走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「助けて……助けてくださいスズカさぁん!」
「え……何……? どうしたのフクキタル……」
ある日。今日も今日とて走りたいスズカを何とか宥めていると、トレーナー室にマチカネフクキタルが飛び込んできた。スズカは私の膝の上で私を殴っていたが、そんなことは気にせず彼女は続ける。
「大変なことになってしまいましたぁ! 本当にもう……ダメかもしれません……!」
……こう言ってはなんだけど相変わらずどうしてスズカと友達なのかよく解らないやかましい子だ。嫌いにはなれないけど。
「聞いてください……今日、タロット占いをしていたんですが、結果が何度やっても最悪なんです! 堕落! 弱さ! 中途半端! 私、私はぁ……どうしましょう……!」
「そう……なの。まあその、良いことがあると良いわね……?」
「朝の占いも最下位でしたし、願掛けに行った神社でも凶……うぐぐ……」
「そう……あ、ジュース飲む?」
「飲みます……」
マチカネフクキタルは占いや運勢というものに傾倒している……故に、常に占いとお祈りを欠かさないしラッキーアイテムも持参している。今日はどうやら右腕のチェーンアクセサリーがそれっぽいわね。
聞くところによるとかなり自分に都合の良い解釈もするらしいし、強引に良い結果が出るまでやることもあるらしい……が、占いは結構当たるとか。
スズカにジュースを出され、飲んで落ち着いた……と思いきや、はっとなってマチカネフクキタルはまた騒ぎ出す。
「違いますよスズカさん! 美味しいジュースを飲んでる場合じゃありません! ごちそうさまです!」
「ええと……私は何をすれば……?」
「今日のラッキーカラーは緑! そして白です! つまりスズカさんはラッキーそのもの! 幸運の女神様みたいなものですよね!」
「え? あ……まあ、そうなのかも?」
スズカの珍しい一面が見られるね。ぐいぐいぶっ飛ばして来られるとこうなるのか。もしくは話半分で聞いてて何も考えていないかどちらかだな。
「そしてですね、加えて私今、ひっじょ~~~~にピンチでして!」
「運勢じゃなくて?」
「運勢もそうなんですが! その、あの、か、課題が終わらなくてですね……」
「……ああ、フクキタル、赤点だったものね」
「そうなんです……このままだと夏合宿に行けません!」
それは……大変だね。
トレセン学園はウマ娘ファーストを掲げているし、何かトラブルがあれば基本的にウマ娘保護に動いてくれる。ただ一方で、決してウマ娘に甘いわけではない。
トレセン学園は何だかんだ言って扱いは普通の中高一貫校である。トレーニング施設がオマケ扱いだ。だから、ちゃんと単位をとって卒業すれば高卒になるわけだ。明らかに授業のコマ数が足りてないような気はするけど何とかしてるんだろう。
そのぶん勉強についてはそこそこ厳しい。もちろんトレーニングも重要なので救済に救済を重ねてくれるが、まあそれにしても困る子はたくさんいるだろうし。
「テスト、そんなに悪かったの? テストの日はなんか、大大大吉だから絶対大丈夫です、って言ってなかった……?」
「あ、いえ、その、そうなんですが……」
当然、課題や救済措置が終わらなければトレーニングには出られない。これがレースなら優先させてくれるが、夏合宿はその対象ではない。この基準が細かくて難しいんだこれが。
「スーパーラッキーだったので勉強せずに全てサイコロと勘で解答したら赤点でした……」
「バカなの?」
「筆記がボロボロで……」
「バカじゃん」
思わず二人の会話に挟まってしまった。いやバカなんだよな流石に。調子に乗りすぎ。どうして記号だけでいけると思ってしまったのか。
「えっと……じゃあ記号は合ってたの? 今回は筆記が多かったし……」
「はい……」
「嘘でしょ」
いや書けるところはうまくいってるんかい。
「それでその、お願いしますスズカさん! 課題を手伝ってくださいませんか!? このままだと私、本当に夏合宿に行けなくなってしまいます! と、トレーナーさんも流石に怒ります……!」
「ええ……まあ、手伝うのは構わないけど……今はやることもないし」
「ほんっと~~~に申し訳ありません!」
私が言うのもなんだけどスズカが友達で良かったね。普通グランプリ前にそんなことする人いないよ。スズカは追い切りをしないし、何なら気を紛らすのに使えるから手伝えるけど。スズカと、ついでに私も拝んできたマチカネフクキタル。次は勉強するのよ。
早速背負っていたバッグから荷物を広げ、分担を始めるマチカネフクキタル。うわあ。私が見てもヤバい量が出ている。
「じゃあえっと……何なら手伝えるかしら……」
「とりあえずこの辺! この辺りの丸付けをお願いします! で、その後──」
意識を切った。まあ友達に宿題をやってもらうくらいで何か言うこともあるまい。スズカも平和的に時間を潰せるし、Win-Win……かな? スズカは勉強は苦痛だと思ってないし、まあ良いんじゃないの。
二人に再び飲み物を用意して、真ん中にお菓子も置いておく。マチカネフクキタルは確かそんなに厳しい食事制限はしていなかったはず。していたら拷問だけど……あんまりこの子が大食らいって話は聞かないものね。
泣き言を言いつつ課題に取り組むマチカネフクキタルと、苦笑しつつそれを手伝うスズカ。スズカ、よくこういうの頼られるなあ。
考えてみると、まあマチカネフクキタル、スペシャルウィークがよくこういうのを頼んでくるわけだけど……それぞれ他に頼む相手、あんまり候補が無いんだろうな。スペシャルウィークはかなり仲の良い同期がいるけど、あのなかで勉強ができそうで、かつ課題を手伝ってくれそうな子……いるか?
他二人は大して話したことないけど、キングヘイローとグラスワンダーは落ち着いていて丁寧に話すし頭は良さそうだ。ただ、あれだけしっかりしていると課題を手伝うって言っても見張りとかになってしまいそうだし。
マチカネフクキタルは……えー……あんまりこの子の交遊関係知らないや。本人は課題を抱えないし成績は良いし、かといって課題は全部自力でやりましょうみたいな意識の高さも無い、トレーニングもそこまでしないから時間もあるスズカ、都合の良い女すぎるな。
黙々と続ける二人。私も色々返事とかしようかな。雑誌とか新聞とか、今度からはブルボンの分もやらなきゃいけないからそこそこ大変なのだ。でも疎かにすると二人にトラブルが行くからやらざるを得ない。
しばらく課題をする二人を眺めつつ、私も色々、部屋も出たり入ったり。夕方にも差し掛かる時間になって、ブルボンが目覚めた。本当にこう、寝てても会話を聞いてるんじゃないかってくらい、自分に関係無いときは目を覚まさないなこの子。
「おはようブルボン」
「おはようございます、マスター。体力回復完了。いつでもいけます」
「おはようございます、お邪魔しています、ミホノブルボンさん!」
「おはようございます、マチカネフクキタル先輩」
初対面のはずだけど、やはりトップウマ娘達は違う。マチカネフクキタルもただテンションの高い占い狂いではなく、菊花賞ウマ娘である。たまに麻痺しそうになるが、G1というのは本来出るだけで名誉、掲示板で一生ものの栄光、勝てば歴史に名が残るのだ。彼女を知らないウマ娘はモグリと言っても良い。
「じゃあブルボンはもう少ししたら坂路ね。その前に……二人もちょっと休憩して甘いものでも食べる? おやつの時間だよ」
「あら? もうそんな時間……あっという間ね」
「やっと……やっと二時間……? 私は……ふぎゅ」
崩れ落ちるマチカネフクキタル。まあどう見ても集中切れてたし、ちょうど良いくらいだろう。一応彼女のトレーナーにも確認の連絡をさせて、まあトレセンのカフェテリアで良いか。
「じゃあ行こうか。それとも買ってくる?」
「ではせっかくなのでご一緒……」
「フクキタルは買ってくるからここで続きをやってて?」
「ええ゙ええぇ゙あぁあ゙っ……」
すっげえ声出たな。
────
「ありがとうございましたーっ!」
カフェテリアで持ち帰りでいくつかシュークリームを買った。絶望してサイコロを転がさないように見張りとして置いてきたブルボンと、今もたぶん頑張っているマチカネフクキタルの分は一つ多い。と言ってもスズカだって五個買ってるけど。いちいち量が多いのよウマ娘は。二つ食べたらお腹が甘くならない? 色んな意味で。
「これくらいなら普通というか……スペちゃんなら倍食べますよ?」
「恐ろしすぎる……」
まあ自分の顔より大きい特大パフェとか普通に食べるもんね、ウマ娘。隣を歩くスズカも何も不自然には思っていなさそうだ。
「でも良かったわね、彼女が来て。気も紛れたでしょ」
「そんなわけないじゃないですか。私が授業中もどれだけ我慢しているか知ってますか?」
「授業中は授業聞いて?」
「聞いてますけど……せめてカーテンを閉めて、風や鳥の声が一切聞こえないようにしてくれれば何とか落ち着いていられるんですけど……」
「監獄だねえそれは」
普段どれだけ耐えてるんだこの子は……なんて呆れつつ、トレーナールームへ戻ると、
「ふおおおおっ……」
「っ……!」
マチカネフクキタルがブルボンの腕を掴み、何かを止めようと奮闘していた。
暴行事件か……とはならない。ウマ娘はそう簡単に暴行事件なんか起こさないし、ブルボンならなおさらだ。スズカも特に驚きはせず、一度おやつを置いてから話しかける。
「どうしたの」
「ブルボンさんが! ブルボンさんが私のご利益MAXスーパー解答サイコロ鉛筆改良型markⅢver.4.0.6改弐を破壊しようと!」
「こらブルボン。なんでそんなことするの」
「フクキタルがサイコロ使おうとしたんでしょ」
スズカはもっと友達を信じて差し上げて。
「理由を話しなさい」
「はい。先程報告の機会を失いましたが、起床直後ですので排泄の必要があります。非常に切迫しています」
「トイレ?」
「はい。緊急性が非常に高いと判断し、向かおうと思ったのですが、それではオーダー『見張り』を完遂できません」
「それで?」
「サイコロを破壊すれば見張る必要が無いと思いました」
「おばか。まずトイレ行ってきなさい」
「はい」
やや普段より足早に部屋を出るブルボン。トイレ行きたくて思考がバグっちゃったんだろうか。今度から『~~しておいて』という指示はやめよう。もしくは条件付けを……生理現象と身の危険は命令に優先するとかいう指示を出しておくとか。
……あといくら同性とはいえトイレ申告は恥じらお? スズカだってもうちょっとあるんだからね。
「ごめんねマチカネフクキタル。あとで叱っておくから」
「いえいえ、大丈夫です……ち、力強いですね……ちょっとビビりました私」
「ね。パワーあるでしょブルボン」
パワー系ポンコツサイボーグだからね、あの子は。
このあと数日課題を手伝った。