走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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普通のトレーニングはできないサイレンススズカ

 ある日。

 

 

「…………っ!」

「…………」

 

 

 スペシャルウィークとスズカ、それにブルボンがコースで走っている。まだ半分アップの段階ではあるが、そこそこのペースでのマラソンを行っていた。

 

 先頭をひた走るスズカと、その後ろを広がって続くスペシャルウィークとブルボン。先輩ということでスペシャルウィークが外を走らされているため、二人は割と同じくらいの疲労度に見える。

 

 

 スペシャルウィークを預かって数日。ブルボンも坂路予約が取れなかった日はこっちの練習に参加させることにした。練習メニューはスペシャルウィークのトレーナーとの兼ね合いもあるのでそう過酷にはできなかったが、練習のメインはそういうところではないし。

 

 

「ブルボン! 垂れてる! 内を走ってるのよ! スペシャルウィークより前出なさい!」

 

 

 私はメガホンを持ってそれを見ている。坂路のブルボンと自由人スズカを受け持っている身としては結構レアな経験だ。返事は聞こえないけど、ペースは上がったし聞こえてはいるんだろう。

 

 外枠スペシャルウィークと競るブルボン……レースでもないしある程度のペースは保っているからスタミナ不足がどうという問題にはならないけど、それにしても凄いなあの子。根性の塊みたいな子ねやっぱり。

 

 

 ……まあ何より凄いのはそんな二人が追い縋るのをガン無視して悠々と走るスズカなんだけどね。明らかに一人だけ余力を残している。

 

 

 こちら正面に戻ってきた三人。正面から見るとブルボンの消耗がやや激しいように見えるかな……? 表情があんまり変わらないから解りにくい。体力や怪我率は問題ないから続行はするけど。

 

 

「あと5000! スズカ! ペース上がってる! 抑えて!」

「……っ」

 

 

 スズカは露骨に嫌そうな顔をして走り抜けていった。まあその……うん。そりゃ嫌よね。何にも楽しくない……まあ走れるからその分マシってくらい? ペース走はね……スズカ的にはね……。

 

 

 でも仕方が無い。スズカだって昨日話聞いてたでしょ? パクパク食べるスペシャルウィークにわんこそばみたいに料理を取り分けながらさ。二人で決めてるって言っても向こうのトレーナーさん主導なのよ。私もその、ちょーっと年功序列には逆らいにくいからさ。

 

 

 現実問題スペシャルウィークに必要なのは何って、賢さじゃないかな。コースの問題もあるとはいえ皐月賞では脚を残していたし、仮想敵がセイウンスカイならなおさらだ。

 

 とすると、身体能力向上も兼ねてひたすら模擬レースを繰り返す方が楽だし、たぶんエルナトではそれを想定していたんだと思う。ただその、普通のトレーナーは模擬レースのことを「実力を計るもの」くらいにしか思っていないってだけで。

 

 

「ふぅ……トレーナーさん、終わりました……」

「つ、疲れますね……スズカさん、どうしてそんな平気そうに……」

「スズカさんは……常に……こうです……から……」

 

 

 三人とも全然余裕そうね。まあアップみたいなものだしバテても困るけど。

 

 

「じゃあ次は……んー……スプリント。スズカはやらなくて良いわ」

「むー……」

「むーじゃないでしょ。逆にやりたいの? 600直よ?」

「……く……」

「何を本気で悩んでるの……?」

 

 

 最高速度に乗りにくいし乗っても短いし良いことないでしょ。大人しく私の横に座らせて、三人ともに飲み物を渡す。流石に昼間から人目もある中寄り掛かっては来ないが、かなり近くに座って尻尾もぶんぶんだ。可愛いわね。

 

 

「ブルボンとスペシャルウィークは600直二本。スペシャルウィークは15m後ろから。頑張ってね。ブルボン、三バ身離されたら夜のパフェから苺が消えます。勝ったら一個増やすわ」

「苺……全力を尽くします」

 

「じゃあスペちゃんは負けたらパフェ抜きとかにする?」

「……ま、負けません……絶対に……!」

「いや流石に負けたら事でしょ。ご飯抜きでも良いくらいよ」

 

 

 非常に和やかな雰囲気で、二人がコースに戻っていく。瞬発力比べとなるとかなりブルボンも良い勝負ができると思うんだけどね。逃げウマ娘に必須のスタートダッシュの良さをしっかり備えているから。スペシャルウィークも上手くはあるけどブルボンほどではない。

 

 

「スズカも意地悪言うわね」

「スペちゃんはこう言うととてもやる気が出ますから。本当に抜くと泣きそうになるのでやっちゃダメですよ?」

「やらないわよ。ブルボンにもやらない」

 

 

 スタート位置についた二人を見て旗を持つ。笛やピストルは隣のスズカが倒れるので使えない。立ち上がって勢いよく振り上げて、数秒待って振り下ろす。

 

 

「やっぱりブルボンさんはスタートは上手ですね」

「だね。スピード差は大きいけど、スペシャルウィーク相手に粘れるんだから大したものよ」

「あっ抜かれ……あぁっ……」

「どうどう」

 

 

 尻尾がびゅんびゅんのスズカの背中を撫でて落ち着かせる。どうやらスペシャルウィークが差し切ったらしい。おおむね予想通りの着差ね。

 

 戻ってくる二人に指導を入れもう一本。結果は変わらずスペシャルウィークが差し切り一バ身。スズカの喉元をくすぐって落ち着かせながら二人が戻ってくるのを待つ。

 

 

「トレーナーさん」

 

 

 すると、スズカが非常に冷静に口を開いた。

 

 

「……これは何か違うと思います」

「……まあねえ」

 

 

 私もそう思う。この練習風景は違うでしょ。二人とも素直だから言われたメニューをこなしているし、ブルボンはそれで良いんだけど……スペシャルウィークは前提としてスズカと練習するためにエルナトに合流しているわけだ。

 

 だったらこんなことしてないでひたすらスズカに追い縋る練習をさせた方が良いんじゃないかと思う。やっぱりスズカもそう思うよね……ごめんね……私が強く言えなかったばっかりに。

 

 

「もちろん私も走りたいですけど、それよりスペちゃんが申し込んできたトレーニングはこうじゃないと思うんです」

「だよねえ……はあ……」

 

 

 言わなきゃダメか。でも、どんなにやんわり言ったとしても、結局「うちで預かるんだからトレーニングはこっちで決める」ということに他ならないのよ。ウマ娘のトレーニングは本来めちゃくちゃ慎重に決めなきゃいけないもので、言い合いになれば間違っているのは私だ。

 

 ウマ娘の消耗と怪我率、それから何のトレーニングで何が伸びるかを理解しているからこそ、効果のあるトレーニングを一つだけ雑にやらせる私のやり方が成立するのだ。

 

 

「トレーナーさん……」

「そんな目で見ないで……」

 

 

 今回については100%私がやるかやらないかにかかっているからスズカの目を見られない。スズカも走りたい以前に後輩のためを思って私に頼っている。もー……頑張らないとダメかなあ……

 

 二人が帰って来た。まだまだ平気ね。ややブルボンは疲れが見えるけど、これくらいは全然平気。

 

 

「マスター。それぞれ着差は二バ身が最大です。オーダー、遂行しました」

「あ、危なかったです……差し切れなかったらどうしようかと……」

「お疲れ二人とも。じゃあ少し休憩して、その後2000併走を三本。ストレッチ挟んでスズカを入れて2400行くから。スズカも用意しておいてね」

「え……私は2000には入れないんですか?」

「スズカがちゃんと隣で走ってくれるなら入っても良いけど」

「むぅ……」

 

 

 憂鬱だなあ……でもこれもスズカとスズカの後輩のためだもんなあ。やらないとなあ。はあ……あんまりこういうのは得意じゃないんだけど……所詮私は小物だしさあ……

 

 

「スズカさん、全然疲れてないんですか?」

「走ってただけだから……それよりスぺちゃん、たぶん明日からはもうちょっとちゃんとした練習になるから、覚悟しておいてね?」

「え? は、はい! 頑張ります!」

 

 

 退路を塞がれた気分だ。と言うか今もちゃんとした練習だから。今の方がと言った方が良いかな? ひたすらスズカとスペシャルウィークを並べて競わせ続けるとか正直正気じゃない。スズカはそっちの方が嬉しいんだろうけどね。スペシャルウィークのためにやってる感も強いし。

 

 

「……スズカ、今日はお泊りね」

「ふふっ、はい。楽しみにしてますね」

 

 

 笑顔で応援してくれるスズカのため頑張ろうと決意して、私はスマホを取り出した。緊張するなあ、もう。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「走ります」

「走りません」

「走ります」

「走りません」

 

 

 その日の晩。ブルボンの坂路を眺めながら、私達は……というか私とスズカはいつも通りの話をしていた。今日の夜、恐らく私の帰りは遅くなる。絶対に揉めるのでスズカを連れていくわけにもいかない。それを伝えたところ、一人で留守番は怖いので夜は走りに行くとか言い出した。

 

 

「怖いわけないでしょそもそも」

「怖いです」

「何回一人で留守番してるのー」

「いふぁいいふぁいふぁい」

「スズカさん……」

 

 

 スペシャルウィークの目を見てみなさい。頬っぺた抓ってるから見えないと思うけど、この人は何を言ってるんだろう、みたいな目を後輩に向けられているのよあなたは。可愛いからって許されるのは私相手だけなんだからね。

 

 

「待ってる間だけですから……」

「だめ。絶対に帰ってこないから」

「じゃあスぺちゃんに見張りをお願いしますから……」

「だめ。スペシャルウィークじゃスズカに追いつけないでしょ。あなた何回監視のブルボンをぶっちぎってるの」

 

 

 ブルボン一人が「スズカさんを見失いました」とか家に来るの、すごくびっくりするんだからね。しかもスズカからの指示を自分のスペック不足で守れなかったことにしょぼんとしてるし。ブルボンがそれでやる気を失くす子だったら大変なことよ。

 

 ……実際には今度こそ遂行してみせます、とか言って燃え続けるので別に良いけど。

 

 

「というかその、明日からたくさん走れるって話なのでは……?」

「あら良いこと言った。ほらスペシャルウィークが良いこと言ったわよ」

「明日と今日の風は違うんですよ? スぺちゃん」

「そうですか……? あんまり変わらないですけど……」

「変わるわけないでしょーっ」

「ゎぅゎぅゎぅ」

 

 

 夜の坂路には誰もいないのでスズカを弄り放題だ。ブルボンと違ってスペシャルウィークは参加してこないあたりにまだまだ染まり切っていない感じがする。

 

 一頻りスズカを説得していると、ブルボンが帰って来た。今日も特に問題はない。ダウンを指示して私からも体調をチェック。ステータスも……うん、良いねえ。これでメイクデビューは圧勝でしょ。負けたらたまげる。同世代でも圧倒的に抜けたステータスまで仕上がっているし、ここからはスペシャルウィークとスズカに挟まれて走ることもできる。後ろから迫られる経験、前に自分以外がいる経験、完璧だ。スペシャルウィーク的にもスズカとタイマンより他の……言い方は悪いけど他の垂れウマがいる方がレースの特訓にはなる。

 

 

「走りに行ったら怒るからね。デコピンするよデコピン」

「いーやーでーすー」

「このっわからず屋めっ」

「ふはへへへっ、や、やめ、やめてっくすぐ、ふふふっ」

「大変なんですね、トレーナーさん……」

「まあね」

 

 

 夜はブルボンにも頼もう。スペシャルウィークも頼めば来てくれそうだし。今更今日禁止したところで明日からたらふく走るんだから何も変わらないのはそうなんだけど、一応ね。少しでもスズカの消耗は抑えたい。そんな気持ちで私は日々を過ごしているのだ。




夏合宿の描写は悩みどころさん。宝塚後だしカットかなって感じ。ブルボンのぶるぼんは各自勝手に想像してください。想像する必要ないか。アプリを開けばそこにあるもんな。

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