走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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地固めがどうしてもどうにもならないから賢さ挙げて中盤スキルで先頭奪おうとしたんだけど、うちのスズカは何故か全然追い抜きモードにならんのだ。なんだ……?何が起こってるんだ……?


夏に期待するサイレンススズカ

「トレーナーさんっ、走ってきますね」

「ダメ」

「なんでですか?」

「普段からダメって言ってるよね??」

 

 

 ある日。ダービーも終わり、今度はブルボンのメイクデビューも差し迫った頃、スズカはいつも通りトレーナールームで私の隣に座っていた。

 

 

「でもスペちゃんはダービーに勝ったんですよ?」

「それはおめでたいね。ブルボンのことが落ち着いたらお祝いしようね」

「だから走ってきます」

「それは話が違うねえ」

 

 

 私に寄りかかるスズカ。今日のトレーニングも終わったというのに、どうしてこんなに元気なのこの子は。

 

 むー、と唸りながら私の服のボタンを外すスズカ。嫌がらせはやめなさい。地味に困るやつだからそれは。掛け違いとか。

 

 

「お祝いですよ?」

「それはそうね」

「おめでたいですよ?」

「そうねえ」

「じゃあ」

「関係無いんだもんなあ」

 

 

 確かにトレセンは死ぬほど盛り上がってるけど。なにせスペシャルウィークの着差は発表によると三センチだったらしい。スペシャルウィークの嬉し泣き交じりのウイニングライブも大盛況、一躍彼女はトレセンのど真ん中に位置することとなった。

 

 

「じゃあ併走を組んでくださいトレーナーさん。走りたいです、もう脚がうずうずしちゃって……」

 

 

 その代わり、彼女の全身全霊を懸けた伸び脚を見たスズカが当てられてしまい、自分の伸び脚を味わいたいとか言い出している。確かにあれは凄かったからね。走り終わったあとエルコンドルパサーに起こされて着順を見るまでスペシャルウィークは動けないくらい疲れてたし。

 

 それに、スズカの伸び脚……つまり、スズカでは出せない速度に到達するあの力はレースでしか発揮されない。よほど気持ちいいんだろうし、味わいたい気持ちは解るけどさ。

 

 

「宝塚記念でぶっちぎれば良いでしょ」

「待てません。今やりたいんです。ね、トレーナーさん。解ってくれますよね?」

「解りませーん。スズカがワガママでーす」

「ワガママじゃないでーす」

 

 

 スズカを膝に寝かせ、仰向けの彼女の膨れた頬をつつく。ぱたぱた足を動かしつつも逃げない。テーブルに置いてあるキャンディを口に突っ込むと、もごもごして大人しくなった。

 

 

「可愛いねえスズカは」

「ぁー……」

 

 

 気持ち良さそうに目を細め、口をもごもごさせる。最近二人でのこういう時間が無かったから懐かしくすらある。でも私のお腹を向いて鼻を鳴らすのはやめてね。恥ずかしいから。めっ。

 

 スズカがすんすんさせる鼻をつまんで放す。

 

 

「むぁっ」

「それにスズカと併走なんて誰もやりません」

「そうですか? 知ってますよ? 申し込み、いっぱい来てますよね?」

「後輩からね」

 

 

 ジュニア級やデビュー前の子を中心にだけど、一緒に走ってほしいという要望はある。直接の手紙もそうだし、エルナトのメールボックスは大変なことになっているのだ。加入希望も後を絶たないし。

 

 

「受けましょうよトレーナーさん。フルゲートでレースできますよね? あ、私のランニングにひたすらついてくるとかどうですか? 坂路も悪路もありますよ? あとすっごく景色が綺麗で、そうだトレーナーさん、聞いてください、私この前素敵な場所を見付けたんです。木々の間に細い道があって、そこを駆け抜けていくんですけど、ちょっと短いですが凄く空気も綺麗でしゅぷっ」

「はーい暴走しないの。スズカのランニングなんかついていったら死んじゃうでしょ」

「走るだけなのに……」

「それが一番怖いわ」

 

 

 スズカのランニングはあのブルボンですらついていくことができないからね。もちろんスピード負けはあるんだろうけど、にしたってあの根性の塊みたいな子がついていけないのは相当よ相当。

 

 スズカの言う坂路や悪路って普通のウマ娘が想像してるのと違うし。ぬかるんでようが大きめの石がごろごろしてようが走れないとスズカにはついていけない。坂路もそう。山登りみたいな傾斜でも走るからなこの子は。

 

 

「後輩育成ですよ?」

「強くなる前に死んじゃうって」

「むむ……」

 

 

 夏合宿の予約でーきたっと。去年はスズカを何としても逃げで勝たせるため、そして私自身の能力を見極めるためにもちょっと無茶苦茶をする必要があり非常に人気の無い練習場を選んだ……が、今年は単純に人を避ける目的で同じ場所だ。

 

 

「そういえばスズカ」

「はい」

「今年の夏合宿はさ」

「あ、ふふ、楽しみですね。去年と同じところですか? 楽しかったですよね。トレーナーさんが好きなだけ走らせてくれて、ふふっ……」

「今年はそうはならんけどね」

「は? ぅぇぅぇぅぇ」

 

 

 スズカの目から感情が消えた。怖すぎる。頬っぺたをぐりぐりして感情を取り戻すが、どう見ても怒っているスズカはそのまま私を掴んで押し倒した。物凄い威圧感だ。

 

 

「どういうことですか? 私、それを楽しみに日々我慢してるんですけど」

「我慢できてないじゃん。さっき軽く流したけど、この前素敵な場所を見付けた話は後で詳しく日付も教えてね」

「…………それはまあ、今は一旦良いじゃないですか」

「ええ……ごまかしちゃダメよスズカ」

「ぁぅぁぅ……むんっ」

 

 

 頬をつねって上下に動かす。力無く全身で動くスズカが、ぷくりと頬を膨らませて私の指を弾いた。そして、私のお腹に乗ってぽすぽすとマウントポジションで叩いてくる。

 

 

「夏は走りますー」

「走りませーん」

「ブルボンさんは?」

「走る」

「私は?」

「走らない」

「なんでですか……?」

「あっ待って痛い痛い粉々になるバラバラになる」

 

 

 火力が。火力が違いすぎる。死ぬ死ぬ。

 

 

「大事。走ることは大事なんですよ。トレーナーさん。夏は走る季節です」

「いやでも」

「暑いからといって走らないのはおかしいです。むしろ暑いからこそ走って暑さを吹き飛ばすことが必要です。びゅんびゅん風を受ければ涼しいですよ」

「謎理論過ぎるなあ!」

 

 

 降り注ぐスズカの平手を受け止めつつ、おかしいですと抗議を続けるスズカを受け流す。実際には九割食らってるけど。しこたま叩いた後、むむむ、と唸り私の鼻を押し始める。

 

 

「じゃあ私は夏の間どうすれば良いんですか……? お休みしちゃいますよ……?」

「良いよ。二ヶ月海で遊んでても全然大丈夫よ」

「むー……」

「嘘、冗談だって。ちゃんと走る機会はあげるから、ね?」

「……どういうことですか。事と場合によってはトレーナーさんがこの間買ったシャンプーを使い切ります」

「それはやめよう。あれ高かったんだからね」

「私はあの匂い嫌いです」

「……じゃあまあ良いけど」

 

 

 スズカが夏走る条件……まあ、正直砂浜ランニングはかなりパワーも伸びるので走りたければ走って良いんだけど、結局スズカは言っても意識なんかしないだろうし。逆にブルボンはただ走らせるだけでも筋力を意識する傾向にある。口酸っぱくフォームを崩すなと言っておいたのもあるかも。

 

 で、夏に走る条件だけど、たった一つ、後輩と走るなら許可、である。

 

 

 夏合宿とはトレセンのウマ娘……だと語弊があるかな。ちゃんとしたトレーナーがついているウマ娘ならほぼ必ず参加する大イベントである。中央トレセンが地方のありとあらゆる民宿やホテルと連携を取り、夏休みの二ヶ月を海辺で過ごすというものだ。

 

 もちろん夏の課題はあれど、この間は授業がなくダンスレッスンも激減する。一日をトレーニングと回復に明け暮れて過ごすことが可能なのだ。

 

 

 さらにもう一つメリットとして、近しい場所に泊まった場合は積極的に合同練習を行うべし、というトレセン側からのお達しがある。普段は授業やダンスレッスンの都合で難しいが、夏の間はそれが簡単にできる。

 

 よって、後輩から何か言われるようなことがあれば……いや先輩でも良いんだけど、お誘いは受けた方が良い。スズカとやるならそりゃ走ることになるだろう。それを聞くと、スズカはぱっと笑顔を咲かせて私の上から退いた。にこにこでお行儀良く座り、頭だけこちらに寄せてくる。私も起き上がってそれを肩で支えた。通販のページを開いた私を誘導して、私の良く知らないシャンプーを買わせてきた。

 

 

「それならそうと最初から言ってください。びっくりしたじゃないですか。つまり、スぺちゃんとかを誘えば走っても良いんですね?」

「自分から誘うのは無しだからね」

「えっ」

「誘おうとした?」

「……してませんけど?」

「してたねえ」

 

 

 スペシャルウィークも他の後輩も……何ならスズカは出会ったウマ娘なら大体が付き合ってくれるだろうから、誘うのをアリにすると実質無制限になってしまう。こんなこと言いたくないしさせないけど、お金を払ってでもスズカと走りたい人はたくさんいるからね。ウマ娘はそういうのを利用するような意地汚い種族じゃないけど。

 

 

 目が泳ぎまくったスズカの頭を小突いておいて、私の仕事はとりあえず終わったのでテレビをつけてみる。ちょうどお昼過ぎ、ワイドショーは政治かウマ娘レース、ゴシップくらいしかやっていない……今日はレースだから当たりだね。

 

 

『じゃあスペシャルウィークさん、今回のダービー、勝因はずばり何だったの?』

『勝因、しょ、勝因……そうですね……』

 

「あ、スぺちゃん」

「スペシャルウィークはインタビュー出るんだねえ」

「……出た方が良いんですか?」

「スズカは良いのよ。出たくないでしょ」

 

 

 あの性格だし頑張り屋だし、こういう露出はどんどん増えていくだろうなあ。勝負服を着てテレビ局のスタジオの椅子に座るスペシャルウィークは、周囲から割と弄られながら会話が進んでいく。リアクションが大きくて面白いし。

 

 

『なるほど、練習は先輩と一緒に』

『はいっ。スズカさん……サイレンススズカ先輩なんですけど、毎日一緒に練習してもらって……そのおかげですっ』

 

「あっ」

「もう、スぺちゃん……」

 

 

 これは……明日から面倒になる。後でスペシャルウィークはスズカの方からちょっとした悪戯をしてもらおう。スズカの名前を出すのは全然良いし、過去にもタイキシャトルか誰かがスズカとのエピソードトークを語っていたし。ただその、ダービーをあの末脚で、しかもエルコンドルパサーを下した彼女の強さがスズカとの練習だという話になるとこっちに練習依頼が殺到してしまう。無理無理。やってくれたわねスペシャルウィーク。

 

 

「ふふふっ」

 

 

 それを解っているのかいないのか、スズカはスペシャルウィークを見ながら笑っている。これから大変だなあ、私もスズカも……。

 

 スズカと二人の時間を過ごしつつも、既にメールボックスには通知が来ていた。


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