走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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ちゃんと説得してほしいサイレンススズカ

 ある日のこと。私がトレーニングを終えたスズカとブルボンと、トレーニング室でいつものように過ごしていると、スズカがうきうきでスマホを見せつけてきた。今日はやらなきゃいけないことがあるんだけど、いったん愛バとの時間は必要なので付き合うことにする。

 

 

「見てくださいこれ! ね、トレーナーさん」

「何……シューズ?」

「新発売のシューズなんですけど、これが凄くて、ランニング特化で悪路でもクッションになってくれる凄いものなんですっ」

「……はあ」

 

 

 ランニングシューズ。ウマ娘にとってはそれはもう重要なものである。何せ走るために生まれてきたような子達だ。人間にとっての靴より重要度が高い。

 

 一般的にウマ娘用シューズは距離別になっていて、それぞれ重みや丈夫さ、クッション性なんかが違う。これは人間でも解るくらい露骨に違うし、トレーナーたるもの見分けくらいはできないといけない。

 

 

「買いたいの?」

「はいっ」

「まあ、別に買うのは良いけど」

 

 

 スズカのことだし、買わないなんて言ったら自腹で買う。こうしてねだってくるだけ遥かにマシなくらいだ。あんまり何でも買い与えるのは良くないけど、トレーニングに使えるものは流石にね。

 

 ……まあ、今回はそんなの問題じゃないんだけど。

 

 

「なんで十足も買おうとしてるの」

「必要だからですけど?」

「必要じゃないでしょーっ」

「ゎぅゎぅ」

 

 

 当然のようにカートに大量買いしているスズカのスマホを取りあげ、一つにしておく。同時に頬をふにふにと挟んで動かし、柔らかさを楽しむ。

 

 

「靴は一度に十足も買うものじゃありません」

「でもすぐに潰れちゃいますし……」

「すぐに潰れるのはスズカが走ってるからでしょ」

「……いやいや」

 

 

 走ってませんけど? というように目を逸らし、頬を揉む私の手を外から撫でるスズカ。

 

 ウマ娘のシューズは潰れやすいのは事実だけど、すぐに履き潰すほどなのはスズカぐらいのものだ。あとはブルボン。走っている距離にしてはそれでも長持ちする方だけど、それにしても既に数えるのが面倒な量の靴を履き潰している。

 

 

 だけどスズカだもんなあ。

 

 

「大して走ってませんよ」

「じゃあ二日前は何してたのか言ってごらん?」

「……走ってませんよ?」

「甘えて誤魔化さないの。スペシャルウィークに聞いたんだからね」

「口止めはしたはずです」

「スズカの口止めよりトレーナーの質問。大人は怖いねえスズカ?」

「あとでお腹をふにふにします」

 

 

 私を? スペシャルウィークを? とは聞かず、胸にすり寄るスズカの頭を指で弾く。ぁぅ、ゃぅ、と離れていき、あぁー、とそのまま私とは逆に転がった。

 

 

「二足だけ買います。ブルボンはいる?」

「トレーニング用品の判断はマスターに委ねます」

「じゃあ買お」

 

 

 ちなみに、ブルボンにもデビューの賞金が入った。トレセンは凄いところ……というか、レースが毎週ある都合上、賞金や出走奨励金はほぼ即座に支払われる。汚い話スズカのそれと比べれば雀の涙みたいな量だけど、私にも臨時ボーナスが入っている。ブルボンの賞金の一部ね。

 

 ただ、自分の口座を自分で管理しているスズカと違い、ブルボンの振込口座は実家のご両親の管理下にあるらしい。まあATM使えないし、わざわざ銀行窓口にってのも面倒だし。よって、ブルボンの生活費は定期的に実家に帰って直接貰う形になっているらしい。

 

 ……あと私からのお小遣いね。これは内緒。あのお父さんうるさいからさ。今はトレーナーが掠め取る割合は上限があるって言ってるのに賞金を渡そうとしてくるからね。流石に電話切ったもん。失礼だけど。

 

 

「足のサイズはーっと。あ、ついでにウェアも買お」

 

 

 ページを移りトレセンの公式ホームページへ。指定のジャージ、結構高いのよね。未勝利戦も突破できないウマ娘とかを見ると、割とボロを着てたりしてちょっと悲しくなるやつ。まあ顔をしかめるほど着続ける子はいないけど。

 

 一通り買い終わってパソコンを閉じる。うーん終わった。今日も一日平和だった。天気も良いしブルボンの夕方トレーニングまで寝ても良いかもね。

 

 

「あっ寝ようとしてますねトレーナーさん。いけないんですよ、お仕事中に」

「トレセンは休憩時間自由なのよ」

「あー……っ」

 

 

 スズカも巻き込み横になる。そして、ぐっと体を絡め、結構見付かったら逮捕されそうなくらい密着していく。複雑に絡めば絡むほど、力ずくで逃げにくくなるのだ。

 

 

「もう、なんですか? お昼からなんてトレーナーさんおかしいですよ」

「うんうん……さてスズカ。一週間後、宝塚記念です」

 

 

 ……! (スズカが何かに気付き私から逃げようとする音)

 

 ……! (体を犠牲に食い止めるはずが二秒で逃げられる私の声)

 

 

「ブルボン! 捕まえてブルボン!」

「オーダー受理、直ちに──」

「止まってください、ブルボンさん」

「い、一時停止します……」

 

 

 ブルボンが動きを止めた。ドアノブを掴むスズカ。いつでも逃げ出せるんだぞ、というようにこっちに口元を引き結んでふふんと得意げにしている。でも部屋から逃げ出さない辺りが可愛いんだねえ、スズカはねえ。

 

 

「まだ何も言ってないよね、スズカ?」

「トレーナーさんのことなんて何でも解っちゃいますからね。私は走りますよ」

「うんうん。頑張って我慢しようね、スズカ?」

「やです」

「スズカ?」

「やです」

 

 

 やですbotになってしまったスズカ。いー、と口の形を歪めて私を威嚇しつつ、捕まえるべきかの葛藤に処理落ちしてしまったブルボンをけん制している。

 

 

「聞いてスズカ。こんなのいつものことじゃない。今更言うことじゃないでしょ?」

「あー、トレーナーさんが言っちゃいけないこと言いました。何だかんだいつも説得してくれたのに、適当にしましたね」

「良いから良いから」

 

 

 こっちにおいで、とスズカを呼ぶ。ぷんすかぷんになってしまったスズカは一応大人しく来てくれるものの、つんと唇を尖らせたまま目を逸らしている。拗ねてるなあ。まあ私が適当になったからなんだけど。

 

 

「ごめんスズカ。機嫌直して? ちゃんと説得して走るの禁止するから」

「……自分で言っておいてなんですけど、それはそれでなんか悔しいです」

「そんなこと言わないで。よしよし。偉いねスズカは」

「むー……適当に撫でれば誤魔化せると思ってませんか?」

「ぎくっ」

「そんなこと口で言う人います?」

 

 

 私の膝に乗ってされるがままのスズカ。ウマ耳マッサージをしながら頭を撫で髪を梳く。

 

 

「宝塚で楽しく走りたいでしょ? 全力で走って良いから、ね?」

「やです。今日走りたいんです」

「マスター」

「そんなこと言わないで? 我慢すればするほど走った時気持ち良いのよ」

「今走っても気持ち良いです」

「あら意地っ張り」

 

 

 むーっと私に抱き着いて押し倒してくるスズカ。まったく、ワガママね。まあ無茶言ってるのは私だけど、でも一応決まり……私が勝手に決めた決まりなので、しっかり守ってもらわないと。トレーナーさんだぞ、私は。

 

 

「じゃあちゃんと頑張れたら何したいか考えていいから。ね? 何したい?」

「走りたいです」

「どこが良い?」

「マスター」

「今から、近所をです」

「もうっ」

「んぁぅんぁぅんぁぅ」

 

 

 赤ちゃんでも抱くみたいに揺さぶり、目を回したところでどーんとソファに押し倒す。すぐに跨りマウントを取って、体重を持って腕を固定してやる。これで動けまい。

 

 

「わわっ」

「さあ我慢すると言いなさい」

「マスター」

「やです」

「強情なっ」

「やははははっ、ふふ、うふふっ」

 

 

 くすぐって何とか口を割らせようとして、お腹や脇の下をまさぐって、

 

 

「マスター、よろしいですか」

「ひぃゃああっっ!!?」

「みみ、みみがこわれる……」

 

 

 耳元で囁かれて崩れ落ちてしまった。頭を思い切りぶつけながら床に倒れ伏す。痛った……たんこぶできたわ。悶える私を、ささやきの主であるブルボンが真顔で見下ろしている。何、何が起こったの。

 

 

「マスター、どなたかいらっしゃっています」

「え、あ、ごめん」

 

 

 ぶわっと冷や汗が出る。やべえ。スズカと遊んでて来客に気付けないのは流石に不味い。すぐに服装を整えて、扉をゆっくりと開く。理事長じゃありませんように理事長じゃありませんように理事長じゃありませんように理事長じゃありませんように理事長じゃありませんように……

 

 

「祝福ッ! この度はメイクデビュー快勝、おめでとう!」

 

 

 あっあっあっ……

 

 

「お……疲れ様です理事長。対応遅れまして申し訳ありません。言っていただいたらこちらから伺いますのに」

「それには及ばんとも。祝いの言葉は直接来て伝えるべきだ。それに、それだけではないからな!」

 

 

 理事長の扇子に『礼儀ッ!』の文字。とにかく部屋に招き入れる。珍しくたづなさんがいないな。基本的に二人一組で行動しているイメージがあったんだけど。

 

 

「改めて、祝福ッ! チームエルナト二人目のデビューと、ミホノブルボンの快勝を心からめでたく思うぞ!」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます、理事長。これからも頑張って参ります」

「うむ。最初は虐待を疑うなどしてしまったが、結果としてミホノブルボン自身の目標通り、1600を走り切りその先の可能性も示した! これは非常に素晴らしいことだと思う!」

 

 

 あ、すっごく褒められてる。良かった、流石にお説教もののミスをしたからマジで怖かった。

 

 

「ブルボンの目標はクラシック三冠ですから。まだまだこれからですよ」

「当然! 我々もできる限りの支援はしようとも! いやあ、面接の時から聞いていたが、夢を貫く姿勢が他のウマ娘達にも良い影響を与えてくれると良いな!」

「面接……覚えてるんですか? ブルボンの」

「無論ッ! すべてウマ娘の目標はしっかりと覚えているとも! 私の責務だからな!」

 

 

 凄いなこの人……一年に何人入ってくると思ってるんだ。どう考えてもそんなことできるわけないんだけど、理事長が言うと本当に覚えてるんだなって

 

 

「ありがとうございます」

「では別件だが、早速いくつか取材やグッズ展開などの申し込みが来ていてな!」

「それは……理事長からお話を聞くとは思いませんでした」

「私欲ッ! 個人的に会いに来たかっただけだ! 二人とも息災のようだし杞憂だったな!」

 

 

 あー、私、そうね。監視対象か。そりゃそうよね。だいぶ無茶苦茶したし当然。心配かけました。

 

 その後もしばらく理事長との話があり、彼女は夜練習にまでついてきた。坂路のペースの数に理事長がドン引き、数日後の面談が決まった。


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