走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「お誕生日おめでとう、ブルボン」
「ありがとうございます」
「おめでとう、ブルボンさん」
「ありがとうございます」
迎えたブルボンの誕生日当日。ブルボンは両手に結構な量のプレゼントを抱えてトレーナールームに入って来た。これで友達は多いのかもしれない。私のウマ娘、友達少なそうな性格して普通に交友が広かったりするからね。スズカもそうだし。
ともかく、トレーナールームに大量の料理を並べてみた。といってもウマ娘が食べるような量じゃないけど。スズカが八割作っているので、手間も考えるとそんな量は作れないのだ。
そして始まった三人だけの誕生会。といっても、その雰囲気はいつもと変わらない。スズカがボケて、ブルボンが何故か乗っかってくるのを私がツッコむだけだ。特に特別な会話があるわけでもないし、何かイベントを用意してあるわけでもない。
「じゃあブルボンさんはその状況でも走らないんですか……?」
「……? はい、特には」
「ほらスズカ。スズカがおかしいのよ」
「トレーナーさんが……私に冷たい……」
まあスズカは会話の流れ的に大体へちゃむくれてるけど、ブルボンは微笑んでいるしセーフ。そして、そういえば料理を忘れてましたね、なんて言いつつブルボンが食べ始める……が、一口食べて止まってしまった。
「どうしたのブルボン」
「いえ……すみません、少し判断に時間を要するかと思います」
「何の……?」
突然ブルボンが考え込むのはいつものことと言えばいつものことなので、いったん置いておいて私もスズカの料理に手を伸ばす。スズカの手料理は初めて食べるわね。たぶんだけどそんなに器用な子じゃないし、レシピ通りって感じなんじゃないかと思うけど。
ぱくり。うん。なるほど……なるほど。これはあれね……無味。
「素材の味ね、スズカ」
「えっ……」
「やはりそうでしょうか。私の味覚のバグではありませんか」
「うん。下味すらないでしょこれは」
口に運んだ肉野菜炒めは、肉と野菜の味しかしなかった。美味しくはない。本当に。
「ちゃんと味付けした?」
「し……てないかもしれない……です……忘れたかも……」
「いやいや……忘れないでしょ流石に」
「ふ、普段作るときはしてないので……」
嘘でしょ……? いや、スズカならあり得るな。この子は食事を栄養補給だとしか思っていない可能性があるから。何回か話したことがあるけど、スズカは朝食と昼食は必ず食べる一方で夕食は平気で抜く。走っていて食べるのを忘れたって言うのもあるけど、そもそも食べてもそのエネルギーで走れるわけじゃないとか言い出したこともある。だからこそ、私の家に呼ぶようになったし、呼んだときは無理にでも食べさせているんだけど。
「その、普段は栄養が摂れればいいかなって感じで料理してるので……すみません……」
ほら来た。
「もう……気を付けようねスズカ。ブルボンもスズカがポンコツでごめんね」
「食事の目的は栄養補給であると認識していますが」
「きみもか」
どうりで普通に食事を再開していると思った。どうしてそういうところで気が合うのこの子達は。いや、まあ、良いのか……? 主役は私じゃないし、二人が良ければそれでも……いやいや。
「でも気を付けることは気を付けるのよ」
「ぁぃ……」
涙目になるスズカ。流石に失敗だと認識していてよかった。反省したならそれで結構。偉いと褒めつつ頭を撫でてあげて、私も箸をとる。愛バの作った料理だ、流石に食べないわけにはいかない。私が主役でなくとも。
────
かなり無理のある食事を終え、お待ちかね……私は結構緊張してるけど、お待ちかねのプレゼントだ。まずはスズカが隠しておいた箱を取り出した。
そういえば結局、スズカは私と買い物には行っていない。何かを買ったわけじゃないのか、それとも勝手に走っていったのか。ともかく片手に収まるような小さなプレゼントを出してきた。
「改めておめでとう、ブルボンさん。これからも一緒に頑張りましょうね」
「はい。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
改めて言葉にして差し出す。早速、と言わんばかりに膝に置いたブルボンが、丁寧に包装紙を剥がして中身を取り出した。結構重厚感のある箱の中に、綺麗に折りたたまれた紙が一枚入っている。何の変哲もない紙のようで、それを両手に乗せたブルボンが少しずつ開き始める。
「その、私はプレゼントとか思いつかなくて……トレーニング用品とかを買うと、トレーナーさんがそんなのにお小遣いを使うなって怒るし……」
「いや、友達とかにあげるぶんには良いのよ? あくまで自分用のものは私が出すから自腹を切らないでって話で」
「じゃあ次にブルボンさんなら何が欲しいかなって思って、昨日やっと思いついたの」
完全に開くと、その紙は小さめのノートくらいに広がった。ひらり、とこちらに見せてきたそこには、向こう二か月分のカレンダーと、そして、下の方に書かれた二種類のメッセージ。さらには、何かのハンコ。
「私からって言うのはちょっとずるい気もしますけど……これで、喜んでくれるかなって」
カレンダーには赤と青の二種類の丸が点々と記されている。一部は重なっていたり、どちらもない日があったり。メッセージは下に二つ、非常に達筆な赤いものと、書き殴ったような少し乱暴な青いもの。ハンコは、これは、よくあるキャラクターものの子供向けハンコか。
『挑戦を待っている。未来の三冠ウマ娘を目指す君へ』
『やるなら全力だ。覚悟しておけ』
「昨日、エアグルーヴにも頼んで、生徒会室に行ってきたの。ルドルフ会長とブライアンさんのスケジュールなんだけど……併走相手をお願いしてきてみたわ。丸が付いてる日に一回だけだけど……」
「…………マジ?」
なんだそのプラチナチケットは。流石の私も引いている。他はともかくブルボンはまだジュニアですらない。デビュー前だ。二か月後でもやっとデビューしているかどうかというところ。そんなウマ娘が、あの二人と併走? マジ? 暴動ものじゃないのそれは。金を積んででも欲しがる子が出るわよそんなの。
「よ……く受けてくれたわね……え? 本当に?」
「お二人とも最初はそれは難しいと言っていたんですけど……エアグルーヴが、エルナトのトレーナーさんが見つけた三冠候補って言ったら特別にって……あ、内緒にしてほしいそうです。走るのも、誰もいなくなった夜にと……」
「ひえっ」
震えてきた。まあ認知されてるのは知ってたし話したことも全然あるけど、なんだその期待。あんなの怪物よ怪物。スズカにすら勝ちの目があるウマ娘に期待されなきゃいけないの、私。何でもないことのように言うスズカが悪魔のように見える。でもなあ、エアグルーヴも一緒に行ったとなると怒るに怒れないし、スズカの力になったんだと思うと複雑な気分だ。
「ありがとう……ございます……」
「喜んでもらえたかな……」
「とても……処理が追い付かないほどに……」
というか、スズカの影響力を思い知ったような気がする。これ、私の名前を出す以上にスズカとエアグルーヴが言ったのも大きいんだろう。シンボリルドルフはウマ娘ファーストだが、同時に非常に賢くお金など汚い話もしっかり知っている。トレセンにとって今のスズカは稼ぎ頭でもあるし、コネと権力の最高の使い方かもしれない。
紙を持ったまま小刻みに震えフリーズするブルボン。ヤバい。私のプレゼントが霞む……というか、それは良いんだけど、渡した結果水を差すみたいになるのは流石に避けたい。この感動に便乗しよう。幸い、私のプレゼントも偶然ながらスズカにかなり近い。
「ブルボン、私からはこれ、二つ……一応」
「……あ、ありがとうございます……」
心ここにあらず感のあるブルボンが、私のプレゼントも開け始める。私からは二つだ。スズカみたいに、物欲の無さそうなブルボンが何なら喜ぶかと考えて攻めたものと、まあこれだろうと少し日和ったもの。まずは小さめの、日和った方から開けられる。
「……時計」
「それならその、機械ではあるけど電気製品じゃないし、前にあげたのは使えなかったって聞いたから……それならネジ式だし着けても大丈夫かなって」
「……ありがとうございます」
そして、もう一個にも手を掛ける。うわあ怖い。学生時代の友達にあげるより怖い。将来結婚とかして子供産んだら毎年こんな気持ちになるのかな。生唾を飲み込んで、私はブルボンの反応を待った。
────
四月二十五日、木曜日。記録者、ミホノブルボン。
本日は私の誕生日を、マスターとスズカさんが祝ってくださいました。お二人からのプレゼントと祝辞、それからプレゼントを頂きました。それらを持って、解散後寮に戻ると、既に同室で同期でもあるニシノフラワーさんがいました。
「おかえりなさい、ブルボンさん」
「ただいま戻りました、フラワーさん」
「あ、それ、今朝おっしゃっていたトレーナーさん達からのプレゼントですか?」
「……はい。素晴らしいものを頂きました」
フラワーさんには私自身の判断により、誕生日プレゼントを用意しないようにあらかじめ言っておいています。普段から数多くのサポートをしてくださる方です。マスターにも報告しましたが、間違っているとは言えない、との反応がありました。
……マスター達からの、プレゼント。
ベッドにそれらを置き、座ります。時計の包装を解き、ケースから出して手に取りました。異常は……感知されません。取扱説明書に従い時刻を合わせ、ネジを巻きます。未だ故障は見られません。腕に巻いても変化なし。これを扱うにおいて、私の体質は障壁ではないと判断します。
そして、スズカさんからのプレゼントを机の引き出しにしまいます。フラワーさんは信頼できますので、これ以上の秘匿措置は必要が無いと判断。三冠ウマ娘。私の夢を、私よりも先に叶えた方々への挑戦権。シンボリルドルフ会長と、ナリタブライアン副会長は、ともにウィンタードリームリーグで活躍する三冠ウマ娘です。私の目指すべき場所。私の夢。
そして最後に、マスターからのもう一つのプレゼント。メモ帳に記された、マスター直筆の数ページにわたる記述。メモ帳の表紙にはマスターの字で、『通知表』と書いてあります。
「……スピード、E+、不足。スタミナE、不足。パワーF+、不足」
私の能力を、マスターが独自の基準で判定して記したものです。根拠や算定基準は説明されませんでしたが、それでも、マスターは信用するべきだと思います。それに、そこに並んでいる文字には一つとして、十分、あるいは及第点などの表記はありません。スピード、スタミナ、ともに私には足りていません。自覚はあります。
私には、他者を圧倒する才能はない。お母さんも、そうでした。お世辞にも強いウマ娘ではないと、お父さんにも何度も教えられました。だからこそ、トレーニング量で他者を圧倒する必要があるのだと。ミホノブルボン号は、他者の手無くして成立し得ません。
次のページには、スズカさんの能力も書かれています。目を見張るほど、私とは違います。全ての項目において、一つとして勝てていません。スズカさんは才能に溢れているのだと、マスターはおっしゃっていました。それに加えて、あの無尽蔵ともいえる欲望がスズカさんを強くしていると。
「……総評」
数ページにわたり、トレセン所属の有力なウマ娘の能力が書かれています。当然ながらどれも、私とは比べ物にならないものばかりです。そして、最終ページ。私とスズカさんの総評が書かれていました。
『サイレンススズカ。敵無し。本調子であり、特段の事情が無い限り負けない。逃げウマ娘としては最速最強。言うこと無し』
そして、ミホノブルボン。当然、評価はかなり低く、
『現評価は低いが、素晴らしいウマ娘。能力も予想以上の成長。このままの速度で成長すれば、クラシックの大本命。成長ペースを加味して、既に中長距離路線に力十分。頑張れブルボン。この調子』
「……ブルボンさん? どうかしました?」
「いえ……何でもありません」
『通知表』を閉じ、それも机にしまいます。これ以上の活動は危険と判断。入浴の後、直ちにスリープモードに移行します。
内側から溢れる衝動にも似た謎のエネルギーを感知しながら、私は大浴場へ向かいました。通知表とは、お父さんにも見てもらうものです。送付の用意もしておきましょう。
シリアス向いてない説あるな。