走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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チームエルナト、狂気アピ回。キングヘイローはTPOや相手はわきまえてちゃんと丁寧に話すので、文字だと「誰だよ!」ってなる。


煽り煽られるサイレンススズカ

 

「マスター。オーダー遂行しました。山道コースを二周、砂浜にて合計3000mの走り込みを終了しました。まだ活動可能です」

「みたいね。じゃあスズカ、お待たせ、走って来ていいよ」

「はいっ」

 

 

 夏合宿も数日が経った。ブルボンが着替えを二セットしか持ってこなかったという事実は判明したものの、それ以外はおおむね順調である。二か月合宿なのに寝巻二セット普段着二セットは攻めすぎでしょ。ファッションに無頓着すぎる。

 

 

 規模感で言えばかなり小さなチームということで予約したのもかなり小さな旅館だし、平和に練習もできている。とにかくブルボンを鍛えまくって、この夏でダービーくらいまで戦えるくらいにするのが理想だ。最低でも2000で戦えるレベルまで鍛える。

 

 

 今日も山道コースを使った疑似坂路と、重りを付けて砂浜をひたすら走るというトレーニングをやらせている。これに筋トレの日と休みの日を挟んで、基本的に遊ぶ日は二週に一回とかでやる。ちょっと残酷だけど、ここに来るまでの車でもブルボンは言ってたもんね。

 

 

『ブルボンは海でやりたいこととかある?』

『質問の意図が解りません。合宿はトレーニングが目的であり、トレーニングメニューの決定権はマスターにあります』

『遊びたいとか無いの?』

『海に興味はあります。ですが、目標達成のため、優先順位は揺るぎません』

『そうかあ』

 

 

 スズカも海で遊ぶのはそこまで好きじゃないらしいし、エルナトは海に合宿に来てひたすら鍛えるだけの人達になってしまいそうだ。厳しいと言われるチームでも、二週間くらいは休んだりするんだけどね。

 

 

「じゃあスズカ、ランニングコースを一周ね。ブルボンも並んでついていきなさい。スズカは嫌なら振り切りなさい」

「一周……二周にしませんか? 三周……いえ、ブルボンさんが大変ですかね?」

「鬼か」

「スズカさんがおっしゃるなら」

「いやいや……」

「一周では抜かしてしまう可能性もあります」

「こらこら」

 

 

 山道も砂浜も、少しはスズカも走っていたはずなんだけど。やっぱり全然満足できていないご様子。うちのお姫様は我儘なのよね。いや姫か? 大型犬かもしれない。しかもブルボンは煽れば乗ってくると解っていてわざとやるから質が悪い。

 

 この二人は何と言うか、関係性が歪んでるよね。私が言うことじゃないかもしれないけど。スズカから見てブルボンは素直な後輩なんだけど、「こんな練習ブルボンさんはできないかあ~」みたいな方向性で煽れば即乗ってくる。ブルボンからすれば天然な先輩なんだけど、「スズカさんくらい簡単に抜かせますよ」と煽れば一秒で乗ると。エルナトの二人は仲は良いです、本当よ。

 

 

 ブルボンはトレーニングはキツければキツいほど良いと思っている……まあ体を壊さない、モチベも下がらないという条件ならそれも正解なんだけど、そういう極端な子なので、スズカを煽れば煽るほど練習相手が強くなることを理解してしまっている。だからこういうやり取りが生まれるわけだ。

 

 

「バカなやり取りをしない。一周ね。スズカも落ち着いて」

「む……ふんだ。一周で振り切りますから。覚悟してくださいね」

「いかにスズカさんといえど一周では不可能です」

「ブルボンさんが一周で音を上げるくらい飛ばしますからね」

 

 

 ……まあいいや。もう何も言うまい。何でもないように見えて、普段と違うロケーションにブルボンもテンションが上がっているんだろう。ウマ娘達の共通認識として、夏合宿でいかに成長するかにそれからがかかっているというのがある。受験と一緒ね。それも一因だろうし。

 

 

「はい、じゃあコースはちゃんと守ること。ブルボンもスズカも、一度でも足を止めたらそこからは歩くこと」

「了解しました」

「はーい……」

「よし。じゃあ行っておいで。タイム計るよ。じゃあ、よーい……どんっ」

 

 

 スタートの合図とともに、二人の目の色が変わった。つくづくスズカはただのあほ栗毛ではないことが解る。スタートの合図への尋常ではない反応速度と、飛び出しの速さは目を見張るスズカの武器だ。それに、初手の加速力は素晴らしいものがあるブルボンが続く。二人が肩を並べて走っている。ちょっと感動だ。

 

 

 あっという間に二人が視界から消えてしまった。ぶっ飛ばしていった二人を見届けて、そこにあったベンチに腰掛ける。暑いなあ……でもなあ、基本的にトレーニング中はスーツじゃなきゃいけないからなあ。団扇とか小型扇風機で何とかなる気温じゃないんだよなあ。

 

 

「奇遇ですね、エルナトのトレーナーさん。ご機嫌よう」

「え? あ……キングヘイロー」

 

 

 少しして、キングヘイローが現れた。まあ私達が独占しているコースじゃないしね。人気の少ないところを選んだつもりではあったけど、同じエリアに居ればそりゃ出会うか。

 

 スズカやブルボンとほぼ同じ身長だけど、なんか小さく見える。物腰丁寧で素晴らしいウマ娘だ。でも、彼女がネクタイを引っ張るやり方をスズカに吹き込んだのよね。この子の素も見てみたいやら見たくないやら。

 

 

「自主練? 偉いのね」

「いえ、これくらいは。休んでいる時間などありませんから」

「……休めって言われたら休んだ方が良いよ?」

「トレーナーにはしっかり宣言……いえ、許可を取りましたから。夏バテなんて情けない……」

 

 

 ああ……そういう感じ。暑いもんね。私も気を付けないと。

 

 

「そういえば、クッキーありがとうね。美味しく頂いたわ」

「それは何よりですが、トレーニング内容を教えていただいたんですから当然です」

「いやその、何度も言うけど特別なトレーニングなんかはしてないのよ?」

「……ふふっ。一流のトレーナーさんともあろう方が謙遜なんて」

 

 

 本気なんだって。まあ、キングヘイローはあんまり関わっていないからスズカの洗脳が解けてないんだろう。スズカをスパルタで覚醒した絶対王者だと勘違いしていると、おのずと私も超有能トレーナーになってしまうのだ。その証拠に、スペシャルウィークは結構気軽に接してくれるようになっているし、エアグルーヴも煽り合いができるくらいの関係性になっている。

 

 ……ちなみにタイキシャトルはそういうのが解る前から普通に超フレンドリーだった。逆にマチカネフクキタルは解ってさらに拝まれる回数が増えているような気がする。

 

 

「ところで、今はスズカ先輩とブルボンさんは走っているところですか?」

「うん。もうすぐ戻ってくる……あ、来た来た。キングヘイロー、ちょっと耳塞いでてね。大声出すからね」

「は、はい」

 

 

 キングヘイローと話しながら双眼鏡を覗いていたのだけど、遠くにスズカ達が見えてきた。ここから届くかな。たぶんウマ娘だから届くでしょ。流石スズカと言うべきか、たった一周、4000mで結構差を付けている。メガホンを手に取って、咳払いを一つ。よし。

 

 

「ブルボン!!!! それ以上離されるなら今日のトレーニングは終わりよ!!!!」

 

 

 よし。ブルボンがちょっとだけスピードを上げた。スズカはどうせ走り出してすぐブルボンのことなんて頭から消えてたんだろうけど、私の声が聞こえたのかちらちらと後ろを見始めている。

 

 そして、しっかりとそれ以上……五バ身以上は離されずに二人は帰って来た。偉い。上出来よ上出来。最悪途方もないくらい離されてもおかしくないとは思ってたんだから。流石にペースが崩れたかスズカの息もあがっている。ブルボンはさらにだけどね。

 

 

「お疲れ。やるわねブルボン。ちゃんと離されずについてきたわね。想像以上よ」

「いえ……オーダー……遂行には……まだ不足が……」

「スズカは……」

「もう一本やりましょう……! 今度こそ何も言えないくらい突き放しますから」

「少し休んでからね」

「むぅ……」

 

 

 私の横に座るスズカと、座る私の膝に倒れるブルボン。うん、二人とも怪我も怪我率もない。まだいけるわね。本当にブルボンの頑丈さには舌を巻くばかりだ。頭に氷水で冷やしたタオルを載せ、口があるであろう所に水筒のストローを差し出す。

 

 

「あ、ごめんなさい無視しちゃって。こんにちは、キングさん」

「いいえ、お疲れ様ですスズカ先輩」

「……? 良いのよ、いつもみたいに話しても。トレーナーさんは大丈夫だから」

「さ……すがにそれは。その、スズカさんのトレーナーですし」

「別に気にしませんよ。ね?」

「え? あ、うん。別に」

 

 

 少しとはいえ走った後で機嫌が良いのか、それともブルボンが倒れてしまい退屈なのか、スズカが結構キングヘイローに話しかけている。別に私はどっちでも良いんだけど、スズカが気にするなと言うなら気にしないよ。

 

 それでもキングヘイローはそういうわけにはいきません、と断り切ったようだけど、やっぱり結構気を張ってる感じか。まあほどほどにね、って感じ。

 

 

「そうだ。ブルボンさんが復活するまで一本、一緒に行きませんか? 待つのも退屈なので」

「え? これで練習は終わりなのでは……」

「え? 終わりなんですか?」

 

 

 ……? ああ、ブルボンが倒れてるからってことね。

 

 

「いや、ブルボンはあと二本くらいは行けるかな。まだ大丈夫だと思う」

「い、いや、完全にもうダメ……」

「大丈夫大丈夫。ね、ブルボン。あと何分かかる?」

「体力回復まで……あと……十三分……」

「ほらね」

「じゃあその間にもう一本できますね!」

 

 

 スズカがやる気になっている。まあ私はちゃんと決めているからね、何も言わないけど、夏合宿の間はスズカのトレーニングは基本的に止めない。もちろん知らない後輩とかを捕まえて走るとか言い出したらアレだけど、キングヘイローは私も知ってる子だし。

 

 

「良いですよね、トレーナーさん?」

「まあ、良いけど。キングヘイローが大丈夫なら」

「それは……出来ることならお願いしたいところですけど」

「じゃあ決まりですね! 準備運動は大丈夫? 手伝おうか?」

「もう済ませてあります。あの、本当に大丈夫ですか、ブルボンさんは……」

「うん。じゃあ行っておいでスズカ。ブルボンのプライドにかけて五バ身以上突き放してくるのよ」

「任せてください」

 

 

 大きく息を吐くスズカ。一気にテンションが全部熱量に変わっている。素晴らしい切り替えね。キングヘイローもすぐにスイッチを切り替えたみたいだけど、まだ少しブルボンを気にしている様子がある。

 

 

「よーい……どんっ」

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「げほっ……けほっ……はぁ……」

「あら? 今日は自主練だったのでは?」

「ああ、グラスさん……いやその、ちょっと色々あってね……ちょっと疲れたのよ」

「珍しいですね、頑張り屋さんのキングが。明日は嵐ですかね?」

「茶化さないの」

 

 

 日陰で休みつつ水分補給中の私に、同期のグラスさんが近付いてきた。これまではあまり直接対決は無かったけれど、夏を越えたら本格的にぶつかることになる私のライバルだ。

 

 

「今日ね、あのチームに会ったのよ。スズカ先輩の。偶然にね」

「っ……そう、ですか……どうでしたか、エルナトは」

「あなたの言う通りだったわ。並大抵の覚悟で参加しちゃダメね。あれをいつか相手にすると思うと……」

「気が重いですか?」

「まさか」

 

 

 山道コース、4000m。スズカ先輩は長距離は走れず、私の目標は菊花賞。一流たるために選んだクラシックの終着点の長距離レースを走る。一年先輩であろうと、スタミナ負けするなんて。

 

 結果、八バ身突き放された。解っている。甘かったのは私だ。言い訳なんてしたくない。脚や体力を残したのは私の判断ミスでしかないのだから。全力を尽くし先輩にあの差まで追い縋っていた彼女の方が強かった。間違いなくね。

 

 

 それに恐ろしいのはそのトレーニング量。聞くに、私と会うまでにいくつかのメニューをこなして、しかも私の後一本走っていた。二本走ると言っていたのが急に一本で打ち切った理由は解らないけれど、いずれにせよ正気とは思えない。だからこそ、あの二人があそこにいるのでしょう。

 

 

「俄然やる気が出たわ。私はキングよ。諦めたらそれで終わってしまうだけ。一流のウマ娘とは諦めないもの、つまりキングのことよ! おーっほっほっほっごほっごほっ!」

 

 

 でも、だとしても、一度や二度で折れて堪るものですか。私はキングヘイロー。勝つまであがき勝利する義務がある。相手が誰であっても。

 

 

「……ですよね。ちょっと侮りました。ごめんなさい」

 

 

 私が王道を行く限り、避けられない。鍛えあげ、勝利する。こんな私についてきてくれたあのへっぽこのためにも、お母様に私を認めさせるためにも。

 

 少し微笑むグラスさんも、話によるとエルナトの練習に参加したことがあるらしい。その時は最終的にどう思ったか、言いたくないようだったので深くは聞かなかった。けれど、そこから心が鋭くなった、というのはどう見ても解る。もちろん、研ぎ澄まされた、という意味で。

 

 

「どう、グラスさん。しばらく組まない? せっかく同じ場所にいるのだから」

「ふふっ。実は私もそのつもりで声をかけたんです。実はトレーナーさんにも許可を貰ってます」

「……はあ。話が早いわね」

「止まっている時間はありませんから」

「……そうね」

 

 

 まだ太陽は黄色い。体力もあるし脚に異常もない。それに、遠くの方からグラスさんのトレーナーさんが駆け寄ってくるのが見えた。うちのへっぽこにも電話で喝を入れておかなきゃ。まったくもう。

 

 

「ところでグラスさん、聞きたいんだけど」

「はい?」

「お粥ってどうやって作るのかしら。何か特別なお米を使うの?」

「ええ……?」

 

 

 なによ。何でもないですよ。グラスさんは笑って言った。




なおキングがちゃんと走っても、スズカについていく力はブルボンの方が高い模様。もちろんレースしたら普通にキングが勝ちます。

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