走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
夏合宿もかなり経ったある日。今日も今日とて私達はブルボンをギリギリまで追い込んでいた。
二人がやると言った合同トレーニング……という名の、実際にやるのは特殊ロードレースだが、それも何度か行い、定例行事のようになっている。まあ、スズカは楽しそうなのでOK。ブルボンも何だかんだ自分と他人とのバランスに慣れることだろう。
まあ、距離を2000mに設定してしまったので、スズカが独走し、その他でやりあう構図ができてしまったけど。それでもブルボンと一部のウマ娘はかなり拮抗……あるいはブルボンがやや不利くらいで走れている。逃げウマ娘が軒並みブルボンより弱いのは幸運だった。逃げと競る練習は普段からいくらでもできるからね。
で、今日は。
「ね!? 良いでしょ!? ちょっと一回だけ歌って踊ってファンサしてみない!?」
「えっと、あの、でも……」
模擬レースに参加していたウマ娘の一人から、スズカは熱烈に口説かれていた。いや、名前は知っているので誤魔化す必要は無いけど。
スマートファルコン。一応スズカの一つ上。一応というのは、世代がどうあれスズカとぶつかることはないから。スマートファルコンは、ダートを主戦場とするウマ娘である。戦法は適正通り逃げ。芝を走るのは相当キツいんだろう。
その代わりかなりのスピードと、パワーは目を見張るものがある。ダートは芝ほどスピード勝負にならないが、その分ただ走るだけでパワーが要求される。もちろん、本人の走り方や好みにもよるから、ブルボンが走れるかといえば走れないけど。
「スズカちゃんのこと、ずっと見てたんだ! もう少し早く話しかければ良かったんだけど、ちょ~っと忙しくて! ごめんね!」
「え? えっと、いや、き、気にしないで……ください?」
「ありがとう!」
で、このスマートファルコン、今の今まで知らなかったが、『砂のサイレンススズカ』と呼ばれているらしい。何しろ、今日の時点で最高六連勝、連対はなんと十二連続というイカれた戦績である。それを逃げで叩き出した超一流のウマ娘だ。勝ち星はスズカより多く、それに加えてスズカより世代が上なのにスズカが本家扱いされているあたり、ウマ娘界隈のダートレース軽視が何となく見える。
「あの、スマートファルコン? 突然どうしたの」
「エルナトのトレーナーさん! スズカさんとウマドルとして活動させてください!」
「ええ……?」
凄いグイグイ来る子ね。スズカと合いそう。スズカ本人もガンガン来てくれた方が過ごしやすいからね。この子は黙ってると自分からは話を進めることが少ないから。走ることしか考えていないので、それ以外は引っ張ってもらうのが楽なのだ。
しかしそれにしても、テンション感からは考えられないほど非常に丁寧なお辞儀である。
「う、ウマドル?」
「ウマ娘のアイドルです! 輝くウマ娘の姿をみんなに見てもらって、楽しんでもらいたいんです!」
「はあ」
ウマドルの存在は知ってるよ。知ってるけど、実質ウマ娘なんてアイドルみたいなものじゃん。舞台がレースメインかメディアメインかみたいな話じゃないの?
「それでスズカを?」
「はい! ブルボンさんも一緒に!」
「キャラ被ってない?」
「……? 被ってますか? 全然違うタイプだと思いますけど」
そうか……スズカとブルボンは似た者同士って前提が私以外には無いのか……じゃなくて。
「いやあの、別にスズカを誘う意味は……」
「お願いします!」
来たなゴリ押しタイプが。ウマ娘にもたまにいるのだ。大きく頭を下げる彼女への反応に困っている。まあ適当に流すのは簡単なんだけど、なんかここまで真摯に来られると困るというか……これがチーム加入とか、こっちの仕事に直接関わるならちゃんと断るんだけど、結局これってスズカが頼まれてるだけだからね。
アイドル活動を追加でやると言っても、別に圧倒的な負担がスズカに来るわけじゃない……だろうし、それがいやかどうかを判断するのはスズカだ。ブルボンは……まあ、休みの日の軽い運動にブルボンが選んだらいいんじゃない。まあ、今日もぐちゃぐちゃになるまでトレーニングをしたブルボンにその判断が出来るとは思えないけど。私はスズカ達の保護者ではなくトレーナーなのだ。何が違うのかって感じだけどね。
「スズカは?」
「いえ、うーんと……あんまり、興味は……」
「そんなぁ……やってみたら楽しいよ?」
「ううん……」
相手がちゃんとした大人なら私も割って入るんだけどね。学生同士なら好きにやってもらってって感じ。別に対等な立場なんだし、押しが強くてやらされちゃっても嫌なら後から言えば良い話だし。それにこの感じは断るだろう。スズカはぽわぽわしているが、別に頭が悪いわけじゃないからね。ただのあほじゃないってところをここらで見せつけてほしい。私に。
スズカは放っておいて、私は倒れているブルボンに近付いていく。普段とは違って上半身の筋トレもちゃんとやっているので、今日という今日はもしかすると動けないのかもしれない。仰向けに直し、足に乗せて頭を高くする。ストロー水筒で水分を取らせ、あんまり効果はないかもしれないが冷感スプレーを吹き付けた扇子で仰いでおく。
「どう、ブルボン、体の調子は」
「体力の著しい低下……全身の筋肉疲労、思考力低下……」
「いつも通りね」
タオルで汗と砂を拭き取ってやりつつ、少しずつ生気が戻ってくるブルボンを撫でながら見守る。いつも通りブルボンとの時間が取れた時は、いかにブルボンが成長していて、どの程度強くなっているのかをひたすら言って聞かせて自信を付けさせる。事実しか言っていないし、こうしているとブルボンがいつも嬉しそうにしているし。
「夏が終わったら重賞に出ようか。何に出たいとかある?」
「マスターの指示に従います……」
「朝日杯も良いけど、やっぱりホープフルでもいいかなって思ってるんだけど、どう?」
「マスターの指示に従います」
「それによって秋の重賞も1600か2000か変えようと思うの」
「2000m」
ブルボンが止まった。流石にまだ自信が足りないかな。そりゃそうよね。2000は中距離の中では短めだけど、スプリンターが走れる距離じゃないし。この間の1600はスプリンターでも走りきれる距離だからね。自分の練習量が桁外れなことは理解しているんだけど、それが全て実力に換算されているという自覚がいまいち足りないのよね。
「自信無い?」
「……おっしゃっている意味が解りません。マスターの指示に従うのみです」
「じゃあ3000走ってって言ったら走る?」
「……それが命令であれば」
「声震えてるって」
無理しないで良いのに。へにょりと垂れてしまったウマ耳に悪戯しつつ、少し眉をひそめた……ように見えるブルボンに笑いかける。
「無理なら無理で良いからね。もう一回1600走ろう。ギリギリまで待つから、もし気が変わったら教えて」
「私の気分ではなく、マスターの指示により走るべきです」
「じゃあ次走すみれステークスから皐月賞行こっか」
「これが……プロセス:『意地悪』……?」
んー可愛い。初対面の時から考えるとかなり表情豊かになった。拗ねるみたいにうつ伏せになったブルボン。尻尾がどうもこっちを責めるみたいに向いている。ウマ娘の感情は表情と尻尾とに出るからね。ちょっと怒ってる? というか君うつ伏せ辛くない?
でも頭を撫でることは拒まないので続ける。そろそろ良いかな。練習再開しようかな……と、その前に、スズカとスマートファルコンのやり取りがどうなったかを確認しよう。
「スズカ、もう良い? お話終わった?」
「はい……」
「はい! これから何度か、スズカさんとブルボンさんをお借りしますね!」
「何負けてるのスズカ」
「ぇぅ……」
ふらふらとスズカが私に抱き付いてきた。ウマ耳がへにょってしまっている。押しに弱い子ねえスズカは。よしよしと慰める。本当に嫌なら断らないとダメよ。
「スズカはそれで良いの? 大丈夫?」
「んぅ……その、別に嫌ではないので、良いですけど……良いですけど……」
ちょっと納得してないくらいか。まあそれくらいなら良いんじゃない。なんだかんだやれば楽しいでしょ。ブルボンまで巻き込まれたのは意味解らないけど。まあライブパフォーマンスの練習と思おう。スマートファルコンのライブ参加数はスズカより上だしね。
「ブルボンも大丈夫?」
「マスターの指示であれば従います」
「え? じゃあ」
「……レースについては考慮の余地があります」
「ふふふ」
スズカが来たので起き上がったブルボン。こっちを目を細めて見ている。二人が可愛くて私は大変だよ本当に。こうなってくると二人がウマドルになるってのも楽しみだ。ファンサしてファンサ。私に。
「じゃあまた後で! フォーメーションとライブ日程が決まったらお知らせするから、スケジュールを教えてね!」
元気にスマートファルコンが去っていった。またね、とスズカが見送っているわけだし、まあ円満……なのかな。二人が嫌がってないなら好きにすれば良いか。
「じゃあトレーニング再開するよ。ブルボンはもう大丈夫ね?」
「はい。十全に回復したと考えられます。問題なく最高パフォーマンスを発揮できます」
「じゃあスズカに七バ身つけられるまで耐久山道コース行こうか。倒れるのが先かブルボンが負けるのが先か」
「……! 任せてください。マスターが判断するまで必ず実行します」
「心強いねえ」
「ふふふ。あんまり大きなことを言わない方が良いですよ?」
走ることになると口数が増える。私の知るいつものスズカって感じ。ふふん、と一気にご機嫌になったスズカを連れて、私達は山道コースへ向かっていった。
耐久ランニングについては何とか限界まで走りきっていた。全然離すことができず拗ねたスズカが寝るまで引っ付いてきて、その夜は死ぬほど暑かった。でもブルボンはご機嫌だったから許すことにするよ。