走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

52 / 215
とても優しさに溢れているサイレンススズカ

 

 現在、私はとても悩んでいた。

 

 

「どうしようかな……」

「何がですか?」

「いや、こっちの話……」

 

 

 がしゃこん、がしゃこん、とスズカのトレーニングマシンの追加の重りとして上下に動かされながら、私は首を捻っていた。こちらを見つめるブルボンが、真顔のまま少しだけ首を傾げる。

 

 皐月賞は四月後半、つまり、もう四月も終わりが近付いているのだ。

 

 何を悩むかと言えば……まあ、ブルボンとスズカの誕生日。ウマ娘と言うのはなんの因果か誕生日が上半期に集中する傾向にある。ブルボンが四月二十五日……つまり三日後で、五月一日がスズカの誕生日である。もちろん、私からも何かをしてあげたい……のだが。

 

 

 でもなあ。二人ともただの女子高生って感じじゃないからなあ。スズカはこんな感じだし、ブルボンもそういう……消費欲求みたいなのがあるようには見えないし。何をしてあげるべきか、何をあげるべきか決めかねている。ケーキだけとりあえず頼んだけど、それ以上は何もしていない。

 

 特に去年の誕生日はまだスズカに出会っていなかったこともあり祝えていない。二人とも今回が私との初めての誕生日だ。この間迷いに迷った末奥の手としてそれとなくブルボンのお父さんに聞いてみたのだけど、そういう物を欲しがる子ではないもので両親にも解らないのだと。どんな学生よ。

 

 

「……スズカはさあ」

「はい」

「普段からマジで走ることしか考えてないの?」

「いえ、そんなことはないですけど……今は流石にトレーニングのこと考えてますよ……?」

「そうかあ……」

 

 

 最悪スズカは走るための道具を贈っても良いし、キャンピングカーレンタルという手もある。ブルボンがマジで解らない。

 

 

「……ブルボンは普段何考えてるの」

「思考プロセスは多岐に渡るため、特定して答えることはできません。ですが、一般的なウマ娘と大差はないのではないかと……私自身は考えています」

「そうかあ」

 

 

 絶対そんなわけないけどね。普通のウマ娘は倒れて何時間も活動不能になるような練習はしないのよ。ズレてるんだろうなあ……まあ良いんだけど、ちょっと困った。本当にどうすればいいか解らなくなってきた。

 

 

「ブルボン、負荷を10kg下げてくれる?」

「了解しました」

「じゃあスズカ、後200ね」

「はい」

 

 

 とりあえず探してみるかと考えつつ、私はまたがしゃこんがしゃこんと上下するお役目に戻っていった。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「ややっ! これは皆さんお揃いで!」

「おお、サクラバクシンオー」

「はい! サクラバクシンオーです!」

 

 

 トレーニングルームに戻ると、サクラバクシンオーが立っていた。手に紙袋を持って、私達に大げさに頭を下げてきた。相変わらず元気な子だ。うちには大人しいのしかいないから新鮮ね。

 

 

「どうしたのですか?」

「いえ! 委員長として、友人の誕生日を祝いに参りました! 少し早いですが当日は私、用がありますので……」

「なるほど、ありがとうございます」

「いえいえ! ブルボンさん、お誕生日おめでとうございます!」

 

 

 これはプレゼントです! と紙袋の中からかなり荒っぽくラッピングされたプレゼントを差し出してくるサクラバクシンオー。それを受け取り、開けてみてください! という彼女に従いブルボンが中身を改める。

 

 

「……機械油……?」

 

 

 正直お世辞にも上手いとは言えない包装の中には、いわゆる自転車とかのチェーンに使う、ノズルの付いた缶々の潤滑油が入っていた。

 

 

「はい! 潤滑剤に使えるもののようです!」

「えぇ……?」

「普段は電池などエネルギーを差し入れていますが、たまにはメンテナンス用品も重要ではないかと思いまして!」

 

 

 ブルボンをロボットかサイボーグだと思ってるでしょ。こんなの貰ってブルボンはどんな反応をしたらいいの。

 

 

「……? はい、ありがとうございます……?」

 

 

 ブルボンが絶妙に間の抜けた表情で固まってしまった。もしかしてブルボン虐められてる……? と思ったけど、私が何度か出会ったサクラバクシンオーがそんなことをするようには思えない。というかウマ娘は基本的にそういう陰湿なことはしない。精々が陰口レベルの善性な生き物なのだ。

 

 

「喜んでいただけて何よりです!」

 

 

 それに、見てくれこのサクラバクシンオーの満面の笑み。こんなに輝いてる、天真爛漫と言う言葉の見本みたいな笑顔見たことないわよ。少しドヤ顔が入ってるけど顔が良いので非常に可愛い。頬っぺたをもちもちしたい。こんな子が悪意でこんなプレゼントをするわけがないでしょ。

 

 

「では、申し訳ありません! 他にも何人か渡す方がいますので、これにて失礼します! 良いお歳をお過ごしくださいね、ブルボンさん!」

「……はい。ありがとうございます、バクシンオーさん。大切に使います……?」

 

 

 過去一露骨に感情を表に出しているブルボンを置いて、サクラバクシンオーは廊下を駆け抜けていった。廊下は走らないで? ここ人間も通るから。ぶつかったら死ぬから。

 

 

 突風のような友人が去った後、しばらく固まっていたブルボンがちらりと私を見た。思考が完全に止まった表情で、私に何のコメントを求めているのか。悪いけどこのプレゼントに反応はできないって、私。善意なんだろうからなおさら。困った末貰っておきなさい、だけ言っておいた。これ以上は何も言えない。

 

 

「あの……あの子はいったい何を考えているんですかね……?」

「さあ……ブルボン、いつもこんな感じなの?」

「はい。たまに電池をいただきます。複雑ですが、基本的には嬉しく思ってはいます」

「そうかあ」

 

 

 私も電池あげるか、じゃあ。

 

 

 三人とも引きつつもトレーナールームに戻り、片付けの後定位置で座って潤滑油を見つめる。私とその隣にぴったりつくスズカ、向かいに座るブルボン。どうしたら良いの、これ。この部屋にこんなのが必要な機械なんて無いんだけど。ブルボンが飲んだりする? これ。

 

 

「とにかくそれはどこかに置いておきましょうか……悪いけどまあその……使い道、無いし」

「はい。これまでいただいた電池も保管していますが、それは……」

「全部纏めて置くのは使ってないのが露骨すぎるし……持っておいたら」

「承知しました」

 

 

 サクラバクシンオーのプレゼントの件は終わり、んー、と足に倒れ込んできたスズカがブルボンに語り掛ける。

 

 

「そういえばブルボンさんは誕生日のお祝いは何が良い?」

 

 

 ……スズカすき。さいこう。

 

 

「誕生日……いえ、取り立てて物品やイベントを求めることはありませんが」

「でも、何かお祝いはしないと。誕生日よ?」

「理解しました……ですが、やはり思いつきません。申し訳ありません」

「いえ、怒ってるわけじゃないのだけど……」

 

 

 二人ともしゅんとしてしまった。可愛いなあ私のウマ娘達は。心の底から優しいんだよな二人とも。質問は何にも役に立たなかったけど、可愛いからOKです。

 

 

「スズカさんは何か希望はありますか?」

「私は……まあ、特には……シューズもたくさんあるし……」

「なるほど」

「ごめんね、困るかもしれないけど……」

「いえ……」

 

 

 またしゅんとしてしまった。何をしてるんだかこの子達は。

 

 

「はいはい。お互い気を遣い過ぎね。別にやりたいことやれば良いの。欲しいものが無いならこれだけはやめてほしいものを言ったら良いでしょう。それだけ避ければ後は嬉しいってことなんだし」

「なるほど。ではスズカさん。何かありますか? 私は何もありません」

 

 

 そりゃブルボンには無いでしょう。このプレゼントを許容できる器があれば。

 

 

「あんまり辛いものでなければ……」

「なるほど」

「スズカ、辛いの苦手だもんねえ」

「苦手というか……まあ、苦手ですね……」

 

 

 私もあんまり辛いものは作らないようにしているし。私がそもそも好きじゃないってのもあるし、大量に作らないといけない都合上どうしても味付けは日和ってしまう。彼女らの体は人間よりはるかに丈夫だし、栄養過剰摂取なんてほとんど起こらないことは解っているんだけど、大鍋に塩を袋から直接がばっと入れる、みたいな調理は人間の本能が拒否してしまう。

 

 

「それで準備をしたらいいじゃない。ちゃんと考えればそれでいいって前にも言ったでしょう?」

「そうかもしれないですね……」

「では、プランを立てます。楽しみにしておいてください」

 

 

 そう言って、ブルボンは少し笑った。またクリスマスの時のようにブルボンの圧倒的料理スキルが発揮されるんだろうか。今となってはあれだけのことができるのも納得できる。マニュアル通りの動きにおいてブルボンはほぼ完全だ。手先も器用だし、料理を作業感覚でやっているんだろう。決められたことを決められた時間に綿密なスケジューリングのもとで。

 

 

「じゃあ私もプレゼント、用意しておきますね。ご飯もせっかくなので私が作りますねっ」

「おっ。それは凄いなあ。スズカって料理できるの?」

「簡単なものなら、一応……」

 

 

 これは思いがけない収穫だ。まさかスズカの手料理が食べられるなんて役得が過ぎる。楽しみにしておこう。

 

 

「じゃあスズカ、今度休みを教えてくれたら買い物に車出すから……それともネットで買う?」

「いえ、ひとりで行けますよ?」

「一応有名人だし、電車は……タクシーは高くつくよ」

「何を言ってるんですかトレーナーさん。私には脚があるんですよ?」

「何言ってるのスズカ。私は走るなって言ってんのよ」

「ふゃふゃふゃ」

 

 

 私が言わなかったら買い物のついでに東京を一周するつもりだったでしょ。私の追及に案の定目を逸らして抱き着いてきたので突っぱねて頬をうりうりしておく。油断も隙も無い子ね。レースはまだ当分先とはいえ、シンプルに故障も心配なのよ私は。好き勝手に走りおって。

 

 

「二人で買いに行きます」

「や、でしゅしゅしゅしゅ」

「二人で行きますー。スズカは私から離れたらダメなんだからね」

「そんなー……」

 

 

 私からスズカとブルボンに買うものも何となくだけど決めた。後は当日、ブルボンが喜んでくれることを祈ろう。スズカ? スズカのことを身内以外で一番知っているのは私だよ。喜ばないわけがないということをちゃんと考えておくから勝ったも同然よ。




チキンレースはやらない方が良いと思っていても、多少えっちなものを書きたくなる……書きたくならない?冗談だよ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。