走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「……んあ?」
「おはようございます、トレーナーさん」
「……おはよう」
朝目が覚めると、目の前にスズカがいた。またこの子は勝手に部屋に上がり込んでベッドに入って来てからに。綺麗な顔が近いのよ。
「どうしたの。寂しくなっちゃった?」
「そんな感じです」
「そうなの?」
夏合宿も終わり、私達は東京に帰って来た。当然スズカのメインの寝床はトレセンの寮になる。こないだまで三人で同じ畳で寝ていたわけだからね。そりゃ寂しくもなる。まあブルボンは来てないけど。
ちらりと見た目覚まし時計ではもう少し余裕があるようだったので、ゆっくりスズカを抱きかかえる。ニコニコのスズカ。可愛いねえスズカは。撫でてあげよう。
「でも早起きね。特に用事も無いのに」
「うーん……目が冴えちゃって」
「寝不足とかやめてね?」
と言いつつ目を覗き込む。まあ、不調は無さそうね。単純に起きちゃっただけか。スペちゃんとか寮長とかびっくりしてるでしょ。もしくは慣れすぎてもう何も言わないのか。たぶん後者だけどね。
夏が終わればスズカとブルボンの重賞挑戦だ。スズカは毎日王冠から、ブルボンは……サウジかアルテミスあたりのG3がちょうど良いかな。京王杯やデイリー杯だと朝日杯が近すぎる。それに、万一、無いとは思うけど抽選漏れするとジュニアでG1に進むのが面倒になる。
九月は何も無いし、のんびり過ごして良い。ブルボンはのんびりなんかできないけど。九月からは一応食事制限もかけてるしね。ただしどっちかと言うと食べる方向で。ブルボンはどうやらそもそも太りにくい……というか発育に回されるタイプらしいし、トレーニングも過酷だし。制限というより管理だね。
「スズカ、ご飯は食べる?」
「食べます……目玉焼き……」
「目玉焼き? じゃあ作ろうか」
ぎゅーっと一回抱き締めてから、スズカを置いて台所へ。よし、じゃあ愛バのために頑張ろうかな。
────
「あ! スズカさん! おはようございます!」
「おはよう、スペちゃん。それにグラスさんも」
「おはようございます、スズカ先輩」
トレセンの校門。結構な早朝だけど、スペシャルウィークとグラスワンダーがほぼ同時に登校していた。手を大きく振るスペシャルウィークと、丁寧にお辞儀をするグラスワンダー。スズカの扱いの差がよく出てるわ。もしくは性格かしら?
「スペちゃんは夏はどうだった?」
「たっぷり特訓しました! トレーナーさんに頼んでお休みをちょっとだけ減らして、しっかり!」
どれどれ……うお。びっくりした。無意識か知らないけどしっかりスピードが伸びてきている。素晴らしい成長速度ね。良いトレーナーがついているわこれは。グラスワンダーもかなりえげつない伸び方はしているものの、スペシャルウィークの方が少し上か。
「スズカさんの話も聞きましたよ? 今度はキングちゃんをボコボコにしたって」
「ボコ……いえ、そんなつもりはなかったんだけど……」
「まあそうですよね。スズカさん、そういう人ですもんね」
「そういう人……?」
なんで解ってないって顔してるの、あなた。
「でも、キングちゃんも強いですからね。きっと強くなりますよ」
「そうなの。楽しみね」
「……はい。見ててくださいね」
おっと。スズカが大して興味を持っていないのがバレてそうな反応だ。そりゃそうだ。自分が負けるとは欠片も思っていないのだから、他人が強くなろうが本質的にはどうでも良いだろう。もちろん、スペシャルウィークやブルボンには思い入れがあるから別だけど。
グラスワンダーの時も、究極的には自分が走るためのキッカケくらいにしか思っていなかったような気もするし。もちろん残酷とは言わない。それはスズカの性格で、特権だからだ。
だから、スペシャルウィークもスズカを責めるようなことは言わず、そのまま続けた。
「次は菊花賞……また私とスカイさん、キングちゃんで戦うことになります」
「……エルコンドルパサーとグラスワンダーは出ないの?」
「私やエルは……長距離は少し苦手なんです」
……別にそんなこと無さそうだけど。二人とも中距離の方が得意なのはともかく、全然長距離も走り切れそうだ。どちらかといえばそもそものスタミナが低い。ブルボンみたいなものね。
「スズカさん。今度の毎日王冠、よろしくお願いします」
「ええ。頑張りましょうね」
「……やっぱり私なんて眼中に……ええ、必ず差し切りますから。スズカ先輩がいくら強くても、今回は勝てる気がするんです」
あっグラスワンダーそれは、
「そう……そうなの……? 勝てると良いわね、グラスさん……」
グラスワンダーってこういう挑発する感じの子だっけ。完全にスズカに火がついちゃったんだけど。スズカへの理解がそこそこ高くないと、強者をわざわざ挑発しようなんて思わないと思うんだけど……例えば、シンボリルドルフと戦うのに挑発するウマ娘がいるだろうか、という話だ。
「……スペシャルウィーク、あの、これはあなたの入れ知恵ね」
「グラスちゃんが本気のスズカさんと勝負したいって。ね、グラスちゃん」
「ええ、でも、その、スズカ先輩にこんなことして大丈夫ですか……?」
「大丈夫だよ。ね、スズカさん」
「いや、私が大丈夫なんじゃないんだけど、スペシャルウィーク」
見えてるか見えてないか解らないけど、スズカの尻尾が大変なことになってるんだから。もうしばらく先だけど、スズカのランニング禁が大変なんだからね。別にこんなことしなくてもスズカは手を抜いたりしないしできないから心配しなくていいのに。
「落ち着いてスズカ」
「トレーナーさん……」
「スズカが負けるわけないんだから熱くならないの」
「……んふふ」
あんまり外ではやりたくないけど、このままの勢いで解散すると勝手に走りそうなので引き寄せて撫でておく。相変わらず煽り耐性の無い子ね。そういうのはこう、自分の強さに自信の無い子か、戦闘狂がやること……戦闘狂は片足突っ込んでるかもしれないけど。
「スズカさんのトレーナーさんも覚悟しておいてくださいね」
「何の?」
「スズカさんが負けた時に慰める覚悟です」
「……へえ、勝てると思ってるの? スズカに?」
「私、トレーナーさんは私のこと言える立場じゃないと思います」
いや、これは……違うじゃん。ちょっと聞いただけだから。決してスペシャルウィークに調子に乗んな! とか思ってないから……それに、善性で有名なウマ娘の中でもスペシャルウィークは輪をかけて良い子だからね。一連の発言もわざとやってるのは解り切っている。こんなことは普段他の人にはやらないだろうしね。
その証拠にその後は挑発なんてすることもなく、楽しそうに友達のことやスズカの思い出を話す二人と、それをうんうんと物静かに聞いているスズカ、流石に完全に黙らざるを得ない私という構図が生まれていた。途中で私が離れても特に何も起こらず手を振って来たし、まあプロレスってことで。
────
その日の午後。ブルボンがトレーナー室に一番乗りだった。次走について話しつつ、坂路予約の時間を待つ。夏の間の伸び率はブルボンもかなりのものだ。正直冬のG1はホープフルステークスでも良いくらいね。ジュニアのタイムなら問題無く走りきれると思う。
まあ、2000を走るのはまだ自信がつかないだろうから1600で勘弁しておこうと思うけど。それに、朝日杯は結構ここからクラシックに行く子もいるし評判も申し分ない。
「だから、たぶんアルテミスステークスかサウジアラビアロイヤルカップを走ることになると思うわ。どちらにせよ十月ね」
「はい。当初の予定通りですね」
「ええ。練習と思って行ってきなさい。それから、勝負服の申し込みをそろそろしておこうか」
「勝負服……」
「うん」
パンフレットをいくつか取り出してブルボンに取り出す。広げると、ブルボンの大きな目がくるりと見渡した。
「時期尚早では?」
「早くないわよ?」
「しかし、勝負服はG1レースで着用するのが主であると」
ウマ娘の勝負服。基本的にはトレーナーかウマ娘がデザインから何から決めて、G1レースに出走する際に着るものだ。学園指定の汎用のものもあるが、あまり好まれない。スズカのようにシンプルでも自分の特別なものを作るのが一般的だ。
色々アクセサリーを付けても邪魔にならず、どう考えても走りにくいでしょってものでも何故か普通に走れるようになってしまう不思議な服が勝負服だ。私もいまだにマチカネフクキタルのリュックや招き猫は邪魔でしょと思ってるし、エアグルーヴやシンボリルドルフのマントもぱたぱたしてて走りにくく見える。
さてそんな勝負服、一般的には確かにG2に勝ってから作るのが普通だ。二ヶ月ほどで完成するしG1でしか着られないわけで、むしろ前もって作っておくなんて普通やらない。恥ずかしいからだ。
「ブルボンは絶対に次も勝つんだから良いのよ」
「……絶対に」
「絶対に。何がどうあれあなたが朝日杯やクラシックレースに出られないことはないわ。何なら勝負服がいらないレースなんか出たくなきゃ出なくて良い。三冠取ればレースなんか選び放題よ」
「三冠……」
「そうよ? 三冠取るんでしょ? シンボリルドルフを見なさい。G2なんか出たら弱いものいじめって言われるのよ」
それはそれで普通に可哀想だけど。別にステップレースや同コースくらい練習で走らせてあげたら? とは思うけど、今ブルボンの説得には関係無い。固まってしまったブルボンに手を伸ばしてほっぺたをふにゅふにゅして、んー、と鼻をつまむ。
「んぷっ」
「だからデザインを考えておきなさいね。すぐ申し込んで良いから」
「……試作段階でマスターにお見せします。ぜひご意見を」
「私の意見なんかいらないでしょ。聞くならご両親に聞きなさい。みんなの夢なんでしょ、三冠」
「……はい」
やっぱり三冠意識のものになるんだろうか。それとも、シンボリルドルフのように冠を取る度に飾りが増える感じかな? それでも良いな。どちらにせよ私にはファッションセンスなんか無いし、勝負服にトレーナーが口出しなんてとんでもないと思ってるから良い。自分の着る服くらい自分で決めたら良いのだ。
「ありがとうございます、マスター」
「何が?」
「いえ……何でもありません」
「そう?」
ブルボンでも言葉を濁すことがあるんだなあ、と思う昼下がりだった。
グラス
「あの、スペちゃん、ちょっと相談が」
スペ
「どうしたの?」
グラス
「今度スズカ先輩に会った時、どんな顔をすれば良いか解らなくて……毎日王冠でぶつかるんですけど、スズカ先輩、私のことなんか見てないんじゃないかって」
スペ
「うん。見てないと思うよ。私と走ってても私のこと見てないし」
グラス
「ええ……?」
スペ
「でも意識させることなら簡単だよ。グラスちゃんのことだし、本気で来て欲しいんだよね?こしょこしょ」
グラス
「え……ですが、先輩にそんなことを……それにトレーナーさんに聞かれたら……」
スペ
「大丈夫だと思うよ?スズカさんはこのくらいじゃ怒らないし、むしろ可愛いくらいだよ。トレーナーさんもちょっと抜けてる人だから大丈夫」
グラス
「あの、え?スペちゃん、流石にそういうことを言うのは失礼というか……」
スペ
「???」
グラス
「いえ、もういいです……」