走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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スズカは面倒な方が可愛いって読者が言ったから……


可愛さは譲っても良いサイレンススズカ

 

「こんにちは、スズカさ……」

「あら、スペシャルウィーク」

「スペちゃん、助けて助けて……」

「あー……」

 

 

 アルテミスステークスまであと五日、毎日王冠まであと六日。二人の重賞レースがそこそこ近くまで迫ったある日、エルナトのトレーナールームにスペシャルウィークがやって来た。両手に段ボール箱を抱えて、簡単なノックの後普通に部屋に入ってくる。

 

 そして、手足を縛られ私に膝枕されているスズカを見て動きを止めた。もしくは、ベッドで機能停止中のブルボンを見てだろうか。

 

 

 当然残り一週間を切ったので、スズカはランニング禁止期間に入っている。ブルボンが倒れているのは……その、久しぶりに倒れるまでやりたいって本人が言うから。最近自分が倒れていないことに違和感を覚えていたらしい。ストイックが過ぎる。

 

 

「うーんと……うん。こんにちは、スズカさん、トレーナーさん!」

「あらやるわね、スペシャルウィーク」

 

 

 この状況を見て突っ込むことなく会話を続けるのは理解者の証拠よ。他にはエアグルーヴもいる。マチカネフクキタルもツッコミは入れないかな。

 

 

「おかしい……おかしいわスペちゃん」

「スズカさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫に見える?」

「いつも通りに見えますけど……」

 

 

 スペチャン……と鳴き声を残して私のお腹にくしくしと擦り付いてくるスズカ。自業自得じゃない? 何と言うか、ちょっと清々しいくらい何とも思われてないのね、あなた。先輩が両手両足縛られてたらこう、私なら通報するけど。

 

 

「トレーナーさんに意地悪されてるの……助けてスペちゃん」

「はあ……どんな意地悪ですか?」

「今日はこんなに天気が良くて涼しいのに、走るなって……しかも新しいウェアが届いたのに……」

「スペシャルウィーク?」

「あ、はい。解ってますよ。スズカさん」

 

 

 はっと顔を上げ、希望に満ちたスズカ。どうしてこの会話の流れで希望を持ってしまうのか、このぽんこつは。縦に抱っこして話しやすいようにしてあげると、にこにこしながらこっちとスペシャルウィークを交互に見ている。

 

 

「たぶんですけどスズカさんがいけないんですよね?」

「スペちゃん!?」

「正解」

「トレーナーさん!」

 

 

 痛い痛い。顎が、顎が壊れる。ごつんごつんしないで。

 

 

「それで、痛、痛いスズカ、きょ、今日はどうしたの、スペシャルウィーク……このっスズカっ痛いでしょーっ」

「あ、はい。この間、私のグッズがたくさん届きまして……お世話になっている人にお渡ししてるんです。だから、スズカさんやスズカさんのトレーナーさんにも!」

 

 

 あら良い子。そしてもうグッズが出ているのね。流石はダービーウマ娘と言ったところ。今完成品が届いてるってことは夏前には試作ができてるってことだし、やっぱり大きいレースに勝つと扱いが違うわね。

 

 その点で言えばブルボンはたぶんスペシャルウィークより注目度が高いし、いつそういう話が来るか楽しみではある。勝負服のデザインによっては写真とか雑誌取材はもっと早く来そうね。

 

 

 私の膝に乗っかったまま暴れるスズカの拘束も解いて、みんなで段ボール箱の中身を取り出していく。ちょうどスズカの気を散らすにも良い感じの暇潰しになりそうで良かった。

 

 

「何か選んで受け取ってもらえると嬉しいです!」

「ありがとう。それなら、選んでみようかな……」

 

 

 グッズの内容は……まあ、あんまりスズカと変わらないか。ぬいぐるみ、キーホルダー、ステッカー……でも、スズカと違って笑顔の比率が高い。ファンの人達からも笑顔の絶えない子だと思われてるのね。すごい。

 

 

 何か物色している様子のスズカだったが、スペシャルウィークと話しながら手に取ったのは……時計? 

 

 

「それは目覚まし時計ですね。録音、結構大変だったんですよ」

「へー……どんな感じなんだろ。鳴らしても良い?」

「良いですけど、結構大きな音鳴っちゃうので気を付けてくださいね」

 

 

 セットして置いておく。少し待って、ピッ、と電子音。一応少しスズカの耳を塞ぐ。まあ市販する目覚ましだし、そこまでってことはないと思うけ

 

 

『おはようございます!!!!! 朝ですよ!!!! 今日も一日頑張りましょう!!!!!』

 

 

「うるさっ」

「わわっ」

「!?」

 

 

 部屋が揺れるような爆音が響いた。慌てて止めたが、後ろでブルボンが跳ね起きたのが解る。気を付けてくださいねと言ったスペシャルウィーク本人がひっくり返ってるもんな。

 

 起きてしまったブルボンには謝って、まだ寝てて良いと言うと再びぐっすり眠り始めた。普段私達がどんなに騒いでても起きない子なのに叩き起こせるとは畏れいった。二度と鳴らさないからこんなの。私もスズカもブルボンも隣人とかあるのよ。

 

 

「びっくりしました……何度か聞いたんですけど慣れないですね」

「気軽に鳴らす物じゃないわね……こういうのにした方が良いかも」

「あ、ぬいぐるみ! 可愛いですよね! すっごく可愛く作ってもらいました!」

 

 

 モデルが可愛いんでしょ。

 

 

「元々のスペちゃんが可愛いものね。ぬいぐるみも可愛くなるわ」

「え? そうですか? えへへ、恥ずかしいですね……」

「愛嬌もあるもんね。いつもにこにこしてて元気だし」

「褒めすぎですよぉ~っ」

 

 

 スペシャルウィークがふにゃふにゃになってしまった。褒められ慣れてないんだろうか。もっと褒めてあげてね、スズカ。

 

 

「じゃあ私はぬいぐるみにしようかな」

「良いですね。私も……いやでも、部屋にスペちゃんがいるし……キーホルダーとかにしようかな。この辺とか……」

 

 

 スペシャルウィークの勝負服、青と白を基調にしたストラップがいくつかある。これ凄いね。スペシャルウィークの名前が日の丸背負ってる。日本代表じゃんこんなの。日本一が夢だって言ってたよね? 

 

 

「本当はちょっと、まだ恥ずかしいんですけどね……まだスズカさんにも勝ってないし、会長さんとか、日本一には遠くて……」

「その理屈だと永遠に日本一になれないけど大丈夫そう?」

「ふへへ……トレーナーさん、いきなりなんですか?」

 

 

 自慢の愛バを横から撫で、まるでいつか勝とうとしているスペシャルウィークをいつもの仕返しにちょっと煽ってみる。彼女はむっとすることもなく、必ず勝ちますよ、とだけ言って会話を切った。

 

 結局スズカはかなりシンプルなキーホルダーを選び、ありがとう、とポケットにしまった。私も大きめのぬいぐるみを貰う。

 

 

 デフォルメされたスペシャルウィーク、本当に可愛いな。スズカはどうしてもレース中からインタビューまでのスズカで作られるから、顔付きが鋭いというか、格好いい寄りになりがちなのよね。

 

 その点スペシャルウィークはレースが終わった瞬間から天真爛漫スペシャルウィークに戻るから、ファンの間でもその姿が素だと解っている。難しいわねファンサって。

 

 

「……なんか私の時より見惚れてません?」

「いや、可愛いなって」

「私よりもですか?」

「流石にこっちの方が可愛くない? スズカのは格好いい寄りでしょ」

「……まあそうですけど」

 

 

 スズカがすり寄ってきた。いや、スペシャルウィークの片付け手伝お? ほら、スペシャルウィークも困って……ないね。微笑ましいものを見る目で見ないで? 私達も手伝うからさ。そんな手際よく片付けなくても良いから。

 

 

「そんなので妬かないの」

「妬いてません……スペちゃんは可愛いです。とっても可愛いのでしょうがないです。見惚れるのも解ります」

「じゃあ良いじゃない」

「でも私の方が速いですよ?」

「何がでもなの」

 

 

 まーたこの子は何でも速さで解決できると思ってる。まあそこ以外負けても良いと思ってるからそうなるんだろうけど。

 

 

「スズカの方が速いのはそうだけど、今は可愛いか可愛くないかの話をしてるのよ」

「でもトレーナーさんは可愛いから私が好きなんですか? 速いから私が好きなんですか?」

「……まあどっちかって言うなら……速さ?」

「じゃあちゃんと私のことが好きな方が良いですよ」

「うーん? ん? そう……なの? ん?」

 

 

 何を言っているかは解らないけど、とにかくスズカが面倒くさいのは解った。鼻をぷえぷえしておきながら、一応気持ちばかり片付けは手伝う。

 

 

「でも、いつかスズカさんより速くなりますから、覚悟しておいてくださいね」

「む……スペちゃん、そんなこと言ったらダメよ。トレーナーさんは私のことが大好きなんだから」

「あ、いえ、トレーナーさんを盗っちゃうって話じゃなくて」

 

 

 片付けも終わったので肩に頭を預けてくるスズカを受け入れる。何をしょうもない言い争いをしてるんだか……とも思ったけど、ウマ娘はトレーナーとか、旦那とか、いわゆるパートナーへ少なからず独占欲を持つ生き物って習ったからね。余計なことは言わないことにするよ。

 

 

「そこまで言うなら解ったわ。これから走りに行きましょう。私の方が速いということを教えてあげる」

「え? いや……そ、それはやめときます。まだスズカさんには勝てないですよ私」

「まだ……?」

「う……い、いえ、それだけは私のプライドに懸けて譲れません! まだ、スズカさんには勝てないですけど! いつか勝ちますからね!」

「むむむ……スペちゃん、生意気になったわね……」

「スズカさんのおかげですよ?」

 

 

 それに、二人の会話は大体何でも微笑ましいし。女学生……というにはちょっとアレだけど、若々しくて可愛い。あとは基本最終的にスズカがやり込められるのもね。この子口が弱すぎるし思考回路が単純なのよ。あほあほだからさ。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「そういえばトレーナーさん。毎日王冠、スズカさんの勝率はどれくらいですか?」

 

 

 その夜。せっかくだからとスペシャルウィークを連れてご飯を食べに行っている途中、彼女がこんなことを言い出した。食べるか喋るかどっちかにしなさい。あと出来たらもう少し抑えて貰ってもよろしいでしょうか? あの、好きに食べなさいと言った私から言うのはダサすぎるけど、手心というかさ、あるじゃん。

 

 しかしスズカの勝率か。まあ考えるまでもないわね。

 

 

「九割勝てるわよ。その次の天皇賞もね」

 

 

 残りの一割も、全力マチカネフクキタルとか、先頭を取られて掛かったスズカが斜行しちゃうとか、そういうハプニングの話だ。実力でスズカが負けることはない。

 

 

「そうなんですね……そうか、九割、そっか……」

「まあ、グラスワンダーやエルコンドルパサーもまだ足りないわね。ポテンシャルはありそうだけど」

 

 

 まだ勝てないけど。エルコンドルパサーも逃げ適正があればまだ解らなかったかも。でもどうかな。スズカ対策は知らないと無理……いや、少し賢ければトレーナーもウマ娘も気付くか。気付いてもできないってのが本質だもんね。

 

 

「でも、甘く見ない方が良いですよ。グラスちゃんもエルちゃんも物凄く強いですから」

「だってさ、スズカ」

「え、うん、気を付けるわね」

 

 

 気を付けてないんだろうなあ、というスペシャルウィークの反応が、とても印象に残った。




当初お伝えした通りここから毎日王冠、天皇賞(秋)までほとんど挟みません。ブルボンの重賞すらカットして進みます。ある意味ではこの話で一旦の見納めの可能性すらあります。
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