走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「……何してるの、スズカ」
「お帰りなさいトレーナーさん。静かにしてあげてくださいね」
「まあ」
ダービーまであと数日のある日、家に帰るとスズカ達が私のベッドを占領していた。普通に寝ているブルボン、その横に腰掛けるスズカ、そしてその膝で眠るスペシャルウィークという布陣だ。
今日も二人はスズカと限界まで走り続け、いつものようにふらつきながらトレーナールームに戻っていき、何の会話があったのか私の家に来ることになったのだ。
私は仕事があったので合鍵を持つスズカが連れて行ったのだけど……まあ、疲れて寝ちゃったか。
「ご飯、車に積んであるから後で運んでくれる? 言われた通りいつもの四倍買ったけど」
「ありがとうございます。スペちゃんもブルボンさんもたくさん食べるし、たぶん食べ切れると思いますから。最近いっつもお腹を空かせているみたいで……」
「恐ろしいなあ」
私と実質二人とはいえ、スズカは二人を寝かせながら非常に慈しみの強い目をしている。先輩なんだなあこの子も。前から知ってたけど。手に持っていたいくつかのレジ袋をキッチンに置いて、いつからベッドにいるのか知らないけど二人分のマグカップを持って戻る。
「紅茶とジュースどっちが良い?」
「またりんごですか? いちごにしましょうよ」
「売ってないんだって。我慢して?」
スズカに紅茶を渡し、スペシャルウィークがいない側に座る。すやすやと寝ている彼女を見つめると、いつものようにステータスが表示される。
スピードD+
スタミナC
パワーC+
根性E+
賢さE+
……まあ、まあ。G1戦線で名前も上がらないようなウマ娘がFやらEが中心なことを考えれば破格だ。特にスタミナやパワーだけならスズカに届き得る。この辺りは菊花賞やシニア戦線も走るだろうスペシャルウィークと、長くて2400のスズカとの違いね。
「スペちゃん、厳しそうですか?」
「ん……いや、そこまで厳しいってわけじゃないけど」
インタビューではレース関係者が語ったことになったが、やはり三割だ。ウマ娘レースと考えればかなり高い……けど、私のこの眼で能力を看破した上で言っていることだ。
「じゃあ、厳しいですね」
事実、スズカと初めて走った神戸新聞杯、私はスズカに「九割勝てる」と言った。秋の天皇賞もそう言った。そこからはスズカも聞いてこないが、聞かれたら今でも言うだろう。そういう話をしているのだ。
「どうしたら勝てるんでしょうか」
「そうねえ」
スズカの隣に寄ると、半身を傾けて頭を擦り付けてくる。久しぶりの甘えに私もスズカの髪を撫で鋤いて、んー、と呻くスズカの耳を擽る。
「スペシャルウィークは寝てる?」
「ぐっすりです」
「そう……まあ、正直今のままだとお祈りかな」
「お祈り……」
「実力伯仲だから、レース展開にもよるし」
勝つことが目的ならこうであってはいけないんだけどね。実力で圧倒してどういうレースになろうと勝つ方が良い。そういう意味ではスズカも未完成だ。最終コーナーで先頭を取れなければ沈む。
スペシャルウィークもハイペースからの末脚よーいどんならたぶん負けない……と思う。だけど、もしセイウンスカイの一人逃げになってしまったり、レースがスローペースになれば届かないかもしれない。
「何か方法は無いんですか?」
「何。ちゃんと聞くじゃん」
「スペちゃんの話ですよ? 大事な後輩です」
「そっかあ」
まあ、もちろん、スズカがそう思うなら勝たせてあげたい。けど、一月二月任せてもらえるならまだしも、というかそうであっても、能力の急上昇はできない。戦法や戦術は私が言うよりスペシャルウィークのトレーナーさんが言った方が良いだろう。
だとして、私ができることは何だって話。
「うーん……まあ……一応一つ、考えてることはあるのよ」
「何です?」
「伸び脚。スズカにもたまに言うでしょ。伸び脚禁止って」
「ああ……あれですか。こう、じれったくて背筋がぞわぞわするので二度と禁止しないでくださいね」
「嫌だね」
そんなー……なんていつものように倒れ込もうとして、スペシャルウィークがいるのでできずにグーパンチ。痛い痛い。猫パンチでどうしてそんな威力が出るの。かなり手加減してるんだろうけど肩が粉々になるかと思った。
「伸び脚がどうした、ぁっぁっぁっ」
仕返しにスズカの鼻をつつく。
「スズカは先頭だと楽しくなって気付いたら脚を伸ばすでしょ。そういう風に、特定の展開で伸びる子ってのがいるんじゃないかって思うの」
「はあ……よく解りませんけど」
「スペシャルウィークもそういうのがあるかもしれないでしょ? スズカだって自分で自覚あるでしょ? レースの最終直線では明らかに実力以上のスピードが出てる」
「まあ……そうなのかも……?」
まあ、やめてと言ったらやめてくれるし自覚はあるのかな。何か考え込んだスズカの首元に触れつつ、さらに慎重に考えながら話す。流石に能力が見えるみたいな怪電波は知られたくないし。
「だから、スペシャルウィークにそういうのがあれば、そして他の子にそれがない、あるいはスペシャルウィークより振れ幅が小さければ行けると思う……けど」
「それは……どうすれば?」
「それが解らないんだねえ」
スズカのことだって解らないんだからスペシャルウィークのことが解るわけがない。大人しく顎を差し出す愛バは曲がりなりにも一年ちょっと付き合って推測できたけど。
「んぅ……んー……それって、手がかりとかあるんですか?」
「無……い……かな? たぶんその子の特徴とか……スズカだって先頭で走るのが楽しいから先頭で速くなるわけだし、スペシャルウィークにもそういうのがあれば」
「んー……スペちゃんが好きなこと……?」
「心当たりがあるの?」
「食べること……とか……?」
「そういうことじゃないねえ」
まあ食欲があることに越したことは無いけど。時には武器になるかもしれないしね。今のスペシャルウィークに必要なのはスタミナでもパワーでもなくスピードなのよね、たぶん。
「スペちゃんの強み……んー……」
「……まあ、あと一日、明日があるからね。もしかしたら何かが起こるかもしれないし、何も無くても勝てるかもしれない」
「そう……ですね。明日……明日までですね……はあ……」
「何ため息ついてるの。そりゃ前日までこんな練習できるわけないでしょ?」
「そうですけど……」
ですけどー……と言い残してスズカがカップを置いて仰向けに倒れる。手を引かれたので私も転がり、手を伸ばして私の胸を叩くスズカにされるがまま。
「こんなに楽しい時間が終わっちゃいます……」
「たくさん走ったからね。ダービーの後は宝塚もあるんだからまた頑張らないとね」
「スペちゃんを手伝ったご褒美に走ったりは……」
「もちろんダメいたたたたたた潰れちゃう潰れちゃうおっぱいが凹む」
「走りたいです……」
「毎日それはもう自由に走ってるじゃない」
解ってませんね、とスズカのドヤ顔がムカつくので上から覆い被さるように体を起こしてほっぺたをつねる。あわあわして顔を逸らし逃げていった。
「今やっているのは模擬レースです。決まったコースを決まった距離走ります。これではこう……最後まで気持ちよくなれないというか……一回なら良いんですけど、何回も走ってるとこう、良くない考えが浮かぶというか……」
「なにさ」
「どうしてこのまま走り続けられないんだろうってもやもやしてきちゃって……やっぱり何もないところをびゅんびゅん飛ばすのが一番気持ちいいです」
「贅沢だなあ」
走っているうちにストレスが溜まって走りたくなるとは恐れ入った。それはそれとしてじゃあ模擬レースやめる? と言ったらそれは拒否するのだから難しい。
「だからその、走ってきても良いですか?」
「ダメでしょ」
「なんでですか?」
「本気で解ってない顔しないで」
「走りたいんですよ?」
「だから何よ」
「走りたい時は走るのが一番です」
「毎日たくさん走ってるでしょーっ」
「それとこれとは話が別ですよーっ」
ばしばし叩きに行くが、全て見切られて掴まれた。そのうち疲れてやめた。私はひ弱なのだ。毎日走ってもまだ走りたいスズカと違って。
「それに最近ここにも来てませんでしたし、やっぱりたくさん走ってトレーナーさんのご飯を食べて寝たいですよ?」
「……そういうこと言わないの」
「はあ……走りたいです……」
「はいはい。ご飯食べに行くから準備して車乗りなね。スペシャルウィークとブルボンも来るだろうし」
「え?買ってきたんじゃ」
「疲れたから食べに行くよ」
「はあ。じゃあ起こしておきますね」
「ん」
ちょっと照れてしまったので、隠すのも兼ねて部屋を出る。普段よく行ってるお店、突然行っても大丈夫かな。まあ大丈夫か。スズカも歓迎してくれてるしね。
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「……らしいわよ、スペちゃん」
「はい……ありがとうございます、スズカさん」
この後出禁になった。