走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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ニシノフラワー is God.ベッドの中だけで3000文字使うってマジ?こんなのもう実質……いやそんなこともないか。


一人だけ許されないサイレンススズカ

「……トレーナーさん? ねえトレーナーさん。もう朝ですよ? 起きた方が良いですよ?」

「んー……スズカ……今何時……?」

「四時半です」

「バカじゃないの……」

 

 

 翌朝。終電ギリギリまでスペシャルウィークのトレーナーと揉め続け、議論は白熱しまくった。不思議な力で色々すっ飛ばしている私の考えとしっかり勉強してきて職務を全うしてきた彼の意見が合うはずがない。それはもう……夢に出てきた。

 

 ヒートアップした末にスペシャルウィーク本人の電話越しでも解る熱いお願いによりエルナトに一任されることになった夜が明け、気疲れを癒そうと私はスズカと寝ていた……が、そのスズカに起こされる。

 

 

 朝から私の腕に抱かれながら私を揺さぶってくるスズカ。こちらの意見が通った……つまり今日からスペシャルウィークが納得行くまでひたすら模擬レースをやり続けるということで、うちの気性難も非常にご機嫌である。

 

 

「朝から走ると健康に良いんですよ。今日からたくさん走るんですから、走っておいた方が良いと思いまわぷっ」

「何言ってるのあなたは……」

 

 

 スズカを抱き締め胸で口を塞ぐ。ぷは、と抜け出したスズカ。ここまで近いとウマ娘用シャンプーといえど良い匂いが微かに解る。目が希望に満ちてとても可愛い。見上げられるとドキドキしてくる。

 

 

「良いじゃないですか。気持ちいいですよ? 今週は天気が良いんですけどあんまり気温が上がらないし、風もあるからじめじめしないし……」

「だとしてもこんな時間から走るのはおじいちゃんおばあちゃんだけよ」

「トレーナーさんはおばあちゃんみたいな体力じゃないですか」

「一般的二十代女性よ。人間だけど」

 

 

 ほんのちょっと人よりひ弱かもしれないけど。

 

 

「トレーナーさーん」

「もう……まだ眠いの私は」

「じゃあ寝てて良いですから走ってきて良いですか? ご飯も自分で作りますから」

「だめー」

「んぅ……」

 

 

 今日に限っては昨日早く寝たし、何よりスズカのテンションが高過ぎるので、いつもなら抱き締めていれば寝るのにまだ話し掛けてくる。私は普通に眠い。人間が活動を始める時間じゃないのよ。

 

 

「お腹空いたの?」

「……そんなにですけど、走る前はちゃんと食べておかないと。力が出ませんから」

「太るわよ」

「走ってるし大丈夫ですよ?」

「無敵じゃん……」

 

 

 スズカが勝手に抜け出さないように足を絡めようとすると、必死に逃げられる。パワーが違いすぎて競り合いにすらならないし、ちょっと無理な動きをして抵抗されると私が物理的に折れるので諦める。

 

 身体を動かしているうちに眠気が覚めてきてしまったけどまだ寝られる。そもそも今日は土曜日なのだ。担当の諸々が無ければこの時期は週休無限日の素晴らしい職場である。もう少し経つと夏の色々と、秋になれば見学会とか入試とかあるけど。

 

 

「トレーナーさーん」

「あっあっあっあっ叩かないでスズカっかっかっかっ」

 

 

 退屈になってきたのか私の身体を再び揺さぶるスズカ。せめてもの抵抗にイヤーキャップの無いウマ耳を弄くるが、全く効果がない。何とかならないかなこの子は。私が可愛さに負けてしまう前に何か思い付きたい。

 

 

「トレーナーさんは見てくれてなくても良いですよ? ちょっと一周してくるだけですから」

「府中レース場コースあたりを一周くらいなら良いけど」

「たったの三キロじゃないですか。そんなの走ったうちに入りません」

「どこから入るの」

「気持ちよくなったらです」

「一メートルで気持ちよくなって……?」

 

 

 より強く抱き締める。この細っこい身体のどこからそんな体力が出るのか。ウマ娘は人間の科学を超えた神秘というのも頷ける。どう考えても無理なことを可能にするのがウマ娘である。なんであんなランニングフォームでスピードが出るの。身体起こせ。

 

 しばらく抱き締める私と走りたいスズカの攻防は続いたが、そのうちに面倒になったのかスズカが逆に私の背中に手を回し、そのまま回転して私の下敷きに動き始めた。

 

 

「うわ何するの」

「もう五時ですよ? おはようございますトレーナーさん。ねぼすけさんはダメですよ」

「やめ、やめっ……」

 

 

 トレーナーはウマ娘に対してやられたらヤバいことを習っていたりもする。正直に言おう。押し倒されるより持ち上げられる方がヤバい。そして今、スズカの細腕と膝が私を完全に持ち上げていた。

 

 

「あー……」

「今日から頑張りましょうね、トレーナーさんっ」

「もー……」

 

 

 持ち上げられたら暴れるかウマ娘を傷付ける以外に抵抗できない。暴れて落ちたら怪我をする。あらやだ。私は詰んでしまったのだ。

 

 

「トレーナーさん?」

「……ご飯、目玉焼きとウインナーとにんじんで良い?」

「はいっ」

 

 

 またスズカに屈してしまった。でもこれは力に屈したのでセーフ。可愛さに負けたわけではない。

 

 

「まったくもう……あ」

 

 

 電話が鳴った。ベッドを出て腰掛けつつスマホを取る。テレビ電話か。ブルボンだな。ブルボンだった。スマホに無闇に触れないので、彼女にとって通話とはすなわちテレビ電話限定である。元々構造上ウマ娘はスマホで通話するならスピーカーだけど。

 

 

「もしもしブルボン?」

『あ、ブルボンさん、トレーナーさん出られましたよっ』

『ありがとうございます、フラワーさん』

 

 

 こうして他人の手を借りなければ電話ができないというのも困りものである。あと机に私達三人の写真が飾ってあって感動しました。

 

 

『マスター。おはようございます……御就寝のところ申し訳ありません』

「あぁ、うん……それはまあ良いけど……」

「トレーナーさん?」

 

 

 五時だしまあ譲りに譲って許すことにする。四時台と五時台の違いは大きいのだ。許した瞬間スズカがこっちにゆっくり視線を向けてきたがそれは無視することにする。

 

 

「どうしたの、こんな時間に……」

『はい。私としても想定外です。システム起動時間は常に一定のはずですが、何かエラーが起こった可能性があります』

「まあ、早起きで悪いことはないんだけどさ」

『はい。用件ですが、これから三十分ほどのランニングを行おうと思っています。許可を頂いてもよろしいでしょうか』

「あー……良いよ」

「トレーナーさん……?」

 

 

 スズカが身体を捻って私の下から見上げてくる。怖い怖い。仕方無いでしょ。ブルボンは時間を決めて許可を取りに来てるんだから。スズカは無限じゃん。

 

 

『ペースですが、一キロあたり二分ほどを想定しています。よろしいですか?』

「キロ二分……えー……時速……あー……もう少し落とそうか。時速二十五くらいで。できるだけアスファルトを選びなさいね」

『了解しました。では、一キロあたり二分二十四秒を目標に設定します』

 

 

 計算はっや。

 

 

「ニシノフラワーもごめんね、こんな時間に付き合わせちゃって」

『い、いえ! 私は結構早起きさんなので、平気です! たまにお弁当を作るときなんかもこれくらいの時間に起きますし……そうだ、せっかくですしブルボンさん、朝ごはんを作っても良いですか? 暇になっちゃうので……』

『……マスター』

 

 

 なんか聖人がいるわね。幼い顔立ち……というか身体も普通に幼いのになんて良い子なの。学生で土曜日五時から友達に起こされたらキレるわよ私。もちろんブルボンの体質は解ってのことだし、彼女なりにちゃんとお礼は言ったんだろうけど。

 

 ……それにしても、ニシノフラワーもなかなかいかついステータスをしている。ブルボンが走るような距離には来られないだろうけど、短距離に行ったらブルボンはボコボコにされるだろう。この幼さでウマ娘として本格化しているというのが信じられない。神秘ー。

 

 

 と、忘れてた。不安げにこちらを見るブルボンに返事をしないと。考えながらスズカのウマ耳を弄っている場合じゃない。

 

 

「良いんじゃない。ちゃんとお礼は言いなさいね。ニシノフラワーもありがたいけど無理しないでね」

『いえ、あの、いつも頑張っているブルボンさんに何かしてあげたくて……』

「ありがとう。ブルボン。頑張ろうね」

『はい。ありがとうございます。よろしくお願いします』

 

 

 ブルボンがまっすぐにニシノフラワーに頭を下げるのを見守り、よろしくね、と再度彼女に言って電話が切られた。形は違えどブルボンの友達は世話焼きしかいないのかな? 

 

 

「トレーナーさん……どうしてブルボンさんはすぐに許可したんですか」

「スズカも決められた距離とペースを守れるなら良いんだけど、どう?」

「……無理ですね……」

「でしょ?」

 

 

 でも酷いです、と私の膝を叩き始めたスズカに笑いかけながら、私はスマホを放り投げてキッチンに向かった。途中からスズカも手伝ってくれたので、朝ごはんはとても美味しかった。

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「あ、おはようございます! スズカさん! スズカさんのトレーナーさん!」

「あら」

「おはよう、スペちゃん。早いのね……どうしてにんじんを咥えてるの……?」

 

 

 朝ごはんを食べ、走りたいとごねるスズカを何とか説得し続けながらトレセンに着くと、ランニング……人間ペースだしジョギングか。ジョギング中のスペシャルウィークに出くわした。口ににんじんを咥えながら走っちゃいけません。

 

 

「早起きして、いてもたってもいられなくて……朝ごはんは食べたんですけどお腹空いちゃって」

「ちゃんと食べないと今日からキツいよ?」

「お昼はしっかり食べます! それでスズカさんにも勝ちます!」

 

 

 スペシャルウィークは今日も底抜けに明るい。ちょっと寝癖の残った髪で、ふふん、と笑顔をスズカに向けた。対して、スズカの雰囲気が変わる。

 

 

「……そう……」

 

 

 もうみんなスズカの扱い方を解っているみたい。スズカは走りの速さに関してはIQが3になるので、どんなに安い挑発でも乗るのだ。目に炎が灯ったスズカを慌てて後ろから抱き留める。

 

 

「ごめんねスペシャルウィーク。今はやめてもらっていい? 大変だから」

「あっ……すみません、つい……本当はレース前に言おうと思ってたんですけど……じゃあ私、もうちょっと走るので!」

「ん。頑張ってね」

 

 

 スペシャルウィークが走り去る。スズカにしては珍しく挨拶が無かったけど、まさかあれで怒るわけもないし。スズカの顔を覗き込むと、スズカは目を少し細めてこちらを非難するように見返してきた。

 

 

「……どうして止めるんですか。一番速いのは誰か教えてあげないといけないのに」

「そんな解りきってることしないで良いの。スズカに決まってるでしょ」

「……本当ですか。ちゃんと解っていますか?」

 

 

 めんどうな子だわあ、まったく。

 

 

「スズカが一番速いよ。当たり前でしょ?」

「……解ってるなら良いんです。ふふんっ」

 

 

 スズカは満足げに笑って歩き出した。ちょろいなあ、スズカは。そこがとても可愛い。今日から何回先頭が取れるだろうね、スズカ?




Tips!
サイレンススズカを挑発してもしなくても、スズカが走りで手を抜くことは無いぞ!ただし、トレーナーがあらかじめ「伸び脚を使うな」などの指示をしていた場合、それを無視させることができるんだ!

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