走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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久しぶりにスズカの怪物要素を前面に出したかった。可愛さどこ……ここ……?僕はこれにも可愛さを見出しているので問題ありません(天下無双)

ところでこの作品のグラスワンダーって本人のトレーナーとの会話を描写せずにやるからすげえ重い女だな。自分で見直してびっくりした。基本的にレジェンドに自分の悩みをぶつけてるわけだからそりゃあんなにもなるか。


無尽蔵に走るサイレンススズカ

 

「はあっ……ぁ、は……はーっ……」

「ぐ……ぅ……くそっ……」

「トレーナーさんっ。私、楽しくなってきました……!」

「うん……そうかあ……」

 

 

 皐月賞も終わった数日後の昼下がり。今日はスズカもブルボンもオフということで、皐月賞当日に中途半端で終わってしまった併走をすることにしていた。

 

 基本的にブルボンはひたすら走ることを目的としているし、私もそれでいいと思っている。彼女はそう器用なタイプではないし、どうせ逃げしかさせないのだから、やるべきは身体能力の補強だ。だから今回は、ひたすら走り続けるスズカに必死についていくブルボンという構図ができあがっていた。真隣に居続けるとスズカのストレスが爆発するので、少し後ろをだけど。

 

 そして、ゲストにエアグルーヴが来ている。せっかくなのでブルボンにも後ろから迫られる相手が必要だということで呼んでみたところ、自分を試す意味合いだとかで、限界までスズカに付き合うと宣言なさった。女帝の正気を疑ったのは後にも先にもこれが初めてである。

 

 

 もちろん、そこまでとなると彼女のトレーナーを呼ばないわけにもいかず、一本4000m、それをエンドレスに繰り返す三人をひたすら眺めていた。

 

 

「まだ走れるわよね、ブルボンさん、エアグルーヴ」

「はぁっ、はあっ……無論だ……そう簡単に堕ちはしない……」

「問題ありません……活動可能まで……あと……思考エラー……」

 

 

 そして、この地獄絵図である。ブルボンは完全に倒れ伏しているし、エアグルーヴも膝をついている。元気そうなのはスズカだけだ。流石に少し息はあがり頬も上気しているが、すぐにでも走りたい様子で屈託のない笑みを浮かべている。可愛いね。声をかける相手が疲れて倒れていなければね。

 

 

 一応平地で軽いターフ、それにスズカのペースもレースの時のような破滅的ペースではないから、これで故障することはないと言っていい。私の目にも三人が怪我をするようには映っていない。単純にこれは根性で走る二人と、楽しくて走りたくて仕方が無いスズカの違いだろう。

 

 ……そう考えると、ブルボンは凄いな。エアグルーヴは決して根性無しではない。トップウマ娘の一人として精神力も相当のものがある。そんな彼女に未だ一度も抜かれていない……つまり、一度として走ることを諦めていない。

 

 むしろ、先頭を走るスズカに近付くことが何度もあった。力のあるウマ娘であるスズカとエアグルーヴのペースは変わらないので、つまりブルボンが掛かっているのだ。やっぱり直線で迫られると掛かりがちだ。改善していかないと。

 

 

「エアグルーヴ、大丈夫か!」

「大丈夫だ……むやみに心配を……するんじゃない……たわけが……」

「でも……」

「言っただろう。これは必要なことだ……! スズカ、行くぞ、次だ……!」

「ええ。ブルボンさん立って。行くわよ」

「了解……遂行します、遂行、遂行……」

 

 

 三人が再びスタート位置へ戻っていく。いやほんと、スズカは楽しそうだ。二人が何を思っているかは解らないけど、まあ、エアグルーヴには同意が取れているし、ブルボンだってスズカを誘った以上こうなることくらい解っていて然るべきだろう。だよね? そうだと思っておこう。

 

 

「よーい」

 

 

 ぴー。スタートの合図は全て私が行っている。しっかりと三人が一定の間隔を空けて走り出した。いざ走り出すとエアグルーヴとブルボンの違いがよく解る。ブルボンは流石に疲れが出てフォームが崩れつつあるが、エアグルーヴは一本目と大して変わっていない。やはり実力差は如実だ。

 

 

「あの……つかぬことを伺いますが、サイレンススズカさんはどんなトレーニングを……? つい、彼女は長距離レースには出ないものと思い込んでいたのですか……」

「あ、いえ、特別なことは何も……それに、長距離には出ないですよ。レース用のスタミナはやっぱり足りないと思います。エアグルーヴとそこまで差はないと思ってます」

 

 

 エアグルーヴのトレーナーさんは少し気弱そうな男の人だ。そりゃエアグルーヴにも尻に敷かれるだろうなって感じ。当たり障りのない会話をしつつ、私もしっかりブルボンを見ないといけない。うーん、こう見ると前に出ようとする気性は少し改善されたような気もするんだよね。この間の先行策セイウンスカイを見たのもそうだし、何度もスズカにボコボコにされているから慣れたのかもしれない。これは良いことだ。

 

 スピード、スタミナともに目標値は十分に達成している。このまま続ければメイクデビューは華々しく大差勝ちすら見えるくらいだ。

 

 

 ブルボンの未来に思いを馳せながら、私は帰って来た二人に渡すドリンクを用意し始めた。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「はあ……気持ち良かった……ありがとう、エアグルーヴ、ブルボンさん」

「…………」

「終わった……のか……? 私は……これは……」

 

 

 スズカの走行欲は、キリが良いので十本にしましょう! ということで40kmで解消された。うん、三人とも怪我無く走り終えられて何より。ブルボンは完全に活動停止してしまったけど、エアグルーヴは……この子も凄い。トレーナーさんに支えられながらも倒れていない。ほとんど抱えられる感じにはなっているけど、それでも立っている。

 

 ……エアグルーヴのトレーナーさんは気が気で無さそうだけど。ここまで消耗するエアグルーヴも珍しいんだろう。ブルボンはこんな感じになるのが割といつも通りなのでスズカも満面の笑みでブルボンを抱え上げている。

 

 

「じゃあ終わりで良いね、スズカ」

「はい。お部屋に戻りましょう、トレーナーさんっ」

 

 

 ここまでやってもスズカがまだ元気なのが怖い。走っていれば疲れないというのは伊達でも誇張でもないということだ。最高速度を出すレースならともかく、マジで走っている限り無尽蔵のスタミナを持っている。

 

 

 私に擦り寄ってくるスズカの頭を撫でつつ、挨拶を終えブルボンをトレーナールームへ運び込む。スズカに外を見張らせつつ脱がせて汗を拭き取り、ストローを口に突っ込むとちゅうちゅう吸い始めた。

 

 

「はあ……ん……もう少し走ればよかったかな……」

「嘘でしょ」

 

 

 有り余ってるなあ、体力。どうかしてるんだろうなこの子は。ご機嫌に鼻歌を口ずさみながらソファで私を待つスズカにあまり反応しないようにして、ブルボンの口を拭いて落ち着いて眠りについたのを確認してからエアグルーヴによく休んでね、とメッセージを送っておく。

 

 

 こんこんっ

 

 

 と、ドアノック。スズカが開けると、そこにグラスワンダーが立っていた。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「まずは、しばらく連絡もせず避けてしまっていたことを謝らせてください」

「はあ……」

「そして、大阪杯、おめでとうございます。寮からですが拝見しました。いつもと変わらず自分を曲げないその姿勢に感服しています」

「はい……」

 

 

 グラスワンダー……去年の暮れにスズカにボコボコにしてくれと頼んできて、その通りボコボコにして泣かせてしまったスズカの後輩だ。こういうとスズカがやべーやつみたいだけど。スペシャルウィーク達の世代というのはどうもスズカへの信頼感と言うのが半端ではない。スズカは合同トレーニングを基本的に断らないし、実績も十分だ。

 

 それに、一つのことを極めた結果誰にも捕まらないというのは……まあ、ウマ娘的には刺さってるんだろう。

 

 

 並んで話を聞く私達に対面するグラスワンダーも、とても神妙な面持ちだ。スズカの前にいるという事実に緊張している可能性すらある。ちなみにスペシャルウィークはそういう幻想から既に解放されている。この間ねぎらう過程で一緒に走る? とスズカに聞かれ、それはダメですと即答したらしいからね。

 

 

「そして、不躾ながら本日はお願いがあって参りました」

「お願い……?」

 

 

 何ならスズカもグラスワンダーをどう思っているのやら。本人は走ることしか考えていないし、自分が最速だという自覚はあれど、尊敬されるべきウマ娘だという自覚には欠けるところがある。グラスワンダーへの返事が適当に聞こえるのは、たじろいでいるのか興味が無いのか。

 

 

「今、私は少し足を痛め、正直な話調整も含めればダービーまではレースを回避するように、とお医者様に言われてしまっています」

「なるほど……?」

「ですので、復帰は半年後、毎日王冠を予定しているのですが……スズカ先輩。そこで、私と戦っていただけませんか」

「え」

 

 

 あっちょっとテンション上がったなこいつめ。

 

 

「えっと、あの、それはその……」

「スズカ先輩にとってはもしかすると眼中にないレースかもしれませんが、何卒お願いできませんでしょうか。解らないのです。まだ悩んでいるのか。満足に走ることもできず同期のレースを眺めるだけの今、私が成長することができているのか」

「ええっと……」

 

 

 スズカがもう彼女の話を聞いていない。ちなみに正直そのレースにスズカを出す予定は無かった。まあ宝塚の後は秋の天皇賞だとは思っていたけど、正直トライアルに出る理由が無いからだ。スズカはG1で三勝、ほぼ間違いなく天皇賞に出られる実績を積んでいる。だったら回避して、優先出走権を他に回した方が良い。G3に出るか、場合によってはぶっつけ本番で天皇賞に行こうとしていたところだ。スズカもレースにはこだわっていないし。

 

 ただ、まあ出ろと言うなら出ても良い。断る理由は無い。正直これは上から目線が過ぎる言い方だけど、そのレースに出て誰かが困るとすればスズカに負ける子達だ。一人分枠が潰れるわけだし。

 

 

「無理にとは言いません。ですが、是非検討していただけませんか」

 

 

 ちらっちらっ。スズカがこちらを見つめてくる。しょうがないですよね、とでも言いたげな目だ。

 

 

「トレーナーさんは何て言ってるの?」

「トレーナーさんは……優しい方です。私は強くなっていると、焦るなと言っていただけました。でも、トレーナーさんは私の身内のようなものです。共に歩むものとして、時として正直なことが言えないこともあるでしょう。彼を信じ切ることができないのも、私が弱い故かもしれません」

 

 

 ちらっちらっ。

 

 

「……まあ、出走するのは問題無いけど」

 

 

 グラスワンダーの重さとスズカの可愛い流し目に、また私は負けた。私、こんなのばっかりだ。反省しよう。




設定厨による50話までの(一般人から見た)サイレンススズカ

サイレンススズカ(シニア一年目)

勝ち鞍 天皇賞(秋)
    ジャパンカップ
    大阪杯

「異次元の逃亡者」とも呼ばれる圧倒的な逃げウマ娘。二着以降に影すら踏ませないほど速く強い勝ち方をする。レース場入場、パドックアピールまでは穏やかで淑やかな笑みを浮かべているが、レースが始まった瞬間豹変し、鋭い目つきで先頭を奪ってそのまま駆けていく気迫を見せる。ライブでもその迫力を見せつつ満面の笑みでアドリブ交じりのパフォーマンスをするため非常に人気が高い。どちらが彼女の素なのかについては今もネット掲示板で論争が起こっている。

メディア露出は相当少なく、直接姿を見るためにはレースかライブ、あるいはトレセンに直接行かなければならない。時々街にいることもあり、その場合は話しかけると大抵のことには応じてくれる。ただし、レースを申し込むと人間でも加減なく叩きのめしてくるため注意が必要。

普段の練習はインタビューでも基本的に語られない。トレセンのウマ娘の中でも特に特別なことをしている様子は無い、と話題になっている。ただし、人気のない山道や広い道に突如吹く突風はサイレンススズカが練習中なのではないか、とも噂が立っている。

トレーナーは二年目の新人で、サイレンススズカを覚醒させたのは彼女である。トレセン内では時々サイレンススズカでさえ嫌がって涙を流すような言い合いをしている姿や物理的に束縛して指示を聞かせる姿も見られ、関係者によるとかなりのスパルタ練習を行っているらしい。最近では新たに育成ウマ娘を増やしたそうで期待が高まっている。

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