走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
ミホノブルボン、メイクデビュー当日。
「ん、じゃあ頑張っておいで。一着よ、良い?」
「はい。オーダーを承りました。ミホノブルボン、一着でゴールします」
「頑張ってね、ブルボンさんっ」
「はい。ありがとうございます」
作戦の最終確認を終え、私とスズカはブルボンを見送った。私達は控え室でモニターを付け、並んでそれを眺める。
と言っても何なら見なくても良いけど。パドックの様子が映されるけど、案の定みんなスタミナを疎かにしてるんだろうな、っていうのばかり。その割にスピードでもブルボンに届いていないのだから勝てるはずがない。
それは私の目がなくてもみんな解るのか、前々からあれほどデビューに1600は長いだの何だの言っていた世論も一番人気という形で覆っている。何だかんだ言ってウイニングライブはみんな見たいので、ちゃんとこうして強さや期待に従って人気がつくのだ。
「さて……? 何バ身つくかな?」
「大差をつけてほしいですけど……」
「全然あり得るね。まあやる理由が無いから狙いはしないだろうけど」
「気持ち良いですよ?」
「みんながみんなスズカみたいなジャンキーじゃ無いってことね」
失礼ですね、とは言いつつ、それ以上反論もしないスズカ。モニターではブルボンが前に出て、事前の指示通り微笑みながらぺこりと軽く会釈をしていた。ウマ娘にはこういうファンサも大事だからね。愛想良くすれば良いってわけじゃないけど、一番簡単なのはそれだし。
「他に逃げの子はいそうですか?」
「たぶんいない……かな。まあいたところでスズカと違って影響はないし」
「どういう意味ですか……?」
「痛い痛い痛い。ただでさえ少ないお腹のお肉が無くなっちゃう」
「少ない……?」
「は? それ以上は戦争だからね」
私の体重や体脂肪率は平均より低いんだぞ。参ったか? まあスズカも痩せてるから対抗しても仕方無いけど。
「単純に、スズカは一人旅の方が良いでしょってこと。ブルボンが逃げるのは埋もれてペースが崩れないようにしてるだけだから、前に一人二人いても良いのよ」
「そういうことですか……びっくりしちゃいました」
「あっこら擦りつかないの」
一応ブルボンに用意された部屋だというのに、お構い無しに私の肩にすり寄ってくる。ブルボンも下がっていき、他のウマ娘のアピールも終わって、既にURA公式のCMが流されていた。あっスズカが映ってる。いいね。
しばらく待ち、映像が切り替わってゲート付近へ。初レースとは思えないほどスムーズにゲートに入り、そのまま大人しくスタートを待つブルボンが際立っている。実況も聞こえるが、ブルボンへの注目もかなりある。良くも悪くも話題になってるからね。
最終確認でも何度か確認したけど、あの子、一切緊張していない。自分のデビューなのにまるで何でもないかのように待っている。まあ緊張するより遥かに良いけど、スズカといいブルボンといい大舞台を何だと思ってるんだろうか。
と、スズカがそわそわとし始めた。
「……なんか……その」
「走りたいとか言わないでね」
「どうして解ったんですか?」
「どうして解らないと思ったの?」
スズカの欲望が勝ってしまった。まあ放っておいても勝つレースだしね。スペシャルウィークの時のように応援に集中できないんだろう。それは私にも責任がある。九割勝てるなんて普段スズカに言うような言い方だし。安心してしまったのだろう。
実際事実を言っているだけなんだけどね。逃げのブルボンは初心者同士の勝負においてその時点で有利だし、これで伸び脚でも誰かが持っていれば話は違うけど、そんなことはないし。
「大人しく見てようね」
「うぅ……」
「頑張れー」
スズカを応援してるのかブルボンを応援してるのか解らなくなってきたけど、まあ良いや。たぶん今この瞬間で誰より頑張ってるのはスズカだし。
────
「オーダー完了。完璧な勝利です、マスター」
「ん。おめでとう、ブルボン」
「おめでとう、ブルボンさん」
そして、ブルボンはきっちりと勝った。終わってみればやはりというか大差勝ちである。一人だけスタミナが違った。1600はね、ティアラ路線とかマイラーとかが集まる距離だから、一旦スタミナを捨てているような子が多いのよね。
「不調は無い?」
「セルフチェック済みです。システム、オールグリーン。稼働に支障のある疲労もありません」
「ん。じゃあライブ、楽しみにしてるわ」
「はい」
差し出した飲み物を飲みながら、ブルボンは特に疲れも無い様子だった。やっぱり丈夫な子だ。出会った頃とはスタミナも見違えたし、ちゃんと育ってくれた。
「ライブも笑顔でやるのよ、ブルボン。声は音程を合わせたまま少し高めに。サビとそれ以外の抑揚もちゃんとつけるのよ」
「了解しました。オペレーション、『ウイニングライブ』、やり遂げてみせます」
よろしい。
「じゃあトレーナーさん、お祝いの準備をしないとですね」
「大丈夫。もういくつか電話してあるから。お腹いっぱい好きなものを食べて良いわよ」
「随分準備が早いようですが」
「そりゃブルボンは勝つって信じてたんだからね。それと色々と事務的な話もあるけど、まあそれは追々。とりあえず今は休んでて大丈夫よ」
はい、と控え室の椅子に座り、いつも通り背筋を伸ばし微動だにしない座り姿になってしまったブルボン。まっすぐ私とスズカを目で追っている。それリラックスできてる? できてるなら良いけど。まあブルボンがこれで机に突っ伏して疲れたぁ~とか言ったらびっくりするけど。
こんこんっ
「あ、はーい。二人とも、たぶん記者さんだからちょっと良い?」
「はい」
「じゃあ端っこの方にいますね」
ノックを受けて扉を開く。やはり記者さんだった。私の知ってるあのやかましい女の記者さんだ。失礼ながら何回会っても名前が覚えられないんだけど。乙……おと何とかさんだ。
「こんにちは! おめでとうございます! 乙名史です!」
「あ、どうも。ありがとうございます」
この人も悪いじゃん。この人私に名乗ったの最初の数回だけだよ。あとはテンションが高すぎて名乗りが聞き取れない。でも良い人ではあるので対応はする。招いて座ってもらい、私と、左にブルボン。スズカは端っこにいる。
「今日のメイクデビュー、自信のほどはどうだったのでしょう?」
「勝てると思ってましたよ。ブルボンはよくやってくれてますし、能力も飛び抜けています」
「なるほど! ミホノブルボンさんは期待の星! 同期の中で輝く一等星だと! 来年のクラシックは頂いたと言う宣言ですね!?」
「あー……ええ。その通りです」
また誇大妄想が始まった……が、別に否定するようなことでもない。事実だし。それに、隣のブルボンもちょっと嬉しそうにしているので止めないことにする。こういうところがやっぱり良い人だ。
ブルボンがクラシック三冠を目指すと言っているんだから目指すって書けば良いのに、トレーナーに騙されてるだの本人の意思とは異なるだの言われてるからね。この人は誇張を挟むくらいするのでそういうところを疑いはしない。
「では、ジュニア級での目標はホープフルステークス、あるいは朝日杯フューチュリティステークスですか?」
「ええ。朝日杯になるとは思います。距離は少しずつ伸ばしていきますので」
「ブルボンさんは走ってみていかがですか? 1600mは下バ評からすれば長すぎるのではないかという意見もありますが」
「スタミナについては全く問題ありません。エネルギーはまだ多少の余裕がありますし、ラップタイムについてもまだ改善の余地があります」
「なるほどなるほど……」
そういえばラップタイムは完璧だったね。最終直線で伸びていたけど、まだ余力があったか。大きくタイムを縮めることはしないけど、このまま最終直線でもっと伸びるようにタイミングを教え込んでいきたいわね。
「最終目標は菊花賞の3000mということでしょうか」
「一応は。ですがシニアもありますから……これは少し気が早いですが」
「いえ! 素晴らしいです! ウマ娘のために何年も先のことを考え人生を捧ぐ覚悟、目標達成後も驕らずその先まで導く、まさに唯一無二のパートナー!」
「……はあ」
良い人なんだけどなあ。三分以上会話するとテンションについていけなくなるからなあ。
呆れる私……の横で、珍しくブルボンが問い掛けられてもいないのに口を挟んだ。
「失礼ながら、唯一無二のパートナーという表現は適切ではありません。心理的距離、契約期間、実績等鑑み、どちらかを選ぶのであればその表現はスズカさんに使われるべきです」
「あっ、いえ、失礼しました、そういうつもりでは……」
「ああいえ、良いですよ、唯一無二のパートナーで。ブルボン、この人はそういう人だから」
「……なるほど。申し訳ありません」
しゅんとウマ耳が垂れてしまったのでぽんぽん撫でておく。先輩に気を遣ったんだねえ。偉いねブルボンは。でもその先輩は走りたくて走りたくて今も尻尾ぶんぶんだし、別に気にしてないのよね。
それにまあ、スズカとブルボンが爆発するとなったらスズカを助けるけど、それはそれとして二人とも大事だし。どうしても手のかかりがちなスズカに甘くなってしまうのは否定できないし、それはまた直していかないと。
……私、この歳で子育て論みたいなところにたどり着いてない? 大丈夫? 戻ってこれる? 私の花の独身二十代はどこ……ここ……?
「次走の候補などございますでしょうか?」
「あー……そうですね、一度重賞を挟むとは思います。ぶっつけでG1は気持ちの問題もありますから」
今日の様子を見ているとそんなの関係無さそうだけど。緊張なんかしないだろう。もししたらしたでできることもちょっとは考えているし、多少の緊張で崩れる作戦をとっていない。
取材も終わり、記者さんが帰っていく。彼女は熱血なので終わり際すぐに来たが、他のメディアの取材も明日以降増えるだろう。対応しないとなあ。スズカの時と違って明確な目標と意志があるからやりやすいけどね。
「ごめんねブルボン。休んでて良いよ」
「はい」
「スズカも戻ってきなね」
「はあ……自分でなくてもこういうのは苦手です……」
でもまあこれで二人ともトゥインクルシリーズ所属になったわけだ。私も頑張らないとな、なんて決意を新たに、私は購入してあったペンライトを弄くっていた。
※トレーナーは痩せてる方です。名誉のために。
小柄という表現は流石にガバかったのでサイレント修正しました(威風堂々)