走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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ここから例のアレへ近付いていきます。

基本的には早く消化したいので駆け抜けますが、たまに日常も挟まるかもしれません。

例のアレが関わる話には『領域』という単語をサブタイに入れておきます。また、本格的に曇り空になったら終了までのカウントダウンも入れます。

全てが終わったらあらすじを纏めて前書きに書きますので、どうしても不穏な空気が苦手な方は読み飛ばしていただけたらと思います。


領域を見たサイレンススズカ(宝塚)

 宝塚記念とは、ファンの間では有馬記念と並びグランプリと呼ばれるレースである。これらグランプリレースは出走登録もあるが、加えてファン投票で上位に入る必要がある。

 

 一応クラシックから出走できるものの、この時点で名が知れていて大人気、なんてのは、セイウンスカイやスペシャルウィークのように三冠なりティアラなりの路線で活躍しているウマ娘である。ダービーやオークス後に出るのは正直無理。

 

 なのでまあ、実質シニア級の戦いになる。今年の宝塚記念の目玉は何といってもサイレンススズカとエアグルーヴ、それにメジロドーベルを加えた三つ巴の争いである。もちろん他にもたくさんいるけどね? 

 

 

「準備は良い、スズカ」

「……」

「そう怒らないで? 今から走れるんだから」

「……つーん」

「もう。ごめんってば」

 

 

 そんなスズカだが、現在拗ねてしまっている。もちろん勝負服には着替えているし、ストレッチもして走る準備はできているが、ふいっと私と目を合わせないようにしながら控え室のベッドで寝ている。私の膝を枕にして。

 

 ちなみにブルボンはいつも通り無言で座っているだけだ。私達に対して今更何か言うようなこともないんだろう。

 

 

「怒ってます」

「ごめんって。許してスズカ。スズカが一番だから。私はスズカを疑ったりしないわ」

「ふーんだ。トレーナーさんなんて知りません。私じゃない投票券を買えば良いんです」

「間違えただけなのよ。本当よ」

 

 

 私はスズカのトレーナーとして、ウイニングライブは特別席である。正直投票券を買う必要はない。けど、それはそれとして趣味の範囲で一枚持っておくことにしているのだ。もちろん抽選には参加しない。ただ持っておくだけ。

 

 だが、今回間違えてスズカの隣の名前の解らないウマ娘を買ってしまった。それがスズカに見つかった結果、珍しく本気拗ねをしてしまっている。レース前にだ。

 

 

「あーあ。がっかりしちゃいました。トレーナーさんは私の走りを信じてくれていると思ったのに」

「本当に違うのよ。私はスズカが一番だから、ね?」

「つーん」

 

 

 スズカのやる気が下がってしまった。なんてことだ。ちょっと反省。まあその、自分の担当でもないウマ娘の投票券を買うのは流石に私が悪すぎる。スズカに限らず他の子だってそれは怒る。全面的に謝罪するしかない。ごめん。

 

 

「スズカが一番速いわ。絶対に負けない。スズカの一着が見たいなあ」

「つーん」

「先頭で駆け抜けるスズカがかっこいいなあ。ずっと一人で走ってるのが見たいなあ」

「…………」

「スズカは可愛いし速いし、私の一番のウマ娘! スズカが気持ち良く走ってるのを見るのが楽しいのよね」

「…………本当ですか?」

 

 

 やる気 が 上がった ! 

 

 

「本当本当。投票券もスズカの買い直すから。何ならルール無視していくらでも買うわよ。貯金全部つぎ込もうか?」

「……ふふ、そこまでしなくて良いですよ。もう解りましたから。ちゃんと信じててくださいね? 拗ねちゃいますよ?」

「もう拗ねてたじゃん」

「え?」

「スズカは可愛いねえ!」

 

 

 あっぶねえ。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 レース内容については、正直驚いた。僅差の一着。確かにエアグルーヴは強かった。二着の子の名前も覚えておこう。しかし今日のはそれ以前の問題というか……どうもこう、最後の伸びでスズカの脚が一瞬止まったように見える。

 

 

「トレーナーさん……」

「お帰りスズカ。楽しかった?」

「はい……楽しかった……ですけど……」

 

 

 帰ってきたスズカの様子もおかしい。レース直後、明らかにスズカには体力が残っていた。スズカは次を見据えて温存なんかするタイプではない。

 

 そして、帰ってきたスズカがどうも浮かない顔をしている。いつも通り駆け寄ってくるのを受け止めて抱き締めあっつ! は? 

 

 

「スズカ!? どうしたの!」

「レースが終わった辺りから急に……どうしてでしょう……?」

 

 

 スズカの体が熱い。発熱している。風邪か何かか? いやでも、走る前は何ともなかったはずだ。こんな短時間でここまで上がるものだろうか? でも、レースを走った以上は何かがあっても不思議じゃない。とりあえず体温計を脇に突っ込む。

 

 

「不調はある? 熱は……かなりあるけど……」

「いえ、全然不調は無いというか……むしろ気持ちいいくらいで……悪いことじゃないと思います」

「でも、顔色悪いよ」

「いえその、突然こうなっちゃってちょっとびっくりしてるだけです……レース中、その、私……」

 

 

 次の瞬間、スズカがきっと目尻を吊り上げた。鋭い眼光が私を貫く。もちろん私は慣れているけど、それでも一瞬怯んでしまうような……戦意? 活力? とにかく、レース中にサイレンススズカが見せる、逃亡者としての顔をしていた。

 

 でも、もちろん今はスズカは一着を取り終えて、控え室のベッドに一応横にした段階だ。そんな、気合いが入るわけがないと思うんだけど。

 

 

「スズカ?」

「あっ……い、いえ、何でも……」

「レース中、何があったの」

「その……上手く言葉で言えないんです……」

 

 

 声をかけるとスズカが戻った。ド天然ほわほわあほ栗毛……だけど、どこかテンションが低いというか、変に落ち着いている。

 

 

「良いよ。言える範囲で教えて」

「レース中、最終コーナーあたりで、視界がぼやけたんです。それで、スパートをかけたらさらに見えにくくなって……何か、自分が違うところにいるような、そんな気がして……」

「うん」

「その、先が見える感じがしたんです……」

「先?」

 

 

 体温は……いや、もう熱が下がってる。額をくっつけても熱くはない。念のため胸やお腹にも触れるけど、どこもおかしくはない。さっきまでの熱が、どこかに消えたみたいだ。

 

 

「本当に、上手く言えなくて……とにかく先なんです。このまま走れば、その先に行けそうな、そんな感じがして……でも、一瞬怖くなって……その、スパートが遅れて……結局そこには行けませんでしたけど……」

「その先……」

「もっと、速く、今のスピードの、さらに向こう側というか……」

「向こう側……?」

 

 

 スズカが何を言っているのか正直解らない。でも、それをスズカが悪く思っていないことは伝わった。だったら良いんだけど……まあ病院には連れていこう。ウイニングライブはとりあえず大丈夫そうかな。脚にも異常は無いし。

 

 

「とにかくスズカが楽しそうで何よりよ。じゃあライブの準備もしようか。一応レース場のお医者さんにも診てもらった後に」

「はい。たぶん、特に異常は無いと思うんですけど……熱だけよく解らないので」

「そうねえ」

 

 

 ウマ娘特有のものだろうか。でも、トレーナーになるために勉強はしてきたけどそんなの聞いたことがない。よほど症例が少ないか、特異なものか……怪我率は出ていないのよね。つまり身体異常ではないのかな。

 

 

「ブルボンは何か解る?」

「いいえ。そのように表現される場所についての知識はありません。ですが、レース後の高揚感やレース中の全能感が類似していると考えられます」

「それ……なの、スズカ」

「いえ、そういうのじゃなくて、本当に、そういう領域というか、踏み越えてしまうというか……」

 

 

 スピードの向こう側とやらが何なのかの解明は……厳しいかな。他のウマ娘にも聞けば解るんだろうか? そもそもスピード狂のスズカが一瞬でも恐れるって相当ヤバいんじゃないか。もし本当に今より速くなれるのであれば何でもするくらいの子なのに。

 

 

「あ、トレーナーさん」

「何?」

「忘れてますよ。ほら」

 

 

 立ち上がったスズカが私にうんと近付いて、ん、と胸を張った。やっぱりそんなに気にしてないのね、スズカも。まあ、私が気にしてれば良いか。

 

 

「よく頑張りました。お疲れ、スズカ」

「はいっ」

 

 

 尻尾ぶんぶんのスズカの頭を撫でつつ、いっそうしっかりしなくてはと強く思った。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「え? でもそれだとこっちが入らないですよ。九文字ですよね?」

「あー本当だ。いやでもそれ以外無くない? 全然思い付かないけど」

「それは……そうですね」

「いえマスター。スイートピーは和名に『麝香連理草』を持ちます。じゃ、こ、う、れ、ん、り、そ、う……九文字です」

「おお……物知りだねえブルボンは」

 

 

 結局、スズカに異常は見られなかった。

 

 ウマ娘用の病院にライブ後即向かい診察を受けたものの、まったくもって健康体、何なら兆しすら発見できなかった。トレセン指定の病院と推薦のお医者さんだし、信用はできる。本当に何もないのだろう。

 

 帰りの電車でクロスワードを解くスズカ。ずっと見ているが一瞬たりとも怪我率は発生していない。他の子達にはばっちり出ていたので私の目が曇ったわけでもない。本当に原因不明の発熱だった。採血もして結果もそのうち届くことになっている。

 

 

 あとでたづなさんや理事長にも聞こう。あの二人はそれはもう恐ろしくウマ娘に詳しいからね。あとはシンボリルドルフか。

 

 とにかくしばらくちゃんと様子は見ないと。

 

 

「ブルボンさん、それは違うわ。絶対にA賞よ」

「お言葉ですが、スズカさん。タオルは多くあります。ここは消耗品であるエナジーゼリーのB賞に応募するべきです」

「ゼリーこそたくさんあるわよね?」

「その分消費します。日々の栄養補給です。一日三つのペースですから」

「タオルも寿命があるのよっ。たくさん使うとすぐ固くなっちゃって大変なんだから」

 

 

「スズカ? タオルをたくさん使ってるの?」

「あっ、いえ、言葉の綾というか……使ってませんよ?」

「ブルボンもゼリーを食事に含めてない?」

「……おっしゃっていることがよく解りません」

 

 

 二人してすん……と目を逸らしてきた。まったくもう。人が考えてる時に。

 

 

「まあ良いけど、電車だから普通に静かにね」

「はい……」

「申し訳ありません」

 

 

 平和的にジャンケンをして即敗北したスズカ。ゼリーもタオルも業者かってくらいあるし、私はそもそもクロスワードの応募なんか面倒だと思うの。まあ二人がやりたいなら良いけど。

 

 特にスズカにはその、病院云々で結局走る走らないをうやむやにしちゃったし。やりたいことをやって欲しい。

 

 

 ……さて、夏合宿頑張るか。主役はブルボンだけど、スズカのスピードの向こう側も、少しは考えつつ。


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