走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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過小評価も気にしていないサイレンススズカ

 

「んー……あった。この子と……あっタブ閉じちゃった……うざ……」

「トレーナーさん、お待たせしました……あら?」

「ああスズカ。ちょっと待っててね」

 

 

 ある日。私は直近に迫ったジャパンカップに向けて、一応他のウマの情報を集めていた。

 

 もちろんG1レースに出るようなウマ娘だ、注目度は高い。だけど、私のようなトレーナーの「強い」のハードルは上がりに上がっている。本来なら重賞というのはG3であろうと、何なら出られるだけでも素晴らしいレースなのだ。トレセンの多くのウマ娘は、未勝利戦やプレオープンにすら勝てずに沈んでいくのだから。

 

 そこはサイレンススズカ担当の私はバグっている。ただし、それが間違っているかと言われるとそうでもない。何故ならスズカが強いからだ。スズカを阻めるウマ娘などほとんどいない。

 

 

 私としては、見なければいけないのは他の逃げウマのみ。要するに、スズカの先頭を一時でも奪う可能性のあるウマ娘には注意しなければならない。

 で、そんなウマ娘は出走登録にはいない。これでスズカは最終コーナーまで先頭だろう。適宜伸び脚を使わせればそれで勝ち。なんて強い子だこの子は。

 

 

「ごめんなさい、遅くなっちゃって……スペちゃん、どうしても眠そうで……」

「ああ、まあ……うん。良いよ。落第してもあれだしね」

 

 

 スズカも、私のパソコンの画面を見て何をしているか理解しておきながら、特に何を言うわけでもなく興味も無さそうだ。そりゃそうだ。今回のジャパンカップでスズカに届き得るのはエアグルーヴくらいものだし。マチカネフクキタルも可能性の塊ではあるが、有馬に向けジャパンカップは回避している。スズカはたぶん単純に他人に興味が無いだけだけど。

 

 だからこそ、レース一週間前と言うタイミングで夜遅くまでスペシャルウィークの勉強に付き合う余裕があるのだ。スペシャルウィークもスペシャルウィークでスズカに勉強を頼むなよとは思うが、まあ同室だし。スズカも後輩に頼られて嬉しそうではあったし。

 

 

「それで、スペちゃんの移籍のことなんですけど……」

「ん! どうだった? 考えてくれそう?」

「あ、いえ……今のトレーナーさんのところでしばらく頑張るそうです。スペちゃんのトレーナーも良い人みたいですし」

「そっかあ……まあ、スペシャルウィークがやるって言うならしょうがないわね」

 

 

 だったらスペシャルウィークのライバルを抱き込もうか。来年のクラシックがスペシャルウィークを中心に回ることは想像に難くないし。

 

 

「それで、トレーナーさん。今日のトレーニングは……」

「水泳」

「あぅ……あの、私、走りたくて……」

「だめ」

 

 

 いつものやり取りを流しつつ、纏めたデータを印刷だけかけて立ち上がる。待つ間の暇潰しだったし、別に何でも良いんだけど……おや。あそこにいるのは……いや誰だか解らんね。

 

 トレーナールームの外に、きょろきょろと辺りを見回しながら歩くトレセンスーツの女の人……女の子? かな? いや、スーツを着てるってことは成人はしてるのか。たづなさんよろしくウマ娘に匹敵するほど顔が良い。あんな子なら知っていてもおかしくなさそうだけど。

 

 

「スズカ、あの子知ってる?」

「え? うーん……いえ、知りませんけど……」

 

 

 そりゃスズカは知らないか。やる気に溢れたウマ娘なんかは契約トレーナーが決まったあともトレーナーの情報を集めるらしいけど、スズカは違うし。

 

 

「そか……ちょっと声かけてくる。挙動不審だし」

「はい。じゃあ私、走って待って」

「だめ」

「へぅ……」

 

 

 担当のトレーニングを放って変な人に声をかけにいく私を止めようともしない。大方、今日はどんな理由で走るかを考える良い時間とでも思ってるんだろう。

 

 とにかくトレーナー室から出て、彼女の方を見てみる。どうやら中の様子を窺っていたようで、すぐにこちらに向き直ってきた。とてとてと小柄な体躯で駆け寄ってくる。よし。ここは先輩として威厳を見せねばなるまい。

 

 

「どうも。何かトレーナールームにご用ですか?」

「ひえっ……あ、い、いいえ! 特には!」

「えぇ……?」

 

 

 いや、これは違うわね。きっと私の先輩風に吹かれて萎縮してしまっているに違いないわ。流石私……いや、たぶんトレセンのどのトレーナーより下である自信があるんだけど。ウマ娘への愛が足りてないから。腕も……いや、考えるのはよそう。悲しくなる。

 

 

「そうなの? もしかして新人さん?」

「はい! 来年度からお世話になります、桐生院と申します! あの、さ、サイレンススズカさんのトレーナーさんですよね!?」

「ええ、そうだけど……」

「あの、い、異次元の逃亡者をわずか一ヶ月で育て上げたという!」

 

 

 いやそんなわけなくない? 

 

 

「ううん、これはあくまでもスズカの力だから。私は彼女をのびのび走らせているだけなの」

「なるほど……ウマ娘の自主性を尊重するのが育成の極意ということでしょうか」

「……それは間違ってないわね」

「なるほど……やっぱり現場で動いている人は違いますね……」

 

 

 ものっすごく誤解されている気がする。私はそんな、本当に何もしていないというか。スズカは最初から強かったし、最初から異次元の逃亡者だったよ。ただ前トレーナーとの相性が悪かっただけでね。あの人も間違ったことはしてないし。

 

 

「桐生院さんは見学でしょ? どう? トレセンは」

「はい。皆さんやっぱり素晴らしい方ばかりで、学ぶことばかりです!」

「うんうん。それは素晴らしいことね」

 

 

 私はその「素晴らしい方」には入ってないけど。

 

 話したがりの桐生院さんの対応をしつつ、トレーナールームでぽけーっとしているスズカの様子を見ておく。物憂げに外を眺める美少女……は、実際にはひたすら走ることしか考えていないのだけど、まあ見る限りでは本当に深窓の御令嬢のようだ。

 

 

「あちらがあのサイレンススズカさん……あの、良ければトレーニングを見せていただけたりは……いえその、ジャパンカップに出走なさるというのは解っていますが、誓って見ているだけに留めますし、私は誰の担当も持っていませんしっ」

「ああ、別にそれくらいなら……いい、ですけど」

 

 

 と、言った後で少し後悔。やらかした。今日のスズカのトレーニングはプール……いやスズカのトレーニングはずっとプールにしたいんだけど、ちょっと見学には向かないかもしれない。

 

 でもなあ、先輩面しちゃったしなあ……うぐぐ……いやでも……

 

 

「……トレーナーさん、そちらの方は?」

 

 

 と、待ちきれなくなったのか何か思い付いたのかスズカが少しドアを開いて顔を見せてきた。そして、桐生院さんを一目ちらりと見るとそのまま出てきて少し会釈を入れた。

 

 

「スズカ、この方は……」

「私、桐生院と申します。今、是非トレーニングを見せていただけないかという話をしておりまして」

「サイレンススズカです。トレーニングを……ふーん……そうなんですか、トレーナーさん?」

 

 ちらり。

 

 

 ……あっこいつやりやがったな。

 

 ウマ娘の聴覚は人間より遥かに優れている。私達も囁いていたわけではないし、ドア一枚くらい貫通して会話も聞こえるだろう。その証拠に、イヤーキャップが片方外されている。私が迂闊だったというのもあるが、こっちの会話を利用してきやがった。

 

 

「うん。でも、今日のトレーニングは」

「今日はちょうど、ランニングにするか水泳にするか意見が別れていたんです。桐生院さんがいらっしゃるなら、ランニングをと思うんですが……」

「……」

 

 

 この栗毛、と言ってやりたいが後輩の手前だ。それに、スズカのランニングと聞いて目を輝かせた彼女を無下にもできない。スズカのことは無下にしまくっているが、流石に尊敬がガンガン伝わってくる後輩はね。

 

 

「……そうね。じゃあスズカ、着替えてきなさい」

「水着にですか?」

「…………ランニングウェアよ」

「はいっ」

 

 

 ニコニコスズカが去っていく。なんてことだ……ジャパンカップ前だぞ。一応パワーも多少上がることは確認しているが、だったら筋トレの方がいい。パワーとスタミナが上がるんだから。追い切りとは何だったのか。

 

 

「楽しみです……あのサイレンススズカさんのトレーナーの手腕、しっかり学ばなくては……」

 

 

 たぶんこの人の中では……いや、私のことを尊敬してくれてるトレーナー達の中では、私が神的な手腕でサイレンススズカというデビュー以来ぱっとしなかったウマ娘を女帝を越えるまでに育てたことになってるんだろうなあ……

 

 大変だ、ほんと。スペシャルウィーク、スカウトしなくて正解だったかな……? 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……」

「スズカァ! 二秒速い! もう少し落として!」

「は、はいっ!」

 

 

 仕方無くランニングである。とは言っても私は平均的なトレーナー程度の手腕しかないので、やっているのは一般的な芝トレーニングになる。ウキウキで走るスズカに対してラップタイムを課して、その通り一定のペースで走らせる。

 

 後ろで見学をしている桐生院さんが何やらメモをしているが、別に不思議なトレーニングじゃないんだよね、これは。知ってるでしょ君。やり方も効果もさ。

 

 

「スズカァ! 波がありすぎ! 一定で走れって言ったでしょう!」

「すみません!」

「あと1200! ラップ三秒上げるよ!」

「はいっ!」

 

 

 スズカもこんなはずじゃなかったと絶望している頃だろう。今、マジで誰も得をしていない可能性すらある。私は慣れない上に望まぬトレーニングをさせられているし、スズカは自分のペースで走れていない。桐生院さんも知っているトレーニングを見せられているだけだ。

 

 

 しかしこう見ると、やはりスズカは制限付きで走るのが本当に下手くそだ。衝動で走ってるから仕方無いと言えば仕方無いが。むしろ、走りたいから走っているのに途中で脚がバテないのは才能と言える。

 

 それに、フォームも綺麗だし一旦惚れ惚れはするのよね。私だからその後「でもこの練習意味無いんだよなあ」と気付くだけで。桐生院さん、解ってないんだろうなあ。もちろん私のくだらない見栄だから彼女は悪くないけど、今この時間完全に無駄だからね。

 

 

 ステータスが見えるからこその虚無を感じつつ、しかもスズカの走ること中毒も刺激してしまい、その夜スズカは私の部屋で縄と私に縛られて眠った。




よく知らない人から見たトレーナー

異次元の逃亡者、サイレンススズカ。彼女はデビュー戦こそ華々しく逃げ切ったが、初となる重賞レースで辛勝に終わり中央トレセンの高い壁にぶつかる。
王道路線を王道戦法で走ることになったサイレンススズカだったが成績は振るわず、彼女はその他大勢に埋もれつつあった。

だが!とあるトレーナーが彼女を覚醒させた!逃げという不安定な戦法でありながら、レース中一度も先頭を譲らず、さらに最後に伸びる恐ろしい脚を育て上げたのだ!

トレーナーの手腕が一人のウマ娘を救い、ウマ娘の望む形での勝利を勝ち取った。トレセンにいる者として、これを高く評価し目標とするべきである。

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