと話し掛けてくる厄介なタイプのファンを適当に対応しながら会場を軽く片付ける。

 

 荷物を纏めてトレーナールームに置きに戻り、スズカと合流。トイレに行くって誤魔化して会話を切ったんだからせめてトイレにいて? どうして玄関で待ってるかなこのポンコツは。

 

 

「お待たせ。どこ行く?」

「えっと……あっ、い、いえ、適当に歩きましょう。ね?」

「……まあ、スズカがそう言うなら……」

 

 

 何を企んでるんだろうなあなんて思いつつ、歩き出すスズカについていく。妙にご機嫌なスズカは特に屋台や他の企画に目を向けることなくひたすら歩いていく。

 

 

「どこに行こうとしてるの?」

「ど……ことかじゃないですよ……? 適当に歩いているだけで……」

「そうなの……」

 

 

 隠し事に向いていなさすぎる。何回か指摘するものの、何もないですよ、という適当な言葉で流される。目が泳いでいるし声が震えていることに自分で気付かないんだろうか? 尻尾がぶんぶんなのもおかしいし。

 

 とにかくスズカについていくと……コースへ出た。レース系の企画がいくつか行われている。リレーもここですることになるのだろう。到着するとスズカはすぐウマ娘用の待機スペースまでまっすぐ歩いていった。その先に、スズカの友人が。

 

 

「ワオ! スズカ! 来てくれたんデスネ!」

「タイキ。そろそろ出走よね?」

「イエス! スズカは休憩デスカ?」

「ええ。あ、こちら私のトレーナーさんよ」

 

 

 タイキシャトル。スピードはエアグルーヴより上、スズカより下。1600mまで、短距離とマイルの先行策に全てを懸けたウマ娘に見える。マイルG1も取っている陽気なウマ娘だ。勝負服だからだけど露出が眩しい。ビキニじゃんそれは。

 

 

「よろしくね、タイキシャトル。いつもスズカがお世話になってます」

「イエ! ワッツフレンダフォー!」

「ワッ……何?」

「友達デスカラ! お互い様、デス!」

 

 

 会ったのは初めてではあるけど、スズカから話を聞いていた通りすごく元気な子だ。笑顔で握手を求めてくる。片手を差し出すと、両手で包んでぶんぶん振られた。

 

 

「タイキシャトルはここで何を?」

「これはにんじん食い競走デス!」

「おー……ウマ娘らしい」

 

 

 私達でいうパン食い競走か。にんじん大好きウマ娘にはぴったりだ。とってもワンダフルでファンタスティックらしい。言っていることはよく解らないがとにかく楽しそうなのは伝わる……これが本物か。

 

 

「スズカも出マスカ?」

「良いの?」

「いや、え?」

「オフコース! みんなでエキサイトしまショウ!」

 

 

 私の隣でスズカがくすりと微笑んだ。この娘……まさか狙ってきたか? いや、流石に考えすぎだよね? 友達に誘われて嬉しいだけだよね? 

 

 

「まさか本当にスズカが来てくれるナンテ! 昨日はジョークだと思ってマシタ!」

「スズカ?」

「あっ、た、タイキ、しーっ、ないしょっ」

 

 

 人差し指を唇に当て騒ぎ出したスズカに視線を向ける。スズカは瞳を揺らしながら私から目を逸らし、吹けもしない口笛を吹く振りをし始めた。確定したなあ君。一応公衆の面前だし一般の人も多いので本当にはやらないけど、頬っぺたをつねる真似をしておく。

 

 

「こらっ」

「んんっ……あっ、ちが、違いますよ? ほんとですよ?」

 

 

 反応して頬っぺたを差し出しそうになりつつも、スズカはまだ言い訳を重ね……られていない。まあそりゃそうだ。この状態から言い訳なんて、タイキシャトルが間違っていると言うしかないけど、優しいスズカにそんなことが言えるわけがない。

 

 

「タイキシャトル?」

「昨日、リベンジしたいと言われマシテ……ウップス! 言ってはいけなかったデスカネ!?」

「リベンジ……?」

「タイキ!? 内緒、ないしょ……!」

 

 

 タイキシャトルの口を塞ぐスズカ。私の方はまったく見ようともしない。顔を覗き込むとそのぶん首を捻り逃げていく。仕方ないのでタイキシャトルに事情を聞かなければならない。

 

 

「リベンジって? 一緒に走ったこと無いよね?」

「少し前に、併走に誘ったんデスガ……オウ、ソーリースズカ、トレーナーさんにもシークレットなら言っておいてくれれば……」

「スズカ?」

「し、知りません……私は知りません……」

 

 

 この栗毛、どうしてくれよう。また勝手に走ってからに。とにかく今は何もできないけど、あとで……いや、まあ叱ったりはしないけどね。私がエゴで我慢させてるんだから。でもつねるくらいはする。

 

 

「……まあ、行っておいでスズカ」

「えっ……い、良いんですか? 走っても……」

「まあ、タイキシャトルとスズカだし見たい人も大勢いるでしょ」

 

 

 それに、走ることがメインではなさそうだし、距離だってごく短いだろうからね。普段のレースに比べたらお遊びも良いところだ。一応伸び脚だけ使わないということにしておけば良い。

 

 

「まあ、あんまり速く走りすぎないようにね……って、タイキシャトルの前で言うのは悪いけど……」

「オフコース、理解してマス! スズカも脚は大事にした方がベター、ネ?」

「も、もちろん解ってますよ……? じゃあその、タイキ、登録をしてもいい?」

「オーケー! 行きまショウ! カムヒア!」

 

 

 タイキシャトルに連れられ、スズカがどこかへ行った。私もたまには普通に観戦席で見ようかな。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

『さあ始まりました! 芝1200m、にんじん食い杯! それでは出走ウマ娘の入場です!』

 

 

 少し経ち、レースが始まった。結構多くの人がスタートを待ち望んでいる。パドックではなくホームストレッチにウマ娘達が出てきた。スズカは……いた。スズカは目立たないが隣のタイキシャトルがめちゃくちゃ目立つ。

 

 

『続いて三枠三番! 言わずと知れた異次元の逃亡者が飛び入り参戦です! すらっとしたスタイルは食については少し不利か!? サイレンススズカ!』

 

 

 スズカは……いつものパドックとあまり変わらず、少し控えめに手を振っている。かなり落ち着いているというか、ファン感謝祭ということもあってか普段より笑顔だけれど、私には解る。スズカが胸に手を当てているということは、これから走れるという喜びで制御がギリギリということだ。信じられないがこの娘、こんなレースでテンションが爆上がりしている。

 

 

「あれは本気出しちゃうなあ……」

 

 

 先が思いやられる。いやまあ、たとえ本気で走っても伸び脚を使わなければ最低限許せるんだけど。

 

 

 そして、出走。

 

 

『さあ先頭を切ったサイレンススズカ! そのまま突き放していきます! タイキシャトルはただいま二番手! 少し離れたか!』

 

 

 いつも通りスズカが前に出る。スタートダッシュは残念ながらレースのスズカだ。加減する気無いなあやっぱり。そのまま第一コーナー越えて第二コーナーへ。本来ならここからスズカは第一の伸び脚を使うが、しっかりと減速して人間の速度まで落ちていった。

 

 

『さあ第一第二コーナーの中間! ここにあるにんじんを食べなければゴールは認められません!』

 

 

 長テーブルににんじんがぽんと丸一本並べられている。人間なら罰ゲームとしか思わないが、ウマ娘はそれでも平気。スズカも手を合わせて、いただきます、と呟いてから皿のにんじんを取って口に運んだ。

 

 

「……!」

 

 

 その瞬間、ピン! と尻尾が立った。一口齧っただけで完全に動きが止まる。当然ながら、その間にも後続がにんじんにたどり着いている。並ばれても焦る様子もない。何かあったんだろうか。

 

 スズカに何かあったかと心配になりコースに殴り込もうとした……のだけど、他のウマ娘も一口にんじんを齧って止まってしまっている。にんじん自体に何かあるのかな……? 

 

 

『あーっと脚色が完全に止まったー! どうしたことでしょう! 解説のたづなさん!』

『これはですね……』

 

 

 解説いたの? 

 

 

『私も先ほど聞いたのですが、今回用意されているにんじんはとある高級にんじんでして……その甘みは一口食べたらやみつき! 正直、美味しすぎて走っている場合ではありませんあんなの!』

 

 

 食べたことあるの? 

 

 

 しかし謎は解けた。二口目を何とか口に運んだが、また止まってしまうスズカ。味わっているだけか。表情が曖昧だからよく解らない。全員が競走停止かと思うほど動かなくなってしまう。

 

 だが、そんな中でもスズカはゆっくりと前に進み始めた。なるほど。流石はスズカ。食欲より先頭欲が勝ち始めたか。

 

 

 一歩一歩にんじんを齧りつつ進み始めたスズカ。歓声が飛ぶ。いまだかつてないほどスローな動きのスズカだったが、半分ほど食べたところでコーナーを抜け、また止まってしまった。

 

 

 頬を膨らませてもぐもぐと咀嚼をしながら前に出ようとしつつも、にんじんの美味しさに止まってしまうスズカ。何度か葛藤が繰り返されたのだろう。そのうちその場でくるくると左に回り始めてしまった。

 

 

『あーっと先頭のサイレンススズカ、ここで謎の行動に出始めました! 大丈夫でしょうか!?』

 

 

 回るのはスズカの癖として、果たしてどっちが勝つかは見物ね。回り回るスズカがにんじんを食べ進めていき、大体他のウマ娘と同じペースで全て食べきる。タイキシャトルですら余韻に浸り普通に歩いているが……それでもスズカは飲み込むと同時に進み始めた。

 

 

『行った行ったサイレンススズカが行ったぁ! このまま先頭でゴールか!?』

『うそ……あのにんじんを食べてなおまともに走れるなんて……』

 

 

 たづなさんの反応が完全に毒物じゃん。

 

 

『サイレンススズカそのままゴールイン! 素晴らしい! レースレコードです! 歴史が刻まれました!』

 

 

 こんなものでレコードなんか記録するな。

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「お疲れ、スズカ」

「トレーナーさん……走り足りないです……まさかあんなにんじんが出るなんて……」

「……そんなに美味しいの、あれ」

「とっても」

 

 

 かなり神妙な顔で頷くスズカに、私は何も言えなかった。

 

 なお、ポーカーフェイス選手権は肥えた舌に激辛料理が衝突して負けた。




タイキの口調難しすぎる定期。ルー大柴が頭をよぎるよぎる……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。