走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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二話連続こんな感じ。言い訳になりますけど、スズカメインでないレースはやっぱりスポ根色が強くなるというか、今回とかはスズカも一緒に練習しているかなり深い仲の後輩というのもあってこうなっちゃいました。展開に必要だから書きたい自分とモチベ的に書きたくない自分がいる。


最近は大人しいサイレンススズカ

 

「はい、じゃあ今日はここまで。終わりね。スペシャルウィークとブルボンはダウン。スズカはストレッチ」

「はぁ……気持ち良かった……」

「了解しました……ではクールダウンに入ります」

「ありがとう……ございました……」

 

 

 スペシャルウィークを預かって一週間。今日も六レースを終え、倒れ込むスペシャルウィークとブルボン、流石にかなり疲れているスズカに私は終了を告げた。今回はスズカの怪我率が上がったからである。

 

 怪我率が上がる子は毎日結構違うが、流石にスズカが多い。それは普段がどうというより差しウマより逃げウマの方が負担が大きいという現実があったり、ブルボンには規格外の丈夫さがあるから平気なだけだったり。

 

 

 それとは別に見た様子は全然違うけどね。スズカは疲れてこそいるが晴れ晴れとした表情でストレッチを始めているし、ブルボンはそれ以外に体力を使いたくないという様子でコースに戻っていった。

 

 そして、スペシャルウィークは倒れている。ブルボンと違って、限界まで消耗することに身体が慣れていないのだ。

 

 

「大丈夫? スペちゃん」

「あんまり……」

「冷たくて気持ちいいわよ」

 

 

 スズカの問いかけにも一言返事をするのが精一杯らしい。仰向けのスペシャルウィークの額に、スズカが氷水を垂らす。顔面をびしゃびしゃにしながら、スペシャルウィークはあああ……と気持ち良さそうに転がっていた。

 

 

「スペシャルウィークも動けないならストレッチくらいしておいてね。身体に悪いから」

「はい……あっスズカさん入る入る目に入ってます」

「あっ……ごめんなさい。手が震えちゃって……」

 

 

 タオルでスペシャルウィークの顔面を拭くスズカ。今日まで未だ五バ身までしか詰め寄られていない。ダービー前といえば流石にスペシャルウィークももう本格的に現役といって差し支えないレベルに仕上がっているが、それでもそのレベルである。

 

 しかもそのレースはスズカが躓いてスタートが遅れている。代わりに先頭を行ったブルボンが数秒で競り負けたので終盤の伸び脚は発揮されていたとはいえ、出遅れがあってもなお勝てるとは。

 

 

「ほらスペシャルウィーク。ブルボンのダウンが終わっちゃうでしょ。急いで」

「はい……」

 

 

 のそのそ立ち上がり、スズカとストレッチを始めるスペシャルウィーク。先輩としてスズカが率先して手伝ってあげて、限界の彼女でも一応できている。

 

 

「……規定のオーダーを遂行しました。クールダウンを終了します」

「ん。じゃあスペシャルウィークとスズカが終わったら昼は終わりね。夜は坂路だからね」

「はい。ではスズカさん。良ければ手伝いますが」

「大丈夫よ。ありがとうね」

 

 

 微笑ましく三人を眺めつつ、その裏のステータスも見る。かなり無茶な練習をしている自覚はあるし実際そうなので、嬉しいことにスペシャルウィークとブルボンについては少しだがステータスが上がってきている。スズカは変化が無いけど。

 

 

 成長はしている。後はセイウンスカイやキングヘイロー、エルコンドルパサーがどこまで仕上がっているかだ。

 

 

「スズカさん痛い痛い痛い痛い」

「あら……?」

「あらじゃないですよ!?」

 

 

 一方で兆しはある。一部の強いウマ娘……伝説として往年に名前が残るだろうと言われるようなウマ娘が持つ、伸び脚の兆し。元々最終コーナーからの末脚のキレは抜群だったが、もう一つ。直線でも、力を燃やし尽くすような加速……の、片鱗があった。

 

 

「スペちゃん、体固くなった?」

「スズカさんが柔らかすぎぎぎぎぎっ」

「スズカさん。解析によるとこれは『マジ』です」

 

 

 あれを完璧なものにできれば何かがありそうだ。もちろん実際にレースをしてスズカに勝てるかと言われればそれは絶対に無理だが、ベストのスズカに大差以内は安定させられるんじゃないかな。

 

 

 でもなあ。伸び脚の習得なんか私には解らない。ステータスはともかくそっちは結果論でしか語れないのだ。

 

 スズカのそれはたぶん先頭への執念とランナーズ・ハイによるものだろうし、マルゼンスキーであれば本人も言うように生まれ持った才能……文字通りエンジンが違いすぎてただスパートをかけるだけでぶっちぎっているに過ぎない。

 

 

「そんなに無理したかしら……?」

「無茶ですよ。こんなんですよこんなん!」

「……? ええ、これくらい……」

「柔らかすぎるんですよスズカさんが!」

 

 

 なんにせよ私にできるのはひたすら三人を……まあスペシャルウィークを走らせるだけだ。練習の効果はそうはっきりと保証できない。健康だけはちゃんと管理するけど。

 

 

「みんなもう良い? シャワー浴びてきな。スズカは今日は終わり。スペシャルウィークは回復次第で坂路に来ても来なくても良いわ」

 

 

 姦し娘達の元気な返事を聞き、私は一足先にトレーニングルームへ戻る。ダービーまであと一週間。何か掴めると良いんだけど。

 

 ……あと、私としてはスズカが大人しくてちょっとなあって感じ。毎日たらふく走ってるわけだから不満なんてあるわけないし、後輩の手前ちょっとは甘えるのも控えさせてるし、夜も寮に戻らせてるけど。

 

 

「あー……ふー……」

 

 

 夏合宿の手続きをやっておかないと。あとはスペシャルウィークのトレーナーさんへの報告と、トレセンの仕事の諸々。後は学校見学会の話もそろそろだ。今のスズカのことだから、絶対に目玉にされる。回避したいけどなあ私は。

 

 

 自分で淹れた手を掛けつつ、一人の部屋で黙々と仕事を進める。しばらくすると扉がノックされた。来客の予定を入れた覚えはないけど、と開けると、スーツ姿でペンを持つ知っている顔。

 

 

「どうもこんにちは! エルナトのトレーナーさんっ」

「……あの、アポとか取らないんですか?」

「たまたま寄る機会がありまして、ご挨拶に伺ったまでですよ?」

「……はあ」

 

 

 いや嘘じゃん。絶対取材に来てる。まあ良いけど。この人のインタビューは勝手にこの人が喋ってるだけで全然こっちの負担にならないし。たまに誇張が入るけど。何が聞きたいんですか、と問うと、よろしいですか!? と白々しく返してきた。

 

 

「こちらの情報ですと、スペシャルウィークさんをエルナトで見ているとか」

「ああ、ええ。見ていますね」

「スペシャルウィークさんの評価や、見込みなんかを聞けたらと」

「……いやいや」

 

 

 それを私が言うのは不味い気がする。スペシャルウィークのトレーナーに聞けば良いのに。負けかねないとかだったらどうするのよ。

 

 

「レース関係者ってことにしますし、しっかりボカしますから」

「……いやあ」

「お願いします!」

「…………まあ、私が言うのはアレですけど」

 

 

 面倒になってきた。まあこの人なら大丈夫だろう。最悪URAに告発するから。

 

 

「実力は伯仲って感じだと思いますね。特別スペシャルウィークが強いわけでもなく弱いわけでもなく」

「なるほど。最大のライバルはやはり皐月賞を取ったセイウンスカイでしょうか?」

「だと思いますが……」

 

 

 実際セイウンスカイを見てみないことには。まあ私が探していないのもあるけど、彼女はあんまり人前で練習していないみたいだから。隠れてやっているタイプなんだろうね。

 

 

「セイウンスカイの力も把握しているわけじゃありませんし。それにキングヘイローや他のウマ娘もいますから」

 

 

 まあキングヘイローは能力が同格なら適性で勝てるだろうけど。スペシャルウィークとは立つべき土俵が違うんじゃない、あの子は。

 

 

「エルコンドルパサーも電撃参戦という話ですが?」

「まあ……まあ。一旦怖いですけど……抜けているかと言われるとですかね」

「では、スペシャルウィークの勝算はどの程度?」

「……うーん」

 

 

 全く解らない。ただ、相手がセイウンスカイとエルコンドルパサーだとして、果たしてどこまでやれるかと考えると……恐らくセイウンスカイには勝てるだろう。長い直線も登り坂も差しをとるスペシャルウィークに追い風だ。

 

 しかしエルコンドルパサーはどうだ。あれは差しもできたはず。展開によって結果も変わるかもしれない。キングヘイローも同格なら勝てるというだけで、根性でひっくり返すタイプならまだ解らないしそもそも能力負けしている可能性もある。

 

 

「……三割ちょっとじゃないですか。十分本命ですが、どこまでも展開次第としか。実力で圧倒して勝つレースにはならないかもしれませんね」

 

 

 やはりスズカにはなれない。当然だ。あんなウマ娘がそうぽんぽんいたら困る。私のスズカはどこまでも特別なのだ。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

『三割ちょっとじゃないですか』

 

 

「っ……」

「スペちゃん……」

 

 

 エルナトのお部屋に戻ってきた時、中で話している声が聞こえてきました。ノックをしようとスズカさんが前に出た瞬間聞こえてきた、私の話。

 

 三割。三割? 三割勝てるということは、三回やって一回。じゃんけんと一緒くらい。負ける可能性の方が高いと、そう言われている。

 

 

「……」

 

 

 シャワーでふやけた手のひらを見つめます。私は強くなっている……と思っています。トレーナーさんもそう言ってくれました。

 

 でも、スズカさんにはずっと届かないまま。出遅れたスズカさんにすら勝てていない。何かを掴もうとここに来て、まだ何も変わっていない。

 

 

 ……まだ、足りない。もう少し。あと少しできっと掴めるような気がする。前を走る誰かに届くために、私の脚でできること。

 

 

「スペちゃん?」

「あ、はい、すみません。大丈夫ですっ。お話、終わるまで待ちましょうか」

「え? 入って大丈夫よ」

「でも、真面目な話とか、取材とか……」

「トレーナーさんが怒るわけないわ。それに、私がいた方がトレーナーさんも楽しいわよきっと」

 

 

 スズカさんのその自信はよく解らないけど、私も何か考えなきゃ。トレーナーさんにも今夜電話しよう。

 

 

「スズカさん。私、今夜はトレーナーさんと電話するので、良かったらお家の方に行ってもらったほうが良いかもしれないです」

「と、トレーナーさんのところ? う、うん、そういえば最近行ってなかったし、行こうかな、うん……」

 

 

 準備もできました。日本ダービーが来ます。もう、すぐそこに。


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