走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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スズカを主軸にウマ娘で50話も書いててしかもクラシックを半分飛ばしてるのにまだシニア天皇賞(秋)まで半年ってマジ?遅いかどうかもわかんねえや。


素晴らしい先輩のサイレンススズカ

「ぅー……」

 

「……スズカ」

 

「ぁぅ……」

 

「……スズカ?」

 

「あぁ……」

 

 

 ある日。私の愛バはくるくるだった。私とブルボンの周りを囲うようにトレーナー室を左に回る回る。呼び掛けも聞こえているんだかいないんだか、ただ呻くばかり。

 

 どうしてこうなっているか。今日が、スズカの一番の後輩であるスペシャルウィーク、皐月賞の出走の日だからである。

 

 

 なんだかんだスズカもスペシャルウィークの諸々については気になってもいるようで、数日前からスペちゃんは大丈夫でしょうか、様子を見に行ってきますと頻りに言っていた。そのうち一回はスペシャルウィークが見つからず、探して走り回っているうちに走るのが楽しくなって帰ってこなくなった。

 

 

「スズカが焦ったって仕方ないでしょ」

「そう……なんですけど……やっぱり特別なレースですから……ね、ブルボンさん」

「強く同意します」

 

 

 ベッドからではテレビが見えないということで、ブルボンは私の膝枕で寝ている。スズカよりウマ耳がぴこぴこ動いてくすぐったいな。あと慣れていないからか骨の当たり具合がマジで痛い。ほんとに。

 

 

「うぅ……」

 

 

 唸るスズカ。確かに二人が言う通り、皐月賞は特別なレースではある。

 

 たとえばだけど、天皇賞とかってのは連覇を狙うでもなければ何度でも挑戦できるレースだ。何年かかろうが勝ったら凄いというレース。グランプリレースなんかもそう。

 

 一方、皐月賞というのは生涯一度しか、それも特定のタイミングでしか出られない。そして、このレースを含めて三レースで、『三冠』という称号が与えられるのだ。ダービーは言うに及ばず、皐月賞や菊花賞もウマ娘の憧れである。

 

 全てのレースに貴賤無し……とは綺麗事で、ウマ娘もそれらのレースを特別視しないわけにはいかない。

 

 

 そんなダービーを去年大敗しているスズカに思うところがあるのかは解らないけど、まあ後輩を心配するのは良いことだし。スペシャルウィークだってたぶん緊張もしているはずだ。

 

 

「マスター。マスターの予想を聞かせていただけますか」

「スペシャルウィークキングヘイローセイウンスカイ。この誰かでしょうね」

 

 

 まあ、その三人以外のステータスは見てないけど。それに、あんまりレースに情熱も無いので有力ウマ娘も割と知らない。三人にせよ、知り合いだから名前を挙げられただけだ。その他は名前もピンと来ない。

 

 ただし、こちらには雑誌や新聞もある。それによると、大本命は圧倒的にスペシャルウィーク。セイウンスカイ、キングヘイローと続くが、スペシャルウィークが圧倒的だ。

 

 

「能力としては……まあ、あの三人はそう変わったものじゃないかな。キングヘイローのスタミナは少し足りなさそうだけどギリギリ走れると思うし、スペシャルウィークのスピードが低めなのも差しってことを考えれば全然」

 

 

 いわゆる黄金世代……と、スペシャルウィーク達は言われている。下馬評からして、それぞれバラけた世代なら間違いなくトップだったと言わしめる実力者が集まっているからだ。

 

 今回はグラスワンダーとエルコンドルパサーはいない。これは私もさっき知ったんだけど、グラスワンダーは怪我をしているので大事をとって休養中らしい。エルコンドルパサーは少し後のマイルレースに出るため三冠は回避。

 

 ……私としては、あの二人のステータスの方が少し抜けている気がするから主役不在って感じだけど。

 

 

「……あ、ほらスズカ。始まったわよ」

「は……はい……」

 

 

 皐月賞特番が始まった。コメンテーターと司会者が挨拶をして、すぐに今回の出走ウマ娘を紹介し始める。流石にテレビ、どのウマ娘も平等に……なんてことはない。現実は残酷であり、あの三強以外はほぼ名前と一言レベルである。

 

 

「むむ……」

「…………」

 

 

 ただまあ、私も含めこの部屋にいる観客はそれでも良いわけで。ゆらゆらと落ち着きなく揺れるスズカと微動だにせずじっとモニターを見つめるブルボン。来年、ブルボンがあそこに映るわけで、そう思うと今から感動してきたわ私。

 

 

「……やっぱり見に行こうかな……今から走れば何とか……」

「絶対間に合わないからバカなこと言わないの」

 

 

 画面はところ変わってパドックへ。一人ずつ前に出てきて勝負服や決めポーズをアピールする。かなり待って、スペシャルウィークの勝負服はかなり王道路線というか、カラーリングもそこそこシンプルだ。スズカ意識かな? そんなことないか。とても立派だ。

 

 でも、表情からも緊張が伝わってくる。ちょっと過剰な緊張かもしれない。これは厳しいかもね……スズカの言う通り無理してでも見に行くべきだったかな……

 

 直接見に行っていないのは私の仕事とブルボンのトレーニングとの兼ね合いである。スズカ一人で走って見に行く案もあったものの、普通に危ないので止めた。

 

 

「緊張してますね、スペちゃん……」

「だねえ……落ち着けると良いんだけど」

 

 

 スペシャルウィークは大外なので決めポーズも順番が最後になる。これまで出てきたキングヘイローやセイウンスカイは緊張など微塵も感じなかったけど、こう……メンタルが弱めなのかな。

 

 

「はぁ……ふー……」

 

 

 そして、開始のファンファーレ。実況の前口上を聞きながら、ゲートインを待つ。最後に大外スペシャルウィーク。舐めていくカメラで全員の顔を見ながら、深呼吸とともに祈り始めたスズカ。うーん可愛い。

 

 

 スタートしました。大方の予想通りセイウンスカイが前に出る……いや、二番手三番手に甘んじてるな。やっぱり純逃げじゃないのかな。積極的に奪おうとしている様子もない。キングヘイローがかなり前めで走っている。スペシャルウィークはかなり後ろ。差し位置の最後方か。

 

 

「セイウンスカイさんは逃げないんですかね……?」

「うーん……まあ、正直スズカみたいにぶっちぎって逃げる方が少ないからね。何人か逃げウマがいればこうなるかなって感じだけど」

「こう……むずむずします……もっと前に出れば良いのに……」

 

 

 君はスペシャルウィークに勝って欲しいのかどっちなんだい。

 

 

 レースは淀みなく進み、終盤にも差し掛かったところ。セイウンスカイが少しずつ進出し、先頭に出てきている。そしてキングヘイロー。スペシャルウィークはまだ。そして隣のスズカの様子がおかしい。

 

 

「っ……ぁ、ふーっ……うぅっ……」

「どうどう」

 

 

 結果的に逃げウマであるセイウンスカイがかなり僅差で最終コーナーに差し掛かる。レースを見ると無意識に逃げウマに感情移入してしまうスズカが、私の肩にすがって掴んでくる。一方でスペシャルウィークを応援しなければという気持ちもあるんだろうけど。

 

 

 最終直線。スペシャルウィークが大外を回ってくる。やはりあの三人だ。逃げるセイウンスカイ、その後ろにピタリとつけたキングヘイロー、そして後ろから詰めてくるスペシャルウィーク。

 

 

「ぁっあっあっ」

「痛い痛い痛い痛い」

「あーっ……!」

「取れる! 腕が取れる! スズカ!? スズカ!」

「……っ!!!」

「あっ──」

 

 

 とれた。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

「いや、うん……まあ、次はぬいぐるみか何か掴んどこうか……」

 

 

 私の腕は幸いにも怪我無くレースは終わった。

 

 皐月賞の勝ちウマはセイウンスカイ。キングヘイローは伸びが足りず、スペシャルウィークは捉えきれなかった。先行策もとれるセイウンスカイだからこそ、無理に先頭争いをせず足を溜め気味に走ることができたのだろう。

 

 

「残念だったね、スペシャルウィークは」

「はい……もう少しでした……」

 

 

 スズカに破壊されかけた肩をグルグルと回しながら、しゅんとするスズカを励ましておく。正直差し切ると思ったんだけどねえ……スペシャルウィークには2000は短いのかもしれない。まあそもそも後ろにつけるのが弱いという説もあるし。

 

 

「ブルボンもああいうことよ。先頭が取れなくても掛からず落ち着くと粘れたりするわけ」

「……なるほど」

 

 

 ……ブルボンの反応が悪い。スズカも気付いたようで、二人揃って表情を覗き込む。ほんの少しだけど感情が読み取れる、目をまっすぐ見てみると。

 

 

「……ブルボン?」

「申し訳ありません。現在、思考プロセスに原因不明のエラー発生中です。体内から謎のエネルギーを感知……」

「ぶ、ブルボンさんが壊れちゃいました……」

 

 

 そんな、ロボットじゃないんだから。

 

 

「病院行く? 保健室とか……」

「いえ、身体ステータスに不調はありません……スズカさん」

「ど、どうしたの……?」

 

 

 すっくとブルボンが立ち上がり、少し頬を赤らめて棚まで歩いていく。そこからゆっくりとランニングシューズを持ち出して、スズカに差し出した。

 

 

「解決のため、今から、私と走って頂けませんか。マスター、申し訳ありませんが、許可を」

 

 

 …………うーん。

 

 

「えっ、あっ、い、良いんですか? あの、わ、私は、ふへ、ぜ、全然良いんですけど、ブルボンさんに頼まれちゃいましたし……」

 

 

 降って湧いたチャンスに一気に顔が緩みまくるスズカ。ふにゃふにゃになって、私が何か言う前に差し出されたシューズを手に取った。しょうがないですねと口だけは嫌々だが、もう尻尾が物凄いことになっている。

 

 

 当てられちゃったかなあブルボン。まあ自分の最大目標だもんね。将来的にはこの辺のメンタルも改善しないと本番で掛かりまくって負けることになりかねないけど。

 

 まっすぐ私を見るブルボンと、ちらりちらりと私を見るスズカ……仕方無いか。こんな突然ブルボンの相手を探すなんて面倒だし、スズカは宝塚までレースが無いし。

 

 

「しょうがないわね。じゃあブルボンが納得行くまで──」

 

 

 ぴろりろり。

 

 

「あっ……すみません、電話が……スペちゃん?」

「え?」

 

 

 その代わり、監視で私も行くからね。そう思っていた矢先、机に放置されていたスズカのスマホが鳴り始めた。スペシャルウィーク? レース終了からしばらく経っているし、もうそろそろライブも始まると思うけど。とにかく電話に出させる。すぐに電話口で、よく聞こえないが彼女の声がした。

 

 

「もしもし……ええ、うん、見てたわ。うん。惜しかったわね。頑張ったわねスペちゃん。うん。うん。そうね。そう。良かった」

 

 

 少しの間、スズカはうんうんとスペシャルウィークの話を聞いていた。

 

 

「ええ。そうね。じゃあ、うん。頑張って。うん。またね」

 

 

 電話を切ったスズカ。さっきまで緩みきっていた表情がどこへやら、少し微笑んだような、とても優しい表情をしていた。

 

 

「ブルボンさん」

「はい」

「走るの、ちょっとだけで良い? あと、ライブを見てからでも良いかしら」

「……もちろんです。ありがとうございます」

「トレーナーさん。今日は私、早めに寮に帰ります。夕方のトレーニングはお休みでも良いですか?」

 

 

 そう。

 

 

「良いよ。……どこか予約がいるなら取っておこうか」

「……一応、何か美味しいものがたくさん食べられるところをお願いします」

「ん。いらなかったら言ってね……ブルボン、友達か誰か誘おうね」

「了解しました」

 

 

 監視はいらなそうだ。足早に出ていく二人を見て、私も帰り支度をすることにした。




カワカミプリンセスストーリー良かったですね……悪意ある手紙のところはスズカのストーリーにもあった感じで特に良かったです。うちのスズカはあんなもので気に病むタイプじゃありませんけど。

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