走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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理想の一日を過ごすサイレンススズカⅡ

「いただきます」

「はーいどうぞ」

 

 

 その日の夜。スズカがランニングから帰ってきたのは夜八時のことだった。普段から晩ご飯はちゃんと食べてと言っているので、自由な日と言えども戻ってくることにしたらしい。

 

 現在、リビングには私とスズカしかいない。ブルボンは寝室で熟睡している。さっき気まぐれに名前を呼んでみたけど起きなかったから、よほど限界だったんだと思う。そりゃそうだ。朝と午後スズカに付き合ったんだから。

 

 

 朝はあっけなく突き放され、午後は坂路の後というのもあって流石に止めた。けど、ブルボンも負けん気が強いのか何なのか、それでも走ろうとするのだ。まあ怪我率は出ていなかったから好きにさせたが、これも途中で突き放されて終了。休憩したらしいところからテレビ通話が来たが、流石に怪我の可能性があったのでやめさせた。

 

 

 まあスズカはその後も走り続けてこんな時間になったんだけど。都合七時間半くらい走ってることになる。化け物じゃん。人間がフルマラソン走るより長く走ってる。無敵か? 

 

 

 でもまあ何も言わない。ちゃんとご飯を作って、ぱくぱくのスズカを眺める。

 

 

「この後の予定は? スズカ」

「んむ……んー……もうちょっと走って、日付が変わるくらいには帰ってきます」

「まだ走るの……?」

「はい。ダウンですよダウン」

「ダウンで三時間走るわけないでしょ」

 

 

 でもスズカはやる。走ると言ったら走るのだ。走っていれば疲れないというのが嘘でも誇張でもないのではと思えるくらいに走る。量は少なめといえどこうして晩ご飯を食べた後に走りに行って……三時間くらいかな、それくらいの時間も目一杯走る。

 

 

「でも夜風が気持ち良いんですよ。こう、身体の中は運動で温まっているのに、肌は夜風で少し肌寒くて……あ、あと、この時間になると車の音より虫の音の方がよく聞こえるんです。星明かりは都会だと難しいですけど、月明かりは結構感じられるというか……」

「それは……風情があるわね」

 

 

 学生の感性じゃないような気もする。あっという間に食べ終わったスズカと一緒に食器を洗い、そしてスズカは当然のように玄関へ向かっていった。うーん有言実行。流石だ。

 

 

「夜食は食べる?」

「ちょっと甘いものがあったら嬉しいです」

「ん。気を付けるのよ。スマホは持った? お金は?」

「持ちまし……あ、お昼に飲み物を買って使い切っちゃいました」

「そう。はい。ちゃんと水分補給はするのよ」

「はいっ」

 

 

 いくらかのお金を渡し、スズカを見送る。さて、何を作ろうかな……まあお菓子は用意してあるけど、今日はスズカの好きにさせてあげたいし、せっかくなら何か作った方が喜ばれるだろう。

 

 ……まあ、作るのは日付が変わるギリギリだけど。どうせ帰ってこないし。お風呂を沸かして、私はリビングのソファに寝転がった。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「……さん?」

 

「……ーナーさん……?」

 

 

「トレーナーさん!」

 

「うわっ」

 

 

 飛び起きる。ヤバい、寝てしまった。目を覚まし体を起こすと、かなり覗き込んでいたらしいスズカと目と鼻の距離まで近付いた。微かに汗と、スズカがいつもつけている制汗剤の香りはしない。普段から汗をかくようなことを繰り返しているスズカは大した臭いもない。こつん、と額をぶつけて、そのまま起き上がる。時計は……ちょうど日付が変わる寸前だった。

 

 

「ごめんスズカ、普通に寝てた……」

「もう、疲れているならそう言ってください」

「いや、疲れてなくてもこの時間は寝るって……」

 

 

 皴になってしまった上着を放って、お風呂を沸かし直す。少し顔を洗って目を覚まし、スズカにタオルと飲み物を手渡しておく。

 

 

「食べるの、今からでも良い?」

「はい。一緒に作りますか?」

「良いよ、どっちでも」

 

 

 じゃあ作ります、と言うので、ホットケーキを焼くことにした。フードプロセッサーでぐちゃぐちゃにしたにんじんも入れて、特に会話も無くお菓子作りに勤しむ。何だかんだ良い匂いはする。初めて作った時はホットケーキににんじんは正気かと疑ったけど。たとえそれが普通に存在するレシピでも、マジでやる人がいるとはって感じだった。

 

 

「もう良いんじゃない、ひっくり返したら、スズカ」

「はい……あっ」

「はい失敗。それスズカのね」

「そんな……もう一回やらせてください」

「やだね。見てな……あっ」

「ふふっ……私の方が綺麗ですね、トレーナーさん?」

 

 

 焼き上げていると、寝室の方から足音が。ぽてぽてと、夜中に起きてしまった赤ちゃんみたいな軽い足音は……じゃなくて、うちに今いるのはあと一人、ブルボンである。相変わらず私のパジャマをぱつぱつにして、目を擦りながら近寄って来た。毎回忘れるけどブルボンの服も揃えておかなきゃ。早急に。ブルボンが着た服は基本的に胸元がびろんびろんになって着られないから。

 

 

「起こしちゃった? ごめんね、うるさくして」

「いえ……音声による起動ではありません。何をされているのですか?」

「ホットケーキ作ってる。食べる? まだ材料あるけど」

「いえ、深夜帯の飲食は」

 

 

 ぐぅ。誰かのお腹の虫が鳴った。無理しないでブルボン。根本的にウマ娘が甘いものの誘惑に勝てるわけないのは知ってるのよ。食欲より走行欲が強いスズカが異質なだけで、ウマ娘の食欲は基本的に止められない。びくん、と体を起こし、ウマ耳をへなへなにしてしまったブルボンに二人で笑いかける。

 

 

「おいで。一緒に食べよう。大丈夫。ブルボンはそう簡単には太らないわ」

「……では」

 

 

 そのまま食器棚に向かうブルボン。スズカも少し笑った後、新しくにんじんを刻み始めた。同じように生地に混ぜて、三つ目を焼き始める。

 

 

「せっかくだからブルボンさんもひっくり返す? トレーナーさんに見本を見せてあげてください」

 

 

 はは。ブルボンにできるわけ……いや、ブルボンって料理とかべらぼうに上手いもんね。平気でやりそう。お任せください、と焼き始めの生地を眺めるブルボン。私もはちみつと、ジャムと、バターと……じゃん。ココアパウダー。美味しい。

 

 

「行きます」

 

 

 ブルボンが作ってひっくり返したホットケーキは、非常に綺麗な円を描いていた。ヤバすぎる。お料理ロボットじゃん。失敗作の二枚は私が食べることにして、スズカの分を追加で作った。

 

 

 

 

 

 ────―

 

 

 

 

「はあ……美味しかったです。ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした。美味しかったねえ」

「ごちそうさまでした」

 

 

 おやつを食べ終え、ブルボンは歯磨きに、私とスズカはお風呂に入りに洗面所へ。特に分かれる理由も無いのでそのままスズカと一緒に入り、スズカの長い髪を洗う。

 

 

「そんなに丁寧にやらなくても……」

「だめ。あ、ほら虫いるじゃん。どこ走って来たの」

「森ですけど……」

「だからちゃんと洗うのよおバカ」

 

 

 そうでなくてもスズカは烏の行水というか……ゆっくり温まるってことを知らないのかな? って思う。まあ普通の女性として考えれば普通くらいだけど、ウマ娘は日常的に走るので、泥ハネとか、それこそ虫とか葉っぱとか。スズカはくっつき虫くらいなら平気で付けてくるからね。私がスズカの髪を、尻尾を自分で洗わせる。

 

 

「あ、トレーナーさんシャンプー変えたんですか?」

「あなたが変えさせたんでしょ」

「だって香りが強くて……トレーナーさんからはトレーナーさんの匂いがしてほしいですから」

「あの、日々若さを失ってる大人に体臭の話はしないでマジで」

「好きですよ?」

「それでもダメ」

 

 

 髪を巻いてタオルで包み、先に湯船に浸かるスズカ。尻尾がぶわっと広がって見ていて気持ちが良い。まあスズカの後入ったら毛がもう酷いことになるけど。あーあ。まあ出るときシャワー浴びればいっか。

 

 身体を畳んで縁から私を眺めるスズカ。私なんか見て楽しい? あなた。何も無いでしょ。

 

 

「トレーナーさん、背中に汗疹できてますよ」

「え? 嘘。全然痛くも痒くもないけど」

「赤くぽちっとしてます。今度お薬塗りますね」

「お願い……しまったなあ……ちょっとショック」

 

 

 そして目を瞑ってしまったスズカ。ああ、私の汗疹を見てただけなのね。それはそれで複雑ね。まあずっとそのままぬくぬくしててくれ。

 

 

 そして、スズカに湯船を譲られて場所を交代。体を拭くスズカ。私も湯船から手を伸ばして尻尾の水気を取る。本当、スズカの尻尾はどうも他のウマ娘よりも締まっているというか、纏まっているような気がする。これも空気抵抗を何とかするための長年のスズカの努力の結果だろうか。

 

 乾かした尻尾にオイルを塗りこみ、スズカの指示に従いしっかりと纏めるように絞る。ふわりとさせた方が可愛いと思うんだけどなあ。スズカの意識はよく解らない。

 

 遅れて私もお風呂を出る。用意していた牛乳をちびちびと飲むスズカに遅れて私も服を着て、ぽかぽかのままスズカを連れて寝室へ。既にベッドの真ん中ですやすやと寝ているブルボンは動かさないようにして、ブルボンを挟んで寝ることに。この子は体温が高いので暖かくて気持ちが良い。冷房をつけてタオルケットをかけてブルボン湯たんぽを使うと非常にちょうどいい。

 

 

「楽しかった、スズカ」

「大満足です」

「そう。じゃあ明日から頑張ろうね」

「……やっぱり楽しくなかったのでもう一日良いですか? もし良ければあと一か月くらい良いですか?」

「ダメに決まってるでしょ」

 

 

 冗談です、と上機嫌にくすくす笑うスズカ。いや冗談じゃないな。明日になったら同じこと言うだろうし。まあ一日自由にやらせたわけだし、少しは楽になるだろう。宝塚記念、それから夏の練習……まあスズカの夏はおまけだけど。去年は死ぬほど鍛えたけど、現状のスズカに人並みのトレーニングを課すつもりはないし。

 

 それでも、ブルボンの練習相手としてスズカは便利だし。そこで走るわけだから、しばらくスズカと言い合いをすることも減るかな……それはそれで寂しいような気もするけど。

 

 

「おやすみなさい、トレーナーさん」

「おやすみスズカ」

 

 

『トレーナーさんにお休みを言う』を達成したスズカは、微笑んだまま眠りについた。

 

 

 

 翌日。

 

 

「走りたいですトレーナーさにゃいにゃいにゃい」

「ダメ」

 

 

 トレーナー室で昨日のことが無かったかのようにくっついてくるスズカの頬っぺたを抓りつつ、夏の練習メニューでちょっと意地悪してやろう、と私は思うのだった。

 

 宝塚記念まで、あと六日。




夏休みは誰と練習しようかな、と思ってるところさん。まああんまり候補は無いけど。でも実はアプリ版だと既にライスがブルボンを意識しているんですよね。

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