走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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君さあ、早く天皇賞を消化したいあまり日常が疎かなんとちゃうの?そんなんじゃ甘いよ。

※デビューにともないブルボンがサブタイトル昇格です。
※これからも変わらずスズカ不在回は無いです。


デビュー戦を控えるミホノブルボン

「さて、ブルボン。明日はいよいよメイクデビューです」

「はい。マスターの期待に応えられるよう、全力を尽くします」

「よろしい。一応作戦会議……というほどでもないけど、確認をします」

 

 

 五月も終わりのある日。私とブルボン、スズカはコースに出て、ちょっとした会議をしていた。

 

 六月一日がブルボンのメイクデビューだ。本来、レースの前にトレーニングはしない。二日か三日は休むのが一般的である。私も最初はそのつもりだったし、スズカにも……まあスズカについては別の理由だけど、とにかく走らせていない。

 

 だが、ブルボンについては少し事情が違った。彼女は普段スズカとトレーニングをし続け、その上皐月賞、ダービーと非常に近しい距離で見たことで、昂ってしまっていたのだ。ギリギリまでトレーニングをしてほしいと強く言うので、仕方ないのでこうして出てきたわけだ。

 

 

「まずはコースの説明。中山1600。直線も短めだしブルボンは内枠……基本的にはとても有利になるわ」

「はい」

「一方、傾向としては後ろからのレースも十分間に合うから逃げが有利ともいえないはずよ」

「はい」

「まあどちらにせよブルボンに逃げ以外の選択肢は無いからね。基本的には前に出て走ることになるから」

 

 

 私から見れば適性で、ブルボンや他から見れば単純にブルボンのレース勘の無さから、作戦は基本的に逃げ一択だ。ブルボンにあるのは周囲に合わせて臨機応変に動く柔軟さではない。あくまで、言われたことを正確に、忠実に完遂する実直さだ。つまりマトモにレースはしない。あくまでブルボンのスタミナからタイムを決めその通りに走らせる。そのためには逃げの方が都合が良いというだけだ。

 

 

「そして目標タイムを言っておきます。ハロン当たり11秒5から12秒を守ること。余力が残っているなら最終直線で吐き出すこと。タイミングについては別途条件付けして渡したプリントを見て覚えて」

「承知しました」

 

 

 メイクデビューは所詮メイクデビューだ。ブルボンもそうだし、周囲のウマ娘も強くも速くもない。特にジュニアの子達はスピードを鍛えてスタミナを軽視する傾向にある。万が一最終直線でもブルボンの前にいるようなのがいても、そこから捲る脚がブルボンには残るはずだ。

 

 

「という感じで、じゃあ質問はある?」

「問題ありません。オーダーを受理しました」

「ん。じゃあスズカ、お願い。言っておくけど伸び脚は禁止ね。絶対ダメよ」

「大丈夫ですよ。安心してください」

 

 

 私達もブルボンの体内時計は信頼している。なにせ夜の闇の中で何時間も走った上で、ヒント無く正確に日付変更を見抜くレベルなのだ。常軌を逸していると言ってもいい。スタミナもスピードも申し分無い。だから、やるべきはスタートの練習と、前に出られた時かからないようにする練習だ。レースを冷静に運べれば……自分から崩れるような真似をしなければブルボンは負けない。

 

 練習相手としてスズカがコースに立ち、スズカに運んでもらったゲートくん一号……一人用ではあるが本番のゲートとほぼ同一のものにブルボンは入る。何の感情も無さそうにゲート内でブルボンの頭が下がったのを見て、私は後ろ手で開閉ボタンを持った。

 

 

「……」

「……」

「ふー……」

 

 

 少し首を回すスズカのルーティーンを待ち、何の予備動作も無くスイッチを入れる。

 

 

「始め」

 

 

 ゲートが開いた。反応してスズカとブルボンが飛び出す。うん、良いスタートだ。十分合格点と言っていい。スタートの反応はスズカの方が良いんだけど、加速力についてはブルボンもかなり良い。これがブルボンがスプリンターと言われていた所以だろうか? そのうち武器にはなるかもしれない。

 

 それからはストップウォッチを持ち、ハロンごとにタイムを見ていく……うん。素晴らしい。全くタイムがぶれていない。トレセンのコースでは坂の位置や傾斜が再現できていないが、それにしてもかなり良い。誤差0.5秒しか許されないラップタイムを忠実に守っている。前をぶっ飛ばしていくスズカにも惑わされず、じりじり差が開いても詰まっても同じペースで走れている。

 

 

 そして……あっスズカが伸びた。もう。どうせやると思ってたけど本当にやるか。あとでふにふにしなきゃ。流石のブルボンも何かあったのか一瞬余計に速くなろうとしたが、すぐに落ち着いた。そして最終直線で少しずつ少しずつ加速していく。うん。良い。

 

 

「お疲れ。ブルボン、素晴らしいわ。完璧」

「ありがとうございます。しかしセルフチェックによれば、ゴールの瞬間まだ多少のエネルギーが残っていました。最終コーナー以降はゴールから逆算しエネルギーを使い切るように走る……正確にオーダーを遂行できたとは言えません」

「それでも上等よ。それは追々修正できるし、そこまで全力を燃やさなければいけない相手がそうそういるとは思えないからね。スタートも良いし、あと二回スタートだけやろうか」

「はい。オーダーを遂行します」

 

 

 さて。

 

 

「スズカ。伸び脚は使っちゃだめでしょ」

「つい……」

「ついじゃなくてね。まあもうやっちゃったものは仕方ないけど」

 

 

 スズカの頬をむにむにとしながら怒る。片手間にゲートのスイッチを入れ、視線を向ける……出遅れない。凄いねブルボンは。

 

 

「どうですか、ブルボンさんは。勝てそうですか?」

「うん。勝てるね。九割勝てる。未勝利戦の登録はしなくていいね」

「良かったです。ブルボンさんには勝ってほしいですからね」

「だね」

 

 

 はいスタート……出遅れないか。よく見てるなあ。反応速度が尋常じゃない。ロボット扱いもよく解る集中力だ。まあそれに関してはスズカもできる……というか逃げウマ娘は割とできるけど、それでもあの崩れ無さは高評価だ。こういうところは私の目では解らないウマ娘の強さである。気合や気持ちでひっくり返してくる子達もそうだけど。

 

 

「特に初手が素晴らしいのよね。先手必勝は逃げの鉄則よ。特にブルボンみたいな逃げしかできない子にはね」

「そうですね……そうですね? あ、あの」

「何?」

「……私の方が上手ですよね?」

「当たり前でしょ何言ってるの。スズカが一番よもちろん」

 

 

 すぐ嫉妬するんだからこの子は。私の言葉に安心したスズカの頭を撫でながら、戻って来たブルボンにストレッチをさせる。ブルボンの親御さんに挨拶とかした方が良いのかな。電話で良いか。デビューしたら向こうから連絡来るかな? 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「はいブルボンさん、たくさん食べてね」

「ありがとうございます」

 

 

 その日の夜。私達はトレーナー室で早めの夕食を取っていた。何が食べたいかをブルボンに聞いても無駄であることは解っているので、あくまでスズカが作れるものを作ってあげることに。手伝いにエアグルーヴも駆り出されていた。

 

 

「ごめんねエアグルーヴ、突然呼び出して」

「なに、ちょうど退屈していたところだ。それに、他ならぬエルナトの秘蔵っ子と聞けば様子も見たくなる」

 

 

 ブルボンの世話を甲斐甲斐しく焼くスズカを眺めながら、私とエアグルーヴはつまみながら話している。本当はマチカネフクキタルも呼んでいたらしい。誰かを手伝わせるとなった時にこの二人を選んだスズカの真意やいかに。ちなみにマチカネフクキタルは今日は大凶なので寮に引きこもっている。

 

 

「やめてよ変な期待するの」

「だが、スズカを育てたトレーナーが再び逃げウマ娘を育てたのだ。新聞やテレビも騒いでいるだろう」

「悪い意味でね」

 

 

 どこまでいってもブルボンの評価はスプリンター。それにしては距離が長いんじゃないかとか、そもそもブルボンがクラシック路線に進むと宣言していたのもあって、やっぱりその、良くない話もたくさん出ている。まあブルボンはそういうのを調べたりしないし、スズカもやらないからそっちにダメージは無いんだけど。そもそもスズカのファンはブルボンに対して好意的だし。第二のサイレンススズカを期待しているんだってさ。まあ純逃げで強い子って少ないからねえ。

 

 

「まあ、マスコミなどそんなものだ。好き勝手に言うだけで目を引くことしか考えていない」

「そういう仕事だからね。トレーナーがウマ娘のことしか考えてないのと一緒よ」

「違いない。手早く実績を出すつもりなら彼女をクラシックには進ませんだろうからな」

 

 

「あ、ほらこれ、ブルボンさん。美味しいですよ。私が作ったんじゃないですけど」

「スズカさんが作ったものはどれですか?」

「これと、これ……?」

「それは……サラダでは」

「その、味付けはまだちょっとよく解ってなくて……複雑なものは作れないなあって」

「なるほど」

 

 

 テーブルに並んだ料理……発言からしてエアグルーヴがほとんど作ったらしいが、それらを吸い込むように食べ切っていくブルボン。食べ過ぎると明日に支障が出ると言おうとしたけど、食材を買ったのは他ならぬスズカだ。スペシャルウィークで塩梅にも慣れているだろう。慣れてるよね? 残っても二人ウマ娘がいるけど、残さないようにしてね。

 

 

「そういえばエアグルーヴはさ」

「どうした」

「宝塚はどうするの」

「選ばれれば当然出るさ。覚悟しておけ」

「何の覚悟を? スズカが負けるわけないでしょう、一番速いんだから」

「ふっ……そう言うだろうと思ったよ。その揺るぎない自信はうちのバカにも見習わせたいものだな。あいつは心配性でな、この前も──」

 

 

 エアグルーヴによるトレーナーがいかにエアグルーヴを心配しているかの講釈が始まった。適当に聞き流しながらそろそろ料理を食べ切ろうとしているスズカ達も見ておく。しかしエアグルーヴは料理上手いな。ブルボンも相当上手いけど、こっちはより人間味がある。

 

 

「明日勝ったらご褒美あげますよ。何が良いですか?」

「メイクデビュー勝利はマスターからのオーダーです。遂行に報酬は必要ありません」

「そうですか……一緒に走るとか……」

「是非お願いします」

「待て待て待って。そう言うと思った。ダメだからね。スズカ、ブルボンは後輩に含みません。同じチームなんだから」

「えっ……そんな……うぅ、走りたい……」

「残念です……」

 

 

 二人してしょぼんとしないで。私が悪いこと……まあ悪いことはしてるんだけど、変な気持ちになるじゃない。しょうがないでしょ。ブルボンはスズカに忖度しかねないもん。

 

 

「はぁ……あ、トレーナーさん」

「ん?」

 

 

 さっきの台詞、もう一回言ってもらって良いですか? と、スズカ。あらかた食べ終わったからかテーブルを回り、私の隣に座ってきた。私越しにエアグルーヴを見ている。

 

 

「さっきの……ああ」

 

 

 スズカを抱き寄せ、二人でエアグルーヴに向き直る。

 

 

「エアグルーヴ。宝塚もスズカの勝ちよ。スズカが一番速いから負けないわ」

「……ふっ。言っていろ。宝塚も秋の天皇賞も私が勝つ。いつまでも逃げ切れると思わないことだな」

「ええ。頑張りましょうね」

 

 

 ご機嫌になったスズカと不敵に笑うエアグルーヴ、ぱくぱくのブルボン。食事会の主役を見失いつつも、私達は楽しく過ごした。


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