走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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マンハッタンカフェ出しました。スズカブルボンエイシンカフェで推しがみんな揃いました。やったね。


誕生日を祝われるサイレンススズカ

「わぁ……あ、あの、早く停めてください、私、私……!」

「待って待って。専用の場所があるから」

 

 

 続いて、スズカの誕生日。ブルボンの誕生日は非常に複雑な空気で終わってしまった。マジでブルボンのツボが解らなかった結果攻めに攻めて現在見えるステータスを書いて渡したのだけど、ブルボンが完全に黙ってしまったのだ。

 外したか……? と怯えつつ過ごした一週間。しかし今回はスズカである。スズカが何を喜ぶかを私が外すわけがない。そう、ランニングである。

 

 ということで、私達三人はとある場所に車を走らせていた。重めに荷物を準備し、気持ちばかりのサプライズにスズカの目を隠して二時間くらいの運転だ。

 

 

「マスター。あちらが空いています」

「良いね。あそこに停めよう」

「早く、早く早くっ」

 

 

 珍しく助手席にいるのはブルボンである。スズカは期待が高まりすぎて大人しく座っていることができなくなったため、後ろで座席に座りシートベルトを破壊する勢いで動き回り尻尾をぶんぶんさせている。基本的にダウナーで冷静なスズカの声が弾んでいた。

 

 

「マスター。荷物は全て下ろすということでよろしいですか?」

「そっちの緑のバッグは無くてもいいや。それは渋滞対策だから。あとこっちの荷物が重いからそれをお願い」

「了解しました」

 

 

 車を停め、荷物をブルボンに持ってもらって降りる。ここはそう、富士山である。

 

 

「わぁ……空気が美味しいですね、トレーナーさんっ」

「空気は無味です」

「どっちに突っ込もうかな……」

 

 

 スズカも大はしゃぎだ。何せ、富士山は流石のスズカも勝手には来られない。ウマ娘用の登山ルートは整備されているが、保護者がいなくてはならないのだ。というかレースに関わらないウマ娘は人間用ルートを使うため、ウマ娘ルートを使うのは実質的にはトレセン所属のウマ娘のみ。つまり保護者とはトレーナーのことである。

 

 結構前だが、スズカがここで走りたがっていたのを思い出し、お祝いにここに来ることにした。ついでに、プレゼントもちゃんと用意してある。これから渡すところだ。

 

 

 ともかく一度スズカを落ち着かせ、三人で登山ルートへ向かう。トレーニングするウマ娘専用みたいなルートだから、売店は小規模、山小屋もほとんどが無人である。しっかりと手続きを済ませてから、私はスズカにプレゼントを手渡した。

 

 

「はいスズカ。誕生日おめでとう」

「ありがとうございますっ。開けて良いですか?」

「むしろ今すぐ開けて使って欲しいわ」

「え……?」

 

 

 気が急いているのかビリビリに破いてプレゼントを開くスズカ。中身はカメラと、それを体に固定するベルトのようなものである。

 

 

「プレゼントはオマケだけど、良かったら使って」

「トレーナーさん……」

「走って良い時に、どこかに走りに行ったら、ね?」

「……はいっ。じゃあ早速今日も使いますねっ」

 

 

 ベルトを体に巻き、胸元に来た金具にカメラをがちゃっと嵌める。これで揺れないし落ちない。ちなみに構造上着用できる人は限られるやつなので、私やブルボンは無理。理由はほら、いや煽ってるとかじゃなくてね。ちょうど良かったなって。スズカも喜んでるしさ。

 

 にこにこで装着を終え、ストレッチを始めるスズカ。そこまで大がかりではないが私達も準備を始める。スズカに合わせて屈伸をし始めたブルボンの肩を叩く。

 

 

「あ、ブルボン。ブルボンはこっち。ストレッチしなくて良いから」

「……スズカさんと登るのではないのですか?」

「登るよ。あれで」

 

 

 そう言って私が指差したのは、この登山ルートに用意されている、電気自動車である。

 

 

「車で……登山を……?」

「そりゃそうでしょ人間なんだから」

 

 

 文明の利器万歳。私はウマ娘にはついていけません死んじゃうから。

 

 冗談はさておき、これはみんなが絶対に使う。ウマ娘用ルートは道もちゃんと整備されているのだけど、急な傾斜を抑え道も広めに作っている都合上非常に長い。人間用の登山ルートは長くとも一泊二日だが、ウマ娘ルートを人間が歩こうものならそれは大変な時間がかかるわけで。

 

 逆に、長い道のりだからこそ窓さえ開けていれば車で登っても高山病になりにくいという謎の利点もあるけど。

 

 

「スズカさんと走れるのだと認識していました」

「走るのは良いけどスズカについていけないとダメよ。一緒に行動しないといけないから」

「……車に乗ります」

 

 

 まあ、車に乗ったところでスズカに追い付けるかは怪しいけど。その場合は頻繁にある山小屋で逐一待っていて貰うことになるわね。まあそれは仕方無いと解ってくれるでしょいくらスズカでも。解ってくれるよね? 

 

 その後いくつか注意事項を伝えよーいどんした結果、案の定ぶっちぎられた。お説教は今日のところは勘弁してあげます。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「あ、トレーナーさん。遅いですよ?」

「スズカが速すぎるんだよ、もう」

 

 

 何度目かの合流を終え、今回の山小屋には人がいるようだった。スズカが勝手にお団子を食べつつ外ベンチに座って待っている。ウキウキわくわくサイレンススズカはもきゅもきゅと団子を頬張りながら満面の笑みを浮かべていて、私が隣に座るとすぐに寄りかかってきた。

 

 

「汗がついちゃうでしょ」

「知らないでーす」

「困った子ね」

 

 

 タオルはたくさん持ってきているので、拭き取ってあげることにする。目を閉じて顎を上げるスズカを抱き締めるようにして、額からうなじ、首筋まで撫でる。

 

 

「んー……」

「何、もう」

「んぁー……」

 

 

 気持ち良さそうに鳴くスズカ。ベルトを外して手を突っ込み背中を拭き取る間も、ぐりぐりと私に頭を擦り付けてくる。

 

 

「甘えたってことはもう満足? もう走らなくて良い?」

「もうちょっと……」

「走るのは九合目までだからね。それ以上は普通に危ないから」

「ぁぃ……」

 

 

 可愛いなあスズカは。テンションが上がりきって頭が溶けている。こっちは若干息苦しくなってきているのに、スズカはノーダメージ。まあ、ブルボンもそうだから、これは私が……というか人間がひ弱なんだろうけど。

 

 ウマ娘と人間は運動能力において絶対に越えられない壁があると言われる一方、超長距離走まで行けば人間が勝てるとも言われている。ウマ娘の脚がガラスと称されるほどに弱いことに起因する論説である。だけど逆に言えば、そこまでいかなければ持久力でも人間では勝てない。出来が違うなあやっぱり。

 

 

 汗を拭き取り、脚を少しマッサージして、最後に微笑むスズカを撫で回して休憩おしまい。お団子代を支払い、私達も数本買って車に戻る。ここから九合目の山小屋までが最後の走行区間だ。そこから先は流石に道が狭いし、下りはもし滑ると命に関わる。ブルボンを連れ立って車に戻りエンジンをかけると、ブルボンが助手席から団子の串を持ったままこちらを見つめていた。

 

 

「マスター。最終区間、走ってもよろしいですか」

「……だから、ついていけないと大変なんだって」

「最終区間の3000mならば、そしてここまでの道のりによる消耗を勘案し、十分走りきれると考えます」

「絶対無理だね。スズカはそんなんで追いつけるほど甘くないよ」

「そうでしょうか」

 

 

 ぴょんぴょんと数回脚を慣らした後駆け出したスズカを眺めつつ、団子を食べる私達。ブルボンの判断は正直解らないけど……でも、彼女はスズカが無尽蔵に走れるということを知っているはずだし、大きくパフォーマンスが落ちるようなら私が止めることも理解しているはず。そこまで理解していてなおこれを言うということは、勝算があるんだろうか。私は絶対に無理だと思っているけど、やってみる価値はあるか? どちらにせよ、ここから3kmなら突き放されてもそうそう差はつかないだろう。

 

 

「……よし。良いよ、走っておいで」

「ありがとうございます」

「おっと……ブルボン、何で下に体操服着てるの」

 

 

 ブルボンの格好はいつも通り男の子みたいなシャツにパーカーだった。だが、がばっとそれらを脱ぎ捨てるとその下にはトレセンの体操服が眠っていた。ぐいんと主張する胸元を私に向かってぐんと張り、それから下も脱いだ。

 

 

「常にあらゆる可能性を想定しています。この一連の会話もシミュレート済みです」

「……やるなあ」

 

 

 もうブルボンに思考を読まれている。ちゃんと調べて、考えて行動するさまはスズカよりは賢い。荷物の中からジャージの上を取り出して羽織ったブルボンは、ミホノブルボン、発進しますと言い残して車を降りて行った。鮮やかー。

 

 まあ、できるかどうかはすぐに解る。3kmなんてウマ娘にとっては一瞬だ。スズカに何かを話しかけて、テンションの振り切れたスズカにぽんぽんと頭を撫でられ……いや、様子がおかしい。ブルボンがさらに何かを続けたところ、スズカが纏う雰囲気が変わった。天然ほわほわあほ栗毛から一気にスイッチが入り、目つきが鋭くなる。真顔のブルボンが怖い。煽ったね、この子。あーあ。私知ーらない……ともいえないのがトレーナーの辛いところだ。

 どうすればいいかも解らず、私は走り出した二人を追ってアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「だから言ったのに」

「生意気なことを言うのはこの口? んんっ?」

「ふぁいふぁいふぁいふぁい」

「何言ったの一体」

 

 

 私が二人に追いついたのは、結局山頂であった。完全に火の付いたスズカと放火したブルボンが止まるわけもなく、狭い足場の悪さも何のその、ただひたすらに登って行った。私が行った頃には既に二人は休んでいて、ふにょんふにょんとブルボンが頬を両手で抓られているところだった。

 

 聞くに、今ならスズカに勝てる可能性が高い、みたいなことを言ったらしい。本気を出させるためなんだろうけど、やはりスズカもかちんと来たそうで、取り立てて怒りはしないがたてたてよこよこに頬を伸ばしている。結果としてブルボンは影すら踏めずにぶっちぎられたわけだけど、この場合ブルボンの能力が足りなかったのか、それともスズカがヤバすぎるのか……両方か。

 

 

「まあまあスズカも許してあげたら。ブルボンも悪意があったわけじゃないんだから。それに疲れてたのは事実でしょ」

「む……じゃあトレーナーさんは私が負けると思ってたんですか?」

「いや? 絶対無理だと思ってたけど」

「トレーナーさん大好きですっ」

 

 

 ばっと離れて今度はこっち。この子発熱でもしてるんじゃないだろうな。あまりにも感情の針が振り切れている。さんざん弄ばれたであろうブルボンも頬を摩りながら少し乱れた息を整えている。

 

 

「どう、ブルボン」

「はい。事前シミュレーション通りの完敗です。先ほどは失礼なことを言って申し訳ありません」

「まあ、スズカも別に怒ってはないから。ね、スズカ」

「ん? あ、はい。勝てるわけないですから」

「ほらね。こういう子よこの子は」

 

 

 自分が最速であることを微塵も疑っていない。素晴らしい自信だ。もちろん、それに見合うだけの実力があるのだけどね。とにかく特に確執が生まれるわけでもなく、じゃあ下りは車で、となった時、スズカが胸元のカメラを取り外した。

 

 

「写真、撮りませんか?」

「ああ。どう、道中で良い景色はあった?」

「途中では撮ってません。よく考えたら、走ってるのに途中で止まって写真なんて撮ったらもったいないです」

「……確かに」

 

 

 甘かったな。まあおまけだしね。ここに連れてきたこと自体はどう考えても喜んでくれているのでセーフ。担当一人喜ばせられない無能トレーナーではなかったということだ。ブルボンは……喜んだかは解らないけど。

 

 カメラを持って見晴らしのいい展望台にかけていくスズカを追いかける。設置された写真台にカメラを載せて、こっちですよ、と手招きで呼んでくる。

 

 

「スズカが一人で撮る?」

「もちろんトレーナーさんとです」

「では私がシャッターを」

「ブルボンさんも一緒よ。当たり前でしょ」

 

 

 そう言って私達の手を引くスズカ。明日このテンション恥ずかしくなるわよあなた。覚えておいてね。

 

 

 そして、タイマーをセットして写真撮影。とても楽しそうなスズカと写真写りが悪くてぎこちない笑顔の私、そして、真顔のブルボン。たぶんそんな写真が撮れたんじゃないかと思う。あとで現像した写真は貰おう。部屋にでも飾るか。

 

 

「記念の一枚目です。これからも色んなところに連れて行ってくださいねっ」

「……スズカ」

 

 

 かしゃん、とカメラをスズカの胸に戻す。ふう、と一息吐いて、私はスズカの頬を挟んでぐりぐりと動かし始めた。

 

 

「良い雰囲気にしても走らせてあげないからね」

「あ、あふぇふぇふぇ、お、おかしいです、トレーナーさんはそうだねって言ってくれると思ってたんですけど」

「シミュレート失敗じゃん」

「先ほどの写真は後で頂いてもよろしいですか?」

 

 

 いつものスズカだった。ほんの少し安心したようながっかりしたような、そんな気持ちで帰りの車を運転する私だった。


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