走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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後輩に解られているサイレンススズカ

 

 その後、改めてこれから行って良いかと連絡が来て承諾したのだけど、結局スペシャルウィークが来るまで結構かかった。

 

 待つ間暇なのでブルボンとスズカのオセロを眺めていたところ、ブルボンの夜練習ギリギリといった時間に彼女は来た。寸でのところで八連敗を回避したスズカが手早く片付け、二度パーフェクトを叩き出したブルボンが立ち上がってお茶を用意し始める。

 

 

「すみません、突然こんなこと……」

「ううん。スペちゃんのことだもの。何か大切なことがあるのよね?」

「……はい」

 

 

 スペシャルウィークの表情は非常に……まあ、良いとは言えない。今でも何かを悔やんでいる、そんな目をしていた。皐月賞だろうか? でも、スズカ曰くスペシャルウィークは皐月賞の敗北についてはそこまで深く引きずってはいなかったとのことであり、少なくとも今のような感じではなかったはずだ。

 

 スペシャルウィークも、優しさに溢れているのだ。自分は負けたが友達が勝った、だから自分が落ち込んでいてはいけないと考えるタイプ。ウマ娘にはよくあることだね。

 

 

「特に、こんなこと、スズカさんやスズカさんのトレーナーさんに言って良いのかってずっと悩んでいて……結局こんなギリギリになっちゃって……」

「そうなの……大丈夫よスペちゃん。皐月賞の時も言ったでしょう。ずっと応援しているし、私にできることがあったら何でも言ってって」

「スズカさん……」

 

 

 私とブルボンいる? 二人でどこか行ってた方が良い? ブルボンはこういうの何も感じないのかもしれないけど、私は何か恥ずかしいよ。普段私とスズカが二人だけの空間を作っている時って周りから見るとこういう感じなのかな。

 

 

「ありがとうございます。その、スズカさんにそう言ってもらえて、凄く嬉しいです!」

 

 

 うーん美しい友情だ。やっぱり私は一度外に出ていようかな、と思って立ち上がろうとしたんだけど、スペシャルウィークはそれを止めて声をあげた。

 

 

「ですので、スズカさんのトレーナーさんっ」

「どうしたの」

「私、ダービーまでスズカさんと一緒に練習したいです!」

「……なるほど」

「良いわねスペちゃん。とっても良いと思うわ。早速今からとかどうかしら」

 

 

 スズカは置いておいて。スペシャルウィークも心なしかスズカの方を見ていない。一秒で飛びついてきっとした目になるスズカの向かいで、スペシャルウィークはこう……どちらかと言えばダメで元々みたいな顔をしている。

 

 

「どうして、スペシャルウィーク。事情を知らないわけじゃないわよね?」

「はい。難しいことは解っています。でも、それしかないって思ったんです」

「あれ、スペちゃん? あの、私、全然良いのだけど……」

「理由を聞きましょう」

「あれ、トレーナーさん? おーい、トレーナーさーん」

 

 

 差し出されたお茶をぐっと飲み干すスペシャルウィーク。覚悟は決まっていそうだ。スズカとの練習というのはまあ、私に断られるどうこうというのもあるし、そもそも自分が一方的にボコボコにされてしまうということを意味する。スズカに勝てるわけがないからだ。

 

 

「私、日本一のウマ娘を目指しているんです。そのために、日本ダービーはどうしても勝ちたいです」

「うん」

「あ、あれ? おーい、二人とも、私は準備できてますけど……」

「でも、それにはまずスカイさんに勝たないといけません。他のみんなと違ってスカイさんは逃げ……追い付く経験が足りないんです」

「それで、スズカと?」

「あの、もしもし? 聞こえてますか? お、怒りますよー……ぅゃぅっ」

 

 

 スズカを引っ張って膝に寝かせながら考える。スペシャルウィーク、明るいおばかじゃなかったのね。いやスズカへの理解度からしてバカのわけがないんだけど、かなり見直したというか。

 

 スペシャルウィークの言葉はその通りで、正直な話末脚よーいどんの勝負は駆け引き以前に身体能力が大切になる。もちろん仕掛けるタイミングや位置取りはあるが、特にスペシャルウィークの同期はかなり後ろめで控える子が多い。

 

 一方逃げウマ娘対策は身体能力以前にレース勘が重要だ。前提として逃げができないスペシャルウィークは逃げウマ娘に付き合えば確実に沈む。主導権を全て相手に委ねることになるからだ。かといって相手はセイウンスカイ、もっと身体能力に差があればともかく、今の時点で適当に走って捉えられる相手ではない。

 

 

「スカイさんの走り方は独特ですけど……スズカさんに似ているような気がするんです。途中で少し減速して、最後に伸びる逃げ方……まだスズカさんほどではないですけど、でも、そんな感じがして……」

「……確かに、解らなくはないけど」

「それに、そういうの抜きでも、私の知る一番の逃げウマ娘はスズカさんです! お願いします!」

「スペちゃーん? 私私。私にお願いして? トレーナーさんじゃなくて」

 

 

 まあ……やらせていいか。スズカの次走は宝塚だ。ダービーまでたらふく走っても支障は出ないし、スペシャルウィークができるだけと考えればそう脚にも負担は行かないだろう。

 

 スズカ的にはほんの少しスタミナが上がる程度であまり旨味はないが、スペシャルウィークのためだしスズカも乗り気だし。

 

 

「……解りました。しばらくスズカと一緒に練習をしましょう。メニューはそちらのトレーナーと話し合いの上で決めるわ」

「ありがとうございます!」

「スペちゃん? 私。私は?」

「スズカさん、私、頑張りますね!」

「おかしいわ……スペちゃんがおかしい……」

 

 

 よし。ちょっと憂鬱ではあるけどスペシャルウィークのトレーナーさんの連絡先も聞き、了承の旨を伝えていく。今日の夜は四人でメニュー作りを兼ねてご飯を食べに行くことになった。ブルボンも連れていきたかったけど、流石に無関係なので断念。

 

 

「マスター。夜練習の時間です」

「ん。じゃあスペシャルウィーク、また夜に」

「はいっ」

「ついでにスズカのご機嫌も直しておいてくれる?」

「あー、トレーナーさんが言っちゃいけないこと言いました。もう私は知りません。おこですおこ」

「まあまあ。スズカさん、もちろんスズカさんにも感謝してますよ? 一緒に走るの楽しみです」

「そ、そう……? 私も楽しみよ? でもその」

「速いんだろうなあ、スズカさん。追い付けるかなあ」

「……絶対追い付かせないから。精々頑張ってね、スペちゃん」

 

 

 あとで私もちゃんとスズカをあまあまにして機嫌をとろう。悲しいかな後輩に褒められふにゃふにゃになっているスズカを見ながら、私はブルボンを連れて坂路に向かった。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「オーダーを完遂。坂路四本、終了しました」

「セルフチェック」

「呼吸、脈拍は想定より安定。疲労度は極めて高く、思考のエラーも起きています」

「うん。そうね」

 

 

 かなりギリギリまで切り詰めたタイムで坂路を終え、私のもとに戻ってきたブルボン。相変わらず消耗は半端なものではないが、今日は初めてかもしれない、ブルボンがまっすぐ立ってふらつきもせず私と目を合わせている。

 

 これは快挙だ。成長に合わせて厳しくしているから体感の消耗は変わらないはず。身体がガス欠に適応しているのもそうだし、スタミナの伸びも著しい。

 

 

「身体に異常は?」

「ありません」

「そう。では以前から言っておいた通り、ここから体幹と上半身を中心に筋力トレーニングをするから。ダウンがてら一本流して来なさい」

「了解しました」

 

 

 私の指示に何一つ反論せず坂路に戻るブルボン。そんなブルボンのステータスを後ろから眺める。坂路で上げてきたスピードとスタミナは申し分無い。賢さは実戦で上げるとして、多少パワーもあったほうがレース場の坂に対応しやすい。特に体幹の強さはあって困ることは絶対に無いし。

 

 ブルボンは完全消耗からの回復も早めだし、体幹トレーニングはそもそも消耗も少ない。まだいける。ここからさらにブルボンを強くして、メイクデビューで周りの全員を黙らせてジュニアG1をとる。

 

 

 ブルボンは気にしていないかもしれないけど、ブルボンが短距離に進まないというのは割と色んな所に漏れているし批判も集まっている。私はまあネットの評判なんか今さらだし、世間が言ってることの方が間違っていると思ってるから良いんだけど、万が一ブルボンに火の粉が飛ぶと事だからね。

 

 そのためにはジュニアG1はホープフルでも良いんだけど……気分として朝日杯1600、スプリング1800、皐月賞2000の方が成長も実感できるだろう。朝日杯の前の重賞も1600くらいを選ぶつもりだし。

 

 

「……マスター、完了しました。続行できます」

「うん。じゃあマシンルームに行きましょう。そこまでキツくはやらないけど、そこそこにね」

「はい」

 

 

 スズカとブルボンは違う。スズカに必要なのはトレーニングよりメンタルケアだが、ブルボンに必要なのは厳しいトレーニングだ。メイクデビューを越えたら重賞に向け食事の管理をすることになる。

 

 徹底して管理し、厳しいトレーニングを積み、中途半端な適性と低いスタミナを補完し切る。逃げのブルボンは能力さえあればごり押せるのだ。

 

 

「……ブルボン」

「はい」

「メイクデビューは六月一日。中山芝1600よ」

「……承知しました」

 

 

 ブルボンを引き連れ、私はトレーニングマシンルームに歩き出した。後ろをゆっくりとついてくるブルボンからは気のせいだろうか、スズカと似たような威圧感が放たれているような気がした。


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